会長ブログ(株式会社ヘッドウォータース代表取締役:篠田庸介)

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2007年09月26日 18:09

永遠にベンチャーとして

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SVTでは10月1日を境にCI(コーポレート・アイデンティティ)を予定している。

本来CIは長い社歴を持った企業が、ブランディング戦略の一環として、ロゴや社名などを会社の理念や特徴に合わせ、刷新する形で行われる。新しい会社として生まれ変わり、草創期の活気を取り戻したいというマネージメントの思惑も当然ある。

SVTはまだ設立2年弱の企業である。エネルギーも十分にみなぎり、100名程度の社員数であり、理念も行き渡っている。

では、何故にCIなのだろうか。

一つには今後のIPOを含めた成長戦略の中で、元々親会社であった本体との関係を無くし、IT分野に絞った企業として独立独歩進もうという決断の元に、社名を親会社の名前が入っていないものに変える必要はあったと言うこと。

設立当時からマネージメントは別で動いていたので全く問題はないが、明確な意思を表し、新たなスタートを切りたいという事だ。

もう一つCIに取り組む理由がある。

以前、日経ベンチャーに掲載されていた記事を思い出す。ベンチャー企業の倒産理由を統計的にデータ化した記事だった。面白いことにベンチャー企業の倒産理由のほとんどは「大企業病」だと言うのだ。

大企業病と言う言葉は良く使われるが、定義は若干曖昧だ。基本的には組織が巨大化、官僚化し、個人の付加価値を生むような生産性が落ちる現象の事を指す。

具体的に言えば、

・ 自分がやらなくても誰かがやるから・・・等の他力本願
・ 売り上げや利益に対する感覚が鈍りコストが上がる
・ 会社の成長より社内政治などが優先される
・ 危機意識が薄れ、一線を越えた仕事をしなくても生活や給与が保証されるような感覚

この様な意識が蔓延し、会社の性能が落ちる現象なのだろう。

実際に大企業であり、資金的な体力や過去のストックがあれば、それを利して生存が可能だろう。(まあ、大企業とて時限的であることは事実だが。)しかし、高いエネルギー値による、スピード感やダイナミックな事業展開が武器であり、ストックや体力が足りないベンチャー企業が大企業病にかかったとしたら、結末は「即死」だ。

私はたかだか100名程度の社員数になった現時点で自社が大企業病に侵される事を恐れている。会社がちょっと軌道に乗り始めた段階で、想像を絶するようなパワーやアグレッシブな動きが消滅することを恐れているのだ。

070928_b.jpgこのベンチャー的なパワーは一度失ったら、そう簡単には戻らない。ほぼ、取り戻すことは不可能かもしれない。過去のストックにすがって生きた方が格段に楽だからだ。エネルギーが必要な事、リスクを覚悟し意志を込めて事業を推進することは簡単ではない。ぬるま湯に浸かった後に再度冷水に飛び込むには相当の意志力が必要だ。

更に言えばSVTの様な会社がこの時点で、そのパワーを失うとしたら、もう社会に存在する価値がない。つぶれた方が世のためだ。

だから、このタイミングで、未だ草創期において、我々はCIを断行するのだ。未来永劫ベンチャーとして存在し続けるために、企業の記憶にこのCIを刻み込むのだ。

社員数が千人になろうが、一万人を越えようが、我々はベンチャーであり続ける。その決意として、今CIが必要なのだと考えている。

逆に社員数が数万人規模に膨れあがった後もベンチャースピリットを失わない企業を想像して欲しい。もし、NTTが、日立が、NECが未だに全社員がベンチャースピリットを持ち、必死に事業に取り組んだとしたら、一瞬にして世界最強の企業として浮上するだろう。

私が考える「ベンチャースピリット」についても少し述べたい。決して、「未熟な」とか「新しい」とか「無責任な」とかいう意味ではない。ベンチャーだから許されるいい加減さみたいな感覚も、私自身は全く持ち合わせていない。ガチンコの勝負としては社歴も規模も関係ない。良いサービス、商品を媒体に人を幸せに出来たかを競うのみだ。

「ベンチャーとは」と考えた場合に、大事な成立要件がいくつかある。

070928_c.jpg● ミッション

一つはミッションを失わない事だ。組織は拡大し、時間がたつと、総合的な体力は上がるが、組織としては腐る。全ての組織は「存続」を目的とした時点で腐敗し始める。

組織は本質的に言えば、誰かの給料を保証するために存在する訳でもなく、今ある体制を維持する為にあるわけでもない。何かを成し遂げる為にあるのだ。成し遂げる何かが無くなる、もしくは組織のメンバーが忘却してしまったとしたら、その組織の存在は害である。

資本主義の社会は自由競争を前提としている。エネルギーを無くした会社が提供する付加価値の低いサービスよりも、何かを成し遂げようとしている新しい会社の意志のこもったサービスの方が多くの人を幸せにすることは容易に想像がつく。心配しなくても、成し遂げる事が無くなった会社が倒産した後に、その穴を埋める組織はいくらでも生まれるのだ。多少の雇用が消失しようが、新たな企業なり、伸び盛りの企業なりが吸収する。

ベンチャーであると言うことは、何かを成し遂げようとしていると言うことだ。全メンバーがそのミッションを理解し、実現に燃えていると言うことだ。

070928_d.jpg● スピードと柔軟性

体力に劣るベンチャー企業が、大手に対抗する最大の武器は、「スピード」と「柔軟な対応力」だろう。決定や変更の早さにおいて、他を圧倒して始めて競争力が持てる。実質的な下請けではなく、自社独自のサービスが展開できる。

小さい会社のくせに、幾つもの稟議を通したり、様々な社内調整が必要な様ではとても抜きんでることは出来ない。即断即決で動き、「しくじった」と思った時は全力で撤退する。撤退の格好悪さなど、どうでもよい。このスピード感を格好が良いと感じなければならない。

仲間の失敗を批判し、社内政治に勤しむ暇があったら、どうすればより強くなるか、より上手く行くかを考えるのだ。その姿勢からスピードも生まれる。

ベンチャーであるということは、失敗や撤退を恐れず、柔軟かつスピーディーに動き、その体質において他を圧倒すると言うことだ。ただし、ノンポリな朝令暮改は駄目だ。一本筋が通った信念の元に、何かを成し遂げるための柔軟性だと理解して欲しい。

070928_e.jpg● 野生

このブログ内でも頻繁に話すが、事業を立ち上げるためには理性的なオペレーションを越えた物が必要だ。そもそも、新しい事にチャレンジする場合に、成功の確率が○○%だと言う様な予測はナンセンスだ。終わってみなければ誰にも分からない。

我々を取り巻くビジネス環境自体が不確定なもので満ちあふれている。「このままの市況だったら・・・」の前提であれば、ある程度の確度でビジネスを伸ばす事は可能だが、そんな事はない。

よって、上手く行くか分からない要素もひっくるめて、動きながら事業を作り続けなければならない。

市況が今のままなら
こんなクライアントがいたら
こんなインフラがあったら
こんな人材がいたら

などの言い訳は一切通用せず、前進しながらこれらの全ては自力で調達し、事業を成功に導くのがビジネスマンだ。賢いオペレーションだけで、成立するものではない。

タフで野性的な実行力が問われるのだ。この荒々しさを「野生」と表現している。

ベンチャーであると言うことは、「野生」を失わないと言うことだ。誰にも頼らず、条件がそろっていないことも言い訳せず、厳しい状況や不測の事態も不動の心で受け止め前進する「野生」があり、初めて誰も実現出来なかった道を進めるのだ。

我々は永遠にベンチャーとして事業を創造する。

規模の拡大や、時間の経過によって、そのスタンスが変わることはない。常に意志を持ち、圧倒的な速度で事業を進め、タフに生き残り理想を実現していきたい。

この想いの元に、10月1日から社名も変更し、オフィスも移転し、新たな一歩を踏み出す。