会長ブログ(株式会社ヘッドウォータース代表取締役:篠田庸介)

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2007年09月26日 18:09

永遠にベンチャーとして

070928_a.jpg
SVTでは10月1日を境にCI(コーポレート・アイデンティティ)を予定している。

本来CIは長い社歴を持った企業が、ブランディング戦略の一環として、ロゴや社名などを会社の理念や特徴に合わせ、刷新する形で行われる。新しい会社として生まれ変わり、草創期の活気を取り戻したいというマネージメントの思惑も当然ある。

SVTはまだ設立2年弱の企業である。エネルギーも十分にみなぎり、100名程度の社員数であり、理念も行き渡っている。

では、何故にCIなのだろうか。

一つには今後のIPOを含めた成長戦略の中で、元々親会社であった本体との関係を無くし、IT分野に絞った企業として独立独歩進もうという決断の元に、社名を親会社の名前が入っていないものに変える必要はあったと言うこと。

設立当時からマネージメントは別で動いていたので全く問題はないが、明確な意思を表し、新たなスタートを切りたいという事だ。

もう一つCIに取り組む理由がある。

以前、日経ベンチャーに掲載されていた記事を思い出す。ベンチャー企業の倒産理由を統計的にデータ化した記事だった。面白いことにベンチャー企業の倒産理由のほとんどは「大企業病」だと言うのだ。

大企業病と言う言葉は良く使われるが、定義は若干曖昧だ。基本的には組織が巨大化、官僚化し、個人の付加価値を生むような生産性が落ちる現象の事を指す。

具体的に言えば、

・ 自分がやらなくても誰かがやるから・・・等の他力本願
・ 売り上げや利益に対する感覚が鈍りコストが上がる
・ 会社の成長より社内政治などが優先される
・ 危機意識が薄れ、一線を越えた仕事をしなくても生活や給与が保証されるような感覚

この様な意識が蔓延し、会社の性能が落ちる現象なのだろう。

実際に大企業であり、資金的な体力や過去のストックがあれば、それを利して生存が可能だろう。(まあ、大企業とて時限的であることは事実だが。)しかし、高いエネルギー値による、スピード感やダイナミックな事業展開が武器であり、ストックや体力が足りないベンチャー企業が大企業病にかかったとしたら、結末は「即死」だ。

私はたかだか100名程度の社員数になった現時点で自社が大企業病に侵される事を恐れている。会社がちょっと軌道に乗り始めた段階で、想像を絶するようなパワーやアグレッシブな動きが消滅することを恐れているのだ。

070928_b.jpgこのベンチャー的なパワーは一度失ったら、そう簡単には戻らない。ほぼ、取り戻すことは不可能かもしれない。過去のストックにすがって生きた方が格段に楽だからだ。エネルギーが必要な事、リスクを覚悟し意志を込めて事業を推進することは簡単ではない。ぬるま湯に浸かった後に再度冷水に飛び込むには相当の意志力が必要だ。

更に言えばSVTの様な会社がこの時点で、そのパワーを失うとしたら、もう社会に存在する価値がない。つぶれた方が世のためだ。

だから、このタイミングで、未だ草創期において、我々はCIを断行するのだ。未来永劫ベンチャーとして存在し続けるために、企業の記憶にこのCIを刻み込むのだ。

社員数が千人になろうが、一万人を越えようが、我々はベンチャーであり続ける。その決意として、今CIが必要なのだと考えている。

逆に社員数が数万人規模に膨れあがった後もベンチャースピリットを失わない企業を想像して欲しい。もし、NTTが、日立が、NECが未だに全社員がベンチャースピリットを持ち、必死に事業に取り組んだとしたら、一瞬にして世界最強の企業として浮上するだろう。

私が考える「ベンチャースピリット」についても少し述べたい。決して、「未熟な」とか「新しい」とか「無責任な」とかいう意味ではない。ベンチャーだから許されるいい加減さみたいな感覚も、私自身は全く持ち合わせていない。ガチンコの勝負としては社歴も規模も関係ない。良いサービス、商品を媒体に人を幸せに出来たかを競うのみだ。

「ベンチャーとは」と考えた場合に、大事な成立要件がいくつかある。

070928_c.jpg● ミッション

一つはミッションを失わない事だ。組織は拡大し、時間がたつと、総合的な体力は上がるが、組織としては腐る。全ての組織は「存続」を目的とした時点で腐敗し始める。

組織は本質的に言えば、誰かの給料を保証するために存在する訳でもなく、今ある体制を維持する為にあるわけでもない。何かを成し遂げる為にあるのだ。成し遂げる何かが無くなる、もしくは組織のメンバーが忘却してしまったとしたら、その組織の存在は害である。

資本主義の社会は自由競争を前提としている。エネルギーを無くした会社が提供する付加価値の低いサービスよりも、何かを成し遂げようとしている新しい会社の意志のこもったサービスの方が多くの人を幸せにすることは容易に想像がつく。心配しなくても、成し遂げる事が無くなった会社が倒産した後に、その穴を埋める組織はいくらでも生まれるのだ。多少の雇用が消失しようが、新たな企業なり、伸び盛りの企業なりが吸収する。

ベンチャーであると言うことは、何かを成し遂げようとしていると言うことだ。全メンバーがそのミッションを理解し、実現に燃えていると言うことだ。

070928_d.jpg● スピードと柔軟性

体力に劣るベンチャー企業が、大手に対抗する最大の武器は、「スピード」と「柔軟な対応力」だろう。決定や変更の早さにおいて、他を圧倒して始めて競争力が持てる。実質的な下請けではなく、自社独自のサービスが展開できる。

小さい会社のくせに、幾つもの稟議を通したり、様々な社内調整が必要な様ではとても抜きんでることは出来ない。即断即決で動き、「しくじった」と思った時は全力で撤退する。撤退の格好悪さなど、どうでもよい。このスピード感を格好が良いと感じなければならない。

仲間の失敗を批判し、社内政治に勤しむ暇があったら、どうすればより強くなるか、より上手く行くかを考えるのだ。その姿勢からスピードも生まれる。

ベンチャーであるということは、失敗や撤退を恐れず、柔軟かつスピーディーに動き、その体質において他を圧倒すると言うことだ。ただし、ノンポリな朝令暮改は駄目だ。一本筋が通った信念の元に、何かを成し遂げるための柔軟性だと理解して欲しい。

070928_e.jpg● 野生

このブログ内でも頻繁に話すが、事業を立ち上げるためには理性的なオペレーションを越えた物が必要だ。そもそも、新しい事にチャレンジする場合に、成功の確率が○○%だと言う様な予測はナンセンスだ。終わってみなければ誰にも分からない。

我々を取り巻くビジネス環境自体が不確定なもので満ちあふれている。「このままの市況だったら・・・」の前提であれば、ある程度の確度でビジネスを伸ばす事は可能だが、そんな事はない。

よって、上手く行くか分からない要素もひっくるめて、動きながら事業を作り続けなければならない。

市況が今のままなら
こんなクライアントがいたら
こんなインフラがあったら
こんな人材がいたら

などの言い訳は一切通用せず、前進しながらこれらの全ては自力で調達し、事業を成功に導くのがビジネスマンだ。賢いオペレーションだけで、成立するものではない。

タフで野性的な実行力が問われるのだ。この荒々しさを「野生」と表現している。

ベンチャーであると言うことは、「野生」を失わないと言うことだ。誰にも頼らず、条件がそろっていないことも言い訳せず、厳しい状況や不測の事態も不動の心で受け止め前進する「野生」があり、初めて誰も実現出来なかった道を進めるのだ。

我々は永遠にベンチャーとして事業を創造する。

規模の拡大や、時間の経過によって、そのスタンスが変わることはない。常に意志を持ち、圧倒的な速度で事業を進め、タフに生き残り理想を実現していきたい。

この想いの元に、10月1日から社名も変更し、オフィスも移転し、新たな一歩を踏み出す。

2007年09月25日 19:07

自社(チーム)を語る

190925_a.jpg先日、月例の総会が開催された。半期が終わるので、10月からは組織編成がなされる。

SVTでは、自分の所属するプロジェクトチームを自分で選ぶ事が出来る。違う言語を習得したい、上流工程に挑戦したいなど、自分のキャリアパスを考えプロジェクトを選ぶ事が可能だ。また、エンジニアとして、ビジネスマンとして尊敬できるリーダーを自ら選び師事出来る。

今回の総会で、各PMから自チームの所信表明があり、それを聞いて全メンバーは所属先を決める事となる。各PMからの発表も自然、熱を帯びる。

各PMからの発表を聞いて、未熟な部分も多くあったが、いくつかの成長を感じた。

弊社におけるPMには、最終的に経営者と同等の能力、視点、スタンスを持つよう求めている。よって、総会の場で自チームの業務説明をしている様では不十分だ。経営者が自社をプレゼンする様にいくつか押さえなければならないポイントがある。


●自チームのミッション

190925_b.jpg自チームがSVT内において、何の役割を背負うのか、SVTのビジョンをブレイクダウンする形で明確に示さなければならない。欲を言えば、自分たちの事業がどれだけ社会的な意義を持っているか、本気で述べて欲しい。

更に大事なのは区別化だ。どんなに社会的な意義があり、社内的な使命があろうが、他のチームとの差異がなければ、そのチームに参加する正当な動機が生まれない。「他のチームより、何となく良さそう」とか「仲の良い人がいるから・・・」とかの動機が第一義に来ては、深みのあるビジネスを作る組織にはならない。

この部分を「本気」で「魂」を込めて訴えるから、仲間もそのスタンスで合流してくれるのだ。経営レベルで自社のプレゼンをするとなれば、当然の態度だ。


●メリット

190925_c.jpg自チームの役割はメンバーが仕事を行う本質的な意味なので、押さえるとする。もう一つメンバーに明確に示すべきは、自チームに参加する事によって得られるメリットだ。これをイメージし伝えなければいけない。リーダーが本気で、そのメリットを与えようと考えていることを言動によって伝えなければならない。

・こんな技術が習得できる
・ビジネスマンとしての成長を約束する
・自分が考えている理想のエンジニア像を述べ、それに共感したメンバーにその方向での育成を約束する
etc

何がメリットだとリーダーが考えているかを明言し、メンバーと共に目指さなければならないのだ。

金銭をメリットとして呈するのは間違っている。何故なら、成功のあかつきに相応の報酬があるのは、当たり前だからだ。収益をあげる事は、ビジネスマンの義務であり、メリットとして呈するものではない。ただし、収益は必ず上がる戦略を見せる必要はある。金銭をメリットとしてぶら下げるのではなく、成功するという確信をもったビジョンを呈するのなら、適切であろう。


●戦略及びビジョン

190925_d.jpg正確に述べるのであれば、戦略とビジョンは違う。ここで並べて論じるのは、両方とも参加するメンバーがワクワクし、その気になる根源としては同じ効果があるからだ。ベンチャーにおいては、この二つの境がなく、展開する場合も多いので、ここでは一つにして述べる。

SVT内でのミッションがあり、自分にメリットがあるチームであったとしても、それが理屈の上で成立するだけでは駄目だ。モチベーションは理屈だけでは強く生じない。感情がともない、人間は大きなエネルギーを出す。

ワクワクしなければ駄目だ。燃えなければ駄目だ。

その為に必要な事はいくつかある。

・連帯感を持った戦友と勝利を目指す道もワクワクする。
・多くの人が喜び、感動するビジョンを達成する為には燃えられる。
・まわりの度肝を抜く戦略を実行する為には全力を投じられる。
・最期に掴む成功をイメージできれば、沸々とやる気が湧き上がる。

190925_e.jpg全メンバーのエネルギーが爆発しないと、後発のベンチャーごときに大した事は出来ない。仲間達が燃え上がる、ビジョン、戦略を示す事もリーダーの役目だ。これは、既存のメンバー達と練っても良い。社長=アイデアマンではない。決断しリーダーシップをもって実現を導く存在だ。

「ワクワクする」「燃える」という抽象的であり、大事な部分が感覚的に分からない人間はマネージメントにおいてもマーケティングにおいても高い能力を持てない。どうすればメンバーがワクワクするのか、常に考えないリーダーが強いマネージメント能力を有するわけがない。どうすればマーケットがサプライズするのか、追い求めないでサービスの企画が出来るはずがない。

この感情を理解したプレゼンをリーダーはしなければならないという事だ。


★★★★★

190925_g.jpg最低限、この3つのポイントは押さえなければ、ただの説明で終わってしまう。大企業の管理職として、既存の出来上がっている組織で「調整」をするなら、説明で事足りる。しかし、無から有を作らなければならないベンチャーでは通用しない。

私はSVTのリーダーには、上記の様な経営者レベルのプレゼンを求めている。

当然SVTのメンバーは、まだまだ未熟であるし、今のレベルには不満もある。しかし、半年前と比べて、「感情が入ったプレゼン」「自チームのミッション」「区別化」などについては、かなり成長の跡が見られた。

190925_f.jpg上記のポイントは、実際社長として経営されている方でも押さえていない事が多い。弊社に多くのエンジニアが集まって来ているのも、これらが明確であるという、本道を押さえたところが理由だ。他社の経営者に採用のノウハウを教えて欲しいと請われた時に、アドバイスするのも上記の様な内容だ。上手い方法などはない。経営の本筋からそれなければ良い。

多くの経営者以上に、経営能力があり、経営を理解しているエンジニア集団をSVTでは目指したい。そんな世界で唯一の組織を実現したい。この道は厳しく困難だ。しかし、少しずつ前進するメンバーを見て、この道の実現を確信し、この道の正しさを実感している。

今回の総会では、そんな事を考えながらPM達の発表に耳を傾けていた。

2007年09月19日 16:14

老犬

190919_b.jpg家に一匹の老犬がいる。黒いラブラドール・レトリバーで11歳になる。名前は「歳三(トシゾウ)」と言う。小犬の頃は会社に連れて来て世話をしていた。もう10年以上前の話だ。

最近は老いも目立ち始めている。10年保つ会社が僅かしかないことを考えると、長い年月傍らにいたのだと思う。

「歳三」と言う名前の由来だが、幕末の浪士隊新選組副長の土方歳三から頂いている。

私自身の出身地と土方氏の生地が近いこともあり、昔から親近感を持っている。

幕末の偉人として取り上げるには、さほど重要な役割を担っていない。それでも、幕末で話題になる人物で誰が好きかと聞かれれば、土方歳三と答える。

彼の好きな部分を上げるとしたら、謀略が飛び交う幕末において変節せずに生涯を全うした事だろう。

江戸幕府が揺らぎなく思われていた、新選組の創立時から、函館まで撤退し、玉砕するまで終始彼のスタンスは一貫している。

190919_c.jpg幕府があり、会津があり、成立した新選組であるから、政局がどう変化しようとも、終始幕府側としての立場を貫き通したこと。(もっとも、京都で苛烈に官軍側を遇した為に、幕府側に着く以外の選択肢は無かったとも思われるが・・・)

終始、武人として、組織人として戦闘の前線に立ち、政治家や官僚に立場を変えるなど、己の本道を変えなかったこと。

この二点において一貫して変節しない不器用さと、それゆえに極めた軍人としての性能の高さに尊敬の念を抱かざるを得ない。

時勢ではあるが、庶民から武士に成り上がったが為に、血筋ではなく、意志の力により、武士として生きようと言う姿には人間の可能性を強く感じる。

武士とはこうあるべきだと規定し、それを命懸けで全うした生き様が、才能や門地を超えた人間の可能性を示している。

私自身、経営者として事業家として生き抜こうと決めている。

自分の節義を全うしようということ。損得も省みず、情勢に流されず、自ら呈した志を全うしよう決めている。

いくらお金が儲かろうが、会社が大きくなろうが、私は投資家でもなく、政治家でもない。生涯、事業家として夢を全うしたい。

自分の事業家としての能力を研き上げ、強靱な組織を仲間たちと作り上げ、世界の表舞台で大きな使命を背負い事業を進めて行きたい。
190919_a.jpg
今は小企業であり、大言壮語に聞こえるかもしれないが、日野宿に土方歳三達がたむろしていた時に比べれば少しはましだ。

仲間を裏切らず、事業道に反せず、社会の一翼を担う事業を積み上げて行きたい。

だから、儲かりそうだからと、何かしらの事業に手を出すこともしない。自分達がやるべき事業で儲けを狙うだけだ。

IPOにも真剣に取り組んでいるが、自社の節義や志を曲げるのなら、その選択も捨てる。

事業家として変節せず、志を全うする事だけ考えれば事業に迷いもない。

そんな生涯が仕上がれば、私自身は幸せだ。

我が家の歳三にも、変節せず篠田家の一員として、生涯を過ごせという意味こめて名付けた。

大型犬なので、そろそろ彼の人生(犬生?)も終焉が近い。残り時間も今までと変わりなく、朝晩の散歩を私と繰り返すのだろう。


2007年09月18日 16:10

朝礼

SVTの朝礼は8:55頃から始まる。本来は9時から始業なのだが、いつの頃からか5分前には朝礼の形に人が集まってしまうので、そのくらいの時間にはスタートしている。人が集まるに任せて、その勢いで一日が始まる。

秀吉がかつて毛利攻め中に信長の訃報を知り、岡山から京都まで駆けに駆けて戻り、光秀を討ち果たした「中国大返し」の風景を思い浮かべてしまう。光秀を討った者が、信長の版図を引き継げる可能性が高く、一日でも早く京に戻るために、秀吉が先陣を切って走り、その後を全ての武将達が追う形で駆け、想像を絶した行軍速度を実現したと聞く。光秀にしてみれば、居るはずのない秀吉軍が突如現れ、政治工作に奔走する時間も取れず、討たれたのだろう。

一日を始めたいメンバーが一人、また一人と集まり、時間が来たからではなく、人意により始まる朝礼を、この「中国大返し」と重ねて見てしまうのだ。私が意図したのではなく、自然と発生したSVTの朝礼スタイルだ。

我々の様なベンチャーが巨大企業群と戦い優位性を持つためには、スピードと柔軟性は不可欠な武器だ。スピード感も生半可では駄目だ。想像を絶しなければならない。

そのスピードを実現する為の唯一の手段は、全員が前を向いて全力で走ることだろう。

組織を進化させる事、事業を推進する事、人を育成する事、それぞれの目的を狙い純粋に全力で全員が前に進まなければいけない。ここに疑問の余地はない。

しかし、現実世界では多くの組織は不純で満ちあふれている。

嫉妬、不安、怠惰、飽きなどその要因は様々だ。

● 同僚や上司の批評や愚痴に没頭し、自分の事業や自分の成果を放棄してはいないだろうか?

● 未来や成果に対する不安から、本来やるべき業務や事業に全力と投じられていない自分はいないだろうか?

● 自分と同僚とどっちが高い評価を受けているか気になり、意識を実務から逸らせていないだろうか?

若い君たちにはアドバイスがある。

嫉妬心も捨てろ。猜疑心も捨てろ。焦燥感も捨てろ。ただただ、全力を投じろ。一番早く、最大の成果が出る道を全力で走れ。

190918_b.jpg評価は自然とついてくるはずだ。焦燥感も霧散するはずだ。嫉妬している暇など無い。

また、組織というのは絶えず変革し、進化していかなければ力を失い衰退する。どんな順調な状態も思ったより長くは続かない。今の良い状態に安穏とせず、固執せず次の頂を狙い続けなければならない。

組織が次のステージに上がるための変革は、全員で一斉に行うわけではない。私の経験から言えば、「中国大返し」の秀吉よろしく、全力で進化を求め、一線を越えた人間が新しい道を示し、それを他者が全力で追いかける形で実現する。

高い地位、高い所得、自由な裁量権が欲しければ、変革の旗印となり全力で駆け抜ける事だ。

自分の所属する組織に不満がある時は、四の五の仲間や組織の不備を批評するよりも、自分が全力で走り道を示すのだ。仲間達が自分を全力で追わざるを得ない状況を作ってしまうことだ。これにより、組織は一歩上の力を持ち、事業は本質的に前進する。

そして、次の機会には信頼する仲間が先頭を突っ走り、堕落した自分を鼓舞してくれるはずだ。

190918_a.jpg私が示している道は、言うは易いが、実現は難しい。しかし、才能の無い人間が人並み以上の成果を示すには、この価値観を受け入れ、困難に進んで身を投じるしかない。

出来る出来ないではない。やるしかない。

繰り返しになるが、今日から心がけて欲しい。

・ 仲間の批判は止めよ。

・ 自分の可能性を疑うな。

・ 愚痴を吐くな。

・ 自信をなくしている暇があるなら、足を動かせ。

・ 嫉妬もするな。

・ 過去に囚われるな。

ただただ、自分の組織、自分の事業、自分のロマンを全身全霊を込め、全速力で前へ進めていこう。

こんな思いを込めた朝礼がSVTでは毎日繰り返されている。

2007年09月11日 20:07

ビジネスパーソンの素養(感受性)

常日頃、ビジネス力は感受性で決まると言っている。それには二つの意味合いがある。

★ 一つは、モチベーションに関する事柄である。

優秀なビジネスマンに冷めている者はいない。何かを創造し、成し遂げにかかっている者が冷めているという状況は論理的にありえない。熱い情念があるから、想像を絶した行動をし、想像を絶したキャリアを積み、想像を絶した能力を有する。優秀な人材はこの様な過程で出来上がる。元々優秀な人材など統計学的に言えば皆無に近い。

普通は賢く生きようとするなら、チャレンジャブルな選択はしない。損得と確率で冷静に人生を選択するなら、誰かが通った道をトレースするのが安全かつ得の様に思える。

しかし、全ての人間が賢く得を求めて生きるなら、新しい企業など生まれないし、新しい産業も生まれない。日本が戦後、現在の様な繁栄を獲得したのも、賢く生きなかった優秀な人材がいたからであろう。

また、賢く人と同じ道を歩み人と同じ様なキャリアを積んだ未来を考えて欲しい。多くの人がたどる一般的なキャリアの後に、特殊技能や、それに伴った安全など掴める理屈は成立しない。日本の全人口の中で、楽しく仕事が出来、絶対的な安定もつかみ、所得にも満足している階層がどの程度いるだろうか?おそらく1割にも満たないだろう。つまり、人並みのキャリアを目指して、賢く安全に生きている人は、自ら不満しか最期に残らない道を選択し進んでいるのだ。

一般に言う「賢さ」と「優秀さ」は比例しない。賢いが付加価値を生み出さない「作業員」で各企業は満ちあふれている。八割方その様な人材であるのが実情だろう。

190911_a.jpg話を戻す。

刹那的に見ると損であったり、リスクがともなったりと、常人が選択しない道に進む為には、損得を越えた動機が必要だ。一見馬鹿に見えるこれらの行動をするには、理性が飛ぶくらいの、到達点に対する欲求が必要なのだ。

現時点で手に入っていない物をイメージし欲求に昇華させるために鋭敏な感受性が必要だ。ビジネスが成功した時に、クライアントが喜ぶ姿、クライアントが驚く姿、自分が獲得する達成感、仲間達の喜び、これらをイメージし感じなければモチベーションが生まれない。

よって、未来に対してパッションを持ち、リスクもおかし挑戦する人間には感受性が必要なのだ。感受性が強いので、適切かつ強力なエネルギーが生まれる。そして、そのエネルギーがあるから身体を動かし、一般人を越えたキャリアを積みあげるのだ。

よって、ビジネス力は感受性をベースに構築されると言える。

★ もう一つは、察知に関する事柄だ。

ビジネスマンは様々な事を先駆けて、察知して動く必要がある。

例えば、クライアントの不満や欲求を、相手の口から出る前に極力察知し先手を打てれば、優位にビジネスを進められる。

例えば、皆さんが管理職だとしよう。部下のやる気の低下や悩みなどを早期に察知して、正しい方向に導けなければ組織運営は不可能だ。

ちょっとした、お客さんの表情や、部下の発言など、感受性に乏しい人が流してしまうサインを察知し先手に動けるかどうかは、優秀さを左右する大事な要素だ。

「言ってくれれば・・・」「分かっていれば、対処できますよ」などの発言は自分が無能だと宣言しているようなものだ。言葉に出る時、事象に現れる時は末期であるし、対処が遅れるほど何倍もの労力がかかる。先手で動けなければビジネスの世界では通用しない。

僅かな変化を察知する為に必要なのは感じる力だ。無神経な人はリーダーとしては失格だ。また、クライアントが満足するような仕事を仕上げる事も不可能だろう。

察知する能力、感受性は訓練によって上がる。心配する必要はない。日々、周りの人間が、会社が何を求めているかを中心に考える習慣をつければよい。自分を中心にしか物事を考えられない人間には、感受性を育む事は不可能だ。つまり、「フォア・ザ・カンパニー」「フォア・ザ・チーム」を徹底していけば感受性は上がらざるを得ない。この王道をしっかり歩めば良い。

感受性が必要なのは理解頂けたかと思う。皆さんには質の高い感受性を育んでほしい。

最期に。

感受性はビジネスを進める上での最大のベースだ。しかし、感受性だけで優秀なリーダー、優秀なビジネスマンにはなれない。

優秀なビジネスマンに必要な要素として、逆に剛胆さや不動心などがある。外形的に見ると感受性が無いように見える。

例えば、リスクに対する恐怖、部下のネガティブな悩みに対する不安、自己の戦略に対する不安etc、感受性が鋭いほど大きく動揺を誘う事柄がビジネスの世界には溢れている。

190911_b.jpgこれらを感じて、更に不動でいることが優秀な人材には求められる。これらを感じられないのは前述した様にビジネスマンとしては失格であり、単なる鈍感に過ぎない。剛胆とか不動心とか言うレベルの人材ではない。

人一倍感じる心を持ち、しかし理性と意思の力で、不動でいる姿が正しい。

この感受性と強さを併せ持つ人材を目指して欲しい。そして、感受性が豊かであることに自信がある方は、それが弱さにつながらないように気をつけて欲しい。

私の経験上、どんなに優しく配慮も出来る人間でも、弱い人間は信頼出来ない。ビジネスの世界は順調に何十年も流れる可能性は低く、何度も困難を乗り切らなければならない。平常時でいくら素晴らしい人材でも、非常時に別の人格になるようでは信頼が出来ないのだ。根本的に高い階層の仕事を任せるわけにはいかない。

ビジネスの世界は楽ではない。各現場、各所において大いに悩み苦しんでくれ。それは君たちに素晴らしい感受性があるから、悩み苦しむのだ。決して悪いことではない。しかし、その結果職務放棄をし、現場を逃げ出すような選択をしてはいけない。弱さは自分では気がつかない。病気がちになってみたり、色々な問題が起こったり、「状況が状況だから仕方がないじゃないか」という事がある。しかし、それらを無意識に自分で招いている方は極めて多い。

色々な理由で遅刻が増えている人、色々な理由で欠勤が増えている人、無意識に職場から逃げていないか、苦悩や疲れから逃げていないか考えて欲しい。逃げは癖になる。体質としての軟弱さを自分の内側に作ってしまう。

私も決して強くはない。弱いので自分を叱咤し現在の姿を作っている。病気で会社を休むこともほとんど無い。40度までの熱なら普通に会社に来て仕事をしている。別に偉いわけではない。何かを理由にして、無意識に現場から逃げ、弱さが習慣化してしまう自分を恐れているだけなのだ。

私も良質の感受性と、リーダーとしての絶対的な強さを、未だ育んでいる最中なのだ。

2007年09月05日 17:46

プラスαの効果

二十代は企業の草創期に、前線で動く事が多かった。草創期に会社が生き残るためには、あらゆる手段(合法な)を使って、会社に利益を入れなければならない。必然的に私の役割は営業になる。自分を含め全メンバーが生き残るための糧を全力で集めた。

大学までは理系だったし、営業的な業務がイメージ的に苦手だったので、初期段階ではかなりの苦悩と挫折を味わった。しかし、逃げ道もなく、その業務で成功しなければ前に進めないと覚悟してからは、上手くは出来なかったが必死に取り組み成果は上がるようになった。

営業的なセンスにおいては未だに自信はない。しかし、人前でプレゼンをする、相手に対してこちらの意志を正しく伝える技能は身に付いたと思う。現在は、1対1でも、1対多でも、話す力においては日本中の経営者の中でも上位に位置すると自負している。

190905_a.jpg二十代に机を並べ、営業の前線を走り回った仲間達の中には私より、トーク力、営業センスが高い人間も多く存在した。彼らは持って生まれた才能を更に現場で伸ばし、話すことに関してはプロフェッショナルと言っても良かった。

スピーチでは人を笑わすユーモアを見せ、営業では一瞬で人とうち解け商談につなげたりする。政治家か芸人をやっても喰っていけるのではと感じた。

その後、トーク力を活かして様々な道に進んだ彼らの成否はある事によって分かれた様に思う。

トーク力の活かし方の問題なのだ。

自分自身を見てみる。

私はあくまでも事業家であり、経営者だ。どんなに弁が立とうが、文章を書こうが、物書きでも講談師でもない。私がプロ中のプロを目指しているのはビジネスの世界である。プロの事業家として自分をどこまで伸ばして行けるかが、私の価値であり未来だ。

事業家が本道なのに、高い話力があるから武器になる。もし、ちょっと話すのが得意なので話力だけで勝負して、芸人にでもなったら、私の位置は下の下だろう。

同等の話力を持っているとする。

「事業家なのに芸人並の面白さだね」と言われるか、「芸人だからこのくらいは当たり前だよ」と言われるかは、同じ話力でも評価は全く変わってくるはずだ。

事業の構築と運営が私の本道である。その上で、話力、財務知識、英語力、etcなどの武器は装填していきたい。「事業家なのに・・・」は自分の存在を際だたせる武器になる。他から抜きんでる個性にもなる。

トーク力が高いから噺家を目指すのも悪くないが、一工夫した方が楽に競争優位が得られる事がある。

大事なのは自分の本道を決めることだ。そして、その本道を極めるのは当然であり、誰でも目指すとして、プラスαを付加することによって、一気に競争力が上がることも覚えておいてもらいたい。

190904_b.jpg例えば、営業部隊に元気があり、大声で挨拶する会社は珍しくない。日常的な風景だ。しかし、開発部隊が営業部並に大きな声で挨拶し、フットワーク軽くバイタリティー溢れる身のこなしをして、巧みなトークでプレゼンをしていたら、驚きと尊敬の眼で見られることは間違いない。

凄い会社だということになる。

エンジニアが自分の価値を上げようと思った時に、単純に技術力を上げるよりも、その他の部分を強化した方が遙かに現実的で有効な事を理解して欲しい。簡単でもある。

エンジニアであるという本道は捨てず、営業、マンマネージメント、財務、戦略策定などの付加機能を、並のレベルまで引き上げれば、エンジニアとして圧倒的な優位性を纏えるということだ。

何が本道になるかは、もう少し先に決めても良い。SVTからこんな人材が生まれてくれたら、頼もしい。

経営者として、事業の運営も並以上にこなし、新しい事業の立ち上げもこなす。しかし、あなたの職業は何ですか?と聞かれたら「エンジニアです」と答えて、ニヤリとするような人材。

システム開発のあらゆる部位を並のエンジニア以上にこなし、最新の技術に関しても造詣が深い。しかし、あなたの職業は何ですか?と聞かれたら「事業家ですよ」と当然の様に答える人材。

意外性があり、個性的な人材がこのSVTから次々に育ち、ビジネス界に名乗りを上げて欲しい。

そして、SVTと言う集団自体も個性的で競争力のある組織に作り上げたい。奇跡的なファインプレーをしなくても、わずかな労力やチャレンジで、その実現は可能である。必要なのは全メンバーの、あと一歩の意志だ。

挨拶をもう少し大きな声でしよう。

歩く時は大股でキビキビと動こう。

クライアントに何かを伝える時は、相手の眼をしっかり見据えて、語尾をはっきりとさせて話そう。

エンジニアという立場に囚われず、最高にクライアントが収益を上げるためにはという視点から提案をしよう。

フォー・ザ・カンパニーを徹底しよう。

常に進んでリーダーシップを取ろう。

これらをあと一歩頑張ろう。これだけでも我々は敬意と驚嘆、そして憧憬の眼差しで見られる集団になるだろう。必要なのは、各人のあと一歩の努力や勇気だけだ。才能も資産もいらない。我々の意志によって、個性があり競争力のある集団を作り上げようではないか。

2007年09月04日 17:51

デットマール・クラマー氏

昨夜、ニュース番組のスポーツコーナーを何気なく見ていると、メキシコ五輪で日本代表チームが銅メダルを取った時のドキュメンタリーをやっていた。

時は東京オリンピックの4年前。開催国枠で出場は出来るが、恥ずかしい戦績を残すわけにはいかない日本サッカー界が、打開策として海外から招聘したコーチがデットマール・クラマーという人物だった。理論家で通ったサッカー先進国の指導者に、日本サッカーを変革してもらおうというのが日本側の目論見だ。

どれだけ凄い理論で日本サッカーを改革してくれるのかと思いきや、クラマー氏が徹底したのは、基礎技術の向上と「大和魂を見せろ」ということだった。

実はクラマー氏は来日前に、新渡戸稲造著の「武士道」を読んで感銘を受けていたらしい。また、神風特攻隊の話なども聞き、日本人、大和魂について敬意を頂いていたということだ。

190904_a.jpg南米の個人技やヨーロッパの体格に対抗する為には、日本はスピードとパスワーク、そして献身的な組織力によって勝利するしかないという結論に達していたクラマー氏は、その方向性を大和魂という言葉に込めて全員に伝えたのだろう。

クラマー氏曰く、「大和魂とは自己犠牲の精神である」という事らしい。個人の評価よりも組織の勝利を優先し、労を惜しまず、チームの為に走り勝って、守りかつ攻める。練習量の上に技術は乗るが、最期の一線は精神力によって差が出る。その部分を日本人特有の大和魂に期待したのだろう。

結果、世界の底辺にいた日本代表チームは東京オリンピックにて強豪アルゼンチンを破りベスト8に、メキシコオリンピックでは地元メキシコも破り銅メダル奪取へと至った。

献身的に走り勝ち、銅メダルを獲得した後にヘトヘトに憔悴しきった日本代表チームを表敬訪問したクラマー氏は、「私は、これだけ疲れ切るまで走ったチームを他に知らない。私が言い続けて来た大和魂は、今ここにある。」と選手に伝えたという。銅メダルを取った選手達が涙したことは想像に難くない。8年前にクラマー氏に会うまで彼らは世界の底辺にいたのだ。

私も思わず目頭が熱くなった。

それは、番組の構成に感動したからではない。SVTが目指している道と、当時の日本代表が重なったからだ。

日本がかつて世界の檜舞台に上がった時には必ず何らかの形で、この大和魂が発動していた様な気がする。

事の善し悪しは別として、白人社会に初めて有色人種が本格的に戦いを挑んだ日露戦争で、仮にも日本が勝利したのも、私を捨てチームの組織に貢献しようとした大和魂の勝利だったのではないか。

エコノミックアニマルと揶揄されながらも、1990年代には世界の頂点とも言える繁栄を実現したのも、他国から見たら奇異に映るほどの、ビジネスマン達のロイヤリティー、滅私奉公があったからではないか。

190905_b.jpg繁栄のわずか50年前は太平洋戦争に敗北し、東京はまだ焼け野原だったのだ。奇跡の復興を支えたのは、この大和魂ではないか。日本だけがアジア諸国の中で先んじて発展できたのは、自分よりも家族や企業、国家を優先し戦ったビジネスマン達がいたからなのではと思う。この繁栄を支え実現してきた方々に比べれば、我々などはまだヒヨッコの領分を出ない。

私自身のモチベーションを考える。自分が豊かになりたい、大金を掴みたいと考えてもあまり内からエネルギーは湧いてこない。豊かになって嫌なことはないし、金持ちは悪者だという清貧思想も持ち合わせていない。金は稼ぐべきだし、それが自分の実力も示し、家族の幸せのかなりの部分を支えることも知っている。しかし、それだけの為に燃えられない。

自分一人より、家族の為に、共に事業を作る仲間の為に、国家の為に、アジアの為に、世界に貢献し、と考え戦略や事業を思いめぐらせた時に熱いものがたぎる。自分の内に流れる大和魂を実感し、この道を進みたいという衝動が生まれる。

かつてJ・F・ケネディ大統領が就任演説で「国家が何をしてくれるかを考えるより、自分が国家に何を貢献できるか考えてくれ。」と語った。SVTでも徹底しているのは、先ずは組織を勝利させようということだ。組織が勝利すれば相応の成功の果実は自ずと手に入る。

以前にも書いたが、価値ある人材、優秀な人材、稼ぐ人材とは、「組織に何かを与える」人材だ。組織に要求する人材ではない。野球選手にしろ、コンサルタントにしろ、どこかの組織に与える物が大きいし、希少価値があるので大きな所得を得ることが出来るのだ。

若い方には組織の中に入り、組織を使い、大きな成果を上げる術を学んで欲しい。世界中に大きな影響を与えるのはあくまでも組織だ。世界は組織を単位に動いている。組織力を上げた集団だけが、大きな成功を掴めるのだ。

組織が強力な力を得るためのキーワードが「大和魂」なのだろう。だから、日本人は過去の歴史の中で失敗もあったが、多くの突出した成果を出せたのだと思う。

SVTでは個々の力を上げる事は当然として、この組織力にこだわりたい。個人プレーヤーが100名集まっただけでは、メンバーがどんなに優秀だろうが、ある意味SVTの存在価値はない。バラバラで各人がどこかの企業で良い仕事をするのと生み出す価値は変わらない。このメンバーが集まり、お互いに組織に貢献し合い、個では達成できない偉業を作り上げたい。

社歴も浅く、メンバーも若いSVTは、クラマー氏が来日する前の日本代表の様なものだ。インサイドキックもろくに出来ず、リフティングが10回できる選手もいなかった日本代表チームの様に未熟でかよわい。

しかし、自らの技術を磨き、鍛錬を積み、大和魂を見いだせるのであれば、世界最強の組織を実現するのに百年の歳月はいらない。

日本代表チームが銅メダルを獲得した時の様に、気がついた時にそこにある「大和魂」を仲間達みんなで感じてみたい。