会長ブログ(株式会社ヘッドウォータース代表取締役:篠田庸介)

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2007年10月31日 12:11

ガラパゴス

世の中には時流にのったビジネスというものがある。私のビジネス人生も20年になろうとしているが、色々な流行があった。

それは携帯電話であったり、インターネットビジネスであったり、昨今では人材ビジネスだったりする。ヘッドハンティング、人材紹介、採用媒体、社員研修などの営業電話は日に何本も入る。

時流の発祥は、新しい商品分野が出てきたり、既存にあった業種が市況により活性化したり様々だ。

時流の一番先端に居る企業は、その波にのり多く儲け、中途から時流の波に乗り入れた企業は、気の利いた者からそれなりに儲ける。例外も当然あるが、こんな流れを20年の間に何度も体験した。

時流の波の末期に参入した者は、そのうま味を享受することなく、厳しさだけを背負い沈没していく。「景気の良い業界のはずなのに・・・」となる。学生さんが就職する企業を選ぶ時も、未熟さ故に儲かっていそうな業界を選ぶ。儲かっていそうなイメージを選ぶ。結果、就職して社会に出た頃には、「こんなはずでは・・・」となる。こうなってしまった学生の失敗は、情報が遅いという事ではなく、「得」や「利」を追い、生き方に芯が無かったことだが、それに気がつく人は少ない。

今のオフィスに移る前は新宿のNSビルにいた。数階下には、今話題になっている某英会話教室のオフィスが入っていた。時期になると膨大な数のリクルート活動中の学生が集まっていた。学生の人気など、微塵もあてにならない。彼らは極めて未熟だからだ。

HWSが現在歩みを進めている業界も、極めて好調だ。経営力がさほど問われず、いくつかのポイントさえ抑えれば、業績は右肩上がりとなる。しかし、これは経営力の問題ではなく、あくまでも市況だ。HWSも業績を上げ続けているが、実力と定義するのは早い。

実力が試されるには、恐らく五年程度の歳月が必要となる。その頃に優勝劣敗と言う資本主義のルールの下に、実力が明らかになるはずだ。何故なら市況の悪化に伴い、本当の力が求められるからだ。

私の経営に対する信念の一つに「時流を追わず」と言う事がある。儲かりそうなもの、誰もが手を出すものには興味がない。上手く利益を出したいと言う気持ちが無いので、「儲かりそう」と言うのは、事業として進む基準にならない。

利益は上手く出すのではなく、本質的に価値のある事業、価値のある企業を作り、正しく出せば良い。時流は乗るものではなく、起こすものでありたい。別に時流に逆らう訳ではないが、興味はない。自分が燃える仕事で、儲け、価値を生み、時流を作れば良いのだ。

私自身は器用な方ではない。上手く、時流に乗って大儲けしたくても、そんな才能はない。私が出来るのは木訥に自分の信念に殉じることだ。

このスタンスが根底にあるために、HWSは独自の進化を辿っている。

私が時流や流行のいい加減さを実感したのは二十代の頃だ。携帯電話の販売などが流行り、証券会社を退職して携帯の販売をやっているような人種があふれかえっていた。儲かるという話題が先行し、事実大儲けした先行者もいた。しかし、それを目指した大多数は借金だけ抱え倒れていった。儲けを追っては、時流の先端には立てない事を悟った。

私が学生だった頃は、バブル経済の最盛期でもあり、世界中で日本式経営がもてはやされていた。最高のスタイルである日本式経営を、世界中の企業が学ぶべきだという風潮だった。年功序列や終身雇用は、日本の強さを作る根源であり、素晴らしいものだという扱いだった。しかし、バブルが崩壊しアメリカ経済が復興すると、日本式経営は全否定され、能力主義や個人主義を日本のあらゆる企業が崇拝し導入するようになった。僅か10年の間に起こったことだ。世間の評論や、通説がいい加減であることを理解した。世間は状態が良い方をもてはやすだけだ。

昔は最新の経営理論なども追い、そのたぐいの本もよく読んだ。今はほとんどの経営論的な新刊は、コンサルティングファームの営業ツールだと悟り、また自社にメリットをもたらせない事も悟り追わなくなった。

今、興味があるのはHWSの信念の下に、ひたすら尖って行く事だ。我々独自の進化を積み重ね、他にない集団を作り上げることだ。

立場上、色々な会合に参加するが、弊社のスタイルや組織のあり方を聞くと、ほとんどの方が驚愕する。特にIT業界において、弊社の様な会社を見たことがないと言われる。

多くのSIerとは一線を画した、特殊な人材が集まってきている。そして、特殊な文化を醸造しつつある。ただ単に企業を拡大する気もない。特殊であることは希少価値があると言うことだ。それがお客様のメリットに進めばオンリーワンとして絶対的な存在になれる。

IT業界のガラパゴス諸島よろしく、独自の進化を辿っている。特殊な進化をし過ぎて倒れるかどうかはこうご期待。

よって、基本的に我々はディスカウント合戦のたたき合いの世界に進まない。独自の価値により、多くの利益をクライアントに与える存在を目指す。

我々が追うのは時流に乗ることではなく、時流を作ることだ。わき目をふらず、信念ある道を進む事によって、時流が我々の後ろから追いかけて来る様な未来を作るつもりだ。一見、効率的でなくても良い。一見、不器用でも良い。一見、馬鹿にされるような異分子でもよい。

今を改革し、時代の流れを作るのは、そう言う奴らなのだと思う。

上手く儲けたいなら、事業などやらない。拡大など目指さない。つかみたいロマンがあるから、身体も張るし、リスクを冒して事業の領域に踏み込むのだ。

社屋から見える東京タワー最期になるが、絶対的な安定は衆に烏合してつかめるものではない。安定するには希少価値がいる。人材も企業もそうだが、希少価値がない存在は、市況に安定が左右される。ダイヤモンドも堅くて屈折率が高くきれいだから値段が高い訳ではない。埋蔵量が少ないから値段が高いのだ。本質的な価値にプラスして、希少価値がなければ安定も安心も掴めない。

美味しそうな仕事を追って、現在小銭が稼げても、それはかりそめの安定に過ぎない。どうせ安定がないのなら、真の安定を狙ったらどうか。

真の安定を狙うなら、希少価値を手に入れなければならない。希少価値を手に入れるには、人の後を追わず独自の道を歩み、独自のキャリアを積まなければならない。その独自の道を歩んでも、確固たる価値が成立するまでには時間がかかる。その時間を耐えるには、自分が生涯をかけて取り組む意味をその方向に見いださなければならないのだ。

だから、我々はひたすら己のロマンを追えば良い。市況に流されず、目先の利を追わず、人生をかける仕事を定め取り組めばよい。そして、独自の進化を遂げ、多くの企業から信頼され愛される存在となれば良いのだ。

2007年10月25日 14:45

プライド

昔、知り合いのヘッドハンターに、企業とのマッチングが成功しない人材について聞いた。細かいポイントは沢山あるが、印象に残っているのが、

「プライドの高い人は駄目ですね」

と言うことだ。

プライドには質と量がある。人間の持てるあらゆる情念には、質と量がある。

以前、某米国人投資家の話を聞いた時に、投資家にとって命と同等に大事な、資金を投下するかどうかの判断基準の最上位に来るのは「パッション」だと言っていた。業務に対する習熟度や、企画内容よりも、主体者が持っている「パッション」によって投資の有無を決めるのだ。エンジェル達のプライオリティーは総じて、この様なものだという。

それだけ重大な「パッション」という人間の情念にも量と質がある。

萱沼取締役「パッション」が一過性のものではなく、持続的に事業を成功させる為の原動力として機能する為には、哲学が必要だ。状況や勢いではなく、独自の哲学から生み出される「パッション」なので激しく上下する事もない。状況にかかわらず、常に自分の内側から静かに湧き出るのだ。

情熱が上下する人は、その発祥が理性や哲学にあるのではなく、感情に起因する。一種のヒステリーみたいなものだ。とても信用に足るとは言えない。その種の感情は一時的であり、いつ変わるか分からないからだ。その量と方向性は自分ですら制御出来ないだろう。やる気や、仕事に向かうエネルギーが上下する人は、自分は本当の意味で情熱的ではないことを自覚すべきだ。

学生を中心とした若い方が「情熱では負けません」と面接などで言う。情熱の瞬間的な量の話としては間違いではない。しかし、ビジネスにおいて求められているのは、長期に渡り成長を支える持続的な情熱だ。私が情熱を主張する相手に対して、観察するのは常に「量」と「質」だ。特に重きを置くのは「質」だ。

その「質」が人間としての、ビジネスマンとしての成熟度を現している。繰り返しになるが、「質」を満たさない情熱は評価に値しない。まあ、あまりに無気力よりは、ましであるという評価は出来るが・・・。若ければと言う前提であれば、そのレベルの人材として評価しなくもない。

逆に言えば、情熱は後天的に理性によって生み出すものなので、「自分は冷めている」とあきらめている人も、希望を持って欲しい。

話を「プライド」に戻す。

同様に「プライド」にも量や質がある。これが間違っていると、手の施しようがない。ここでも、一番問われるのは「プライド」の「質」だ。

基本的にはエネルギーの根源なので、正しい「プライド」の量は多ければ多いほど良い。「プライド」が高い事は素晴らしい。ただし、正しい「プライド」ならだ。

例えば、自分がミスしたのに、それを認めて謝れない人がいる。プライドが高くて人に頭を下げられない。こんなプライドはいらない。

例えば、営業部に配属され電話でのアポを断り続けられ、罵声を浴びせられてプライドが傷つく人がいる。本当にプライドをかけるのは取り組んだ事を途中で投げ出さず、成果を出すかどうかだ。その過程で頭を下げたり、断られたりすることで、傷つく様なプライドは捨てるべきだ。

例えば、後輩が管理職に抜擢され、役職で抜かれたとする。プライドが許さないので退職する人もいる。本当にプライドをかけるのは、最期にもっと大きな成果を出し、会社に自分を認めさせるかどうかだ。また、成果にこだわり、より大きな貢献を会社するかどうか。逃げずにリベンジするべきだ。もし、プライドがあるならだ。

冒頭の話に戻るが、ヘッドハンティングで失敗する要因のプライドとは、間違ったプライドを指す。

「俺はこれだけのキャリアがあるから・・・」「俺の実績があるのに、こんな仕事はやってられるか・・・」などの、一般的に言うプライドの高さが使いづらさに繋がり、組織に必要ない人材になってしまうのだ。

疋田取締役良質のプライドがあるのなら、黙って会社が認めるような実績を出せばよい。実績を出すチャンスや環境も自分で作る義務が、ヘッドハンティングされるレベルの人材にはある。

自分の報酬を中心とした待遇も、無理矢理上げなくても、自分の実績と同時に上がる。ヘッドハンティングにおいても、上手くいったケースを見ると、報酬はあまり上がらずに移籍した場合がほとんどだ。小ずるく報酬を上げる為の転職ではなく、自分の人生を考え、自分の価値観と照らし、当てはまる会社であれば、ヘッドハンティングされても成功する可能性が高い。転職後に全力を出す事が出来る。

報酬に関して付け加えれば、転職でも就職でも良いが、転職時は抑え気味にしておいた方が良い。何故なら、抑え気味の所得の方が、自由度が上がるからだ。高い収入を要求し獲得した人間に自由を主張する権利はない。先ずは、報酬に見合った利益を先に入れろと言うプレッシャーが強くかかる。状況に対応しながら、過去の経験も使いつつ、クリエイティブな仕事をするよりも、過去の経験から来る利益に直結した作業を求められる。結果、同じ事の繰り返しになり、転職した意味がなくなる。

話を戻す。

ビジネスマンのプライドは第一に成果に対して持つべきだ。「成果の出し方」にこだわりのある人は間違ってはいないが、そのこだわりを使って人一倍成果をだす事にプライドを持たなければ駄目だ。

効率もやり方も関係ない。先ずは成果を出すことだ。

格好が良いも悪いもない。先ずは成果を出すことだ。格好の善し悪しで言えば、成果を出せないことが一番格好悪い。

上司に怒鳴られようが、上手く行かなかろうが、仕事に執着すべきだ。言い訳のネタなんて、仕事をしていればゴロゴロしている。その言い訳のネタを拾って、自分のちっぽけなプライドを慰撫するよりも、成果を出すことに純粋であることだ。

上司がむかつくことも、部下が無能なことも、予算が足りないことも、クライアントの都合も、時間的な制約も、会社にビジョンが無いことも(HWSにはあるけどね)、給料が低いことも、同僚のやっかみも、商品力の無さも、

どれ一つとして言い訳のネタにはならない。そんなことにかまけている暇があるなら、成果を出すことだ。

日曜日の社内風景成果を出すことによって、自分の主張の正しさを認めさせるのがビジネスの世界のルールだ。極めてフェアーでオープンだ。私自身がこの世界を愛するのも、これが根本にあるからだ。

私にも、「経営とはこのようなものだ」「日本にはこれが必要だ」「世の中はこうあるべきだ」などの主張がある。しかし、私は経営者であり、事業家だ。本を出したり、講演によって、この主張を世に広めようとは思わない。

ただ一点、事業の成功により、我々の主張を世に送り出したい。成果によってのみ主張したい。

私自信のプライドは常にここに集約される。

成果を出すためには何でもしろ言っているのではない。自分の正しさを証明するために、是が非でも、自分が信じた方法で成果を出さなければならないのだ。そこに全プライドをぶつけろと言うことだ。

自分が持っている誇りのあり方を考え、自分の誇りの「質」を一度考え直して欲しい。

誇りは、「自分のロマン」「自分の正義」「自分の主張」を示す為に持て。そして、その為の成果を出すことから逃げてはいけない。その執着心に誇りを持って、ビジネスの世界を歩んで欲しい。

2007年10月22日 18:32

総会+打上にて

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9月末でHWS第三期上半期を終えた。よって、今回は総会の後に決起集会(懇親会?納会?)も開催された。

HWSには、自分で上司や所属するプロジェクトを選べる制度がある。人材として成長する為には迷い無く、ビジネスに打ち込む必要がある。本来は自分で常にその様な状態に持って行くのが当然ではあるが、HWSでは言い訳や逃げ道を排除すると言う意味あいもあり、自チームを自分で選ぶようにしている。

今回の総会で七月入社の鈴木から発表があった。自分が所属するチームを選ぶ為に、全てのPMと個別ミーティングを取ってもらったと言うことで、「PM巡り」の勧めを総会にて述べていた。

彼は、エンジニアとしてキャリアを積む前は、麻雀店の店長だったという変わり種だ。高学歴なのに、何を血迷ったか麻雀店の店長になり、挙げ句の果てにはHWSに行き着いた強者でもある。ちなみになかなかの「プレイボーイ」らしい・・・。

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HWSのPMは、それぞれがビジョンを持ち、個性的である。PMを巡った結果、鈴木は所属チームを決定した。その決定基準が、なかなか良い。HWSイズムの様なものを感じる。まあ、入社の段階で理念に共鳴出来なければ、HWSには合流出来ない仕組みになっているので、当然かもしれない。

彼が所属チームを決定する為の基準は「自分が一番貢献出来るチームはどこか?」であった。

チームが何を与えてくれるのかの「要求」を動機とせず、自分の力をより活かし、自分の事を必要とし、自分が一番貢献出来るチームを探し選んだ事になる。

弊社が所属チーム希望制を打ち出した時に、社員の我が儘を通すと組織が崩壊すると言う様な助言も頂いた。本来、その様な懸念は当然かもしれない。健全な組織で言えば、能力と覚悟のある人間から管理職に就かなければならない。また、そのポジションの下に職権も必要だ。よって、組織が逆流するような、越権を末端に与えてはならないのは、本来は基本だ。

しかし、私のスタンスとしては、組織の中に本来偉いとか偉く無いとかの階級は存在しないと思っている。能力によって、役割分担がある。私より経営に卓越した人材がいれば、社長は交代すべきだ。それが、組織の為であり、組織がより強くなる道だろう。

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そして、HWSの育成方針は、「エンジニアを起業家として育成する」であり「エンジニアをビジネスマンとして成立させる」だ。

これを徹底した場合に、組織の基本を逆転させる事があっても良いのではないかと思う。社員を信じ、越権を与えたとしても、良識と経営的な見地から正しい判断をしてくれると願う。その結果、他社のエンジニアが実現できない姿での成長があるはずだ。

事実、HWSでは自由を手に入れたエンジニア達が腐ることなく、事業にあたっている。チームに所属することの意味を考え、自分なりの結論を持ち動いている。ビジネスマンとして、正しい方向に一歩ずつだが、成熟している。鈴木の「自分が一番貢献できる・・・」は、正にこの表れではないか。

ビジネスマンとして評価されたい方は、転職活動においても、一貫して鈴木の様な姿勢を持つべきだ。売り手市場に安穏とせず、ビジネスの世界に本来ある正しい姿を意識すべきだ。待遇も裁量権も自分の実力相応についてくる。

181022_cc.jpgこの基準で動けば、愚痴も不満も無くなる。愚痴も不満も他力本願から生まれる。自力本願で矛盾無く生きている人間に、愚痴が生まれるはずがない。愚痴の原因は自分が動いて解消するだけなので、正しいビジネスマンの反応は「愚痴る」ではなく「動く」になるはずだ。与えてもらおうと思うから、愚痴が出るのだ。与える側、貢献する側に回れば愚痴など出ようはずがない。

★★★★★★★★


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総会の後は半期に一度の打ち上げだった。前回も相当馬鹿騒ぎだと思ったが、今回は前回の比ではなかった・・・。

馬鹿騒ぎではあるが、「IT業界を変革する」のなら、このくらいの馬鹿の方が良い。賢く生きたいなら、高い学歴を持ち、大手企業に就職すればよい。他社が出来ない様な、新しい時代の流れを作るなら、日本一馬鹿な集団じゃなきゃ駄目だろう。

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打ち上げ時の弊社のメンバーを見て、エンジニアの集団だと判断できる人はいないはずだ。「どこの体育会ですか?」「どこの営業ですか?」と思う。そのくらい、パワフルで、身体を張って場を盛り上げる奴らばかりだ。既存のエンジニアのイメージとはかけはなれている。

何かをやる人間は、馬鹿でないと駄目だ。賢さからは普通のものしか生まれない。普通のものを賢く作るなら、既存の大企業にかなうわけがない。どれだけ馬鹿なのかで、我々は抜きんでなければならない。

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この仲間達となら、日本一馬鹿な会社を作れる。既存の常識を越え、多くの企業から、「無理だ」「駄目だ」の批判を浴びながら、新しい道を作り上げる、日本一の馬鹿者集団だ。

この仲間達を誇りに思い、愛してやまない。


追記

でも、新入社員にはひかれそうなので、最初は少し賢く見せて下さい。(to HWSのメンバー)

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2007年10月18日 17:32

提言のルール

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HWSの場合、会社を強くする為の提案が自発的に上がってくる。社内制度であったり、新しい事業プランであったりする訳だが、基本的には全て採用したいと考えている。HWSの基本的な方向性と違うものは通せないが、そもそも我々の方向性は事業をコントロール出来るビジネスパーソンを輩出する事なので、創造的な全ての動きはHWSの未来と一致し、一人一人のメンバーを育てる糧である。

様々な提言や、プランが浮上するが、それが形になる場合とならない場合の決定的な差異について書きたい。

ポイントは二つある。

【大局観】

一つはその提案やプランが大局的な視野に立って、考えられていること。

例えば、「もっと給料を増やしましょう」という提言があったとする。決して悪い提案ではないが、それによって、その他のコストを削る必要がある場合、それを加味して優先度や費用対効果を考慮しなければならない。

給料を増やすために、サービスの単価を上げ利益を確保するなら、営業を強くし、開発の現場にもより高い付加価値を要求しなければならない。それが実現可能か、現段階でそうすべきかを対局的に判断した上での提案かどうかという事だ。それぞれの現場にかなりのストレスがかかる事は間違いない。

「新しいサイトを立ち上げて、コンテンツ事業をスタートしましょう。」と言う提言があったとする。それに必要なコストは既存のSI事業から充当しなければならないし、その分社員の給与の上昇を抑えるか、その他の事業の投資を抑えるか、など考えをめぐらし提案出来て初めてテーブルの上に乗る。

一見前向きに見える提言は、大局的な視野の上に立たないと正当性を欠く。

国に対して、「福祉を充実させろ」「税金は上げるな」「借金は減らせ」と感情のままに要求する国民のごとくだ。余談だが、現在の政府は間違いなく無駄な予算も使っているし、一部の権力者がパラサイトしているとしか思えないので、上記の要求も本質的にはどうかと思うが現状では正当なのかもしれない。しかし、それにしても、上記の要求をするよりも、「パラサイトを撲滅しろ」の方が、ストレートで正しい。以上余談。

大局的な視野に立ち正しいのは、「消費税は20%でも我慢するから五年で国の借金を半分にしてくれ。」的な事だろう。これが言えない、覚悟出来ない様では民度が知れるというものだ。

難しいのは、大局的に考えなければ、表面的には正当に見える事が多々あり、それを自分も正当だと思いこむ未熟なサラリーマンも多くいることだ。これは企業内だけの話ではなく、一般社会でも見られる。

「自衛隊は無くしましょうよ。」「戦争は悪いことです。」こう叫び続けることは大事だし、方向性としてはありだ。しかし、国防はどうするのか、国際貢献はどうするのか、大局的に考えれば、この答えとセットで提言しなければいけないのがルールだ。

「残業を無くしてゆとりのある社会を作りましょう。」「レイオフ反対。生涯安心して生活出来る社会を作りましょう。」

理想としては、素晴らしい。ただし、残業を無くしてゆとりのある社会になった時に、日本が国際的競争力を維持できるのか、また、その結果として今の豊かさを享受しつづけられるのか大局的に考え、現実に即し発言すべきだ。

労働者を守る的な発言をする政治家も多い。まあ、金があろうが無かろうが、政治家的な観点からすれば同じ一票だから、大多数の従業員側を擁護し媚びた方がメリットはある。しかし、政治は本来商売のネタではない。国家を作り運営するという観点から言えば、企業側、労働者側などという切り分けをせず、強い組織、強い企業、強い産業を作るという事を対局的に考え、道を示さなければならない。民意は大事だが、リーダーシップが取れず、世論に流されるだけなら政治家などいらない。

くどくなったので、話を戻す。

この様な大局的な観点に立ち提案することが、HWSにおいて正当性を得て形にするための基礎である。

ちなみに、私の経営判断は徹底した滅私と大局観を基に下される。大局観を発動出来ないメンバーからは、疑問や不安が生まれる事も承知で、道を決める。

ブログや総会を通じて、また、HWSにおける唯一のリーダー職である「プロジェクトマネージャー」を通じて、周知には当然力を入れる。しかし、早期に経営に近いポジションで手腕をふるいたいメンバーは、「篠田の判断は、いかなる大局観から下されたのか」を勘案して欲しい。それが、ビジネスマンとして自分をレベルアップする近道になるはずだ。

疑問や愚痴レベルの意見で終わっては駄目だ。大局観の下に、自分なりの答えをみつける習慣をつけて欲しい。

何故、未経験者を採用するのか?何故、未経験者を採用しないのか?社員研修の密度をどうすべきか?給与体系はどうか?会社のドメインはどこへ向かうのか?

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大局的な観点から自分なりの結論を導き、それでも分からない時は経営者にも直接聞いて、自分の思惑のレベルを確かめれば良い。

「会社が何とかして下さい」的な発言はHWSでは却下だ。特に自分が楽をしたいから、自分にかかるストレスを軽減したいからと言う動機であればなおさらだ。仕事は辛いし、厳しいのは当たり前だ。それを乗り越えるから充実感もあるし、乗り越えた人間だけの高い報酬もあるのだ。自分が苦しんで、組織や会社が前に進むなら背負うべきだ。その覚悟を背負った者から順番にリーダーとなる。

【覚悟】

二つ目は、提言をした人間が、それを実現する事にどれだけの執着と思い入れを持つかの「覚悟」だ。

前述した様に「誰かが何とかして下さい。」は提言でも、意見でもない。逃避だ。企業は全員の総力によって、成立している。健全な組織では全メンバーが何かしらの役目を背負っている。空いている奴なんかいない。

その中で新しい事を始めようとしたら、言い出した奴が覚悟を持って、提案を具現化するまで仕上げなければならない。その覚悟を持った主体者がいる提言は、ほぼスルーに通す。

提案者にも当然今の業務があるだろう。創造的な新しい事をビジネスの世界で実現する為には、それに新しい仕事をプラスして乗せる覚悟が必要だ。これは良い悪いの問題ではない。現実だ。

日本の税制、市況感の中でお金が余ってしょうがない中小企業などほぼない。その中で、各ビジネスパーソンは自分の実績を作り、組織を勝利させ、キャリアを積まなければならない。

並のキャリアと並の付加価値を目指すなら、並の覚悟で作業をこなせば良い。一線を越えて、代わりのない人材を目指すなら、上記の動きが必要だ。

HWSにおいて、並の人材を作る気は毛頭無い。だから、全メンバーには、相応の覚悟や動きを求めて続けている。全ての企業に当てはまるスタンスではないかもしれないが、我々の理想を実現するためには必要だ。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★


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以下、結論。

HWSにおいては、新しい提案や自分のやりたいことは、ほぼスルーで通る。私自身のスタンスでも、ベンチャーは潰れない程度にやりまくるべきだと思っている。会社が致命的な打撃を受けない為の歯止めは私が行う。

若いメンバーは、やり過ぎるくらいでちょうど良い。非常識な事をやりまくって欲しい。クライアントの為、仲間の為、社会の為に、既存の常識を打破し、アグレッシブなビジネスをやりまくって欲しい。

ただし、組織は集団で動くものだ。その中で自分の我も通し、企業を先へ進める為には

【大局観】と【覚悟】

は必須条件だ。この二点について、熟考し、自分の疑問や不安を解決し、自らの力で企業を新しい局面に引き上げて欲しい。

その実績が、一人一人のビジネスパーソンにとって、自分の人生を新しい局面に引き上げるベースとなるはずだ。

2007年10月17日 14:37

モチベーションの根源

先日、とあるベンチャーキャピタリストとランチをご一緒させて頂いた。新市場NEOの評価なども聞き、市場動向なども勉強させて頂いた。話は多岐に渡った。

印象に残ったのは大枠での、今後のIPO関連の方向性のお話。ここの数年の間で、コンプライアンス的な要素を中心に上場基準は上がっている。同時に上場コストも以前より確実に上がっている。また、情報技術の進歩や市場経済の成熟に伴い、バブル的な株価の高騰による市場の面白さみたいなものも、あまり期待出来ない。IPOで一儲けすると言うギャンブル的なモデルがいつまで成立するかも疑問だ。単純に主要メンバーや企業自体が資金調達する為の手段としてのIPOは、割に合わないケースも多く出てくるとの事だ。

ある意味、ベンチャーキャピタル自体もそのあり方を変えるか、成熟度の低いマーケット(他国を中心に)に主戦場を移行する必要があるかもしれない。

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以前からこのブログでも書かせて頂いているが、IPOにより誰かがお金を儲けるという図式は本質的には間違っている。IPOで集金した資本は事業に投下し、その企業を先へ進めるために使うべきだ。その資金を特定の個人が私に使ってはいけない。多少の成功報酬は、労力と背負ったリスクの分だけ正当性はあるが、限度がある。

株主も誰かを儲けさせるために資金を提供した訳ではない。出資した会社が、その資金を使って成長し、将来的に配当及び株式の売却で利回りを得る事が目的だ。それを達成した後に報酬を頂くのが経営サイドの姿であって、集まった資金の性質を勘違いしてはいけないのだ。

各国のファンド自体もデイトレード的に売り買いの中で利ざやを稼ぐよりも、優良な案件に投資し、アライアンス的な援助やオペレーションの効率化により運用益を出し、安全かつコンスタントな利益を狙うような方向に動いている。

よって、IPOの意味合いも代わり、資金調達目的から、信用力の向上及び、それに付随するコンプライアンスの確立する為の基準として存在する様になるかもしれない。

これはHWSの進むべき道と一致するので、我々の目指す場所の正しさをより確信出来た。

簡単に言ってしまえば、IPOである程度の資金調達は可能にしろ、ボロ儲けは狙えませんよと言うこと。それを目的にIPOを目指すのは、メリットが少ないですよと言うこと。

よって、IPOを狙う各社は、目の前にストックオプションによる多大なる報酬をぶら下げて、社員をマネージすること出来なくなると言うことだ。

そもそも、よく社員に対してストックオプションでも、インセンティブでも良いが、ご褒美をぶら下げて、マネージしようという組織を見かけるが、これもマネージメントの本質から外れている。

例えば、ストックオプションを餌に社員を引っ張った会社があるとしよう。上手くIPO出来た場合でも、お金が目的だったら良いタイミングで株を売って退職してしまおうというメンバーが続出するはずだ。その動きは、仕事の動機が自己の金銭的利益だったなら正しい。役員のうちは売却できないので、役員を早期に降りようとする人間もいるだろうし、IPOまで行って達成感を味わい、燃え尽きてしまうメンバーもいるだろう。間違ったモチベーションは時限的にしか、パワーを生み出さない。後の副作用の方が強烈だ。

また、状況的な問題で、IPOが出来ない、もしくはIPO時期をずらした瞬間に、社内は批判と不満の巣窟となるはずだ。一番のモチベーションの基で、結果的に騙された事になるので、エネルギーを失うメンバーも出るだろう。

つまり、「IPOで一儲け」をモチベーションとして、社内をマネージした場合、上手く行っても、失敗しても後に良いことはない。何故なら、その動機は本質的に間違っているからだ。

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社員は犬ではない。ご褒美をぶら下げて芸をさせる存在ではない。日本は少なくても資本主義の最前列を走っている。世界有数の豊かさを持った国だ。その国家に必要な人材は付加価値を生み、世界に発信できる人材だ。作業力で勝負しては駄目だ。執着心やチャレンジャー精神から生み出される付加価値が日本の存在価値であり、日本人としての価値なのだ。餌に釣られて動く人材が生み出せる付加価値などない。

別の動機で、走らされている作業者に付加価値は生み出せない。結果としての報酬や成功を夢見るのは悪くはない。しかし、最大のモチベーションは仕事自体になければならない。もしくは、その組織が追うビジョン自体になくてはならないのだ。それらの達成に気持ちが入り、より良い物を作ろうとして付加価値は発生するのだ。競争力の根源はこの様に成立していく。

人間として哲学を持ち、高次の欲求をモチベーションにして仕事にあたらなければ、正しい成長は望めない。

自分達のビジネスに愛情があり、モチベーションがあれば、IPOをしようが、すまいが関係なく事業に継続的に取り組むはずだ。IPOで自分の生き方やスタンスが変わるはずがない。お金があろうが無かろうが、取れる手段の幅は変われど、取り組む理想は変わらないはずなのだ。

本質的に正しいビジネス、本質的に正しいモチベーション、本質的に正しいスタンスで経営に臨めば、流行は関係ない。ストックマーケットの浮沈も関係ない。我々が信じた正しさを追求するのみだ。

私のIPOに関するスタンスはこの様なものだ。IPOも目指していて何だが、会社の個性が薄まるなら、その道は捨てる。本質的な正しさを追及することが第一で、上場後の市場価値や株価の浮沈も二の次だ。

IPOを第一に考えて、組織の文化を理解しない優秀な人材をボードに加える気もない。我々の理想を実現する為のチャレンジを抑える気もない。

社員の持株会を作る気もないし、上層部にご褒美的なストックオプションを渡す気もない。正しいガバナンスを維持する為の付与は当然ある。

よって、私自身もIPOでは儲けない。それで得た資金は、事業につぎ込む。IPOが達成出来たとしても、それによって私の生活もビジョンも微塵も変わらない。

その代わり、ビジネスマンとして成熟したHWSのメンバーが、確信を持って取り組む事業にはガンガン資金投下したい。資金には時間を短縮するパワーがある。本質を違えない人にとって、資金が有効なツールである事は言うまでもない。

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この我々のスタンスや価値観が本質的に正しいので、ストックマーケットのあり方が我々に寄ってきているだと思っている。我々と言うよりは本質的に正しい方向に流れていっているのだと思う。上場ありきではなく、それにたる事業や組織をもった企業が、自然とIPOしていく形で良いのではないかと思う。

若い方へ伝えたい。

金をそんなに稼いでも、あまり良いこともない。家族が守れて、自分がしたい事が出来れば十分ではないか。我慢する必要もないが、虚勢をはるほどの豊かさもいらない。それで満たされる事もない。

信頼できる仲間がいて、燃えられる理想があって、そこで自分たちしかできない何かを成し遂げる事で、大きな感動と充足感を得た方が、人生は豊かになるはずだ。

俺も金が嫌い訳じゃない。富などはいくらあっても困らない。清貧思想も持ち合わせていないので、貧乏が美しいとも思わない。でも、優先順位があるし、自分の哲学に従ったやり方で金は稼がなければならない。プライオリティーの最上位に金銭は来ない。四番手か五番手くらいだろう。

金は欲しいが、自分の主義に反した報償は歯を食いしばって捨てなければならない。自分の誇りや哲学と引き替えに富を得ても、代わりに失う物が遙かに大きい。

逆に最高の仕事をして、世の中が欲する価値を呈すれば、びっくりするほどではないが相応の富は手に入る。

金でマネージメントするな。金でマネージメントされるな。仕事への愛情、理想への道程をエネルギーとし、正しい方向に進んで欲しい。その先には、世界と戦える強靱な組織、個性溢れる人材像があるはずだ。

2007年10月12日 18:01

攻撃性を失うな

昨日、自宅に帰るとボクシングのタイトルマッチをやっていた。と言うか、ちょっと興味があったので仕事が入らなければ観ようとは思っていた。何とかラウンド10あたりから観戦できた。

最期のラウンドのブレンバスター(?)だけが残念だったが、それなりに楽しめた。チャンピオンの積みあげられた、技術が光った試合だった。

亀田大毅選手と内藤大助選手とどちらが好きという事もない。それぞれ、尊敬も出来、期待もしている。犠牲を払って積みあげて来た何かを持っている人間は観ていて気持ちが良い。

元来、日本は判官贔屓のお国柄のはずだが、最近は逆な様な気もする。弱っている人間をとことん叩く。弱っている者がいたら、笠に着て更に叩く。頑張っている奴がいたら、その失脚を願う。横領事件が発覚しても、憤るよりは羨ましく思う。こんな空気を感じる時がある。

亀田家の皆さんの発言や態度は、人間としてどうかと思う部分もある。ボクシングはショービジネスでもあるので、ある程度は演出としてしかたがない。発言自体を人格と定めて攻撃する必要もない。

亀田選手の公共の電波を通して、あれだけの発言をする勇気や、そのプレッシャーと戦う精神力は並大抵ではない。恐ろしく攻撃的で、エネルギッシュだ。表現の仕方は別として、その一点だけでも尊敬に値する。

亀田選手の発言よりも、遙かに不快で危機を感じるのは、若者達に攻撃性を感じないことだ。守りの中から覇気は生まれない。人間のエネルギーは攻める中で生まれ、そのエネルギーを源に付加価値が創造される。

191015_b.jpg社会情勢などによって、一部起業などにチャレンジする若者も増えた。しかし、これは根本的なメンタリティーの進歩というよりも敷居が低くなっただけだ。そもそも、起業することがチャレンジというのは安直すぎる。

攻撃や、チャレンジというのは根本的なメンタリティーの問題だ。起業したら、チャレンジャーになれる訳でも、攻撃的な性質になるのでもない。そのメンタリティーがあるなら、今の仕事、今の現場で挑戦し攻撃し続けているはずだ。その延長戦上に起業があるなら、素晴らしいことだ。

この20年の間、起業ブームが何度か訪れ、リクルート社からも「アントレ」なる雑誌が創刊された。しかし、あれらの起業支援雑誌は本当に起業に向かう人が読むのではなく、現在の職場に閉塞感があり、不満をもっているサラリーマンが現実逃避として読みあさるのが、主な購買層だろう。つまり、独立して上司もいなくなり、ストレスもなくお金も稼いでいる自分を妄想して楽しむ為の雑誌ではないかと思う。まあ、おかげで多くの人は起業を身近に感じる様にはなったと思う。

しかし、実際に起業しても一線を越えるまでは、良いことはほぼない。金もなくなり、サラリーマン時代には想像の出来ないストレスを抱え込む。指定日が来たら給料が振り込まれていた日々を思い、悔いる人がほとんどだ。

現実逃避したサラリーマンに耐えられる世界ではない。

真の起業家は、日本の未来の為にも次々と生まれて欲しい。守るものなど若い人間にはほとんど無い。学歴も金銭も大したものではない。時間とエネルギーさえあれば取り返す機会はいくらでもある。チャレンジし攻撃し続ける人間が多く生まれ、日本に新しい産業を創出して欲しい。

しかし、逃避し負け癖がしみついた人間の生きる場所は、生き馬の目を抜く様なビジネスの世界には存在しない。強い者の傘に入り、生涯を「生存する」くらいがせいぜいだ。

本日の結論(乱文になったので)

起業とか、社長とかは目的ではない。自分の内にある、チャレンジャースピリットやバイタリティーの発露だ。

本来、自分の内側に燃え上がっているもの、くすぶっているものがあるなら、今すぐに表面化してしかるべきだ。現状の仕事に何も出せない人間が起業を語らないで欲しい。今何もしていないのに、起業したら何かするという都合の良い考え方は、現状からの逃避にすぎない。

ビジネスのプロフェッショナルは、場所や業種にこだわらず成果を出す。よって、どこに居ても、自分の攻撃性やチャレンジャースピリットをすぐに発動させられる。課題があろうが、発動させるためにあらゆる手を打つ。

このブログを読まれている方にも問いたい。転職をする前にやることがあるのではないか?どうしようもない職場もあることは認める。善し悪しではなく、完成された組織においては、決裁権に限界がある。その意味で、ある段階にさしかかった人間には、「どうしようもない職場」はあるだろう。

しかし、多くの人は目先の職場、業種を変えることをチャレンジャースピリットや攻撃性と勘違いしている。それはチャレンジではなく、逃避だ。まだやることがあるはずだ。

191015_a.jpg先ず、どうしようもない衝動を基に、今の仕事、今の現場を改革しろ。その改革にチャレンジし、全精力を使え。チャレンジし攻撃しろ。それで、失う物は何もないし、それが出来ない人間はどこにいっても、ただの負け犬だ。

その生き方を貫いた先に起業があれば、それは多くの人の賛同を得て、多くの人を幸せにするモデルへと昇華するはずだ。

結論と書きながら、長くなって申し訳ない。

まとめると

・若い人間には後先考えずもっと、チャレンジし、攻撃して欲しい。それが君たちの特殊性のあるキャリアを作る唯一の方法だ。

・しかし、そのチャレンジとは何かという認識を間違えないでほしい。間違った認識で道を歩めば生涯を誤る事になる。

・小さくまとまった良い大人になるには、早すぎる。若い内に並を目指すよりは、多少やんちゃでも、亀田大毅選手の方が、守りに入った奴よりも数百倍良い。彼の攻撃性を批判できる若者などほとんどいないはずだ。


今回は特に乱文になってしまった。ボクシングのタイトルマッチをきっかけに普段から胸にあるものを吐きだした感じだ。

365日、24時間、若い人間をいかに育てるか、その為のきっかけと環境を作るか、という呪縛から私自身は抜けられない。夢でも仕事の事ばかり見るし、犬の散歩をしていても、仕事の流れやメンバーの事を無意識に考えてしまう。

今回はボクシング観戦をきっかけに、今のメンバーやこれから集まる仲間達に対して伝えたい事が流れ出したようだ。

2007年10月10日 20:04

一貫する

本日、某大手金融機関の方にCSやESについて、何か特別な取り組みはしていないかというアンケートを受けた。社内の改善活動の一環なので協力して欲しいとの依頼だった。多少でも参考になるならと、HWSのスタンスを話させて頂いた。

091011_a.jpg世間で従業員満足(ES)などと言うと、妙に社員に媚びるような制度が多い。本音ベースで言わせてもらえれば、社員を子供扱いし、どんなアメを与えれば喜ぶか的な取り組みが多いように感じる。不満を言う社員に対して、アメを与えるというシンプルな構図だ。これが媚びている様な、ある意味社員を子供扱いして馬鹿にしているように感じてしまう。

別に出口として福利厚生が充実したり、色々な手当や制度が出来ることを否定しているのではない。それは素晴らしい事だ。ただし、その根底にある心理を間違えないで欲しい。それらの手当や制度は会社から施してもらうものではなく、全メンバーの力で作り上げるものだ。

アメを与えれば、従業員が満足する訳ではない。本質的に燃えるべき理想、信頼できる仲間、フェアーでオープンな環境があって、本当の満足を追及出来る。目先をごまかしても本質的な改善はなされない。

仕事には多くの時間を使う。時間をかけると言うことは人生の一分を注ぎ込むといことだ。人生をかける環境があって、その環境で長期に快適にビジネスを展開する為に、手当や制度を整備するのだ。

この本質を無視し、出口としての手当や制度に焦点を当てては道を違える。

よって、私のアンケートに対する答えは、「会社の本道を定めて進んでいます」と言うこと。フォー・ザ・カンパニーを徹底し、エンジニアが幸せに生涯を送るためには何が正しいかと言うことを徹底して考え、今が苦しくとも正しい道を定めて邁進するということだ。それが、何よりも本質的なESであり、結果的なCSを作るというスタンスが我々の取り組みなのだろう。

クライアントからアンケートを取ったり、挨拶や電話対応をしっかりやるのは、一つ一つの手段だ。本道が定まり初めて機能することだと思う。

最後の質問でこの様な事を聞かれた。

「HWSさんの取り組みは王道であり、理想であることは分かりました。その為の課題をあげるとしたら何ですか?」

これに対する私の答えは、「私自身が腐らない事」である。

20年も経営の前線にいると、単語的に適切かどうかは分からないが、多くの腐ってしまったビジネスマンに遭遇する。その度に残念な気持ちを抑えられない。

091011_b.jpg理想を熱く語っていた人が、早くリタイアして楽をしたいと言うようになったり、会社は公器であると語っていた経営者が、お手盛りで経費を使うようになったりする。時間によって人は変わる。変わらない、腐らないと言うことが、想像を絶する意志力や信念を必要とすることに気づいている人は少ない。

自分が語ってきた事と、自分の行動や判断に一貫性が無くなり、同時にリーダーシップを失っていく経営者は多い。人間は「利」や「楽」に狂う。

だから、私自身はあえて不変を謳う。

一貫して生きよう思う。

本日、ある証券市場のIPOのサポート部の方ともお話しする機会を頂いた。IPOについての、現状など情報を頂いた。その中に、ほとんどの会社は、ある一部の創業者に利益誘導する仕組みを持っていて、これがIPOの足かせになるケースが多いと言う話があった。

オーナー経営者の暴走を止めることは誰にも出来ない。逆に止める必要も無いのかもしれない。起業目的が創業者の利益であれば、それに沿って経営することは悪ではない。資本主義の社会は自助の原則がある。それを見抜けず、その会社に就職して不満を抱いたにしても、社員の自己責任だ。

私が求めるゴールは「満たされる」ということだ。自分の性能には自信がある。何かしらで、それなりの生活をすることには生涯困らないだろう。しかし、「満たされる」為には、ちょっと豊かな生活を手に入れるだけでは不十分だ。

091011_c.jpg自分たちしか出来ない何かを、仲間達と掴んでみたい。日本が驚くようなビジネスを作り上げてみたい。アジア中の人々に感謝され尊敬されるビジネスと組織を作ってみたい。それをもってして、多くの人を幸せにしたい。どこまで行けるか私にも分からない。青臭いと笑われる方も多いかもしれない。しかし、「満たされる」為にはこれを目指すしかないのだ。

最期に西郷隆盛の言葉を借りて、この項を締めたい。自分が腐らず一貫する為にいつも思い出す言葉だ。

西郷隆盛を知らない日本人は少ないと思う。司馬遼太郎さんの言葉を借りれば、歴史上はじめて日本の全権を掌握し統一した人物ということになる。確かに明治維新後に、軍事と政治、更には国民からの衆望を一手握り、やりようによっては独裁も可能であり、実質日本を統一したと言って良い。

頼朝も家康も完全なる中央主権国家を成立させた訳ではない。隆盛以前の日本は、せいぜい合衆国にもならない小国家の連合体であり、地方の統治も出来ていない。それを考えれば、日本がまがりなりにも中央集権国家となり、本当の意味で統一されたのは明治維新後だ。その首魁である西郷隆盛を、上記の様に評価するのも間違いではない。

面白いのはこの隆盛が金も権力も志向しなかったことだ。日本の全てを手に入れたのは、何も求めなかった人なのだ。全てを手に入れた後に、自分の役割は終わったと決め、官位を全て返還し薩摩の田舎へこもった。最終的には、その存在の大きさ故に内乱に巻き込まれてしまう。

091011_d.jpg結果、「西南の役」で破れ、ご存じの通りの末路を辿っている。しかし、西郷なかりせば列強に喰われ、現在の日本の姿を保てなかった可能性も高い。

その西郷隆盛の言葉を借りる。

「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るもの也
この始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり」

今の私はこの境地にいる。この境地のままに不変の自分を貫きたい。

成否は百年の後に聞いて欲しい。私はひたすら一貫するのみだ。

2007年10月05日 17:27

新オフィスから思うこと

191005_a.jpg
新しいオフィスに移ってから五日経つ。都内に住んで久しいし、このオフィスの近辺で会社を経営していた事もあるので、よく知った場所でもある。しかし、今までのイメージを一新する様な美しい景色が毎日眼下に広がっている。新宿御苑がこんなに広く美しいとは気がつかなかった。

このオフィスに移る前は、新宿NSビルにいたので、25Fから都庁を毎日眺めていた。高層ビルへの憧れもあったので、一度は入るのも悪くないが、快適さで言うと今のオフィスは格段に良い。

191005_b.jpg東京のど真ん中に居て、広々と敷き詰められた緑が目の前にある。9Fなので前より低くなったはずなのだが、そんな気がしない。たぶん、目の前に遮蔽物が何もなく遠くまで見渡せるからだろう。緑も近いし、遠くまで見渡せる絶妙な高さだ。

東京タワーも六本木ヒルズもすぐ目の前だ。レインボーブリッジも遠くでライトを点滅させている。御苑をはさんで神宮球場が真向かいにある。夏の花火大会には最高の特等席になるはずだ。来年の夏には、集まれるだけの社員で集まって、缶ビールを片手に花火を堪能しているだろう。

弊社にはインドを中心に海外からのお客様も頻繁に来る。あるインド人の社長が春先に来た時に「桜が見たい」と言われていた。日本にも多くのビジネスマンが海外から訪れるが、オフィスと空港の往復で、日本の四季を感じないまま帰国するケースがほとんどなのではないか。弊社のオフィスにいながら、海外からのお客様が日本の四季を堪能してくれるのなら、何よりのもてなしだろうと思う。春の御苑は桜の花で埋まるはずだ。

191005_c.jpg社員数の拡大に伴い事務所の移転となったが、虚も張らず、良い場所に落ち着いた。よく、新宿にこんな場所が残っていたと思う。

20代前半頃は、新宿の高層ビルを見上げながら、「いつかこんなビルを建ててやる」と本気で思っていた。高層ビルに上るのも好きで、東京中のビルを見渡しながら、日本社会に名乗りを上げる意欲に燃えていた。

事業に対するエネルギーの量は当時と変わらない。しかし、20年の間に、実感した事がいくつかある。

例えば、昔は自分の才覚で会社を立ち上げ切り回していた様に思っていたが、今は多くの仲間に助けられ何とか事業を成立させられていると本気で思うようになった。悪い意味ではなく、自分の無力さも感じたし、多くの人との共闘でしか偉業は成し遂げられないと悟った。

事業は自分が名乗りを上げるためのものではなく、そのビジネスを通してどれだけ多くの人を幸せにするかの戦いであるとも理解した。これも綺麗事ではなく、ビジネスの本質として得心出来た。

今の事業、今のビジョンに行き着いたのも、「どうすればエンジニアは本当に幸せになれるのだろう」「どうしたら豊かで幸せな日本という国を確保し発展できるのだろう」「どうしたら日本の良さを活かし、世界に貢献できるのだろう」と本気で考えたからだ。現実社会でこれらを実現するために自分に出来ることをしようと考えたからなのだ。

20代前半の子供だった頃のような、自分の立身欲みたいなものはほとんど消えた。また、多くのビジネスを経験した結果、根拠無く「高層ビルを建てる」的な言葉も吐けない。

191005_d.jpgただし、20年間を無駄に使ってきてはいない自信もある。質感のある確かなキャリアの基に、現在提唱しているビジョンは確実に成せると考えている。HWSにある方向性や戦略は、私に力が足りなくても、社会に必要な事業であるし、優秀な仲間達の力があれば、自然と形になるはずだ。

森の向こうにある高層ビル群を見て思う。虚勢もいらない。分不相応な所得もいらない。

私が生涯をかけて追い続けるのは、仲間達がいくつも苦難の後に幸せを掴んだ時の笑顔と、社会が平和で豊かになるための基礎だ。これを作り上げるために残りの人生をかけられれば幸せだ。

事業の道に入り、20年が過ぎようとしている。見かけは若作りだが(←俺も必死)、もうしばらくしたら加齢臭も漂うお年頃だ・・・。

私が20代の頃と違い、多くの若手の事業家が生まれている。事業を興すことや、ベンチャー企業自体の社会的なポジションが上がり、多くの人が一歩目を踏み出しやすい社会が形成されつつある。気がつけば、私も若手の起業家と名乗れない歳になってきた。

191005_e.jpg多くのバイタリティーある、若い事業家達が道を間違えない為にも、事業とは社会の一端を作るという本質を意識した企業を作り成功させたい。一本筋の通った企業を作り上げたい。我々HWSの背中を持ってして、多くのこれから生まれる企業の指針を示したい。

我々自体がヒヨッコで恐縮なのだが、多くの企業の指針となり、世界一尊敬される企業を最期まで目指して行く所存だ。

家族も持ち、多くの仲間に支えられ、この日本があり、始めて自社が成立していると実感してしまった私には、ヒルズよりもNSビルよりも、この新宿御苑ビルが心地よい。

2007年10月02日 15:07

ヘッドウォータース(Headwaters)

191002_a.jpg10月1日から、「株式会社ヘッドウォータース」として新たなスタートを切った。

前項で触れたCIとしての社名変更だが、この項では新社名について書きたい。

過去何度か起業経験があるので、社名を考える機会は多い。昔は社内から公募してみたり、目指すビジョンからイメージして、社名を考えたり苦労した。その後使い続ける社名なので、慎重にならざるを得ない。

最終的に使い始めれば、愛着も湧くし慣れもするので、あまり社名に善し悪しは無いのかもしれない。過去に偉大な成功を収めた企業群も、社名的にはてきとうに感じるものが多い。その観点からすると社名は何でも良い。

原則があるとすれば、いかな社名だろうが最終的にはトップが決めなければならないということだろう。全メンバーのエネルギーや、誇りがその社名に集約されるので、出来映えは別として、トップが満身の想いを込めて命名すべきだ。そして、全メンバーに平等にその社名が誇りとして降り注ぐ為にも、トップが社名を決める必要がある。

今回も我々のミッションを社名として現そうと試行錯誤した。

我々のミッションは技術立国日本を成立させる、新しいエンジニア群を作り、エンジニアのキャリアパス、エンジニア像を改革することだ。

191002_b.jpg更に国内のマーケットでしか戦えない日本のソフト業界に警笛を鳴らし、海外のエンジニアとも連携しながら、国外市場に対して訴求力のあるサービスの提供できる人材を輩出することだ。

その為に技術者を、そのスキル的なレベルを落とさないまま、ビジネスの世界に引きずり込み、技術を駆使しながら新しいビジネスすら作り上げるテクノロジストとしてキャリアを積ませていくのだ。

海外との連携ビジネスも、現状取り組んでいる開発も、この流れの一貫として考えている。

結果として、我々のメンバーが日本の多くのエンジニア達に先駆けて、エンジニアとしての新しい姿を実現し、多くの若者がエンジニアを目指し、多くのエンジニアが自分たちの生涯のキャリアパスに確信を持ち進めるように社会が出来上がる。技術立国としての、ベースが出来上がるのだ。

大まかに言えば、これが我々の企業として存在する為の使命だ。

これを一言で現す社名をつけたい。

たどり着いたのが「ヘッドウォータース・源流」だ。

191002_c.jpg「ヘッドウォータース」とは「源流」「最上流」を意味する。システム業界の人間には、上流工程、下流工程などという単語をよく使うので親しみのある表現であるかもしれない。

しかし、私が指す「最上流」とはシステム開発における上流ではない。ビジネスや、商品、サービスを仕掛けると言う意味での最上流だ。提供するサービスや商品、ビジネスがイメージできて、始めてどうITを使うかという話になる。深いITナレッジがあれば、そのビジネスモデルを更に強力に仕上げる事が可能だ。

つまり、新しい産業を生み出す最上流として「ヘッドウォータース(HWS)」を成立させたいのだ。また、それを支える人材を作り上げたいのだ。高い技術をツールとして、縦横無尽に使い、新しいビジネスモデルを描ける人材の集団が「HWS」の目指すところだ。

「HWS」は未だ、一粒の水滴の様に小さくか弱い。世界と戦うグローバルIT企業を標榜するだけでも、失笑を浴びるかもしれない。しかし、どんな大河も一滴の水滴から始まり、多くの水滴(仲間)を集い大河となり河口へ向かうはずだ。それが自然の摂理だ。

191002_d.jpg新宿の片隅で、誰も名前すら知らない企業が、壮大な気宇を胸に新たな一歩を踏み出した。

我々が「源流」となり、新しい日本のエンジニア像を作り上げる。一滴のベンチャーが巨大な流れとなり、誰も止められない激流を作り上げる。日本のIT業界全てを飲み込み、新しい流れが出来上がるのだ。

我々が標榜するのは新しいスタンダードモデルだ。エンジニアという道を示す新たなスタンダードだ。その源流となり得れば嬉しい限りだ。