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HWSも、ようやく100名を越える社員数になった。これからの時期に必要なのは、単純な数的拡大ではなく、我々のビジョンと理念の共鳴するメンバーの増員だと認識している。
よく「社員数が増えるとマネージメントが大変で・・・」と言うような事も聞く。100名が一つの壁というようなアドバイスも頂いた。しかし、そんな見えない壁を意識する意味もないし、100名を越えてマネージメントがきつくなるとも思えない。
理念とビジョンの共鳴が根底にあるメンバー達であれば、ご機嫌取り的なフォローは必要ないからだ。それぞれが自分の役割を認識し、組織の前進に純粋に貢献している状態で、フォローはいらない。その業務自体が各人の未来を確実に作っているからだ。それぞれの社内でのミッション・業務自体が、各メンバーをマネージメントし、各メンバーを教育するのだ。
上司が行うのは、補助的な指導にすぎない。
これを実現する為にも、採用の方向性は「理念と理想への共鳴」なのだ。ここに妥協すると、一時的な拡大を達成しても、本質的に組織は前に進まず、無駄なフォローにリーダーの労力が割かれる。
よって、この規模のエンジニア数でありながら、会社が定めた営業社員として専属でその任に当たっているメンバーは現在一人しかいない。各リーダーや、各チームのスタッフが営業活動をしているケースはあるが、その辺りはPM(プロジェクト・マネージャー)の判断に任せている。
このHWSにおいて営業の全てを担っている男について書きたい。名を依光某と言う。
彼と初めて出会ったのは三年ほど前であろうか。まだ、HWS設立前の事だ。某企業の一事業部として、私一人から事業を立ち上げ始め、半年も過ぎた頃である。メンバーの数も片手に収まる程度で、オフィスは渋谷の新南口にある、ボロボロのビルだった。
先日、渋谷駅の新南口をHWS役員の疋田と利用する機会があったので、そのビルを久しぶりに訪れた。疋田の感想は、「僕だったら面接を受けずに、入り口で帰りますね」との事だ。
ビルの入り口でたまたま引き返さなかった依光は、私の面接を受けることになる。
当時、エンジニアとして数ヶ月のキャリアを持っていた彼は、とりあえずそれを活かして、しばらく稼ごうと思っていた様だ。エンジニアという道を将来目指す気もなく、つなぎで効率よく給与を得るために面接に来た感じだ。
話を聞いてみると、スターバックスにてアルバイトしていた経験があり、その時の充実感が忘れられず、またコーヒー好きもあり、将来はカフェを運営したいと言っていた。ITの世界とは全くかけ離れている。
面接は人と企業をマッチングさせる場所ではあるが、それ以前に人と人との出会いの場所だと思っている。私の頭の中からは、いつも通り打算は消えて彼のために一番良い方向を、人生の先輩として考え始めていた。
色々話をした結果、条件や業務内容についての話などはせず、生き方を選ぶように諭した。諭したと言うより説教に近かった様にも思う。
★★★★★★★★★★
中途半端な気持ちで技術の道に進んでも時間の浪費だ。これから言う二つの道のどちらかを選択しろ。
一つは、エンジニアとしてキャリアを積むなら、腰掛けではなく一旦この道を極めろ。極めた先には高い報酬と、何かを極める過程で作り上げられた人格と能力がついてくる。それを利して己の夢を実現しろ。その為にも先ずはエンジニアである事に没頭し極める事を覚悟しろ。
もう一つの道は、エンジニアとしての道はきっぱり捨てる事。自分の夢を掴むために一番近道だと思うことに全力を投じろ。
★★★★★★★★★★
こうアドバイスした。
彼は数日考えた結果、「エンジニアはきっぱりやめます」と報告してくれた。
その後、約2年の間は、全く利害関係は無く、日曜日の勉強会に参加したり、仕事の相談を受けたりしながら関わった。私自身、全くの打算はない。まあ、打算を持てるほどの何かを、当時の彼は持っていなかったので、持ちようもない。
エンジニアの道に完全に幕を下ろした彼は、とりあえず夢に近づく為にと、デパートの地下にある、紅茶屋で販売の仕事を始めた。それなりに専門知識は得たようだが、ビジネスの深みを味わえるポジションではない。現職での成長に疑問を感じた頃に再び彼と会った。
当時、ITのビジネスは順調に進めていたが、一部貿易の仕事にも関わっていた。インドとのつながりが出来ていたので、インドのパートナーから、IT以外の商材を日本に輸出出来ないかという相談も受けていた。紅茶、コーヒー、スパイスなどが世界的に有名である。生産者から直接仕入れるルートも確保したので、価格的に優位に展開出来る可能性もあった。
コーヒーと紅茶というキーワードから依光の事を思い出し、連絡を取った。彼自身も現職について考えていたタイミングだったので、このコーヒーと紅茶を含めたインドの特産を事業化しろというミッションを与え入社に至った。
当然、このコーヒーと紅茶を彼が事業化する可能性はほぼ無いと言うことは、最初から分かっていた。私が彼に与えたかったのは事業を運営する事の難しさ、自分の性能の至らなさに対する気づきだ。
予定通り、二ヶ月ほどインドともやり取りしながら足掻いた結果、事業化は全く見えないと結論付いた。
エンジニアの道を選ばなかった彼が、今から特化しなければならないのは営業であった。彼の才能、性質、進む道を考えても、営業によって対人スキルとマーケティングセンスを磨くことが未来への道に必要だった。その営業の必要性を彼自身が腹から気づく為にも、事業構築に費やした二ヶ月は必要だった。無駄な期間ではない。
結果、HWS唯一の営業社員として、一年半を過ごすことになる。まだまだ、未熟な部分も多いが、一年半の成長度合いとしては、素晴らしい伸びを見せている。誰にでも真似が出来る仕事はしていない。
彼の性質の素晴らしさは、おちゃらけた外見とは裏腹に、内部に強い感受性と人生に対する真摯な情熱を有している所だ。彼の人生に対する態度は極めて真面目だ。表現方法はちょっと不真面目に見えるが・・・。
若いだけにずれた価値観もあったりするが、素材としては素晴らしい。純粋に優秀と言うよりも、かけがえのないオンリーワンの人材として育つ事は容易に想像がつく。
清濁併せ呑む様な大胆さと強さもあるが、トラブルを未然に防ぐための繊細な想定力もある。
もう少し歳を重ね、ビジネスの深淵を知り得た時に、どの様な姿に完成していくのか今から楽しみにしている。社内で唯一の特殊なポジションにいるので、自分スタンスと動き次第では、あらゆるキャリアを積むことが可能だろう。
私自身を含めて、HWSのメンバーは、クライアントの為、面接者の為、HWSに関わった全ての人の為に、時には自社の利益も捨てて関わる事が出来る。たとえ即時的な利益が得られなくても本質的に正しい道を歩み、正しい主張をして損をすることもない。
面接に来られる方に対しても、HWSに利益があるかと考える前に、この人はどうすれば幸せになれるのか?どうすれば後悔しない人生を歩めるのか?を先に考えてしまう。そこからスタートして、結果として手を組めた方が、最終的にHWSの為にも本人の為にもなる。だから会社の事を誇大して良く見せ、上手く人を採用する気など毛頭ない。
本気でこのまま生きているので、面接してから二年後に入社という変な関係もあるのだろう。多くのエンジニアが自らの人生を燃やし、満たされた生涯を送るためにロマンを追える環境をHWSに実現出来るのだろう。
立場上、多くの他社の営業の方ともお会いする。何かを売りに来た、セールスマンを追い払う様に扱うこともない。人間同士として、誠心誠意接する。だから、営業が成立しなくても、その後色々な情報を持って通ってきてくれる営業マンも多い。せっかくの出会いなので、営業マンと経営者ではなく、人間同士として付き合わせて頂く。
人間に対する態度、人生に対する態度は常に一貫したい。その一貫した態度が、組織の文化を創り、驚くような事業を実現していくのだ。
エンジニアとして面接に来たのに、「エンジニアをやめろ」と説教され、気が付いたら共に会社を作っている様な、一風変わっているが、我々に取っては必然で変な関係が、これからも数多く生まれる事を期待してやまない。
型にはまらないから、人生は面白いのだ。
経営に携わり、それなりに時間が経過した。事業の問題や組織の問題など、トラブルが存在しない状態はない。経営者には多くのストレスが存在するらしい。私自身は慣れっこなので、もう何が起こっても対処するのみで動揺はない。
何か問題が生じた時に、胸の奥がザワザワしたような状態には私もなる。これは、まだ意識の置き所が定まっていないからだ。意識の置き所が決まり、一定の時間が経つとザワザワは消える。
問題が解決しなくてもストレスは消すことが出来る。起こった問題に対してスタンスを決めてしまえばよいのだ。
問題が起きた時に、私は先ず何を考えるか。
つい誰が悪かったのかと考えてしまう。どちらかというと他の責任を見つけるように心を動かす。まだ、私も人間が出来ていないのだろう。最初に自分の責任ばかり考えてしまうのも、少し軟弱な気もする。自分以外が悪いのであれば気も楽だ。
考え抜いた挙げ句、自分の正義を確立する。この段階でかなりザワザワは消える。ただし、最終的に自分に正義が無い場合もある。この時は、それを認め全力で謝罪する。許してもらうと言うよりは、非が自分にあった事を表明し、前へ進むことが大事なのだ。だから、謝罪して許してもらえなかったとしても、別にかまわない。謝って自分の失敗が帳消しになる訳ではない。後に改善し、貢献し、成果によって穴埋めをする。それを決意する。そもそも、10対0で誰かが悪いという状況も無い。6:4にしろ7:3にしろ、自分にも非は必ずある。
次に誰が悪かったのかという事は一切捨て、どうすれば問題を防げたかを考える。
更に、起こった問題の終着点として、最悪の場合を想定する。そして、その最悪の状態を覚悟し、そこから再起する意志を固める。この開き直りがあれば、常に小動物の様にオロオロすることはない。まあ、なるようになるし、なるようにする。
私の場合、このザワザワは犬の散歩中に消えることが多い。上記の様な内容を考えザワザワが消えるまではかなり集中して頭を使っている。犬の散歩をしているのだが、途中の記憶がない。気が付いたらある場所まで移動している。
私自身、元々強靱な精神があったわけでもない。胸のザワザワを消しているうちに強靱になったのだと思う。ザワザワを隠し、フタをして仕事に当たらなかったから、健全に今まで経営が出来ているのだろう。
現実を認められず逃避していては、問題も解決しないし、人間的な成長もない。現実をしっかり受け止め対処しなければならない。
その意味では、世間で言われる前向きさと、ビジネスマンの前向きさは違うのかもしれない。悪いことが起こっても気にしないのは単なる馬鹿だ。「まあ、何とかなるさ」「しょうがないよ」とすぐに開き直るのは厚顔無恥と言って良い。心の強さも育まれなければ、精神も成熟しない。無責任でもあるし、どうにもならないケースもビジネスの世界では多い。
先ずは現実を受け止め、その処理から逃げず、結論を導いていかなければならない。問題に対する自分のスタンスを決めなければならない。そして、最期に良質の開き直りを得なければならない。
同じ開き直り、起こった問題に当たるにしろ、必要な過程を通った場合と取らなかった場合では、意味合いは全く違う。
ビジネスの世界での経験が少なく、未来に対して多くの不安を抱えている社会人は多いだろう。不安は成果ばかりに目を向けるから訪れるのだ。何度も言うが成果は誰にも分からない。未来を予測するのがビジネスマンの能力でもない。ビジネスマンの力は実行力だ。成果をコミットし、実現する力だ。
大事なのは、今の自分のスタンスを決めることだ。仕事に対するスタンス、責任に対するスタンス、仲間に対するスタンス。そのスタンスに迷いが無ければ結果はなるようになる。
心がザワザワするのは悪いことではない。将来に不安を多く抱える若者達はとてもまともだ。それは、本能が鳴らす一種の警鐘だ。そのザワザワを受け入れ、答えを導き出し、正しい方向へ自らを導いて欲しい。
その積み重ねが、君達を正しいキャリアへと導くのだろう。
私が二十代半ばの頃に読んだ本に、経済は八割方心理によって決まると書かれていた。著者の説と言うよりも、経済学的に常識だと言うような内容だった。
日本に限定して考えてみる。1400兆円を越える金融個人資産を現在日本は有している。その内、約半分が現金預金だ。仮に現金預金の10パーセントでも市場に流れれば、GDPの二桁成長など容易い。これは、日本の底力と心理によって、GDPの成長率などいくらでも左右される事を示している。
国民が日本の未来を希望的にとらえ、ひたすら貯蓄せず、購買に意欲を持つように心理になれば、景況は地力によっていくらでも好転させられる。
心理によって経済は作られる。
また、あるコンサルタントが書いた本に、倒産した会社の大多数は経営者を変えれば再興出来るという内容もあった。
多くの倒産は、事前に察知し適切に手を打てば回避できると言う実感は私自身も持っている。メンバーの志気が高ければ、多少の市況の悪さは乗り切ることが可能だ。全メンバーが自社と一体感を持ち、事業を推進していて、会社を傾ける事の方が難しい。
私が二十代後半の頃であろうか。日本最大級の証券会社が倒産し、日本社会に激震が走った。ニュース番組などを見ていると、社員にインタビューしている場面があり、「会社に来るまで倒産の事実を知らされていませんでした」「これから家のローンなども残っているのに、どうやって生活していけば良いのですか」などと話していた。
この発言からも分かるように、倒産の理由は市況や財務的な問題だけではない。それらの問題を乗り切るに足る組織が作られていなかったのだ。
社員が身を削っても自社を支え、会社の業績を自分の責任と捉えていれば、上記の様な発言は出ない。また、自社の倒産を事後的に知るような事にもならないだろう。
前項で書いた、島根県の話もそうだが、米国のサウスウェスト航空の事例を思い出す。日本に先駆けて、米国では航空業界の自由化が進んだ。多くの航空会社が生まれたが、ほとんどは激化した競争に耐えられず倒産した。新興航空会社だけでなく、巨大航空会社であったパンナムもその波に飲まれ倒れた。
そんな中でサウスウェスト航空は、同様に経営危機を迎えながら、全社一丸となって、苦境に耐え後の発展を掴んだ。今では当たり前かも知れないが、パイロットからキャビンアテンダントまでがコストを下げるために自ら機体の清掃から点検まで行った。また、機内での催し物なども導入した。
更に一番苦しい時期には、社員が個人の所得税還付金を会社に寄付したり、本社の草むしりをしたりして、堪え忍び後の発展を実現した。恐るべき組織力だ。
他の航空会社がサウスウェストの様なスタイルを志向しても実現出来ていない事を見ても、モデルの問題ではなく、意志、心理の力の違いであること分かる。組織力に差異がある中で、同じ形を実現することは不可能だ。
倒産と繁栄を分かつのは、ビジネスモデルではない。組織力だ。更に言えば組織の持つ心理なのだろう。ビジネスモデルは重要だ。しかし、ビジネスモデルは仕掛け、十割の勝率で成立させられる人間はいない。どんなに優秀な人材が取り組んでもギャンブル的な要素は拭えない。
しかし、組織力、組織の文化の力はコンスタントに発動し、競争力の根源として常に作用する。
例えばリクルートという会社がある。情報産業という分野を確立し、急成長をしたが、その後電話回線のリセールを行ったり、現在のフリーペーパーを仕掛けたり、人材派遣に取り組んだりと業態の変化は著しい。一時はダイエーに買収されたが、その株も買い戻し好調な業績を維持している。
業態を変え、経営者が変わっても繁栄し続けるリクルートの勝因は、協力な組織力であると評価している。
経済も経営も、心理や文化という目に見えない物によって成立している。逆に言えば、この心理をどの様に作り上げるかで、未来の盛衰を制御出来ると言うことだ。
この事実を多くの社会人は理解していない。理解していないのではなく、作業者であるが故に、降ってきた作業をするだけで、経営や組織について真剣に考えること放棄しているのかもしれない。また、そこまで考えるに至っていないのだろう。
多くの社会人に言いたい。君達自身がどの様なスタンスで仕事に当たるか、会社に貢献するかで、未来の繁栄も安定も決まるのだよ。安定軌道に乗った企業に後から要領よく潜り込めたとしても、その組織での君の扱いは末端の作業者に過ぎない。
当事者として組織を作らなければ、相応の権限も対価も得られない。組織を縦横無尽に使い、ビジネスを展開する事など許されない。
可能なら、一生とは言わないが、せっかくの縁で出会い就業した企業なら、一度は「一体化」すべきだ。
ロイヤリティーという言葉がある。愛社精神や帰属意識など所属した企業に対する一種の忠誠心をさす言葉だ。ただ、この言葉自体は会社という上位に対して奉公する様な響きがあり、私的にはあまりしっくりこない。
だから「一体化」なのだ。
自社と自己を心理的に「一体化」する境地に組織が進めば、どんな窮地も怖くはない。みんなで堅い信頼の下に歯を食いしばって耐えればよい。逆に攻め時には、全員で一丸となりアグレッシブに攻めまくれば良い。
各メンバーがあらゆる事象を他人のせいにせず、自己の責任として考え対処する。他の部署のせいにも上司のせいにも部下のせいにもしない。企業と一体化しているのであれば、全ての批判、全ての愚痴、全ての言い訳は天に唾するごとくだ。
逆に組織が繁栄した時の手柄も、成功の果実も全員で味わって良い。
常に「上司が・・」「会社が・・・」「部下が・・・」ではなく、「自分が」と思える組織があれば、その強さは計り知れない。
だからメンバーに対してロイヤリティーを持てとは言えない。私が常に言うのは、「一体化」しろだ。自分の組織として関わり、組織を作るのだ。冷めた態度で、組織を客観的にみても良いことは一つもない。再三再四言うが、ビジネスマンの能力とは、組織を勝利させる能力なのだ。
会計の知識がある、テクノロジーを熟知している、営業が出来るなどはツールだ。そのツールを使い、組織を勝たせた実績と、勝たせる能力がビジネスマンの価値だ。
だから、冷めて組織を見ながら労働力を提供している人材が優秀であることはない。作業員として、役割があれば使うが仲間にはなれない。その人間はどこに行っても、性質故にその扱いにしかならない。冷めた客観的な態度で、自分が賢いと思いこみ、安っぽいプライドを慰める馬鹿も多いと言うことだ。実際は誰も評価していない。
経営者の役割も企業のフェーズによって変わる。立ち上げ当時であれば、自ら営業に走り、事業アイディアを出し、会社が回るように全てをコントロールしなければならない。後には、自分の主たる能力を使い、会社の一部は担うにしろ、大部分をマネージメントに割かれるようになる。
今の私の役割は全メンバーが組織と「一体化」出来るように、フェアーでオープンな状態を作る事だろう。私自身が公正であり、一貫し、全メンバーから信頼を得ることだろう。それにより、私より優秀なメンバー達が、最強の組織を粛々と作り上げられるよう信頼の基礎を組み上げる事なのだろう。
最期に
同じビジネスモデルに取り組んだとしても、心理によって成否は決まる。君達のスタンス、意識持ちようで勝敗は決まるのだ。何かの縁で関わった組織なら、そこで勝利して次のステップを踏むべきだ。
君達の意志一つで、自社の繁栄も、それを土台とした自己の繁栄も決まることを忘れないで欲しい。自社の運命を握っているのは、経営者ではない。その組織を司る心理なのだ。
昨日、浦和レッズがアジア・チャンピオンズリーグを制し、日本クラブとしては初の王者となった。日本にJリーグが出来る前から、サッカーと関わりを持っていた身としては感慨深い。
社内に熱狂的なレッズサポーターがいる。案の定、スタジアムに出向いて応援していたようだ。試合終了の笛が鳴った時に飛び上がって喜んだであろう事は、想像に難くない。しかも、一番好きなのが永井選手と言っていたので、なおさらだろう。当然、朝礼のスピーチもレッズ関係の話が続出だった。
私に好きなチームを挙げろと言われれば、やはりベルディとなる。私が高校生の頃は圧倒的な強さを誇り、将来プロを目指すのであれば、ベルディのユースは最高の登竜門だった。Jリーグが出来る以前の話だ。サイドチェンジと前線にロングボールを蹴りこむカウンターが主だった時代に、ブラジルスタイルの個人技とパス回しにこだわった姿に、ポリシーを感じた。今で言う「ずる賢さ(マリーシア)」も当然の様に身につけていたし、国際標準のサッカーを志向した先駆的なクラブだった。
サッカーの成熟度合いで言えば、テレビでよく名前が出る強豪高校のサッカー部よりも遙かに高いレベルにあった。私が所属していたクラブチームの監督が読売ユースの出身だった事もあり、そのスタイルにはかなり影響を受けた。
そのベルディも、今はJ2に降格している。レッズもJリーグのお荷物から始まり、J2への降格も体験し、それも糧にこの度の優勝に至っている。ベルディも再度読売魂を取り戻し、日本の頂点、アジアの頂点に返り咲いて欲しい。
ベルディが弱体化し始めた時期を考えると、金に物を言わせて有名選手を集め出してからの様な気がする。旬の選手を買いあさり、個人技的には素晴らしい選手が集まったが、チームとして継続的な強さを失ったのではないかと思う。
読売イズムを叩き込んだ、ユースから育て選手が大半だった時代は、強さを保っていた。有名選手は頂点の状態で移籍してくるので、その後選手としては下り坂に入り、期待したほどの力を発揮しない場合も多かった。
この辺りはサッカーチームであっても、企業体であっても変わらない。長期にわたって名門であり、勝ち続ける為には目先の勝ち負けだけにとらわれず、追い求めなければならない事がある。企業のアイデンティティ、個性、独自の文化を失う中で長期的な勝利はあり得ない。
存在意義が無い中では、その組織に人が留まる理由も無くなるし、集まる理由も無くなる。金は使えば使うほど枯渇していく。組織文化は使い込めば使い込むほど輝く。金を単純に使うだけでは、それ以上の費用対効果を絶えず実現し続けない限りは破綻へ向かう。しかし、企業文化を磨き使い込んでも減る物はなく、より多くの人を集める求心力は増強し続けるのだ。組織構築の正しい方向性は、冷静になれば誰にでも理解できるはずだ。
HWSも採用において、高い報酬をニンジンの様にぶら下げ、社員を集める気はない。旬のエンジニアにニンジンをぶら下げ集めても、すぐに下り坂にはいる。再三再四言うが、高い報酬は人月単価の上昇で狙っては駄目だ。それには金額的な限界も、賞味期限もある。ビジネスを作り、組織をマネージメントする中に自分の位置を確保し、高い報酬を狙うべきだ。
人月に依存する立場で、報酬を考える価値観が身体に染みこむと、本来のビジネスの世界へ復帰することが不可能になる。会社の部品として、作業者としての未来しかない。
我々がビジネス界においてトヨタカップを制するのはまだ先で良い。しかし、それを可能にする我々独自のスタイルは今から仕込まなければならない。
話は変わる。
レッズやベルディの例を出すまでもなく、長い時間の中で勝ち続けるのはあらゆる組織において不可能に近い。弱っている時も何かしらの手を打ちながら、生き延び未来を作り続ける必要がある。
退却しながら、耐え、何かしらのきっかけを機に逆襲出来なければ、長期に発展する企業は実現しない。
企業における退却戦について少し掘り下げたい。
私の過去を遡った時に、いくつかの倒産と企業の斜陽などを内部から体験している。増収増益で上り調子だった企業が、一瞬で傾く様も見た。私自身の無力さもあり、内部からそれらを改善し、再生させられなかった。その代わり、その中から学んだ多くの事があり、私自身の糧となっている。それについてこの項では述べる。
そもそも、企業が傾き破綻に向かう状態にも、いくつかの種類がある。
一つは、ビジネスモデル自体が斜陽であり、その流れに沿って自社の経営状況もじり貧になっている状態。
もう一つは成功したビジネスモデルはそれなりだが、財務的な弱さ故に、経費を垂れ流したり、財務的な観点からすれば無謀な投資を行ったりして苦しくなっている状態。
その他に、マネージメントの失敗により、社内の志気が弱まっていたり、組織が崩壊している場合もある。営業系の組織などでは、優秀なマネージャーが社員を率いて別会社に移る、もしくは独立するケースも多い。会社からしてみると存亡に関わる痛手の場合もある。これもマネージメント上の失敗であろう。
これらの状況を未然に防ぎ、ここから再起を図るにはいくつかのポイントがある。
●早期の決断
決断で一番難しいのは撤退する時だ。攻めるための決断は比較的容易だし、多くの経営者もこれを決断力と勘違いしている。自分が、行けると思った事業につぎ込んだ金を回収しないまま、決断し撤退するには、己の安っぽいプライドを捨てる必要がある。「あの事業やったのが間違いだった・・・」「だから、止めておけば良かったのに」など言われることは腹をくくって覚悟しなければいけないのだ。新しい事業にダボハゼの様に手を出す事は誰にでも出来る。素人にも可能だ。事業を精査する能力も必要だが、正直当たるか外れるかはやってみないと分からない。だから、引き方にプロらしさを持つことが経営上は必要なのだ。
リストラを進めるため、人員整理や事務所の移転などが必要かもしれない。オフィスが都落ちすると面子が潰れる。長年勤めた人と袂を分かつのは辛い。しかし、そこで決断しなければ全員が死地に向かう。腹を割って話し、理解を得て前に進むべきだ。
これらのことを、出来る限り早期に決めて一気に行う必要がある。事業の再構築は、当然悪い状態の中行う。時間をかけたり、少しずつやるとじり貧になるだけだ。取り組むべき削減は、一気に行う。一回だけネガティブな動きをガツンと行い、そこから先は上るだけの状態にするのが鉄則だ。
規模にもよるが、会社が傾いていく時に一月の決断の遅さは、その後の存続を左右する。少なくとも決断が遅れたら、その分だけ後の労力は数倍に膨れあがる。
銀行も鬼ではないので、極力企業に対する最期の引き金は引きたくない。会社が再生するために、かなり好意的に動いてもくれる。しかし、再生の余力ありと銀行が感じられるタイミングと、時既に遅しと思うタイミングでは、銀行も対応を変えざるを得ない。一月で状況は激変する。早い決断が必要だ。
財務が弱いと、取り組んだ事業の価値を見誤る。売上が上がっているから儲かっていると感じてしまったり、ちょっと評判が上がった商品を行けると思ったりしてしまう。
大事なのは、その商売が根本的に儲かる仕組みになっているかだ。キャッシュフローと損益から考えて、儲かる仕組みであるかどうかだ。当たり前の話に感じるかもしれないが、ある程度売れても儲かる仕組みにならないのに、売上が上がる評判がいいなどの理由で事業を続けてしまう経営者も多い。成功しても儲からない商売に取り組んでいる経営者は案外いるものだ。
数字遊びでも駄目だ。カンだけでも駄目だ。数字を正しく読み取り想像力を駆使し、未来を読めない様では財務担当としては失格だ。経営者にもこれらの経験と、地力は必要だ。
繰り返す。
「後少しつぎ込めば事業が当たる」という希望的な観測を捨てる勇気を持とう。
一日でも早く正しい決断を下すことをお勧めする。
●目指す未来の一致
様々なリストラ策を講じて、何とか単月で収益的にプラスに転じたとしよう。しかし、会社は存続するだけでは意味がない。会社全体の志気を上げ、成長を実現しなければいけない。当然、成長発展がなければ、時間差で退職者も増えるし、最終的には更にじり貧になるだけだ。
その会社に留まる意味が見えなければ、社員はより状況の良い会社に移れば良いことなる。理屈で考えれば、これは正しい。ただし、その会社に目指すべき未来があり、それに共感しているメンバーであれば、会社の状況の悪さはあくまでもクリアすべき課題であり、全力で再起をはかるのが正しい姿となる。
経営状態が良ければ、それに惹かれたメンバーが自然と集まる。別に理想もビジョンも無くても、割の良い給与や、伸びていると言う事実により将来に対する利得の期待によって、離職もあまりないだろう。
しかし、10年状況が良い会社などほとんどなく、どこかのタイミングで自社が弱まる時がくる。そのタイミングで移籍を繰り返すなら、ビジネス上の分厚いキャリアは身に付かず、性能も信頼も手に入らない。何よりも何かを自分の力で作り上げたという実感を得ることは出来ないだろう。
再起の時は一時的に、苦しみを背負いながら前に進まなければならない。それをする根本は理想の一致でなくては駄目だ。これを全社で共有している組織は、良い時も悪い時もしぶとく強い。
よく、「がんばれ」「耐えてくれ」「みんなでこの難局を乗り切ろう」と言う経営者がいる。そのくせ「何のため」と聞かれ、明確に応えられる経営者は、実は少ないのだ。退却戦においては、これも明らかになる。
●経営者の姿
上記の事に全社を挙げて取り組むには経営者の姿勢が問われる。例えば、銀行に返金を一時待ってくれと言うなら、自分も犠牲を払い、骨身を削って再起にかける姿勢を銀行に理解してもらわなければならない。
社員に耐えてと言うなら、自分が率先して耐えていなければならない。
実は企業なんて、そうは簡単に倒れない。全社員が情報を共有し、当事者であるという意識がある会社を、倒す方が難しい。
ただし、経営者の姿勢を見て、メンバーがしらけてしまう様では、成るものも成らない。
この信頼は、危機の時に示せば良いわけではない。普段からの言動、行動により自分の姿を作り上げなければ駄目だ。
経営者は誰にも叱ってもらえない。いくらでも報酬も増やせるし、経費も使い放題にできる。歯止めを効かせないと、人格的にも組織的にも、いくらでも腐る。企業の浮沈にはタイムラグがある。多少駄目な行動をしても、経営状態さえ良ければ誰にも文句は言われないし、会社の業績も落ちもしない。しかし、このころに徐々にガン細胞は広がり、気が付いたらエネルギー値は下がり、愚痴と不満が蔓延する組織になっている。一端マイナスサイクルに入ると組織を地力で再生する事は出来なくなる。
組織を本当に立て直す気があるのか?本当にあなたを信じて良いのか?本当にあなたを仲間と思って良いのか?身体を張ってでも事業を進める気概はあるのか?
状況が良い時には、これらの事柄はお茶に濁す事が出来る。
退却戦の時は、トップの本質的な姿が問われるのだ。
細かい話は機会があれば、また話したい。ただし、このブログにおいて細かい内容を書く価値を感じていない。よって、基本的な退却戦のあり方だけ記述した。
簡単にまとめれば
・幼稚なプライドは捨て、社員の人生や、会社が作ろうとした理想を全力で掴みにかかれ
・何よりも撤退する勇気を持て
・プライドを捨て、勇気を出し、最速で決断をしろ
・企業が何のために存在するか、常に考え、本気でそれを成し遂げにかかれ
・トップは、社員にも関係企業にも後ろめたくない姿を全力で作り上げろ
こんな事をはずさなければ、全社一丸となって、苦しいとも、辛い時も難局を共に乗り越え、理想の組織は実現できるはずだ。
私自身も未だ夢の途中だ。
HWSを完成させるのは私ではない。我々だ。全員の力を結集してかつてない企業体を作り上げるのみだ。
HWSも多くの苦しみと難局を体験することになるだろう。IT業界の市況が反転するのに、もう5年もかからないはずだ。多くのSIerが倒産し、余ったエンジニアがあふれかえる時代は必ず来る。
そんな時こそ、我々は最強の組織をもって、低迷するIT業界を牽引したい。全員で耐え、全員で攻め、大きな成果を掴みたい。
前回ベトナムに渡航した時に、機内で「300」と言う映画を観た。国の誇りと、領土を守る為に、進軍する100万人のペルシア軍を300人のスパルタ兵士が、命を投げ出し防ぐというストリーだ。
内容は至ってシンプルだった。スパルタ軍は個人の力ではなく、300人を一個の生物様に動かし、組織力によって100万人の軍に対抗していた。その姿をHWSに重ねてしまうのはベンチャー企業家の性だろうか。
最大で無くて良い。最強の軍団を作り上げ、スパルタ軍よろしく歴史に「HWS」の名前を刻めればなによりだ。
昨日テレビを見ていると、夕張市を中心に市区町村の財政破綻についての特集が放映されていた。まあ、ご存じの通りで、経営的な視点から見ると、費用対効果の概念の無い素人が予算を使いまくった末の破綻である。
付け加えれば、国の補助金や銀行からの借入が莫大に流れる中で、権力者達が私服を肥やしていく構図もあるはずだ。金さえ動けば、合法、非合法、グレーゾーンを駆使して金を抜く方法などいくらでもある。
人が集まるはずのないアミューズメントパークをいくつも作り、無駄な橋や道路も完備し予算を使い続けた背景には、アンダーグランドの私欲が見え隠れする。逆に私欲なく、今の夕張市の状態を作ったとしたら、真性の馬鹿だ。
結果、現在の夕張市民は日本一高い税金は払いながら、日本一最低な公共サービスを享受している。地元に対する愛情もあり、善良な市民達は再生に向けて頑張っている。
この番組の最期に夕張市と同じ状況から立ち直った、とある島を取り上げていた。島根県にあるこの島は、100億円の借金から再生を実現し始めているとの事だ。
現在の市長が就任した当時から100億円の借金があり、市長の任務は財政の再建だった。市長は手の施しようが無い中で、先ずは自分からと給料をカットして再建に乗り出した。しばらくすると、市役所員達も自分達の給料もカットさせて下さいと言い出したとのことだ。みんなで財政再建を実現しましょうと言われ、市長は涙したとコメントしている。
面白いもので、そう言う市役所の姿勢を見て、島民達も痛みを覚悟して協力し始めたらしい。高齢者は半額でバスに乗れるのだが、「俺たちも何かしたい。特別扱いしないで良いから、バス代は全額はらう。」と言い出したのだ。
浮き出した予算を使い、海産物の冷凍加工場を建設し、島の特産として牛の飼育も始めた。節約だけではなく、島のあり方にビジョンを持ち、投資的な攻めも敢行する姿は立派なものだ。
市長の給料カットにより得た効果は、単純な予算の圧縮ではない。島全体が一体となり、未来に向かって進む為の精神だ。市も島民も私欲に走らず、仲間を裏切らず財政再建を実現しようという信頼を得たのだ。
この民意の集結によって、予算を垂れ流し、莫大な借金を背負った地方自治体が再生に向かっている。日本も、人間も、政治家も捨てたもんじゃない。
これを経営組織に置き換えて考える。
多くの経営者達は社内の志気が低いと嘆いている。モチベーションを上げよう、生産性を上げようと、報酬制度をいじってみたり、研修を導入したりする。前向きな企業は様々なイベントを開催したりもする。
どれも間違いではないが、根本にある「信頼」や「ビジョンの一致」が無い中で行っても、思ったような成果は得られないだろう。
それらの取り組みが成果を出すためには、先ず組織全体の信頼感が必要だ。経営者の本意が自己の利益であったり、成功後の不労所得であったりするのに、社内の志気を上げる為の手段として公なビジョンを語ってはいないだろうか。それで、社内の志気を上げようと思っても無理だ。大儀を見せながら、本音の部分ではメンバー全員を経営者と同様に「金」で釣るしかない。メンバーも馬鹿ではない。いずれ経営者の本意を悟る。
企業の業績が悪化し、一度屈んだ後に伸び上がるには、かなりの経営力が必要だ。財務的なバランスをとったり、社内の志気を退却しながら堅持したりと、するどい経営感覚と実行力が求められる。
ところが退却戦を今までの経営の延長で取り組む経営者も多い。例えば、業績が悪いので社員の給料を落としながら、自分は高級車に乗っていたり、経費を潤沢に使ったりしている。儲かっていれば誰にも文句を言われる筋合いは無いが、退却戦では話が違う。
これも金銭的な節約の話ではなく、企業の一体感、全体の信頼感の話だ。自社の事を、全メンバーが自分の会社だと感じ、血を流しながら再生に当たる為には、信頼という土台が必要だ。この信頼が無い状態で、トップがビジョンを語っても誰の心にも響かない。メンバーからしてみいれば「やってられるかっ!」と言う事になる。メンバー側に正論はある。
真に一体感を実現した組織であれば怖い物はない。伸びる以外に道はない。本当の信頼から来る一体感があれば、全メンバーが全力を出し切ることが出来る。自分だけ頑張って、まわりが手を抜いたら割に合わない。しかし、誰も手を抜かず走ること信頼できるなら、手を抜いたら取り残されるだけなのは自明の理だ。
会社の全力が出し尽くされている状態で、負ける未来は想像出来ない。
話は変わる。
私は現在の日本には圧倒的な希望を持っている。国の借金や国際情勢からネガティブな要素も多いが、同時に潤沢な資産や技術力も保有している。サッチャーが改革に取り組んだ時のイギリスに比べれば、遙かにましなように感じる。
この底力のある国が世界をリードする経済力を再度取り戻すのは難しくない。
ただし、これには前提条件がある。夕張市の様な組織ではだめだ。島民一体となって財政再建を実現した島の様に、日本全体の精神性が向上しなければ駄目なのだ。
一人一人が国や、所属する組織に貢献し、割に合う合わないの損得を行動基準にせずに、動かなければ駄目だ。自分が出来ること少しずつ出し合うのだ。その結果として、日本の国力はマックスとなり、世界をリードする成果が実現出来る。
組織を考えること、国家を考えることは本来社会人として当然の事だ。その繁栄を武器に自らの生活、家族の生活を守るのが、成熟した大人の感覚だ。国家天下は政治家や評論家が語れば良い物ではない。全国民が当事者なのだ。
いきなり大きな事をする必要もない。高齢者がバス代を全額払ったように、自分が出来ること少しずつやればよい。
今の仕事を頑張ることで、国力はちょっと上がる。タバコのポイ捨てを止めることで、日本の精神性はちょっと成熟する。先進国として、他国から尊敬され、他国をリードする存在へと一歩近づくはずだ。自分が出来ることを、意識して一つずつ行えば良い。
このブログで再三繰り返しているが、これらの内容は綺麗事で主張している訳でもないし、自分の良い人ぶりをアピールしたくてこの様な内容を書いているわけではない。
企業の力をマックスに発揮させる、国家の力をマックスで発揮させるためには、「フォー・ミー」では駄目なのだ。全員が組織の勝利を目指して、初めて組織の力はマックスになる。そのマックスの力を利して、組織人達は効率的かつ最速で富や、やり甲斐のある仕事をつかめるのだ。
これは全員の協力なしには実現できない。だから、このことを理解し、この社会の荒波に共に乗り出す仲間を集めているのだ。
マックスの力を出して敗北したならば、諦めもつく。しかし、強大な力を有していながら、発揮できず沈んで行くのは、個人も法人もあまりにもったいない。マックスの力を発揮できず、国家が沈没したら悔やんでも悔やみきれない。
先ずはHWSの成功をモデルのこの理論を成立させたい。俺たちが出来ることを形にしたい。
世の中には色々な企業がある。あまり他社の批判めいた話はしたくないが、経営者も官僚も政治家も自分の繁栄や利益を追いすぎていないか。高級車に乗ること、豪遊すること、豪邸に住むことでそんなに満たされるのか。趣味として止めないが、程度や優先順位があるはずだ。繰り返すが実力で儲けた金なら、どう使おうが文句を言われる筋合いはない。ただし、その金が自分のものなのか、組織のものなのかの区別をフェアーにする必要はある。更に、精神性を一歩進めた時に、どの様な金の使い方をするのが自分の美学にかなうか考えて欲しい。
金はフェアに稼ぐが、使い切らないほどはいらない。それより、金では得られない感動を、生涯を通して味わいつくしたい。
優秀な奴が自分の事しか考えないような国に未来があるはずがない。優秀な奴が自分の生活を支えるのは難しくない。自分の優秀さは何かを為すためにあると定め、多くの人を豊かにし、幸せにしようと思って生きれば、自分の才能がマックスまで発揮されるはずだ。その集合体として組織は強大な力を持つ。自分の為だけなら、途中でいくらでも手が抜ける。
理想を生涯叫び続けて生きるために、その先にある充足を得るために、私自身が堕落せぬよう、日々意識して精進していきたい。
「創るは一生、腐るは一瞬」
と心して生きよう。
先日、某企業が企画された、経営陣と学生の交流会に参加させて頂いた。学生が三十名程度、経営陣は五社八名程度だったと記憶している。十分なコミュニケーションも取れて、良い具合の規模だった。
採用の為と言うよりは、就職前に悩まれている未来ある若者達なので、今後に繋がるものを一つでも持って帰ってもらおうと全力で話した。二度と会わない方もほとんどだろう。よって、人生が接近した一瞬を大事にするいつも通りのスタンスで話させて頂いた。
わざわざ交流会に足を運ぶ学生なので、全般的に意識が高い。打てば響く人に話すのは、私自身も心地よい。人間としての成熟度は当然低いが、未来を期待させる熱を持っている。また、成長の土台たる「素直さ」を感じる方も多く、今後に期待したい。
彼らと話していて、自分自身が二十年前に見ていた風景を思い出した。これから、挑むビジネスの世界を下から見上げ力んでいた頃を思い出した。今は同じビジネスの世界を違う場所から見ている。立場が上がったと言うよりも、ビジネス上の経験から、意識的なレベルが上がり、より大局的に経営や社会を考えられる様にはなったようだ。
久しぶりに学生と交流を持ち、思い出さされた事もある。
彼らの良いところは頭の中にアカがたまっていないことだ。よく会社のビジョンや、会社全体の事を考えるのは、経営者と入社前の学生だけだと言われる。
社会に出て時間が経ち、日々の仕事に追われると、自社ビジネスの社会的な意義や、将来に達成すべきビジョンなどは忘れてしまう。リアルなのは、日々の作業であり、意志を持たないとリアルに感じられない意識上の物は薄れてしまう。
入社前の学生は、自分の人生をかける企業を探すために、対象企業のビジョンや社会性などを分析し評価する。逆に現場の大変さや地道さは入社後でないと、体感できない。昨今はインターンシップなどの普及により、多少は前もって企業の内部を知る機会が増えたが、責任のかからない立場、いつでも撤退できる立場のインターンシップで学べることに限界がある。
会社のビジョンや、事業の価値などに惹かれて入社したはずの学生が、仕事に追われ、何度も失敗を繰り返し、自分がいなくても会社が回ることも実感し、結果的に入社前の熱を失う。
「頑張っても給料は変わらないし」「自分の意見が通るわけでもないし」「成功して楽しくやっている奴は自分とは違う世界の人間だから・・・」などのアカが頭の中に溜まり始め、結果的に熱を失うのだ。
妙に社会の事を悟った様な気になり、チャレンジすることも、自社の未来を熱く語る事もなくなる。仕事以外に生き甲斐を求めるようになる。
しかし、元来三十歳そこそこで社会のことを悟っている奴など、ほとんどいない。安い報酬とショボイ実績しか無い人材が悟ったような気になっているのも片腹痛い。謙虚さと素直さで、ひたすらハイスピードで成長を狙っている時期に冷めている自体が間違ったスタンスだ。そもそも、人生もビジネスも多くの冷めた社会人が思っているより、遙かにエキサイティングで最高に面白い。
ブログを読んでいる方は理解して頂けると思うが、私自身も悟りにはほど遠い。「悟っている」のではなく、「足掻いている」だけだ。私が目指す理想はまだ遠い。
失敗、保身、言い訳、マンネリズムetcなどが多くの未来ある人材の熱を奪い取り、並の作業者としての脳を固めてしまう。才能ある人材が伸びず、ありきたりの社会人として終わる姿を何度も見てきている。
願わくば、今就職活動をしている学生や、若い未来ある社会人が頭にアカをためず、今ある熱のままビジネスの世界を堪能して欲しい。成果を求められ、責任を追及され、その上でクライアントを豊かにして欲しい。苦しみも喜びも味わいぬいて欲しい。ビジネスの素晴らしさを実感し、生涯燃え続けて欲しい。
その為にいくつかアドバイスがある。
先ず、就職ごときで人生は決まらないので、就職活動など気楽にやればよい。どの企業に就職することが「得」なのかと思って活動するから道を間違う。穴だらけの駄目な企業だからこそ、自分自身の役割があるし、「俺がこの企業を立ち上げた」という実感と実績が手に入る。
企業から物乞いのごとく何かを頂こうとするから迷うのだ。自分がその企業を儲けさせる、自分がその企業を爆発的に成長させると燃えて入社すれば、不満などあろうはずがない。「頂く」のではなく「与える」のだ。
五月病などナンセンスだ。全ての問題やトラブルは愚痴の対象ではなく、情熱を持って進化させる課題としてあるだけだからだ。
何かを受動的に頂こうと雛鳥の様に口を開けて待っているから、餌が来ないと不満がでる。愚痴が生まれる。間違ったスタンスでストレスに苛まれるヒマがあるなら、ひたすら自分が出すべき成果を追及すべきだ。
だから、入社に際して事業規模や業績など見る必要もない。そんなものは、自分が入社して改善すればよい。君が無能であり続けるなら無理は言わない。自分の人生、自分の価値に自信があるなら、自分しか出来ないことに挑むべきだ。
中途半場に優秀な、依存心を捨てられないレベルの奴は巨大企業に行けばよい。十分君達の見栄と依存心と安心感を満たしくれるはずだ。その生き方で満足ならだ。
本当に優秀な奴は、自分の力を試したいはずだ。自分の才能を使い切りたいはずだ。その為には出来上がった組織に行っては駄目だ。君が居なくても、その組織は回っていく。君の力などは一生見えないし、才能など試せない。自分の人生の価値も計りようがない。
だから、本当に優秀な人間、又は本当に優秀になることを選んだ人間は、あらゆる条件を無視してよい。見るのは、対象となる企業の風土だけでよい。ビジョンと風土を見て、惹かれるなら、そこで全力を出し、その組織を先へ進めればよい。あらゆる待遇も、事業内容ですら、君の思い通りになる。
こんな基準で企業を選んで、倒産したらどうするんですか?と思う方がいるかもしれない。まあ、三十年も四十年もビジネスの世界を歩んでいけば、倒産の一個や二個は必ず体験する。その経験を糧に次の一歩を踏み出すだけだ。組織に依存せず、貢献する力を貯めていけば不安は消える。
大事なのは損得や、将来の安定度合いではない。企業の規模や業績でもない。一番先にありきは、対象企業をどうこう言う前に、自分の「生き方」だ。自分がどう生きるのか決めれば、対象企業は自ずと浮上する。
ハードワークをしてでも能力を上げたいのか。それとも、無能のままで良いので楽をしたいのか。自力で生きる未来を狙うのか、割の良さそうな企業に依存するのか。
何が大事なのか、何に価値を感じるのかを先に決めないで、対象企業を論評することが間違っている。ある意味失礼だ。
「生き方」が決まれば入社する企業は勝手に決まる。後は全力をビジネスに投じるのみだ。学生の皆さんにはこの「生き方」で迷って欲しい。これを考えるのが俗に言う「シュウカツ」の意義だ。普段では、この課題に真面目に取り組めないだろう。
だから前述したように、結果として入社する企業はどこでも良いのだ。君達の「生き方」がぶれていなければ後悔はない。
成長と同時に「生き方」が変わっても良い。人生を何にかけるかが変わっても良い。大事なのは、今の自分のレベルで答えを出すことなのだ。
最近、このブログのアクセスも上がっているらしい。新卒の方も社会人の方も、入社云々は別にして、この生き方が決まらない時はいつでも、HWSまで遊びに来て欲しい。それも一つの縁だろうし、我々のミッションは事業を通じて社会に貢献していく事なので、刹那的なメリットは求めていない。
事実、日曜日の勉強会などには、他社のエンジニアの方も来られているし、弊社への勧誘などもしていない。生き方が合致すれば、入社すれば良いし、合致しないなら他所で頑張ればよい。
より多くの方とあって、日本の未来を作る同胞として縁を結べれば何よりだ。ビジネスの世界の先輩として、私が持っているもので良ければ全てを伝えたい。
最近人材関連のビジネスが隆盛の一途を辿っている。市況の向上により、増員を求める企業は多く、バブル以来の採用ブームだ。
よって、私のところにも日に3本くらいは「新卒採用」「人材紹介」「研修事業」「社内制度のコンサル」etcから営業の電話が入る。「IPOを目指されているなら、その為の人材を採られるべきでは・・・」とか、「そろそろ新卒を採用される時期なのでは・・・」とか、切り口は様々だ。
基本的にこれらの営業が、HWSにおいて成立したケースはない。HWS社の独自性に対応しきれず、有効な提案を頂けていないからだと思われる。
例えば、HWSの独自の組織制度がある。上司も部下も自分で選べ、更に参画する業務の内容も自分で自由に選べる制度なのだが、この場合に社内のメンバーに何が必要なのかを想定し、私の思惑以上の提案が出来る人材関連のコンサルタントはほぼいない。
メンバーはあくまでも「仲間」であり、一般的な概念で言うところの「社員」だとは考えていない。よって、社員に対して媚びる、もしくは褒美を上げる的な福利厚生などをマネージメントの中には介在させない。一時的に社員を慰留する様な制度の提案も受け付けない。HWSには必要ない。逆にそんな媚びが必要な奴とは一緒に仕事をしたくない。一緒に組織を作り上げたくもない。
正当に奪取する報酬は頑張って取れば良い。みんなで頑張って、社員旅行でも行くのは素晴らしいし、そこで馬鹿騒ぎもしたい。でも、それは会社や社長が褒美として施すものではなく、全員の力で奪取するものなので、それで会社や社長に感謝する必要もない。皆で達成を祝い、仲間達の労を尊敬し合えば良い。
こんなスタンスのHWSに、費用対効果が見込める有効な提案が出来る人材コンサルがいたら、ある意味自分で経営されることをお勧めする。基本的には無理だ。よって、人事関係の営業が成立する事はない。
上層人材の紹介の話も来るが、社外から経営陣を採用し、現メンバーの上位につけることもHWSはしない。将来的に10名の取締役の中に一人くらいの割合で、自社の公正さを期すために、社外取締役を置くとかは可能性としてあるが、組織構成に関わる部分の人間は自社で育てる。
HWSの取締役はPMでの経験を踏まえ、理念の共鳴や実務能力、リーダーシップ、そして何よりも会社に貢献した実績によってのみ登用する。組織の為に滅私的に動ける人間以外は取締役になるべきではない。その価値観が成熟している人材以外は、どんなに性能が高かろうが、ボードとして存在してはいけない。
だから、自称、他薦問わず、優秀な人材を金で買い付け、上層部に据える事はないし、それらの営業はHWSにおいては成立しない。最終的には継ぎ接ぎだらけの人材で組織を構成するよりは、HWSのあり方の方がスピード感も出るはずだ。
中途の実務経験者は当然採用するし、年功序列だと言うわけでもない。十分な実績や、成熟度を示してくれるなら、入社半年でもPMにも役員にもなれる。事実、その事例もHWSの中には溢れている。
HWSに入社する前の実績は、参考にはするが別に評価はしない。過去の経験を使い、HWSにおいて貢献出来なければ、その経歴は無意味だ。誰も幸せにしない。過去の実績などは、紙切れ1枚、口先一つでどうにでも加工出来る。虚が入らないのは、HWSにおけるパフォーマンスだ。経験を元に積みあげられた実行力だ。それを全力で評価したい。と言うより、自然に評価されてしまうのがHWSの文化なのだろう。
虚を売りながら企業を渡り歩くビジネスマンもどきが近寄れる会社ではない。過去の実績で飯を食いたい人は他をあたって欲しい。
そもそも、優秀だから採用するという事でもない。一番大事なのは、HWSとのマッチングだ。HWSのビジョン、風土に対する共鳴が無い中で入社してはお互いに不幸だ。
「企業は人なり」と言うが、これは間違いだ。または、これでは足りない。「企業は共鳴する人なり」が正しい。どんなに優秀な人材だったとしても、共鳴が無いところにパフォーマンスはない。また、継続性のあるビジネスを作ることも出来ないので、いずれ組織にマイナスの人材となる。
この共鳴度合いを考えると、他社から経営陣をヘッドハンティングするという発想は排除される。社内から経営陣は育てるべきだ。そもそも、我々が提唱するのはエンジニアを経営者レベルのビジネスマンとして育て上げる事なので、他から経営陣を引き込む事は自己否定に繋がる。
このスタンスのまま増員を続けている。世の中には結構変わり者が多い。HWSは通常のソフトハウスしか知らないエンジニアには、想像も付かない環境だ。しかも、その度合いは年々まし続ける。このHWSに入社する為には相当の勇気が必要だろう。その勇気を発揮し、他と違う変化を目指すHWSに、入社される方を見るたびに「こいつも変人だ」と思いニヤリとしてしまう。
HWSに入社する為の素養は、「共鳴」と「勇気」につきる。我々が取り組むIT業界の改革や、エンジニアの革新は前人未踏の領域だ。全くのチャレンジだ。しかし、誰かがやらなければならない事だし、それを自分たちの使命とし取り組む事に「共鳴」し、その組織の風土と合致する人材しか入社する意味がない。そして、その他社と比較して推測できない企業に一歩目を踏み出すのは「勇気」に頼るしかないのだ。
「勇気」ある人材は、新しい事にチャレンジし続けられる。「勇気」は飛躍的な成長の源泉であり、HWSのメンバーの素養としたい。
「勇気」とは、最初から何も怖くないという心の鈍感さを指すのではない。怖いこと、不安であることを、理性によって一歩踏み出していく意志力の事だ。鈍さではなく、良性の勇気を振り絞り、謙虚に一歩ずつ踏み出せる事が、我々との唯一の接点なのだろう。
エンジニアとして、何年もキャリアを積み重ねて来た人間が、弊社の面接を受けると、プライドがいたく傷つくらしい。他社にいけばチヤホヤしてもらえるのに、HWSでは見下しもしないが、チヤホヤもしない。過去の実績を褒め称えるより、未来について強く意見を求められ、語られてしまう。自分の仕事人生を否定された様な気分になる方もいらっしゃるだろう。
例えば、PMというポジションも、会社から降ってきた開発案件を上手く処理すれば取れると思って入社して来る人もいる。実際はメンバーのリクルーティング、モチベーション管理、新しい事業ドメインの確立、クライアントの発掘まで、全てをこなして利益を確保しないと、HWSではPMとして認められない。発言権もない。
作業を繰り返し、現在の市況により持ち上げられていたエンジニアにとって、挑戦とそれに伴う勇気を求められる事は苦痛であり、やはり過去のキャリアを否定された気分になったりもする。
しかし、一線を越え、従来のエンジニア像を脱却するためには必要なステップだ。ここには微塵の妥協も許されない。面接に来た方をチヤホヤして勘違いさせるヒマはない。上手く持ち上げて入社させたところで、後で何倍もの面倒が起こる。メリットもない。
昔読んだ「ビジョナリーカンパニー2」によれば、泡沫から飛躍的に成長した偉大な企業には共通点があるらしい。
私が覚えている組織に対する事柄は二つある。
1.組織に必要な人間は自然と集まり定着する。
2.管理職に必要なのは、個人的な野心ではなく、組織を偉大にするという野心だ。
2は私の信念に合致するので良く覚えている。自分の名声や、利得などは捨て、組織を偉大にし、成功させる事に燃えるリーダーがいる組織が、偉大になった企業の共通点らしい。HWSのリーダー教育の正しさを証明してくれている。
1は私が以前悩んだ点ではある。とにかく、一つの縁で同じ企業で仕事を始めた仲間が脱落することは、よい気分ではない。だから全員を退職させず、育てたいと力んでいた。しかし、双方の幸せを考えた時に、根本的な価値観が違う者が歩みを共にする価値が無いこと気が付いた。性能ではなく、根本的な共鳴が仲間には必要なのだ。上手くフォローして、機嫌を取ってと言う様なマネージメントを放棄し、「フォア・ザ・カンパニー」に徹底し始めたのは、この悟りがあったからだろう。
もし、HWSのあり方に共鳴できる方がいらしたら、是非お会いしたい。キャリアも年齢も性別も問わない。キャリアがある人ほど、勇気やチャレンジャースピリットが必要だが、それでも果敢に未来に挑める方とは、お会いしたい。
全ての人間を網羅出来る会社でもないし、する必要ないが、合致する方には理想の企業であるはずだ。自然な流れの中で、HWSにたどり着く多くの仲間達を今日も待ち続けている。
以前にも書いたが、私は勉強の為にノウハウ本や評論本を読まない。常に、自分の動きや成果の理由付け、体系化の為に読む。
よって、私の行動や思想と合う著者と合わない著者とがいる。私と気が合う著者の一人にP・F・ドラッカー氏がいる。(まことに僭越ではあるが)
彼が以前書いた著書の中で成長について語っていた。企業における成長とは何か、成長をどう扱うべきかについてである。
ドラッカー氏曰く
「成長そのものを目標にすることは間違いである。大きくなること自体に価値はない。よい企業になることが正しい目標である。成長そのものは虚栄でしかない。」
との事だ。
私がビジネスの世界に入った入り口は、営業の前線であった。常により多くの売上を求められ、チャレンジする必要があった。どこまで成果を上げれば合格ということもない。今よりも拡大することが常に命題だった。
その情操教育が根底にあるので、成長に対する絶対的な拘束から抜けられず、企業のトップに立っても成長を目標にし続けていた。しかし、誰かが企業の舵を握ってくれている中で、自分の役割である売上・利益の最大化を目指す事と、企業の存在意義自体を司る立場とのギャップの中にモヤモヤしたものを感じる様になった。
この20年の間に世間でもてはやされてきたのは、時価総額の大きさを比べあったり、その為の売上的な成長速度を競ったりという価値観だ。
本来、規模的な成長は結果的に訪れるものであって、本質的な目標ではない。売上目標、営業所の数、社員数は本来追いかけている理想の事業体を作り上げる手段であり、目標ではない。作り上げたい価値を実現する為の手段だ。
企業が成長したかどうかは、提唱する理想にどれだけ近づけたかだろう。それをはかる基準に数値を持ち出すことは必要だ。その理想への接近なしに、数値目標を掲げることが無意味だと言うことだ。
言い換えれば成長とは変化することだ。肥大する事ではない。自己の求める理想に向けて変化し続ける事が成長であり、その度合いが本質的な目標なのだ。ただ単に量的肥大を指して成長ととらえては企業の本質から逸れる。
私が自分自身に対して確認するのは常に1年前とどれだけ自社が変わったかだ。想像もつかない変化をし続けているかだ。大した変化も無く、事業規模が大きくなっても、私が達成感を得ることはない。
ただし、気をつけて欲しいのは、この理屈を自分が出すべき成果の未達成時の言い訳として使ってはいけないと言うことだ。特に組織において、何某らのチームを率いている役割であれば、全体の成長に対する判断はトップに一時任せるとして、自分は売上や利益の目標に応える必要がある。それが自分のミッションだ。
あくまでも言い訳や、怠惰や、責任回避をしないビジネスマンとしての感覚を話している訳であり、未熟な人員が逃避に使う材料にしてもらっては困る。
今のHWSについて考えてみる。
現況、HWSは他社との区別化により、多くの人材が集まる環境を実現している。作業者として扱われているエンジニア達が、自分の未来や本質的な価値について疑問を持った時に、手を組める仲間がいる会社が他にないので、HWSに自然と人が集まるのだろう。ほとんどが経験者の採用で年間50名以上の増員が実現しているのも、弊社が掲げる方向が多くのエンジニアに賛同されている証でもある。
実は面接には更に多くの方が訪れている。こちらからお断りする場合も多いし、企業に守られて開発だけやっていれば許される今の職場との違いに恐れおののいて、逃げ去るエンジニアも多い。「必要な環境だけど勇気が出せない・・・」的な感じだ。
私も生半可な気持ちで入社されても困るので、オブラートに包むことなく会社の方針やビジョンや現状を語る。腹を割って語る。結果、あまりの求めるものの高さ、体制の大胆さに「退かれる」ケースもままある。
単純な数の増大を、そもそも我々は求めていない。HWSが数だけを追及し、今の倍の社員数まで1年で持って行くことは難しくない。売上や利益は増大するはずだ。まあ、見た目良い会社になる。しかし、そのことで成長したとも進化したとも思えない。
HWSイズムを進め、エンジニアをビジネスマンとして進化させ、日本の根底を支えるという我々の理想からは遠のいている。
別に経験者やすぐに利益に直結する人員を採りたい訳でもないし、事実未経験者も採用している。大事なことはHWSの理想に共鳴できるかだ。HWSの理想を実現する為に力を合わせていけるかなのだ。
この1年は、ベトナム、インド、中国と連携したビジネスで本格的に実績を残しにかかる。その経験の下にメンバー達の成熟を更に進めていきたい。1年経った時に、「誰が今の形を想像しただろう」とみんなで談笑できるような成長を実現していきたい。
自社サービスなどを狙っているチームもあるし、HWS史上最大規模の案件受託を狙っている者もいる。良い意味で、信頼を重ねコツコツと進化を続けている者もいる。未来の布石でもあるし、これも追う理想があるなら素晴らしい事だ。
HWSの成長は既に私の力だけでは不可能だ。私に出来るのは、HWSのメンバーの成長を邪魔しない事くらいかもしれない。成長軌道に乗り始めた組織において、トップの決断はあまり必要ない。経営力や経営判断が強く求められるのは退却戦においてだ。
これからのステージはHWSのメンバーが縦横無尽に各所で手腕をふるうべきだ。それを止める一切の制約はここにはない。会社が潰れない程度のハンドリングは私に任せて欲しい。君達は身体を投げ出して過激に挑み続ければ良い。
こんなHWSであるので、今を変え成長する勇気にある人だけ集って欲しい。過去の実績もキャリアも実は問わない。この風土に対応する気があるなら来て欲しい。
血と汗を流し、企業も個人も、ともに真の成長を実現しようじゃないか。