会長ブログ(株式会社ヘッドウォータース代表取締役:篠田庸介)

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2007年06月26日 17:01

オフサイド・トラップ

0627_e.jpg
7月11日の夜にまたフットサルをやる。華麗なドリブルでも見せてやろうかと思っているが、前回終了間際にした捻挫が未だに痛い・・・。

サッカーはもう長いことやっている。一番燃えたのは15歳の頃だったろうか。当時、西東京の方でクラブチームを立ち上げていた。監督が読売ユース出身だったので、テクニカルでずる賢いサッカーを志向していた。

一度、大会で読売ユースに勝利した時がある。2-0の圧勝だ。私の本職はバックスなのだが、その試合では14本のオフサイドトラップを成功させ、全国屈指のテクニシャン達に何もさせなかった。まあ、舐めていてくれて助かった感じだ。本戦で彼らは大人げなく本気を出し、2-0で負けました。

自分達より強いチームに勝つ為にオフサイドトラップは当時のチームの最大の武器だった。バックスの4人はこれに誇りを持ち、チャンスがあれば罠にかけようと狙っていた。サッカーのルールを武器に使った有効な戦略だ。

0627_f.jpgあらゆるルールや環境は、所属することや守る事をゴールとしてはいけない。常にそのルールを使い攻撃的に何か仕掛けるべきだ。このスタンスの違いが莫大な結果の違いを生む。ルールに使われている奴は、いつまで経ってもその世界の住人のままだ。

ただし、オフサイドトラップは反則ではなく合法的な戦略だということは押さえて頂きたい。ルールをやぶるのではなく、ルールを支配するのだ。

駄目な奴は自分のちっぽけなプライドを守る為に批判をしたがる。本体、その行為がそもそもナンセンスだ。日本には200万社を越える法人があり、それぞれが文化を持ちルールを持っている。どの会社が良いか悪いなど考える意味がない。どの会社も良さも悪さも持っている。

大事なのは、その組織、その文化を理解し使い込み何かを「成し遂げる」事だ。「成し遂げる」ことに全精力を注ぎ込まず、立ち止まって何かを批判している人を見るたびにあきれる。

言い換えれば完璧な組織もルールもない。万人が喜び、万人にメリットがあるもなどない。無いからこそ個性というものが存在するし、創意工夫する余地があるのだと思っている。だから、気に入らない点を見つけて批判する行為は、サッカーを見て「手が使えないなんて不合理だ」と言い、野球を見て「攻撃の時にあんなにベンチで休んでいる奴がいるなんて、スポーツとしてなっていない」などと言っているのと同じだ。

能力主義で喜ぶ人間いればストレスで仕事が手につかなくなる者もいる。しかし、それが良い悪いと言っている内はそのレベルだ。そのルールを使い自分の求める成果を全力で成し遂げるのが成熟したビジネスマンのあり方だ。

そもそも根本的に、カルチャーが合わなければその組織にいてはいけない。

0627_g.jpgSVTでは新しいシステムやカルチャー作りに取り組んでいる。他社には真似が出来ないユニークなものに誇りを持ち、他社が出来ない貢献を社会にしたい。その一つの取り組みが前々項でも書いたが、「PM公募制」「所属プロジェクト希望制」でもあった。

これによってまだ大きな動きはない。しかし、経験的に私が言えるのは、このルールを使いオフサイドトラップを仕掛ける人間と、オフサイドにならないように気をつけてジッとしている人間とに分かれるということだ。必ずルールを「使う」奴が出てくる。当初は大多数はルールに「使われる」性質のままだろう。

SVT独自のルールやカルチャーが一般的に見て良いか悪いかは全く考えていない。考える意味がない。ひずみやデメリットもあるだろう。それがどうしたという心持ちだ。自分たちの主張のままに自由にルールも組織も作り上げるのみだ。誰にも文句は言わせない。(まあ、言う人もいないだろうが)

このルールを使い自分の求める何かを成し遂げる人間が出てくるのを待ちたい。人は誰かが育てるのではなく、自分で育つのだ。環境の善し悪しがあるとしたら、自由度の幅だろう。ただし、自由には責務がセットで乗るので、それを覚悟して自由を使い切った人間が次ぎのステップに進んでいくのだ。この自由と責務を徹底させ、人を育てると言う道がSVTの根底なのだ。

成長したい、やり甲斐のある仕事をしたいと言う人をよく見かける。そんな人にアドバイスがあるとしたら、より大きな責務を背負えということだ。責務があれば意識しなくても、自分を追い込み努力するしかない。責務を自ら背負えば、その分だけ気がつくと裁量権が増えている。最初にありきは「責務」に対する覚悟だ。その後がむしゃらにその責務を果たし、気がついたら能力も裁量権(やり甲斐のある仕事)も手に入っている。

この責務に対する覚悟があれば「PM公募制」も「所属プロジェクト希望制」も機能する。それが無ければ、結局事なかれ主義的に大した動きもなく終わるだろう。

今は俺自身、静観している。何かをやらかす奴が出てくるのか、何も変わらないのか。意志を強く表す奴がSVTでは主流なのか、現状と変わらない事を望むのか。ポツリポツリとなにがしらの動きは出てくるだろう。流れを起こす人間と、起こった流れに乗る人間は、人としての質に天地の差がある。これを分けるのはちょっとした勇気と行動力だけだ。

2007年06月25日 15:38

杭州訪問

0627_d.jpg現在中国の杭州に来ている。今回訪問する企業は数少ないオフショア開発で成功している中国系企業だ。ここは国策で作られた企業ではなく、完全に民間から草の根的に作られた企業なので、共感が持てる。ベンチャーとしてのユニークさや実行力を持っている。

我々としては今進んでいるインドとのオフショアモデルや、ベトナムとの連携スキームを完成させるために学ぶべき点が多い。今回は先方を視察した上で両社が共闘して、創り上げるビジネスの可能性をざっくばらんに話し合って来る予定だ。

2000年代初頭には中国のトップITベンダー20社に選ばれたということだが、その時の売り上げは4億円程度しかなかったという。それだけ中国におけるソフト産業の歴史は浅い。その中で人材を育て、日本との連携スキームを作り信用を獲得し続けた手腕は見事であり、強い個性と意志を感じる。

0627_a.jpg彼らは自分の強みと弱みをよく心得ている。自分の強みの使い方もよく研究している。例えばコストという彼らの武器について考えてみる。普通であれば、開発を安く請け負うので差額で儲けてくれと言う提案で止まる。しかし、企業の利益の取り方には様々な方法がある。

彼らのクライアントを年商100億円の日系中堅ベンダーだとする。売り上げは100億だが経常利益で1億円程度だとする。この企業の開発を20億だけ彼らが受け持ち6割のコストで開発を実現すれば、その開発だけで6億の利益がプラスで経常できる。株価は倍近く上がるはずだ。数十億を超える利益を株価の上昇によって獲得できるのだ。伸び悩んでいる企業に魅力的な提案だし、その気になって両社取り組めば実現も可能だろう。

問題はクライアントがその気になるかどうかだが。

0627_b.jpg海外との連携を進める中で、大きな障害になるのはクライアントの心理的な障壁だ。本気で成功させようと思い双方が取り組めば、オフショア開発も難しいものではない。事実成功例も増えている。ちょっとかじる程度に取り組んでみたり、少しの問題が出た時点で執着心なく撤退していては、成るものも成らない。また、どちらかが相手任せで何とかなると思っていては駄目だ。他力本願で上手くいくビジネスを見たことがない。だから、私自身も他社からの「これだけ儲けられますよ」と言う提案には絶対に乗らない。自分が全体像を理解し、努力しなければ儲かる事はない。双方の努力により成功させようと言う意欲があれば、必ず成功し大きな利益を得られる。

ビジネスのサブゴールはクライアントを儲けさせた時だと思っている。システムを開発して終了ではない。そのシステムによりクライアントがより強靱になり収益力を高め、次の仕事を頂けてサブゴールだ。ビジネスにおける勝利は常にパートナーやクライアントと一緒でなければ、構造が間違っている。

0627_c.jpg彼らが提示した株価上昇への提案も、最終的にクライアントをいかに儲けさせるかという発想から生まれている。大もうけ出来そうなアイデアだから凄いのではない。それを生み出すスタンスを持っていることが秀逸なのだ。システム開発という分野からはみ出している発想ではある。しかし、だからこそ個性が生まれるのだ。

システム開発であろうが他のあらゆるサービスだろうが、最終的にクライアントを豊かにし、強くするためにある。それが法人だろうが個人だろうが同じことだ。そこをずらさず自分たちが持つ、強みも弱みも理解し新しい個性溢れるビジネスを創り上げていけば良い。そして世界で唯一の組織と事業を完成させたい。

先ずは中国からも学ぼう。インドからも学ぼう。そして、我々の日本人としての、日本人エンジニアとしての強みを確立しよう。その中に見本が未来に向かう道が見えるし、君たちが進む道も明らかになるだろう。

2007年06月22日 01:31

ITパーク構想

インドは国策として国が主導してIT産業を育んだ。元々、イギリスの植民地だったこともあり英語人口も多く、数学的素養もあったので欧米の仕事を取る下地として高い可能性を有していた。しかし、それを国家的な産業にするために国を挙げた取り組みが必要だった。

0622_a.jpg現在インドには60カ所を越えるITパークがある。バンガロールから始まり、プネやチェンナイにもある。多くのITベンダーが集まり、規模が大きい場所では万を超えるエンジニアが一カ所に集まる。その溶鉱炉の様な場所で各ベンダー、各エンジニアがしのぎを削り錬磨されている。一個の町として全てがそろうITパークの中でエンジニア達は開発に没頭できる。

インドのITにおける成功を語る時に、このITパークの存在は無視できない。私自身も数カ所訪問したが、トリバンドラムのITパークではリアルタイムで名だたるインドのITベンダーが新しいビルを建設していた。数字だけでは理解できないインドIT産業の熱や勢いを実感した。ITの為に作られた町なので、建物や通信インフラなどもセキュリティーも含めて極めて整備されている。

同時に日本のIT産業と比べると危惧感がつのる。実際、社内の開発においてインド人エンジニアの実力も見ているし、各企業及び国家の取り組みというバックボーンの違いも大きい。そもそも、インドではITを生業にすることが成功への近道であり、11億人を越える人口の、素材的には上澄みの人材が優先的にエンジニアとなる。

0622_b.jpg日本がハイテク立国として世界と戦う為にはシステム開発のレベルアップは不可欠だ。ただし、インドやロシアなどと同じ土俵で開発競争をする必要はない。インドにはインドの強みがあり、日本には日本の強みがある。我々の強みは完成品に対する要求が厳しく、完成品をイメージし製品開発を主体的に行えるところだと思っている。

言い換えるとソフトウェアの上流を指揮し、エンドユーザーの満足度を上げる力においては世界でナンバーワンではないだろうか。インドやロシア、中国、ベトナムなどが台頭し、ボーダレスに開発ができる時代が来た時に、日本人エンジニアに求められるのは、単純な開発スピードや品質ではない。上記の様な強みを活かし、開発をリードする役割だろう。

その為には日本人エンジニアはマーケティング感覚を伸ばし、ビジネスモデル自体を認識し、新しい分野や製品を生み出す前線を指揮しなければならない。

また、アジアとの連携の中で最適な開発チームを組織し、品質、価格ともに世界的な競争力のある体制を実現しなければ、日本の役割はなくなるだろう。そのアジアのソフトウェア産業の連携モデルをリードするのがSVTであり、その為のチャレンジを続けている。

その様な取り組みの中で、浮上したのが日本版ITパーク構想だ。インドやロシアの高い技術と棲み分けながら、日本の強みを活かす場所としてインドを含めた他国とは違うITパークが日本国内に必要だと考えている。

0622_c.jpgそのITパークでは、全て英語での開発が行われる。大学を卒業して日の浅い才能の豊かなエンジニアが集う。しかも、中国、韓国、インド、ベトナム、インドネシアetcなど国籍を問わず、アグレッシブなチャレンジャースピリットを持ったエンジニアが実際の開発を共同で進める中で信頼とスキームを構築していく。

一定の期間が過ぎればチームは解散し、各々は自国に戻り復職及び起業に取り組む。日本人エンジニアは共に開発をした信頼できる人材をアジア中に持ち英語でコミュニケーションをとりながらオフショア開発を進めていくのだ。

現在の日本にはまだ経済的なパワーがある。インドもベトナムも日本市場に対する意識は高い。今なら日本企業をクライアントとするための訓練が出来るITパークがあれば世界中から人材は集まるはずだ。

海外と連携した開発を考える時に、契約処理やオペレーションの完成度だけで高いパフォーマンスを実現できるとは思えない。ビジネスの世界は基本的にウェットな部分も多く、「あいつなら信頼できる」「この仕事はあいつに任せたい」などの思い入れがあり、初めて強い連携の下に付加価値を生み出せる。

日本国内にはまだITパークと呼べる様な場所が無い。しかし、我々が構想するITパークは日本に必要であり、誰かが旗を振り早期に実現しなければならないのだ。それにより、アジアをリードし世界と戦えるIT産業が日本国内に成立するのだ。

大きな構想であり、今のSVTの体力を考えると戯言と言われるかもしれない。しかし、政府も大手企業も今までITパークを実現していなし、構想すら浮上していない。誰かが先導し作らなければアジア諸国の優秀なIT立国に勝利し、日本の地位を確保するのは難しいだろう。

ロマンがあるし、我々がやらずしてITパークを実現できる集団は無いと勝手に思いこんでいる。アジアとの連携を進め、日本がハイテク立国として未来を獲得するために必要な事業だ。だから我々はチャレンジする。出来るか出来ないかは分からない。そもそも、今社内においてもアジアとSVTとのフュージョンをすすめ開発を行っている。その規模を巨大化することがITパークへとつながるはずだ。

0622_d.jpg今、私は日本のある離島に来ている。多くのエンジニアがアジア中から集まるには、人を惹き付ける地場が必要だ。また地理的要件もある。我々は近い将来ITパークを建立する候補地を選定している。今はその為の視察を行っているのだ。条件が許せば候補地の買い取りも進めて行くつもりだ。地域も国も巻き込みながら実現出来れば本望だ。

京セラの稲盛会長がDDIを作った時に「動機善たるや私心なかりしか」と自分に問いかけていたと聞く。当時のNTTと対向する企業の必要性を感じ、自分の進む決断が正義であれば社会が自然と後押しをしてくれると考え、周囲の反対を押し切ってDDIを設立したと聞いている。

私のITパーク構想はビジネスとして成功するか失敗するかは分からない。未来の事なので勝ち負けはある。ただし、自分の本心には嘘をつきたくない。成否は不明だが、確かな事をあげるのであれば、私自身の心境は「動機善たるや私心なかりしか」である。

ロマンを追求し多くの人を幸せにする事業を創り上げたい。

2007年06月18日 12:59

新体制発表

0619_b.jpg先日6月度の社員総会が開催された。いつも通り各PM(プロジェクトマネージャー)から今後の指針や現状の報告などされたが、今回の発表は今までとレベルが違うものだった。

この総会において新体制が発表された。元々理想とすべき組織像はある。エンジニアと分類される人間を、いかにビジネスの領域に昇華させるかがSVTのミッションであり、それを実現するための組織体制についての構想はある。しかし、理想にたどり着くまでにいくつかのステップが必要だと思っている。そのステップを少し早め取り組んだのが今回の体制だ。

組織の改革は瞬間を見れば血を伴う事も多く、全ての人にとってメリットがあるとは言えない。一人一人のメリットにフォーカスしては計画的かつ意志ある理想は達成できない。よって、プライオリティーを挑戦と進化に絞り、全力で会社が進むことに各個人がついてくる姿が、全員が自立的な幸せを掴む事ができる最終的なスタイルだと思っている。大競争の時代を迎えた現代社会において、進化出来ない事は競争優位や区別化がなくなることを意味し、企業は生き残る理由を失う。特にベンチャーにおいては、その結果は早期に訪れる。

我々は刹那的なメンバー個人のメリットには頓着をしない。生涯を幸せに生きる場としての企業ではありたいと思う。

話を戻す。

新体制の肝は、二つある。

★所属プロジェクト希望選択制
★PM公募制

この二つだ。

0619_c.jpg【所属プロジェクト希望選択制】

これは基本的には各メンバーは自分がどのプロジェクトに所属するか自分で選べる制度だ。当然、各PMには拒否権がある。双方の合意が基本であるが、部下は上司を選べるし、上司も部下を選ぶ事がSVTにおいてはできるという事だ。

能力的にも人間的にも尊敬と信頼に値しない上司の元から部下は自分の意思で離れる事が可能だ。一応、営業管轄という箱があるので、どこのプロジェクトにも所属できなかったメンバーや、時期PMを狙い準備にあたるリーダーの居場所もある。その他のメンバーはやはり、組織を形成しビジネスを進めるという経験を積むべきなので、どこかのプロジェクトに希望し所属すべきだと思っている。

0619_a.jpgSVTの管理会計をベースにした新しいマネージメントシステムの理想形では、各メンバーの給与も、今後取組むビジネス分野やメンバーの人事などもPMが決定し、最終的にチームの営業利益にて評価を決める姿となる。これは来年4月から施行予定なので、この1年で段階的に組織を進化させるつもりだ。理想の段階では、休暇規定やボーナス、社員旅行等の福利厚生などもチームごとに自由に決められる。

楽しそうな会社や制度に見えるかもしれないが、これによってメンバーが背負うプレッシャーと責任は同年代のビジネスマンの中でもかなり高位にいくはずだ。

一切の言い訳や逃げ道は断たれる。自分の実力のみと対面し続けなければならない。

PMは自分で部下を選んだのだから、上手くいかないことを要員のせいにはできない。人が集まらなかったのも、自分のリーダーシップが弱い事に原因がある。チームの方向性、自分の人間性、実務能力etc・・・、これらによって要員の確保も決まるので、人が来ない事も会社や営業のせいにはできない。同じ条件で案件を確保し売上を上げているPMがいる以上は、「会社が案件をふってくれないから・・・・」などの言い訳も許されない。

各メンバーも自分が選択し所属したチームだし、自分が選んだリーダーなので、全力でそのチームが勝利するように動かなければいけない。これだけの裁量権がある訳だから、自ら動けばなんとでもなる。

「言い訳」や「愚痴」などという非生産的で、周りも自分も不幸にする穴ぐらに逃げ込めない制度である。

また、一端所属したら1年は移動は認めない。この制度によって、「人」に対する責任感も成熟させたい。一度自分が責任を持って育てると思ったメンバーは、プロジェクトが終了しようが、自分のチームの状況が悪かろうが、利益が厳しかろうが、最後まで育てる。この様なウェットな思い入れや責任感がビジネスの世界では思ったよりも必要であり、力になると体験的には私は理解している。だから、同じように「人」に対する感覚を各メンバーにも成熟してもらいたいと思っている。当然、希望してそのプロジェクトに所属したメンバーも、自己努力やチャレンジをせずに、「自分に合わなかった」「思ったのと違った」などの理由でチョコチョコとチームを移動することは許さない。

0619_d.jpg【PM公募制】

本来リーダーは自分の意思で覚悟して、その立場につくべきだ。会社から任命されたからつくものではない。また、人生という限りられた時間内で、各メンバーが最短で自分の目指すところに駆け上がれる環境にしたいと思っている。

SVTにはキャリアも意欲もあるエンジニアが中途で入社するケースも多い。チャレンジをしたい、高い裁量権で未来を自力で作りたいなどの理由で大手から転職される方もいる。これらのメンバーが一足飛びにPMへ駆け上がれる階段が出来上がったのだ。

また、若手でエンジニアとしてのキャリアは浅いが、リーダーとしての構想力や実行力が強い素材もいるだろう。彼らがPMの職に着くことは全メンバーにとってのプラスになるだろう。

SVTの組織は極めてフラットだ。PMの上には役員会くらいしか決定機関はない。完成形ではPMは経営者とほぼ同じ権限を持つ。このPMに覚悟と実力のあるメンバーは入社年数や年齢にかかわらず自力で就任できるのだ。

当然、収益に対するコミットは規模、率ともに必要だ。それに対する責任感も必要だ。本人をリーダーと認め所属するメンバーの確保も必要だ。ふさわしくない人間をその任に当たらせるつもりはない。

以上2点の導入を今回は発表した。より自由度と責任を強化した制度である。

制度は意志ある人間が使って初めて活きる。これらの制度を使い、全メンバーが一つ上の階層へ己のレベルを上げて欲しい。

0619_f.jpg冒頭にも書いたが、今回のPMの発表はレベルが違った。リーダーとしてのアイデンティティが問われていることをよく理解し、他のチームとは違う独自のミッションを想いを込めて打ち込んでいる姿があった。それを見た時に、この方向に間違いはないと確信した。SVTのメンバーは俺が思っているよりも、チャレンジャブルでリーダーとしての素養も高いのではと感じた。

この制度は6月度総会で発表したいとPM会議にて事前に打診したところ、「当然の制度だ」という反応だった。自分のチームから人がいなくなったら困るなどの自己の利益に固執するメンバーは皆無だった。理想に近づくのだから望むところですよと言う反応だ。実力がなければ部下は去っていく制度なので、各PMのプレッシャーは当然あるだろう。それを微塵も見せず、今回の総会での発表ではガチンコでリーダーシップを取ろうという決意を感じた。素晴らしい仲間だ。

この件について書くと話は尽きない。長くなるので、この項はそろそろ終わる。その後の反応については後日書きたい。

0619_e.jpgちなみに自社の体制やノウハウなどについて「どこまでオープンなんですか(突っ込み調で・・・)」と言われる。恐らく誰も弊社の姿を真似出来ないだろうし、真似をする気もないだろうと思いオープンにしている。更に、たとえ真似をする企業があり、それで発展するなら日本の為に良いのではないかと本気で思っている。何か弊社から学んでいただき、それで発展する企業あるなら社会貢献と言う観点から本望であるし、SVTよりも早く上手く我々の理想を達成してくれる会社があるなら、そちらが発展してくれた方が世の中の為だ。その結果SVTが倒産しても、それは必然だろう。

よって、よく競合他社様やパートナー様から、「採用ノウハウを教えて欲しい」「社内で講演をして欲しい」などの依頼を受けるが、予定さえ合えば無償で協力させて頂いている。ノウハウやビジネスモデルなどはすぐに劣化する。大事なのは新しい事に常にチャレンジできるエネルギーや価値観だ。だから、ノウハウになってしまったものはオープンにし、我々は新しいものに取り組んでいけば良いとも思っているのだ。

よくビジネスアイデアを秘密にして大事そうに抱えている起業家志望の方も見かけるが、真似されて先にやられるようなら、あなたがやらない方が世の為だとアドバイスしている。また、一つのビジネスで一生飯が食えるわけじゃない。良いアイディアは実行するビジネススキル、ビジネススピリットがあって初めて日の目を見る。せこく秘密を守るより、大らかに万人を巻き込みビジネスを広げるような人間になって欲しい。

話は戻るが、SVTが挑戦する未来をライブでオープンに中継していくつもりなので、今後もお付き合い頂ければ幸いだ。

2007年06月13日 12:18

ストレス

組織には常にストレスが必要だと思っている。これは人間にも言えることだ。日常、ストレスは悪者として敬遠される。しかし、ストレスがあるので、組織や人間は進化するのだと思う。

0613_b.jpg何かに挑戦し、また問題解決をして一定の安定した状態が訪れる時が来る。私自身は変化に挑戦している時や、問題が明確になり改善に全力をあげている時に不安感は持たない。一番不安なのはそれらのストレスが存在しないときだ。一定の安定が訪れた時に次ぎの仕掛けを前倒しにしないと、何倍もの危機を迎えることを経験的に理解しているのだ。

私がチャレンジャーで居続けられるのは、勇気があって雄々しいからではない。どちらかというと根が小心者なので、守りに入った時の焦燥感に耐えられないからなのだと思う。ストレスがかかり、それを背負い次ぎのステージを狙っている状態にいないと、未来に対する不安感を払拭できないのだ。

だから、常に事業も組織も完成しない。常に次がある。そういう感覚のまま20年仕事をし続ければ、チャレンジし続ける姿や人格が出来上がるのだろう。

ストレスを生み出す為の手はいくつもある。良性のストレスを作り出すには進化する方向で、現状を否定する、もしくは異文化を受け入れなければならない。この勇気が持てなければ、本質的な進化は不可能だ。

新しいルールを社内に導入するのも一手だ。また、社内に変革をもたらす人材を投入し、新しい文化を生み出す試みも良い。まあ、社内に変革をもたらすほどの人材はそうはいない。自発的に変化をする為に新しいルールを作り、新しい組織を作り続けるのが現実的だろう。

0613_a.jpg私がSVTのメンバーに対して意識しているのは安定の穴蔵に閉じこもらせないと言うことだ。良いメンバーで固まって、こぢんまりとプロジェクトを運営していれば、それなりの利益率も確保出来て、ストレスやプレッシャーも軽減できるだろう。しかし、それで本当に良いのかということだ。それで、君の未来は作られるのかと言う事を問うのだ。

一定の安定を実現したら、自らそれを壊す勇気と行動力を持たせたい。常に進化し続ける人と組織を作りたい。刹那的な損得を考えれば、自分が作った組織を部下に渡し、新しい事にチャレンジするとか、今まで創り上げてきた物を捨てて新しい事にチャレンジするのはもったいないのかもしれない。しかし、前述した様な理由で、過去の遺物に執着しても発展もないし、何よりも自分の心持ちのなかに清々しさが無くなる。

既得権や安定に執着しなければ、清々しく己の信念のままに生きられる。損得にとらわれるととたんに嫌らしさが臭いはじめる。人を惹き付け、人に信頼される人格ではなくなる。表面的には繕えるだろうが、優秀な人には通用しない。

私自身、今までいくつかの会社を立ち上げて来た。現在代表権を持っているのは一社のみだ。株も経営権も惜しみなく、後発の人間に譲渡してきた。適正な代金を頂いた事もない。私自身の存在価値は経営出来るレベルの人材を育成することだし、何よりも常に何者にも囚われず、清々しく美しく生きたいと思っている。

自分の現在の実力にも自信があるし、経営や事業運営に関してはプロだという自負がある。だから、今の立場に執着しなくても同等以上の収入は得られる自信もある。よって、自分の理念と夢の為に時間を使い続ければ良いと思っている。また、私が必要であればそれなり立場や収入は自ずと舞い込んで来るとも思う。だから、現在の立場や収入にも執着しなければ、社員にもクライアントにも阿る事はない。

執着すべきは、理念でありビジョンだ。立場やお金ではない。

この様なスタンスで現メンバーにも相対してきたので、私の意向は少しずつではあるが伝わっているのかなとも思う。

0613_c.jpg日曜日の勉強会の中で最大規模を誇る「マーケティング勉強会」のリーダーが7月から交代する。その規模に合わせて多少のフィーも出るので、規模が大きくなればちょっとした臨時ボーナスみたいなものも得られる。しかし、今回ここまで勉強会を運営してきた疋田取締役と若山PMはその任を後輩に託し、新たな勉強会の立ち上げに挑むという。

組織の進化の為にこともなげに自らの既得権を放棄できる事は簡単ではない。

社内の事業においても、各PM間での連携も進んでいる。自分の利益や立場や、小さな組織よりも、会社の勝利やメンバーの未来を第一義に考えている姿をよく見る。その姿が見えているので、新しい組織体制の施行を7月から行おうと決意したのだ。

これはSVTメンバーへの要望だ。

SVTは変化に挑戦し続ける集団だ。その分、君たちは多くのストレスを背負うだろう。しかし、そのストレスが君たちを押し上げる原動力であることを理解して欲しい。これからの長いビジネス人生においてストレスから逃げる場所はない。君たちがリーダーシップを取ることも、成果を上げることも、成長することも放棄した時にだけ、ストレスから逃げる事は可能だ。しかし、その時に君たちに訪れるのは、虚無感や漠然とした不安感だろう。幸せにはなれない。

多くのストレスを背負う覚悟をして欲しい。その上で、目先の利益にも囚われず、過去にも囚われず、嫉妬や後悔もせず、未来へ向かって爽やかに堂々と戦う姿を目指してくれ。多くの人に素晴らしい影響を与えるリーダーとして、能力と人格を兼ね備えた姿を目指して欲しい。

明後日の社員総会にて、7月からの組織体制に対して重大な発表がある。何とか出来る人は最優先で出席して欲しい。また、それを受けた各人の動きが「フォー・ザ・カンパニー」「フォー・ザ・メンバー」であることを心から期待している。

2007年06月11日 16:24

選択

世の中に愚痴を吐き不満を述べながら会社に通い続ける不思議な人たちがいる。愚痴があるなら、他の会社に移るか、今の職場を愚痴がないような環境に変えるのが正しい姿だ。愚痴を吐きながらその会社に勤め続けている人は、理屈が合わないし、そもそも失礼だ。

何故そのような状態になるのか考える。一つの結論は自分で「選択」をしてこなかったからなのだと思う。自分で断固たる意志を持って、今の職場を決めたならいずれにしろ自己責任なので、愚痴を言うのはお門違いだと誰でも分かる。

しかし、何となく入れる企業、世間体の良い企業に流れ着いてしまった人は、全てを自己責任として受け止めきれないので都合の悪い事を他者のせいにしてしまう。

0611_a.jpg世の中の全ては自力本願が基本だ。選択や運命を他者に投げては駄目だ。自分で決めるしかない。誰も責任もとってくれなし、他人任せの人生で幸せになるとも思えない。

私がまだ社長では無かった頃、営業の前線で飛び回っていた。良い成績ではあったが、ちょっと売上が下がり気味のタイミングで、当時の社長に「もっと○○しろ」と言う様な指示を頂いた。まあ、上司ではあるし、アドバイスというよりは指示だという実感で、その通り動いた。しかし、成果はあまり上がらず、それどころか「何故○○したのだ」と言うきつい叱責を頂いた。つまり、当時の社長が出した指示と同じ内容で叱責を受けたのだ。多分、自分で出した指示をその時は忘れてしまったのだろう。

その時学んだのは、結局誰も責任を取ってくれない。自分が責任を取るしかない。どうせ責任を取るなら、自分が思ったとおり思うぞんぶんやりまくって、叱られるにしろ、処罰されるにしろ悔いの無いようにしようと言う事だ。

結局、君たち自身の人生も誰も面倒は見てくれない。物理的に家族以外の人間の面倒を他者がみるのは不可能だ。これはどんな大企業だろうが同じだ。面倒を見てもらう人が一定の割合を超えて増えたら、あっという間に企業は傾く。バブルの崩壊後に「失われた10年」と言われた時代を振り返ってみれば明らかだ。

銀行も倒産し、多くの巨大メーカーも何千人という単位でレイオフを進めていたではないか。国も救済措置をするほどの予算はない。そもそも、毎年30兆円以上の借金を積み重ねている、経済観念の欠如した貧乏人に我々を助ける力があるはずがない。

誰も君たちを助ける事は出来ないし、セフティーネットなんて言うのは物理的に不可能だ。誰も君たちに対して責任をとってくれないし、事実取れないのだ。

0611_b.jpgだから君たちは悔いの無いように自分の意志と判断で「選択」しなければならない。「決意」をし、選択をし続けなければならないのだ。その代わり、一切の愚痴も後悔も不満も無しだ。全ては自分の責任なので粛々と受け止めよう。良い事も悪い事も自分が招いた事だし、自分の選択の結果だ。

自分で選択をした瞬間から自分の逃げ道はなくなる。多くの人は逃げ道が欲しいので、誰かが決めた事だというスタンスを取りたがる。決めたのは自分じゃないということだ。でも、それで良い事は、実はあまりない。

今自分がした選択は、今の自分のレベルで出来る最高のものだ。それ以上は無理だったので、その選択をしたのだ。選択に後悔するよりも自分がした選択を成功に導く為に努力すべきだ。

選択に良いも悪いも無い。選択に間違っているも正しいもない。今の自分のレベルでの結論なので、それ以上の判断は出来ない。そして、多くの選択は決断した時点では成否は決まっていない。選択した道を正しかったという結果に仕上げるのはその後の行動だ。迷い無く全力を注ぎ込んで自分が選んだ道を成功させるのみだ。

SVTでも、組織を新たなステージに一歩前進させる改革を今月から行うつもりだ。組織の進化をより加速させて行きたい。その結果として、各リーダー、各メンバーにはより大きな自由度と、それに対する責任がのしかかる。

自分が取り組む事業、手を組む仲間、全てを自己責任で選択し、逃げ道を無くした状態でビジネスに当たらせるつもりだ。

これはSVTメンバーに対する要求だ。

0611_c.jpgビジネスの世界のみならず、人生全ては自分が責任をとらなければならない。誰かの顔色をうかがっても、誰かの機嫌を取ってみても、その相手は君たちの責任なんか背負ってはくれない。末端のうちは責任から逃れる事も可能だ。リセットして他社へ転職して逃げてしまえば、やり直しもきくかもしれない。しかし、上のポジションへ行けば行くほど、逃げ場はなくなる。だったら、最初から誰かの機嫌を取る事も顔色をうかがう事もやめてしまえ。失敗したら全てを背負う覚悟で君達らしく、エネルギーがあふれたビジネスをするべきだ。後悔しない為には自分で決断し、自分の能力を使い切る事だ。その上で、達成できなかったことはしょうがないじゃないか。開き直って、果敢に挑んで欲しい。

新しい組織体制の中で、SVTは次の挑戦を始める。君達はビジネスの力を上げる為に、生涯を生き抜き自分のロマンを全うする為にここに来たはずだ。君たちも自分の才能と自分の時間を燃やしきり、悔いのないよう未来へ進んで欲しい。

2007年06月08日 14:52

公私

0608_a.jpg6月に入り、4名の新入社員が月初から研修を行っている。昨日から朝礼も参加している。既存の社員達も良い刺激を受けているようだ。

新入社員が来る度に話す事がある。SVTにおいて私が実現したい組織の前提となる価値観についてだ。

新しいメンバーのキャリアは様々だ。未経験者もいれば、上級SEもいる。当然、同じパフォーマンスは求めない。しかし、それぞれの現状においてやるべき事はある。求めるのは、自分の出来ることを全て出し切ることであり、公に一つでも多くを貢献しようという姿勢だ。

司馬遼太郎先生の著書は結構好きで、一通り読ませて頂いた。吉田松陰と高杉晋作を中心に幕末の模様を描いた「世に棲む日々」と言う作品がある。その中の一節で、吉田松陰が幼少時代に叔父でもあり師でもある玉木文之進に頬を掻いて殴られるシーンがある。

武士とは公人であり、公に貢献する存在である。それ故に地位があり、所得がある。頬が痒いのはあくまでも私である。私事に意識を奪われるようでは、武士として失格である。

大枠だが、この様な理由により殴られたと記憶している。多少ニュアンスが違ったらご容赦願いたい。物書きではないので、細かく調べず書き殴らせて頂く。玉木文之進の教育姿勢を表す逸話であり、吉田松陰が成長した後に何故あの様な生き方をしたのかを理由づける一節でもある。

ここまで公に徹する必要もないが、私自身も仕事の場においては公人だと思っている。また、SVTのメンバーにも公人であることを要求している。

0608_c.jpg「私」を必要とあれば捨てる。例えば、今までシャイでコミュニケーションが苦手な人がいるとする。そんな過去やプライベートはその辺のゴミ箱に捨てて欲しい。朝の挨拶は、ぼそっと言うよりは大きな声でした方が会社の雰囲気は良くなる。社内ではノロノロ動くよりは、素早く動いた方が印象も良いし活気も感じる。これくらいの事が負担に感じる人間が生きる場所はビジネスの世界にはない。好き嫌いではなく、社内の人間とは連携を深めるために積極的に各人がコミュニケーションを取るべきだ。好きとか嫌いとか、面倒くさいとかは「私」だ。そんなものプライオリティーを仕事の場で上げているから、いつまで経ってもアマチュアだし、一線を越えられないのだ。

もし、圧倒的な何某らの能力があり、それで十分貢献できているなら無理にとはいわない。しかし、例えば技術も未熟でまだ組織に何の貢献も出来ない人間が、出来ることもやらないとしたら救いようがない。技術が無いなら挨拶くらいは貢献しなければいけない。会社に収益を入れていないのなら、それ以外の場で少しでも役に立つ様に貢献しなければならない。その様なスタンスが取れない人間はビジネスマンとして信用が出来ない。

十分収益的にも貢献し、会社の役割を現状で担っている人間だとしても、会社の雰囲気やカルチャーを作るためなら「私」を捨て、リーダーシップを取るのに、それも出来ていない人間が貢献する強い意志を示せないとしたら救いようがないということだ。

私自身も仕事が出来ない次期は大学を辞めてから何年かあった。会社に貢献出来ず、組織の中での存在感もなかった。ただし、組織に貢献しなければという強い意志から来る焦燥感みたいなものは絶えず持っていた。誰かから指示された訳ではないが、当時、始業の一時間前には出社し、空き缶や灰皿を片づけ、出社してきた仲間に「おはようございますっ!」と言って叫んでいた。そんな事で成果がでない現状を許される訳でもないし、許してもらおうとも思わなかったが、少しでも会社に貢献したかったのだ。

0608_b.jpgその意志が今の自分を作ってきたのだと思う。前にも書いたが私自身、自分の才能には全く自信がない。要領よく仕事をこなせた時はない。不器用だし、当時は未熟でもあった。上手くやる才能は無かったが、今思えば物事に対するスタンスは間違っていなかったように感じる。これも一種の才能なのかもしれない。

駄目な奴は自分で駄目な奴への道をひたすら歩んでいる。公より私を優先し、人にも信用されず、大した才能もないのに、その才能にすがって生きている。結果的に人以上の成果も出せるはずもなく、高いポジションも所得も、やり甲斐のある仕事ですら獲得できないのだ。「私はこういう性格だから・・・」「俺はこうしてきたし・・・」と言う逃避やさぼりを個性と勘違いしているのだ。

私自身の姿はあくまでも後天的に作ってきた。公人としての責務を全うし、自らの思い描いたビジョンを達成するために必要だったからだ。

朝礼の挨拶やスピーチで声が大きいのも生まれつきではない。社会に出てから意識してそう言う習慣をつけただけだ。リーダーとして不器用な自分が少しでも全体に貢献する為だ。

歩く速度が異様に速いのも、常にバイタリティー溢れた姿で、多くの仲間にエネルギーを与えたいからだ。生まれついての物ではない。社会に出てから作られたものだ。

人の良い所しか見ないのも、人を育成し最大の能力を発揮させるために後天的に創り上げた性質だ。

愚痴も不満もネガティブな事を言わないのも、リーダーとして適切な姿を追い求め創り上げてきたからだ。高校、大学時代は「かったりー」「めんどくせー」と言いながら、ふらふらと生きていた。

後天的に創り上げ、今の自分がある。本来の自分らしさみたいなものも残っているが、求める自分像に必要ない物は排除してきた。この状態を個性があるというのか無いというのかの判断は後世に任せる。人生をかけ、自分の夢を全うする為に全てを費やすのみだ。

君たちも今の仕事で食を得るかぎりはプロだ。どれだけ組織の勝利に貢献出来るかが問われているプロだ。集まったメンバー全員が、出来る限りのものを出し合い、競争社会の中で勝利できる組織が成立するのだ。

恥ずかしいとか照れくさいとかは捨ててしまえ。朝、会社に入ったら出来る限り大きな声で挨拶くらいして欲しい。自分が恥ずかしいとか、寝起きでかったるいとかよりも、周りに対する影響を優先すべきだ。疲れた顔も会社ではするな。不安な顔も会社ではするな。自分の顔くらいマネージメント出来ずに、どうやって部下をマネージメントするのだ。ここは君たちが勝負する舞台だ。舞台に上がってから、休む俳優がどこにいる。手を抜くプロがどの世界にいるというのだ。

0608_d.jpg現場では出来る限りのリーダーシップを狙うべきだ。それは社内外問わず、自分がその場を仕切ってリードしろという意味でだ。自分はリーダーに向いているとか、向いていないとかもどうでも良い。公人として、最も大きな収益を生み出せるように、最も大きな成果を導けるように、必要なリーダーシップをとらなければならない。

公人であるためには強靱な意志力が必要だ。ストレスとプレッシャーがかかる。しかし、良い悪いは別として、社会において階段を上がるというのはそう言う事だ。そして、みんながそれぞれのレベルで出来る限りを会社という箱にぶち込み合って、その総和によって企業力は決まるのだ。

個性を捨てろ、個を軽んじろと言うのではない。私はサッカーがかなり好きだが、サッカー選手も個性がある。フリーキックが上手い奴もいればヘディングが強い奴もいる。ドリブルが上手い奴も、正確なキックやトラップなどの基礎技術が高い奴もいる。それぞれがプレーヤーとしての個性だ。それらの個性も武器にし、献身的に走って組織力を上げることも考え、チームの勝利に貢献するのが各プレーヤーの責務だ。実社会に等しい。個性も使い、チームの戦術も理解し最大の貢献をすることが最優先だということだ。

このブログを読まれている方は若い方が多いと思う。自分で思っている以上に君たちはまだまだ大したことはない。人手不足なので、ちょっと面接等でちやほやされて勘違いしてはいけない。まだまだ、ビジネスマンとも呼べないレベルである方がほとんどだろう。君たちが出来るのは身体を張って組織を勝利に導くことだ。未熟なのだから上手くはやれないだろう。だから、必死やればいいのだ。一つでも多くの貢献を探して欲しい。一つの挨拶や声の大きさ、前向きな発言でよい。出来ることから一つずつ貢献し、組織において交換がきかない存在として未来へ進んで欲しい。その過程で必要な人格が育まれていくはずだ。

2007年06月05日 18:25

エンジニアも営業をすべきだ

業界に詳しい方はご理解頂けると思うが、プロジェクトの谷間が生じエンジニアが社内に待機するケースがある。この様な時期は、技術的な補強をしたり、プレゼン用の資料を作ったり、提案書のまとめを手伝ったりしている。

弊社の場合は積極的に営業活動に勤しんで頂いている。商品は自社であり自分だ。この活動により、自分の市場価値も分かるし、市況も理解できる。自分が何をすれば、一番チームに貢献できるかも理解できる。

0606_a.jpg何よりも「営業がこんな仕事を取ってきて・・・」「今回の現場は俺の本意ではないが、会社がやれっていうから行くよ」などと言う浮世離れした言い訳が言えなくなる。逃げ道があれば、人間は最善を尽くさない。結果、自分の能力も上がらず無駄な時間を過ごしてしまう。自分さえ本気ならどんな現場でも学べることはあるはずだ。現状を他者のせいにして、言い訳に走らなければ必ず学ぶことはあるはずだ。

エンジニア達の営業をした後の感想は「思ったよりも自分の市場価値は低い。上のフェーズにチャレンジさせてもらう為には、相当謙虚になり頑張らなければ駄目だ」と言うようなものだ。自分の価値を正しく理解していないので、「要望」ではなく「我が儘」を言ってしまうし、社会を理解していないなと思われてしまう。

また、自分の取り組みたいプロジェクトを自分で取ってこられるなら、キャリアも業績も思うがままに積みあげられる。思う方向に進むことが出来るのだ。

自社や自分の売り込み方も鍛えられるので、様々な現場に行った時に、クライアントに自社を売り込み、ビジネスを発展させる事も出来るようになるだろう。

何よりも自力で事業を立ち上げる時に多くの人が一番苦しむのは営業だ。良いビジネスアイデアがあり、商品などを開発しても、それをお金に換える事が素人には出来ない。今までいくつかの事業を私自身が立ち上げて来たが、成功率が極めて高いのは、強力な営業能力によって初期段階に契約を成立させ会社にお金を入れることが出来たからだ。

昨今は独立を志向する方もずいぶん増えた。私はこの道しかしらないし、この道においてはプロだと思っている。私の様なプロと素人の大きな差は、事業に取り組む時の想定力の精度ではないかと思う。

今まで使い込んできた想定力により、現状がどういう動きになる可能性があるかを瞬時にイメージする。ネガティブな可能性もポジティブな可能性も両方とも想定し、先行指標によりいち早く察知し対応する。また、事業に取り組む時も最終的にお金が銀行口座に振り込まれる所までイメージできなければスタートしないし、どうしてもやりたい事業なら想定の隙間を全力で埋める。ここで大事なのは「お金が振り込まれるところまでイメージする」ということだ。お客さんが喜んで終わりではない。競争力のある商品がイメージできたから終わりではないのだ。

この想定力があるから、新しく起きる事柄にたいして自信をもって指示を出すことができる。最終決定者として決断を下すことが出来るのだ。

ビジネスにおける想定力を研ぎ澄ます為にも営業経験を積むべだ。お金に換わる所の感覚を磨くのだ。この感覚を得て、初めてリアリティのある戦略や事業プランが描ける。当然、将来ITスキルを高めコンサルテーションに特化していこうと志向している方も、この感覚を実践の中で得なければ、口先だけの自称コンサルタントになってしまう。自分が得た知識を人に伝えるだけでは本来コンサルタントとは言えない。ひいき目に見ても「トレーナー」と言う程度で付加価値の高い仕事ではない。まあ、ちょっと学べば誰にでも出来る。

プロのコンサルタントならば、ITを道具として現状を打破するような提案が出来なければ駄目だ。欲を言えばその提案を実行するだけのリーダーシップがなければプロとは言えない。世間は自称コンサルであふれかえっている。しかし、本当のプロフェッショナルは1%もいないだろう。

その差異がどこにあるかと言えば、アイデアや提案、企画などをお金に換えるまでデザインし実行できるかということだ。この感覚は営業の前線、事業の前線でしか得られない。だから、営業マンになれとは言わないが、その経験は早期に積むべきなのだ。

SVTのメンバーはエンジニアでありなら、面白がって営業の現場に飛び込んでいる。多くを学び他社のエンジニアにはない力を育んでいる。能力もあるが、好奇心旺盛で自分の知らない世界に挑戦するメンタリティーが素晴らしい。

新しいクライアントやプロジェクトも世間の営業並に取ってきたエンジニアもいる。確実に成果も出している。

ビジネスには常にバランス感覚が必要だ。絶対的な正しさはなく、バランス感覚の中で正しい判断を下し、指示を出し行動をしなければならない。判断の正しさは状況によって変わる。そのバランスは分業からでは手に入らない。言い換えれば縦割りの分業の中からはビジネスマンは生まれない。事業の全てを上空からとらえて初めてバランス感は働くのだ。このバランス感を養う為にも、強い好奇心と行動力を失わず、営業にもその他の業務にも挑戦し続けて欲しい。ビジネスマンにとって大事なのは、会社が勝利するための業務全てが自分の仕事だという価値観だ。君たちはエンジニアではない。組織を使い、組織で戦うビジネスマンなのだ。

2007年06月04日 19:25

代償

週末は福岡で会社説明会を開催した。一般的な説明会の様に、会社の情報や仕事内容などを話す時間はほとんど取らない。これから何をしたいか、何故それをしなければならないかを延々と話させて頂いた。また、日本におけるエンジニアの現状についても話した。

そもそも、仕事内容は会社が発展していけば変化していく。現状動いている業務をするために入社されては困る。新しい業務を作り、会社や事業を推進するための仲間を集めているので、未来に目指す姿に共感してそれを創り上げる為の一翼を担える人と仕事を共にしたい。

再三ブログでも書かせて頂いているが、先にありきは各人の人生だ。その方向性が決まれば、最善な道は自ずと決まる。SVTが必要かどうかも答えが出るはずだ。

0604_a.jpg難しい話ではない。例えば、「ハードワークをしてでも能力を上げたい」とか「そこそこ努力はしても良いけど、全てをなげうっても仕事に没頭するのは・・・」とかで良い。当然の話だが世間の社会人のほとんどは所得も上げたいと思っているだろうし、能力における絶対的な安定も欲しいと思っているだろう。しかし、残念ながらハードワークと高い性能はセットでしか手に入らない。そこそこの努力で高い所得や能力が手にはいることはない。運が良ければ一時的な所得はさしたる努力無くして手に入る時もあるが・・・。

この様に生き方のベースをいくつか決めないと入社した後に「イメージと違う」「僕が本当に求めている物は・・・」とか言い出す。

そもそも、修行というのは苦しいものだ。十分なビジネスマンとしての土台が築けていない多くの若人が、一つ上のステージに上がるために修行が必要だ。当然、苦しさが待っている。苦しさに耐えうる手段は一つしかない。「覚悟」して歩みを始めることだ。この「覚悟」が無いと苦しい修行から逃避するために、「自分の考えとは違う」「自分の生き方とは違う」と言ってスタートした当初の意志を捨て自分自身を、何の努力しない楽な方向へと導いてしまう。自分すら説得してしまうのだ。

40歳の多くの社会人を見て欲しい。

仕事が楽しくてしょうがないと言う人間がどれだけいるというのだ。仕事は無能のまま楽しくすることは無理だ。楽しいのは仕事が出来るからだ。特に上の階層に行けば行くほどそうなる。

所得に満足して社会人がどれだけいるというのだ。人並みの20代、30代を送って、よほど才能に恵まれた人以外は満足した所得を得られる事はない。

仕事が楽しくない40歳も、所得に不満のある40歳も、才能が無かった訳でも環境に恵まれなかった訳でもない。当然例外はいるし運不運はある。ただ、40歳になるまでの20歳からの20年間、血を流し、汗を流し、リスクのある道に挑戦し続けた方がどれだけいるだろう。自分の才能を呪う前にやるべき事をやったのか問いたい。十分な代償を払わずに迎えた現状に同情の余地は微塵もない。

仕事に対するストレスも本質的には仕事が出来るようにならなければ解決されない。将来に対する不安もそうだ。

0604_b.jpg何かを得るためには代償を払わなければならない。これは真理だ。多くの社会人は能力を上げたいとは言う。しかし、その為の代償を覚悟してスタートする人は少ない。時間が削り取られるかもしれない。背負った責任へのプレッシャーから眠れぬ夜が続くかもしれない。しかし、それらは自分が望んだ力を得るための代償だ。最初に覚悟しておけば、当然のものとして受け入れられる。本来、人間の耐性はかなり高い。最初からそれらを背負う覚悟をしてしまえば良いのだ。もしくは、人以上の人材になることはあきらめるしかない。

現場で最善を尽くすのは当然だ。プライベートの時間を削り、人以上に自分に負荷をかけ相応の能力と評価は獲得できる。SVTのメンバーはこの現実が良く分かっている。だから、現場で成果を出すのは当然として、日曜日に勉強会を開催し、仕事が終わった後に新しいビジネスプランを練ったりしている。

SVTの仲間になるということは、これらを理解し覚悟の下にビジネスマンへの道を歩むと言うことだ。代償を払ってでも、全精力を注ぎ込んででも、最高に楽しい仕事、感動できる仕事がしたい方は是非一度お会いしたい。

望む望まないに関わらず、君たちが高い位置に上がるなら、想像を絶する負荷を背負いビジネスをしなければならない時がくる。その時頼りになるのは自分のビジネス能力と、重い負荷に耐え続けた強靱な精神だ。時が来る前に最大の準備をするようお勧めする。

2007年06月02日 15:28

雌伏

先日、某上場企業の創業社長と面会させて頂いた。ビジネス上のアライアンスを進める上でのご挨拶に伺ったのっだが、流石に私などが生まれる前から経営を司り、現在に至るまで強い企業を持続されている方なので学ばせて頂く事も多い。

その中で私が共感を持ち、確信を深めた事がいくつかある。

曰く、「人間が学ぶのは窮地の時だ」

私自身ビジネスの世界に足を踏み入れて20年足らずだが、会社が急成長する様も内部から見てきたし、事業がじり貧になる中で、銀行に対するリスケジュールを含めたオペレーションを何度も行い、生き残る道を模索した時もある。まあ、根本的に事業の根幹が立ち直らなければオペレーションをいかに工夫しても、一時しのぎにしかならないが・・・。

私が経営に対する見識を深め、能力を高めたのは間違いなく窮地の時だ。経営者の本来の経営技術が試されるのは退却戦においてである。マネージメントスキル、会計知識、外部との折衝、先々への戦略性などを駆使し、生き残りかつ発展の可能性を最良のバランスで整えるのは、勢いだけで来た経営者には真似が出来ない。

いったん勝ち戦に転じてしまえば現場に任せておいても勝手に会社は回る。また、ゼロからの事業立ち上げもエネルギーが必要だが、これは「巧みに」と言うよりは「必死に」取り組み形を創り上げるので、技が無くてもバイタリティーで進むことも出来る。

0603_b.jpgそもそも事業には当たりはずれもあるし、良いときも悪いときもある。巨大企業のトップが何十人もコンサルタントを使って、翌年の業績を予測させても、それがはずれてクビが飛ぶ姿も何度も眼にしている。私ごときが机上で頭を捻っても未来を正確に予測できるはずがない。未来の事を大枠で予測する事は必要だが、その通りにならない可能性が多分にあることを理解し事業は進めるべきだ。

余談にはなるが、未来を読むといった事は無理だが、水が高所から低所へ流れるがごとく、物事の本質に伴った動きなることはある程度判断はつく。例えば我々は事業体なので、事業に注力せず投資などに夢中になれば、本来の事業体力は弱まるだろうといったたぐいの事だ。

話を戻す。

前述した経営者もおっしゃっていたが十年に一度くらいは必ず、何かしらのトラブルが来るとのことだ。順調に行き続ける事ははい。私の場合はもうちょっとサイクルが短く5年に一度は確実に、大きな変革の時が来て決断を迫られる。安穏と事業を営むことが許されない状況を迎える。

大事なのは、勝ち負けは分からないが「生き残る」という事だろう。劉邦ではないが百敗しても、ボロボロになってもかろうじて生き残り、最期の一戦での勝利を狙い続ける。これが私の抱いている事業のイメージだ。10年も経営をしていれば一度くらい何かしら当たるときが来る。大当たりか中当たりかはあるにしろ、ある程度良い感じに収益を上げられるときが来る。当てるのは運に任せておいてもよい。その当たりが来るまで生き残るのが大事なのだ。

だから私は大当たりを常に求めていない。ある意味勝利も求めていない。天命を感じる、事業に人生をひたすらかけたい。大当たりは運が向けば勝手に来る。それまでは経営力を高め、自分が心から燃えられる仕事に取り組みながら生き残れば良い。

事業を推進する上で、ほとんどの時間が窮地だと覚悟した方が良い。しかし、その時間にしか得られない力がある。雌伏の時に力を貯め、来るべき未来へ備え続けて欲しい。かく言う私も未だ雌伏の時だ。大当たりなどしたことがない。バントヒットをつなぎ合わせて生き残っている。しかし、その時間を紡ぎ合わせた現在の力には自信があり、未来への希望は明るい。

曰く、「自分だけ儲けようとしてはいけない」

何十年も事業を継続して来た方の、大きな財産の一つはアライアンスだと思う。時間と共に信頼を積み重ねて来たので今の成功に至るのだろう。

基本的な事ではあるが、自分だけ儲けようとしてはいけない。他人が好きなのは儲けさせてくれる人であって、儲けている人ではない。シンプルな話だが実践出来ている人は少ない。

先日、インドの企業と打ち合わせているときにオフショアでチームを運営した時のコストの話になった。私が話したのは「料金を値切る気は一切ない」ということだ。提示された料金は相手が健全にビジネスを行う為に必要なのだろう。その部分を信頼できないなら、そもそも深いパートナーシップは築けない。ただし、我々もビジネスを成立させなければならないので、相応の効果は求める。

逆の立場で我々がクライアントから値切られる場合もある。付き合いが長くなったクライアントはよほどの事がないかぎり値切りにはこない。我々が値切りに応じない事をよく知っている。

0603_a.jpg「クライアントとベンダーの関係ではなく、パートナーとしてお互いに・・・」と言う提案があった場合は、我々もイニシャルコストと考え割に合わない金額で仕事を請け負う時もある。しかし、それはあくまでも限定期間における初期投資ということだ。それ以外の値切りに関しては基本的に一切拒否させて頂く。最初から不当に高い利益を乗せることもないし、誇りを持ち付加価値高い仕事をしたい。我々はそう言う集団を目指している。だから、安くたたかれた開発を、手を抜く箇所を探しながら進めたくはない。よって、我々のスタンスを理解して頂けないクライアントからの仕事は受けたくない。お互いに利益がある中で、長い関係を築きたい。

話を戻す。

この項の冒頭で話した経営者の方も、いっぺんに多くの利益を取ろうとしてはいけないと話していた。先出しでもこちらが利益を先方に与えれば、先方も信頼と感謝の下に利益を返してくれると述べられていた。同感である。我々が生きているビジネスの世界は、思ったよりウェットだ。それは事業とはリスクを前提に存在しているものであり、そのリスクを軽減させる最大の要素は仲間との信頼というウェットなものだとみんな理解しているからだろう。ここで言う仲間とは社内外を問わない。共に利害や理想を共有できる仲間であればよい。

人生の中でビジネスに取り組む時間は長い。その中で信頼できる仲間を作ろうと思うなら、先ず自分が先出しで何かを与える事だろう。そして、信頼できる仲間と利益を与え合い長い生涯において、多くの豊かさを享受すればよい。刹那的な利益観は良い未来をもたらさない。

また、お金も大事だが、人生の豊かさはそれだけでは実現できない。家族への愛情や、仲間達の成功など、形ならないものが人生に大きな影響をもたらす。今はインドを中心に海外のパートナーも何社かいる。最初はコミュニケーションも手探りだった。そんな中でお互いの信頼を築いてきたので、収益もあるが成功を分かち合う喜びが実現できれば最高だろうと思う。

その為にも、先ずは我々が先出しで仲間達に何かしらの利益をもたらしたい。その責務と希望をモチベーションに事業を推進している。

このブログを読まれている方に伝えたい。

0603_c.jpg国が、会社が、上司が、同僚が何かしてくれるのをまってはいけない。待っているうちは真の信頼も得られなければ仲間も得られない。自分が先出しで、同僚を助け、上司を助け、会社に利益をもたらし、国を支えれば、信頼と仲間が得られるだろう。俺自身も仲間達に信頼してもらうために必死に生きている最中だ。

だから、誰かが何かをしてくれないという不満を持っては駄目だ。その感情が生じるうちは、君はビジネスマンとしても人間としても三流だ。腹の底から君を信じる馬鹿はいない。いつも貢献することを考えよ。リターンがなければ更に貢献することを考えよ。結果君たちが得られるものの大きさを理解してビジネスの世界に歩みを進めて欲しい。今後の就職活動などにも、この姿勢で臨むことをお勧めする。会社が何をしてくれるか考える前に、自分がその組織にどれだけ貢献できるかを考えられる人材になって欲しい。

ある経営者との出会いをきっかけに思いついたままを書かせて頂いた。

若輩な私が言うのも僭越ではあるが、ビジネスを極めて来た人間がたどり着く結論は同じなのだろうと思う。私が進んでいる道、私が得てきた哲学は正しいという確信を深められた。成果を出して来た人間の話はシンプルだ。しかし、そのシンプルな真理を実践できるかどうかで未来は決まるのだろう。