会長ブログ(株式会社ヘッドウォータース代表取締役:篠田庸介)

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2008年04月30日 19:06

たどり着く場所

先日、週刊ダイヤモンドの元編集長とお話する機会があった。千人を超す経営者にインタビューしてきた強者だけに、話題は豊富だ。経営者の判断基準やスタンスについて、独自の見解を育まれているように感じた。

話は多岐に渡ったが、基本的には奇をてらったような話はなく、経営の王道についてお話をされていた。その中で印象に残っているのは、他の経営者の分析の話よりも、ご本人が実際に経営に当たられていた時の話だ。

立場上、儲かりそうな話は定期的に舞い込んで来る。その中で、新しい企画を推進するかどうかの自分への戒めについて語られていた。

確かに、美味しそうな話は世間に転がっている。玉石混合と言うよりは、99%石だ。儲かりそうな話が、自分の力で加工せずに収益を生むことはありえない。誰かの儲けの為に踊らされるのが関の山だ。

しかし、社内からの企画や、上手くオペレーションすればそれなりの収益になりそうな話は無くもない。自分がかなり汗を掻かなくては収益化しないものにはリアリティがある。明らかな石は捨てるにしろ、磨けば玉になる可能性がある事に取り組むかどうかは悩むところだ。

まあ、世間では明らかな石に、ダボハゼ宜しく飛びつく経営者も少なくない。何かのテコで一時的に資金を掴んではいるが、自分でその収益を生み出す仕組みを立ち上げマネージ出来ない人間は、他力をあてにし資金をつぎ込むしか出来ることが無いからだ。その資金にも、限りがあるのだが。挑戦とは、額に汗し強い意志とエネルギーでリスクを乗り越える事なのだが、強い意志も額の汗も無い浪費を挑戦と勘違いしている経営者も何人か見てきた。

話を戻す。

週刊ダイヤモンドの元編集長の基準は、どんなに儲かりそうな話でも、その事業を仕上げる人間がいなければ諦めると言うものだ。ある規模を越えれば、自分が新規事業の実務をやることは物理的に難しい。その中で、会社の未来を創る新規の取り組みをするかどうかの判断は、事業をやり切る事がイメージ出来る人員をアサインできるかにかかっている。

ネタでは事業は作れない。事業を創るのは人である。企画の中身よりも、その事業を推進する人員の手腕で九割方成否が決まるという私のスタンスと、この部分は合致する。これは以前にブログで書かせて頂いた通りだ。

社内外の人で、これから私に会う人は常に事を念頭に置いて欲しい。

新規の事業の提案や、企画などの話は酒の肴なのであればどうでも良いが、HWSの資金を投入するとなると、見ているのは企画の内容ではなく九割方それを実行する本人の人格や性能だ。

色々な社内制度の提案なども上がってくるが、「会社がやっといて下さい。」的な提案であれば、参考に聞くだけに止める。自分がリスクを背負い、汗を流して実現するという提案であれば、採用される可能性は極めて高い。

見ているのは常に担当する人間の人格と手腕なのだ。

HWSの教育方針として、「強烈な危機感」と「青天井の裁量権」の二つを出来る限り若い内に全員に背負わせたいと思っている。「強烈な危機感」とはリスクの事だ。一歩間違えれば、最悪の状況に自分が陥るというようなリスクだ。会社を辞めればよい、給料を返還すれば良いと言う様な生っちょろい状態はリスクとは言わない。

ビジネスマンとしてリーダーとしてタフに育ち上がるには、この二つを背負いビジネスの世界で縦横無尽に力を発揮し生き残るしかない。この二つを背負い切らないと、俗に言うサラリーマンからビジネスマンへの変貌は不可能だろう。

これにより鍛えられた、強さがあり、収益を創り上げる手腕があり、信頼できる人格があってこそ、資金を投入するに足る。見ているのは提案内容ではなく、これらの人に帰属する性質なのだ。

先日、面接において「HWSなら好きなことをやらせてもらえそうなので、就職を希望しています。」と言う発言があった。間違ってはいないが正しくはない。

「君自身が、会社の仲間達から信頼を勝ち取ればその分だけ自由度は上がるよ。好きなことに自由に取り組める裁量権が手に入る。しかし、自分の人格も手腕も、仲間達に信頼させる事が出来ない奴に自由にやらせる環境はHWSにはないよ。」

と言うような回答をさせて頂いた。

勘違いして入社されても困る。誰でも自由に生きられる環境などは平等ではない。自由を自力掴み、思いのままに生きるからこそ価値がある。また、そのスタンスが現実の世界では正しいはずだ。

我々が目指す楽園は、あくまでも自力で創り上げるものだ。誰かが自動的に与えてくれる物ではない。その楽園を作るに寄与できなかった人間にも自由を謳歌する資格はない。

汗を流し、身を削り、楽園を創り上げた者達が、その達成感と楽園という土台を使ったビジネスに取り組む資格を得るのだ。

最後に

ビジネスの世界でたどり着く結論は、案外みんな似通っている。それはビジネスにおける真理というような物なのだろう。この真理の上に個性を載せ、王道をひた走れば良いのだ。

しかし、この真理は人からの聞きかじりでは武器として使用出来ない。あくまでも自分の身を挺し、実行の中でたどり着かなければならない。

まだ、私が行き着いてない真理が、数多くビジネス界には眠っている。求道者として、この真理を生涯追い求め、一つ一つ悟り掴んで行きたい。そして、その真理を使いまくり、HWSの理想を形にしていくのだ。

2008年04月25日 18:31

熱を語れ

先日、新卒者のグループ面談を覗く機会があった。相変わらずHWSのメンバー達は調子よくしゃべっていた。最近、09年新卒者の最終面談が何件か入っていたが、総じて内定者達が語った入社動機は、社員の人達の顔が違うと言うものだった。

社員バーベキュー1活き活きとして、バイタリティー溢れる先輩社員達の姿を見た時に、「この会社で仕事がしたい。」と確信を得たらしい。ほとんどの、内定者達の感想だ。

グループ面談において、ある学生から質問があった。「HWSのビジョンは上流工程ばかりを若い内からやらせるようにして、上流工程に特化した人材を作ることなんですよね?」と言う内容。

まあ、ぶっちゃけ違う・・・。

これに対してHWSのメンバー達がどう答えるか楽しみだったので、私的には無言で状況を見守る。ある意味、私が提唱している理想をどれだけ各人が自分の中で落とし込み、自分の意見として打ち込めるかが問われる場面だ。

この時HWSのメンバー達がとった態度はなかなか悪くない。発言した相手の感情にも配慮しつつ、適切な表現を探しながら答えていた。

「上流工程しか出来ないなら、某大手SIerと区別が出来ない。我々は全員が開発の上流から下流までの全てをこなし、プレイングマネージャーとして機能できる姿を目指している。」(記憶の範囲で・・・)

60点

「上流工程を行うのは、ビジョンではないよ。それは手段だ。以下略。」

68点

と言った内容を、具体例を出しつつ、分かりやすく説明していた。一応、及第点。

我々の理想は、「エンジニアをITスキルが極めて高いビジネスパーソンへと昇華させる」ことだ。

社員バーベキュー2技術はビジネス上の武器の中軸として使うが、あくまでも手段だ。マーケティングセンスも、財務的な知識も全てビジネスを成功させるための手段だ。これらの武器を自由自在に使い、新しいビジネスモデル、収益構造を創り上げてこそビジネスパーソンと名乗る事ができる。このITビジネスパーソンが次々に生み出される魔法の箱を作り、日本のエンジニアのあり方を変える。更にIT立国日本を支えるエンジニア達の社会的なポジションを革新するのが我々のミッションだ。大きな話になるが、日本の未来を根底から支える国家事業であると自負している。

決してシステム開発における上流工程に特化した集団を作りたい訳ではない。そんな、手段と目的を混同した様なビジョンを打ち出すほど思想性が低い企業ではない。

自分の言葉で意志を込めて話せないことは、本当の意味で理解に至っていない。理解するほど考え抜いていない。考え抜かなければ、様々な事に対して浅いアプローチでしか接しないので、作業力は素養に伴って上がっても、リーダーとしての人格やスタンスは進化しない。

私がHWSの全メンバーに求めたいのは、会社の理想、ビジョン、思想を自分の言葉で語れるまで、考え抜くことだ。「分かりません。」ではなく、分かるまで考えろと言いたい。「上手く話せません。」ではなく、上手く話せるまで考え抜けと言いたい。

自分が好きなスポーツや、趣味の話ならそれなりに誰でも語れるはず。自分の人生の根底を作る仕事において、語れないのでは余りにも寂しい。人生において最も多くの時間を使う仕事、真剣勝負の前線であり自分の本来の価値が試される仕事に対して語れない人間では駄目だ。

更に言うなら、その仕事はあくまでも組織戦における勝利を目指すものだ。個人の実績や価値をひけらかすレベルでは駄目だ。そんな意識レベルだから、誰からも本質的に評価されないのだ。

よって、自分が乗っている船について、自分たち仲間をつなぎ止めている目に見えない理想について語れないのでは、いつまでたっても君達がリーダーとして確立することはない。それは才能の問題ではなく決意の問題だ。

社員バーベキュー3自分たちの理想を語れ。不器用でも、最初は上手く伝わらなくても良いから語れ。語って人の目に晒されているうちに、自分の思想は磨かれていく。語るほどに、自分の思想は自分の中で煮詰められ、受け売りではなく自分の言葉として発せられるようになる。

仲間達の思想や夢を代表して、自分の言葉として語るようになり、初めて君達はリーダーとして仲間達から認められるのだ。

遠からず、君達がリーダーシップをとる時が来る。語れないでは許されない。熱いものは内に秘めては駄目だ。リーダーにとって秘めたる闘志は逃避に過ぎない。熱さを語り全てを巻き込むパワーを持ってこそリーダーであるし、仲間達が自由にビジネスを展開する為の力となる。


HWSのメンバーで無い読者にもアドバイスがある。

自分の会社について、語って欲しい。語る価値が無い会社なら辞めてしまえ。その会社に通う時間が人生の浪費だ。行く会社がないなら、自分で起業すればよい。そのくらいの意志とバイタリティーを持たずして、生きている実感など湧かないよ。

自分の哲学を進め、理想を突き詰めて欲しい。その理想と仲間と共に作り上げている企業の理想とシンクロさせ、自分の言葉として語れるようにして欲しい。それが、君達をビジネスの世界において、一段上に持ち上げる原動力になるはずだ。

2008年04月22日 17:05

近況報告

ちょっと旬を逃し気味だが、PM合宿も成功裏に終わり、08年度も本格的にスタートした。必要な結論が導き出されるまで、食事以外には大した休憩もなく、二日にわたり寝ずに会議を重ねた。

HWSでは、普段あまり会議をやらない。チームごとに打合せや戦略遂行の動きは、ごそごそとそこかしこで行われている。会議という会議はあまりやらない。ぶっちゃけ、世にあるほとんどの会議は意味があるとは思えない。我々は意味のない会議は行わない。意味のある会議にはゴールがあり、終わった後に一種の達成感があるはずだ。

形式ではなく、意志が込められた会議以外は開催する意味がない。つまらない会議を行うくらいなら、誰かが決定し、それを全員に通達するだけの方が遙かに効率が良い。結論の精度も高い。

会議からは何も生まれない。何かを生み出すのは、会議ではなく現場の動きだ。その現場の動きがバラバラでは、力が分散し組織としての強さが生まれない。だから、現場の強さを得るために、全員の力を結集する為に必要な会議をするのだ。それを理解し、意志が込められた会議以外に開催する価値が無いという事だ。

今回のPM合宿は、その意味では贅肉は一切無く、流れを一本化出来たと思う。HWSらしい、具が詰まった会議だった。非常に心地よい。

話は変わる。

先日、学生と経営者の交流会に招待して頂いた。日曜日に前向きなイベントに参加する学生だけあって、人間的には当然未熟だが、バイタリティーに関しては平均以上であり、好感が持てた。まあ、サークルの新歓コンパのノリでビジネスについて語り合っていたので、学生らしい勢いがあり、現段階としては悪くない。そのままのノリでビジネスの世界は渡れないが、彼らがそれを実感するのは後で良い。

イベント中に、株式会社を立ち上げて運営しているという学生に会った。まあ、事業と呼べる物になるかどうかは、これから次第だろうが、やはり学生としてはリスクもある中のチャレンジであろうし立派だと思う。

彼との会話の中で「どうよって学生のニーズを汲み上げて、学生に合わせた採用活動をしていますか?」と質問された。これに対する私の答は「学生の趣向は一切無視するよ。」と言うもの。彼は眼を丸くして、「そ、それで採用が出来るんなら良いんですけど・・・・」と言う反応。

恐らく、多くの企業から「学生を採用するにはどうしたらいいかな?」「最近の学生はどういう傾向にあるの?」とか聞かれて、それなりにレクチャーをして来たのだろう。社会的な自分の重要度を少し過分に認識していたはずだ。


そもそも学生は未熟だ。社会的には何も生み出さない底辺の存在だ。彼らの意向を基準に社会が動いたら、企業も政治も崩壊する。哲学も浅い、社会経験もなくビジネスに対する正しい認識もない。自力で生きたこともない、社会に何かを生み出したこともない。こんな最下層の人間に媚びる様に企業の制度を作り込んでどうしようと言うのだ。

合わせるべきはあくまでも学生側だ。彼らには若さがある。無能な現状を、血と汗で埋めながら成長し続ける可能性だけはある。成長を実現する為には、優秀な側に合わせなければ駄目だ。力がある者を基準とし、そこを目指して全力で走らなければならない。

力ある者は手を差し伸べてあげる必要もない。更に突き放すべく全力で走る後ろ姿を見せるのが正しい。その背中が遠ざからない様に後発者は全力で追い続け、気が付いた時に幾ばくかの成長を掴んでいる。当然、学生達が開き直ったような態度で「僕をどうやって育ててくれるんですか?」という姿も間違っている。育つヤツは自力で育つ。この間違った態度から優秀なビジネスパーソンが生まれることはない。

我々は大人として、先行しているビジネス界の先輩として、学生達に正しい態度で臨むべきだ。過激な言葉で言えば、学生の意向は無視だ。学生側がこちらの意向を必死に読み取らなければならない。未熟な人間が楽をしたら成長の機会を失う。就職活動を糧にしたければ、学生職は未熟な自分を認め、力ある者の価値観や技能を吸収していくべきだ。

ビジネス界の先輩として、人生の先輩として愛情を持ってムチを打つ。こんな態度が採用活動の姿としては正しいだろう。収益の為、採用実績という見栄えの為に無能者に基準を合わせ、本質的な力を失ってはならないのだ。

HWSでは学生の意向は一切無視する。何故なら、彼らは一生学生ではない。学生の期間など一瞬だ。すぐに現実社会の荒波の中に乗り出すことになる。一瞬しか留まらない学生の価値観に合わせては、双方の為にならない。優秀なビジネスパーソンになる予備軍として適正に扱えば良いのだ。

学生の意向を無視し、ビジネスパーソンとしあるがままの厳しさを伝えているのに、HWSに多くの学生が集まっている。学生達もそこまで馬鹿ではない。学生という何も生み出していないのに、社会的に地位があると言う都合の良いポジションが続かないことも知っている。HWSの厳しさを快く感じ、魅力を感じてくれたのだろう。奇をてらって、変な工夫をする必要もない。正しさを徹底して追求すれば、競争力も生まれ、揺るぎなき魅力が生まれるはずだ。採用活動などは、この魅力をベースに正面から学生と向き合えば良いのだ。

HWSの09年新卒の採用活動も終盤に入ろうとしている。月内に十数名は内定者が決まるだろう。五月中には二十名に達するはずだ。今内定が決定している奴らは選りすぐりだ。頭の良さや、要領の良さが選りすぐりな訳ではない。その覚悟、その意欲、そして何よりもHWSに対する共鳴に特筆すべき強さを持っている。

彼らが技術を身につけ、ビジネスを学び世界に打って出る日はそう遠くないはずだ。新卒としてHWSに入社する彼らが、日本の若者達に進むべき道を示す未来は確実に来るはずだ。

2008年04月21日 15:49

初心

2007年度の集計もほぼ終わり恒例の納会となった。例年通りの異様な盛り上がり見せた納会だが、内容的にはここでは伏せたい。興味がある人は入社して下さい。

創業当時と比べれば、格段に素晴らしい組織になった。かつて私が社長として運営した組織の中で最高であることは間違いない。その勢いと、メンバー達の顔を見ながらしばし考える。

HWSのメンバーも100名を越え、次のステージに上がる前に危惧する点がある。こんな小さな会社のレベルで、本来HWSが掲げる理想を薄めてはならない。薄まれば、我々の存在価値は消滅し、泡沫のごとく消え去るはずだ。その危機は発展と同時に、HWSの傍らに常に存在し続ける。

3年前で言えば、満足なオフィスすら無く、メンバーも一人から集めていた。理想だけは今と変わらず輝いていたが、その実現を予感させる実績は皆無だ。

何も無いから、無い物ねだりはせず、金も無いから予算もギリギリで運営に当たった。そのメンバー達の努力もあり、今のHWSは象られている。

HWSは「オープン&フェア」を謳っているが、それが当然の権利として空から降ってきたと思われては困る。サラリーマンの範疇を越え、会社の成長に寄与したメンバー達がいて、その信頼の下に少しずつ実現されてきたものだ。「オープン&フェア」は全メンバーの血と汗の結晶で出来上がるのだ。

自分で業務が選べるのも、予算編成が出来るのも当たり前の権利ではない。そんな事を保証されている会社の方が少ない。それは、誰かの努力によって作られてきたものだ。誰かが血と汗を流し、信頼を獲得し成立させたものなのだ。

こんな事に想いを馳せられないようなら、大手企業に行って普通のエンジニアとしてサラリーマン道を歩めばよい。HWSにいる意味はない。

HWSの全ての制度は、精密なオペレーションによって成立しているわけではない。人間の野生を最大限に引き出すことが前提であり、その為に極限まで各人の自由度を上げる仕組みを目指している。自由の心地よさを得るには、膨大な責務を同時に受け入れなければならない。この責務を背負う覚悟が無い人間に、「オープン&フェア」を求める資格はない。当たり前ではない道を求める訳だから、当たり前ではない覚悟があって然るべきだろう。

私が危惧するのは、のど元過ぎて熱さを忘れる事だ。新しく合流するメンバーは、自由度の高い制度や風土を既得権だと思ってしまい、古いメンバーは、かつての気概を忘れ、現状に甘んじてしまう。そんな状態に陥り、組織が緩くなると、個人的な感触で言わせてもらえば、非常に気色悪い。

日曜日に「会計勉強会」を開いている栗原という事業部長がいる。彼が会計勉強会を開いた根底には、「オープン&フェア」を実行する為には、会社の制度をいじるだけではなく、メンバー自身が会計の知識を上げなければ、情報を受け取る資格が無いという主張がある。

税制の知識がなければ、自分が出したら粗利の大半は会社に残ると勘違いしてしまう。未償却な資産があれば、決算書上は良いが、実際には現金が消えている。販管費なども収益から負担しなければならない。過去に投下した資金によって現在の業務が回っている場合は、その資金を回収する義務が生じる。

こういうお金の流れのバランス感が無い人間が会計情報をオープンにされても、野次馬的に覗き見るだけで、意味も分からず、結果として誰の為にもならない。無知による間違った解釈で、自分が意欲を落とすなら良いが、間違った解釈を他人に押しつけ悪い影響を与えることもある。

よって、事業部長として会社の制度は責任を持って進めていくが、全メンバーも「オープン&フェア」に耐えうる努力をしろという栗原事業部長の意志が「会計勉強会」をスタートさせたきっかけだ。要求するだけではなく、自分も日曜日に会社に来て、希望するメンバーに会計を教えている。自ら時間と労力を使い、その上で多くのメンバーに努力を要求しているのだ。

彼の様な意志と努力があり、初めて「オープン&フェア」は他社に抜きんでて実現される。一朝一夕に出来るものでもないし、自動的に降ってくるものでもない。

今回はHWSの現メンバーに対する警鐘だ。

会社は伸びている。業績も社員数も順調増えつつある。理念の浸透も進み、組織の質も確実に階段を昇りつつある。しかし、我々が目指す理想を頂とすれば、我々の存在は未だ芥子粒みたいなものだ。余裕など微塵もない。

自分は常にプレーヤーである。制度を作るのも保つのも、自分の力で行うのだ。自由は、それを悪用したり義務を忘却したりしないという信頼の上に獲得できる。数人でも曲がってしまえば、全員の手から自由はこぼれ落ちる。その意味では、HWSのチャレンジは全同志の確固たる意志の下でしか実現出来ない。

傍観するな。常に当事者たれ。実務を遂行するだけでは、サラリーで返還されるだけだ。常識を越えた自由や、やり甲斐を掴もうと思うなら、それを越えた何かを示さなければ駄目だ。その努力の上にしか、理想の環境を築き上げる事は出来ない。

俺が出来るのは君達を信頼しきる事だ。それで、裏切られた事も数多くあるが、未熟さ故の悪意無き裏切りなら、何度でも許すよ。瀕死の中から一勝を掴み、前進しよう。俺から発せられるあらゆる経営的指針も、俺の経営感覚の中から最良を選び進んでいる。現状HWSでは、最も経営的な経験と技能が抜きんでている俺の判断を信頼して欲しい。そして、俺の人格を信頼して欲しい。それが出来ないならHWSを去るべきだ。

この信頼の結束の中でしか、常識を越えた新しい姿は生まれない。疑いの中でリスクヘッジばかり考えたら、ガチガチに堅いルールしか適用出来ない。

納会の時に、若山事業部長も発言していたが、IT業界の不況の気配も少しずつ見え隠れしている。好況には必ず終わりがある。慢心する余裕など我々にはなく、更に強靱な組織を作り続けなければならない。

08年度を迎えるに辺り、初心に戻り、野生を取り戻し、未来へと進んでいきたい。

2008年04月09日 15:59

究極の自由を求めて

あらゆる制度は、性悪説をベースに作られている。社内制度も同様で、管理が必要な人間をいかに有効に動かすかを中心に組み立てられる。

管理が必要な人間とは、放っておくと仕事に対する志気を落としたり、何かしらの悪意を持って会社から利益を搾取しようと言うやからだ。

もし、仕事が好きでたまらない人や、会社を愛してやまない人、成長したくてしょうがない人だけで、組織が構成されていれば、制度は必要ない。全てのメンバーは自分の意志で最善を考え動くはずだ。管理される必要もなく、フォローの必要もない。仕事をしている事自体がモチベーションの根源となる。

よって、自立的なビジネスマンにとっては、ほとんどの制度は邪魔だ。管理が必要なメンバーがいなければ、自由に最大の成果を狙って行けるからだ。制度により、余分な作業や手間が増えて、成果を狙う力を削がれる。

私がHWSにおいて実現したいのは究極の自由だ。全メンバーが、自由に動ける為には、可能であればあらゆる制度を撤廃したい。ルールや基準は必要だが、人に規律を要求する管理的な制度は廃止したい。

これを基本とした方向に、HWSのポテンシャルを最大に引き出せる姿があるはずだ。

この為、現在私が取り組んでいる事がいくつかある。

一つは、採用に関して。私がこだわっているのは、常にHWSに対する理念の共鳴だ。HWSの理想に共感し、基本的な価値観を共有できるか、HWSのノリを受け入れられるかにこだわる。これが、押さえられれば、後のフォロー的な業務や、管理的な業務への負担は激減するはずだ。

基本的な方向が同じな人間への指導は、具体的な方法論で良い。どうすれば、前へ進めれば真剣に話し合えばよい。あくまでもクリエイティブだ。

基本的な方向が違う人間には、指導の前に価値観や倫理観など方向性を合わせなければならない。これには大きな労力が必要だが、実入りはない。日本には二百万社を超す企業があるので、基本的な部分が共感できないのなら、それぞれの幸せな方向に分かれた方がお互いの為だ。本人の価値観や生き様は、仕事の前に土台として存在するので、それを変える役目を企業が負うのはおかしな話だ。土台の部分が近しいので、その上に建築するビジネスを共に作り始めるのだ。

HWSに合わない人間に焦点を当て、それを管理するための制度を作り込む事は本末転倒だ。HWSに合致する人間が、自分の人生を燃やせる為の仕組みを作りたい。

社内制度を色々考え施行しているが、基本的な方向は全メンバーの自由度を高める様に動いている。一気に行くと混乱が生じるので、メンバー達の覚悟と同時に相応の自由を授けたいと思っている。

自由には、責任がつきまとう。その責任を全うする覚悟の量、技能の量と比例して自由度を上げる必要がある。故に少しずつ自由度を上げる過程が必要なのだ。しかし、目指すところは、全メンバーが究極の自由度の下、ビジネスを展開できる環境だ。

仕事をしている事自体で志気が上がる。

成長を狙って努力することが、楽しくてしょうがない。

成果を狙って、ビジネスを仕掛けるのが楽しい。

リーダーとして多くのメンバーの責任を背負うことで、自分の存在価値を実感し、プレッシャーと同時に、生き甲斐を感じる。

HWSの理想を達成することを、己の未来と融合し、今の自分の時間を自分の為に必要な時間と実感できる。

全メンバーが、こんな意識で日々のビジネスに対面出来るなら、仲間もクライアントもHWSにかかわる全ての方々が幸せになるはずだ。

何年かかるかは不明だ。究極の自由を実現し、尚かつ一定以上の規模を実現した会社は世界でも、無いのではないかと思う。我々がその道に先鞭をつけたい。HWSの仲間達と全員が、楽しさの中で激務すらも乗り越えていけるような集団を作りたい。その為には、根本の一致は不可欠だ。

いずれ、日本の市況も反転するはずだ。Sierだけではなく、多くの業界が冬の期間に突入するだろう。そのシビアな状況を涼しい顔でくぐり抜けるには、商品力よりも、資本力よりも、柔軟に時代に対応できる組織力が必要となる。

私の中に未来に対する楽観は皆無だ。悲観もしないが、可能性として常に厳しい現実を見つめている。その厳しさを前提として、全ての経営的な方針を決めている。この市況の良い春の時代を有効に使い、冬の時期を耐え抜く力を蓄えるのだ。冬の足音を常に聞きながら経営をする私の感覚では、残された時間は長くはない。組織を鍛え抜く時間は多くは取れない。

何とか生き抜き、偉大なる企業へと飛躍するには他者が踏み込めない領域に向かう必要がある。その一つの取り組みが、究極の自由なのだ。

今週末にPM(プロジェクトマネージャー)達との合宿がある。

そこでは、来年度の予算や全メンバーのこの半年間の評価・査定なども話し合われる。同時に今年度のHWSを運営するための制度決めも、最終的な作り込みが行われる。議題も多く、その決定によりHWSの今年度のあり方が決まるので、恐らく寝る暇も無く話し合いは続く。

細部に関しては、私はほぼ口を出す気がない。その必要もない。HWSの未来を見定め、制度がHWSの未来や理想と乖離しなければ良い。その為に基準として私は存在し続ける。基準たる、決意と覚悟を持ち、週末の合宿に臨みたい。

2008年04月08日 14:48

謙虚

私自身、こんな説教くさいブログを書いてはいるが、実際あってみると、かなりフランクで低姿勢な方である。(当社比)

仕事柄多くの人とお会いするが、「謙虚ですね」とか「どうしてそこまで謙虚でいられるのですか?」とご評価頂く事が多くある。

私の答は「実績も実力も無いのに、増長などしたくても出来ませんよ。」と言うシンプルなもの。

謙虚でいようと意識している訳でもなく、謙虚な姿をアピールして、人望を得ようと言う打算がある訳でもない。自然体でなく、謙虚さを装う姿はかえっていやらしく映る。私に関して言えば、素のままで行っても、謙虚にならざるをえない。その背景には、自力以外の多くの力が働き、現在自分が出している様に見える成果を象っていることへの認識がある。

以前、ダイエーホークスを経営的に再建された高塚さんの著書を読んだ時に、こんな記述があった。

福岡ドームのある売店で、月間五十万円の粗利を上げている人がいるとする。担当者は、人件費などの経費も月に三十万円しかかかっていないので、二十万円儲かっていると思ってしまう。しかし、その利益は福岡ドームに多くのお客さんが来客してくれる仕組みがあり、他の部署が頑張って集客に貢献しているので、結果的に出せた利益である。個人の手柄ではない。

福岡ドームの広告看板の営業担当の場合、十億の売上に対して直接原価は百万円~二百万円程度しかかかっていない。これだけ見れば非常に大きな利益を上げている。しかし、大きな設備投資をして、球場に沢山のお客様が集まってレストランや宿泊施設を利用してくれるから、クライアントが広告看板を出すメリットが出てくるのである。営業活動に一生懸命になり、利益を出せば出すほど、営業担当はこの事実を見失い、自分が割を食っているように感じる。

大体の意味合いとして、こんな内容だったように記憶している。

何かしらの成果を出す人は、当然バイタリティーに溢れ、一生懸命努力もしているだろう。その努力に対する自負もあるので、出た成果を自分の手柄としたいのはよく分かる。また、自分より努力していない人間が周囲に多くいるので、自分の頑張りへの自己評価はとことん上がる。しかし、その成果を作る上で、他者の力が大きく寄与している事実を認めなければ、人間としてのバランスを欠く。自分一人で成果を作ったように感じるのは大きな間違いだ。

私に関して考える。

根本的な話をすれば、日本がこれほどの経済力を持ち、教育に注力した国でなければ、今の自分の姿はない。経営者面して仕事が出来るのも九割方日本という基盤の上で仕事が出来たからだ。私自身の性能や努力など、現状の自分の成果の一割程度しか寄与していない。

今の日本の経済力を作り、私に基本的な教育を受けさせてくれた人がいる。今のところ、彼らの手のひら上で足掻いている程度の自分でしかない。

HWSという会社を見てみても、小なりとは言え個人でどうにか出来る規模ではない。象徴的には「篠田」と言う名前が使われるだろう。しかし、実際は私と同等以上に現場で成果を出し、HWSの文化を支え、今のHWSの中身を作っている仲間がいる。そいつらの成果の集合体がHWSなので、私が作り出したものではない。HWSと言う会社の規模と「篠田」と言う名前を一致させてはいけない。私はあくまでも一人の人間であり、直接影響が出せる範囲は、一人前に過ぎない。

この様な状況下で、経営者であることを誇り、自分の成果を誇る事など出来ない。増長できる要素など無い。自分以外の誰かが頑張ってくれた土台の上に、今の私は立っている。

よって、私がすべきなのは、仲間達の期待を裏切らないこと。自由に仕事を選べる制度を整備し、教育的な基盤を我々に与え、豊潤な市場を作ってきてくれた先人達への恩返しとして、次の世代に更に素晴らしい社会を継承すること。この二つだろう。

HWSの全メンバーが出した成果を有効に使い、HWSが掲げる理想の達成に邁進するのみだ。それが、次世代に豊かな日本を渡す事にもなり、仲間への約束の達成へと繋がる。

この項の意図は、現HWSのメンバーに対する媚びでもなければ、読まれている読者に対するアピールでもない。

どちらかというと、現HWSのメンバーに対しては警鐘と教育という意味合いが強い。優秀なビジネスパーソンとして、世に立つ為には、間違ったバランス感覚の中でビジネスの世界を進んでは駄目だ。経営的なバランス感覚をHWSのメンバーが身にまとう為には、自分の役割を大局的に認識出来なければならない。分業からは、経営レベルのビジネスパーソンは生まれない。

会社という組織を見た時に、自分の担当以外の部署があり、その頑張りがあるから、自分が今の事業に没頭できるのを理解しなければならない。この大局観があれば、営業と開発の確執や、間接部門と直接部門との対立などもおきない。全てが組織を前進する為の力として有効に使われていくはずだ。

組織において、各人、各部署にはそれぞれのミッションがある。そのミッションは状況において変わるかもしれない。今の収益を支える個人もいれば、どの個人がどこかの段階で一時的な赤字を出しながら、会社の未来を作る役割を担うかもしれない。全細胞が収益を出し続ける筋肉質な組織が理想だが、部分的に見れば、そうでない場合もある。逆に、今の収益から一時期に離れて未来の収益を確保する役割を担う人間も必要だ。全員が、その役割をいつか背負う可能性がある。

その時に、今の収益を支えているメンバーは、「あいつは全力で、会社の未来の収益を作りにかかっている。会社の為に今は全力で支えよう。」と考えなければいけない。

逆に、新しい事業に取り組んでいるメンバーは、「俺が新しい事業にチャレンジ出来るのも、今の収益を必死に守っている奴らがいるからだ。あいつらの努力を無駄にしないためにも、この事業を絶対に形にして組織に貢献しよう。」と考えるのが正しい。

特に、組織にいるリーダーは、セクショナリズムに陥らず、バランスを持って自分の仕事や他部署の仕事を見て欲しい。その上で、上記の様なスタンスを持てない人間は断固として指導したい。間違った感覚を持ったまま前に進んでも本人の為にならない。

こんな決意とメッセージを伝え、このブログを読まれている方々を育てたいと言う意向が今回の趣旨だ。

皆さんが、正しい大局観、正しい現状認識を持ち、その吐露として自然体で謙虚で在られる様に期待している。

2008年04月04日 12:47

経営幹部につけるクスリ?

篠田会長お誕生日知り合いの社長から、時たま「役員が育たない」と言うような相談を受ける。育成する為の方法は無いかという問いなのだと思う。私の回答は「役員を育成する方法などありません」となる。

役員及び、それに相当する経営幹部がその任に着く経緯は様々であろう。創業時に苦労を分かち合ったから。仲の良い友達と事業をスタートしたので、その人間関係のまま現在に至る。どこかのタイミングで活躍した人材を抜擢して、現在の職につけている。仲間達の信頼が厚くリーダーシップがあると経営者が判断したので。等々。

当然、経営幹部は重要なポジションなので、人選には苦心したはずだ。ここに不適切な人間を据えると組織が腐る。重い上蓋となって、組織の成長を阻害する。この人事を惰性で進める愚は、誰もが理解している。

人選への思い入れが強ければ強いほど、その判断が間違いだったり、後に期待通りの動きを経営幹部がしなかった時に、幹部自体をすげ替えると言う選択が出来ない。だから、何とか経営幹部を教育し、期待に応えてもらおうと思ってしまうのだ。

しかし、冷静に考えて経営幹部は、自立的に意志を持ち成長を実現してもらわなければ困る。役員すら、社長が手取足取り指導している状態で、企業が推進力を持つとは思えない。

この意味で、経営者は苦心して選んだ経営幹部を守ってはいけない。「フォー・ザ・カンパニー」を徹底するのであれば、難問を突きつけ克服して来た人材を幹部に据え、後発の指導とマネージメントに当てるべきだ。それが健全な組織には必要だ。古い経営幹部を守るのは、経営者のエゴに過ぎない。

このブログでも再三書いているが、私は組織におけるあらゆる既得権益を認めない。一旦、着いた役職は、その後に無能でも地位と報酬を保証する為にあるのではない。リアルタイムで、その任をこなせると言う意味での役職だ。

役員もPMも絶対的なポジションではない。守りに入れば、組織も人間も腐る。常に何かを成し遂げようと言う意志があり、水は流れるのだ。淀んで腐った水は組織には必要ない。

強い組織を実現する為には、役員にも他の役職者にも常にクリエイティブなバイタリティを要求しなければ駄目だ。過去の貢献は消えるわけではないが、それでメシを食い続けるのは間違っている。

だから、経営幹部が育たないと言う組織に対してのアドバイスは、「経営幹部に難問を突きつけなさい」という事になる。それを幹部が成し遂げられないなら、成し遂げる強力な意志を持った人材をメンバーの中から引き上げるしかない。

篠田会長お誕生日経営幹部がこのスタンスを間違えなければ、難問には情熱を持って挑むはずだ。必ず成功するかは分からないが、その過程が経営幹部を育成し続けるはずなのだ。

こういうアドバイスをすると、ほとんどの経営者は尻込みをする。話は理解できるが、尻込みをする。

何故なら「あらゆる既得権益を許さず」の中には当然のごとく経営者自身も含まれるからだ。ここを覚悟し、社長自らが公言しなければ、会社の文化として定着するはずがない。自分が経営者として最も適切でないなら、いつでも社長から降りるという覚悟を持ち、周知させられないようなら組織人としては失格だ。気心の知れた仲間と数名で事業をやるべきだ。

自分自身が常に自分を鍛え、自分のあり方を理性で作り込んでいけなければ、この様なスタンスは取れない。しかし、この程度の緊張感が無い中で、凡人が人並み以上のパフォーマンスを発揮できる訳もない。緊張が途切れる中で自分が腐敗するのに多くの時間もいらない。

私の場合、この境地に達し、しかも経営者として自信を持ち現職を継続する状態を作るのに十年以上の歳月が必要だった。

現状の自分の手腕には絶対的な自信がある。自分のリーダーとしての姿にも自信がある。全く自分の才能に期待せず、後天的に作り込んだリーダーとしての姿なので不安がないのだ。

篠田会長お誕生日今、私以上にHWSにとって、貢献できる経営者いるなら喜んで現職を降りたい。責任を放棄する訳ではなく、役員でもメンバーでも良いので、HWSの理想の為に貢献し続ける。力んでいる訳でもなく、格好つけている訳でもなく、私自身は静かにこの境地の中にいる。どの道であろうと境地を掴めば不安はない。自分がたどり着いた真理に基づき、前進するだけだ。

ただし、HWSの経営という面で限定するなら、私を乗り越えるのは相当厳しいだろう。しかし、そんな後継者を見てみたいと言う願望もある。難問を突きつけ続け、人材の育成に勤しみ続けよう。

現在のHWSにおいては、PM、役員ともに未熟さを感じる事も当然ある。しかし、HWSのメンバーは、困難が降ってくると喜んで取っ付く節がある。

困難を要求されるのは、自分の力を期待されているからだ。

困難を要求された時にしか、自分の価値を示すことが出来ない。

会社に必要な困難は、誰かが背負わなければならない。誰も背負えないなら自分が背負う。

こんな事をよく理解しているのだろう。

並の仕事を何十年こなしても自分の価値は上がらない。自分の価値も示せない。何よりも、誰でも出来るような事に使命感を感じ燃えることは出来ない。

最期に

経営幹部は守るものでも、育てるものでもない。育てるのはメンバーまでで十分だ。重責を乗せ、困難を突きつけ、混沌を与えるのだ。その中から自力ではい上がってきた人間が、自然とその任に着けば良い。

経営はクレバーなオペレーションだけでは語れない。それで、OKならベンチャーが大手を喰う歴史は生まれなかったはずだ。マイクロソフトもオラクルも存在しない。事業には「野生」が必要だ。優良な大ざっぱさが必要だ。細かく間違っているよりも、大枠で正しい道を進むことの方が大事だ。

混沌の中を生き残るには、タフじゃなきゃ駄目だ。人間が持つ野生のエネルギーをビジネスにぶつけ、頭が良いだけの奴らには実現できない成果を出すのだ。それが、ベンチャーの強さであり、社会的な役割でもあるのだろう。


2008年04月02日 16:52

体脂肪率

今朝方、久々に体脂肪率計に乗ってみる。最近の不摂生がたたってか数値は18%まで増えていた。犬の散歩だけでは限界があるので、そろそろ本格的な運動が必要だ。来年は新卒者も多く入社するので、フットサルで走り負けないように鍛えておこう。

体脂肪0%と言う人間はいないだろうから、脂肪細胞も人間には必要なのだろう。その割には邪険に扱われるので、若干あわれではある。

企業内にも脂肪はある。脂肪と筋肉をどこで区切るかは議論が必要だ。ここでは、必要な存在だが、すぐに直接的な収益を生み出さない部位を脂肪としたい。

企業には、間接部門も多く存在する。経理や総務などは、直接的な利益を生まない。生ませるのは相当難しい。また、新卒社員も利益を当分は生まない。その意味では、脂肪細胞である。

経理も総務も直接利益を生まない部署ではあるが、企業の要所であることに疑問の余地はない。必要なのだ。新卒の社員も、利益にはならないが、将来の企業の発展やビジョンの実現には必要な存在だ。無駄は一片もない。

この定義の上での脂肪は、全くもって問題ない。どの程度体脂肪率が必要かは、企業によって個体差があるが、適正なバランスの中で必要だ。

問題なのは適正なバランスを欠いた肥満細胞だ。この肥満細胞は間接部門の中だけに生まれる訳ではない。生産部門が一瞬にして、百害あって一利なしの肥満細胞へと変貌する場合もある。

この肥満細胞が増殖し始めると、企業は倒壊へと向かう。

適正な脂肪と肥満細胞を見分ける事は難しくない。生物が生存する上で必要な適切な脂肪達は、その生物を成長させ生かそうと言う強い意志を持っている。これが無い奴らは間違いなく肥満細胞だ。

経理や総務なども、自分に振り分けられた作業を意志もなくこなしている様なら、半分肥満細胞と言える。自分が行っているひとつひとつの業務で、会社を支え、理想に向かって前進させる意志を込めなければ駄目だ。特にベンチャー企業では、意志が有る人間はいくらでもクリエイティブに自分の業務を作り込んで行けるはずだ。付加価値を上げ、生産部門が創り上げた資産を有効に使おうと言う強い意志が必要なのだ。

新入社員であれば、当面頂く給料は、自分以外の誰かが現場で戦って獲得して来た糧だ。それをのほほんともらって当然と思ってはいけない。卑下する必要は全く無いが、自分が作り出した富を分配されている訳ではない。この事実は認識すべきだ。これさえ分かっていれば、後に自分の手腕で、より大きな貢献をすればよい。

新しい事業にチャレンジしているなら、その分既存の事業で収益を確保してくれている人がいることに感謝をすべきだ。その感謝が、自分が取り組んでいる事業への責任感と執着心を育むのだ。

この様な感覚をそれぞれの位置で自覚しながら業務に相対していれば、無駄な肥満細胞は生まれない。

お金は勝手に湧いてくると勘違いして、タラタラと作業をこなす管理部門のスタッフ。

会社のお金を好き勝手に使って新規の面白そうな事ばかりやる経営企画室。

会社に出社して、朝からいるのだから給料をもらえるのは当たり前だと思っている新入社員。

これらは全て、会社にとって害を為す肥満細胞なのだ。ストックが膨大にある大手企業ならいざ知らず、HWSの様なベンチャーにとっては致命的な病原だ。この肥満細胞がやっかいなのは、結構強い伝染力を持っている事だ。

私が把握している範囲では、現在HWSに肥満細胞は微塵も無い。苦戦している事業部や、直接的に収益を生まない間接部門は勿論あるが、会社を伸ばしたい、会社に貢献したい、みんなで創り上げた資本を有効に使おうと言う強い意志を持たないメンバーは皆無だ。適切な脂肪細胞はある。

脂肪細胞と肥満細胞を分ける唯一の要素は各自の意志だ。状態を見れば同じでも、意志がこもっていれば良いのだ。上手く行かない時、状況が悪い時に、卑屈になる必要もない。仲間達の頑張りを感じ、己のことよりも仲間への貢献を念頭に置き続けるのだ。

桜が咲くこの時期だからこそ、多くの新社会人達が間違った道を歩み、肥満細胞として生涯を送らないように老婆心ながらメッセージを送らせて頂いた。

自分が肥満細胞に該当すると感じた社会人も、それを認められるならやり直しはきく。

会社に明確な収益を入れているか。それに相当する貢献をしているか。また、会社を伸ばそう、会社の理想を達成しようと言う強い意志はあるか。

肥満細胞に該当する方々へ。

君達が破壊しているのは、所属している企業の将来ではない。君達の存在は会社にとって致命傷にもなるが、前向きな多くのメンバーによって最悪の事態は乗り切れる。君達が破壊しているのは、君達自身の将来だ。多くの仲間の信頼を得たり、ビジネス上で高いパフォーマンスを発揮する優秀な人材として誇り有るビジネス人生を歩む道を自ら壊しているのだ。

もう手遅れの人もいるかと思うが、繰り返し伝えたい。今なら間に合うよ。自分の収入や待遇など、不満や愚痴は一旦横に置いてくれ。その上で、自分が仲間達にしている貢献の質と量にもう一度想いをはせてくれ。全力でビジネスに取り組んで行けば、愚痴や不満は自然と消える。前を向いている人間に迷っている暇はない。

貢献していない現状を責めているのではない。現状を認め、貢献しようと言う強い意志を持たないことが問題なのだ。現状の自分が未熟で、自社に貢献出来なくても良い。それを承知で、君を採用した責任は企業にもある。未熟さを責めるのはお門違いだ。

ただし、君達が持っている意志が腐敗しているとしたら、育成することも、会社に置いておくことも非常に困難だ。

街並みには、真っ新なスーツを着た新社会人達が溢れている。彼らの未来に希望が輝き続ける事を心から祈る。

2008年04月01日 16:43

「真実」の力

御苑のシメイヨシノ
新宿御苑の桜も、そろそろ散り始めか。平日にもかかわらず、花見を楽しむ人達が御苑の芝に群れている。やはり四季が実感できる環境は良い。このオフィスはお金に換算出来ない価値を持っている。

本日から、HWSも第四期が始まった。一年後は、この桜をどんな気分で眺めているのか、今から楽しみだ。毎年、一年後は想像が付かない展開を見せている。来年も今からは考えられない姿へと変貌をしているはずだ。

HWSでは今期から新卒採用を本格的に始めている。今までも若干名新卒の入社はあったが、本格的には09年入社組が第一期だ。

お陰様で、多くの学生が会社説明会に参加してくれている。二十名程度の採用を予定しているが、絞り込むのが大変だ。HWSを志向する学生達は、性根が真っ直ぐな良い奴ばかりだ。千名近い学生を二十名まで、絞り込む為にも、最初の段階でかなり私も篩にかけるような話をさせて頂いている。

「ハードワークを覚悟せよ」「理念と理想に共鳴無き者は来るな」「物乞いの様に企業から何かを欲しがるな。どうしても何かを与えたくなったらHWSに来い」etc

楽をさせるような話も、得をさせるような話も一切していない。ただ、純粋に会社のビジョンや、事業に対するスタンスをあるがままに話している。それでも、多くの方が選考を進めている姿を見ると、日本の学生も捨てたもんじゃないと実感する。

HWSには中途のスキルのある人間も、新卒者も多く集まってくる。日本に数多くの企業があり、売り手市場でもある昨今、何故HWSはこれほどの人気を博しているのか。それに対する理由付けはいくつかあるが、根本的な話を一つしたい。


先日、世界を奔走する女性ジャーナリストのお話を聞く機会があった。アラファト議長にもインタビューし、タリバン全盛の98年にカブールに単独潜入もしている。ダライラマ14世、カルマパ17世にもインタビューされている方で、最近話題のチベット問題にも詳しい。

彼女の話し方に別段巧みさは感じられない。普通に原稿を読んだり、取材した事実を淡々と語っていく。最初は「ちょっと眠くなるかな・・・・」と危惧したが、全くもって杞憂であった。

段々と彼女の語り口調に引き込まれ、最期には彼女の熱が過不足無く私に伝わっていた。

強い抑揚があり、ショーとして見事な話ではない。話の中身も別段起承転結があり、面白く作り込まれている訳でもない。それでも人を引き込むパワーがある。

恐らくそれは、「真実」のもたらす力なのだろう。彼女が話す内容には、多分に主観も入っているだろうから、別段全てを私が受け入れた訳ではない。反面調査が完了しない事柄を丸ごと受け取る愚を犯すほど、私も若くはない。

個々で言う「真実」とは客観的な事実という意味ではなく、彼女自身が行動し、体験し、得た結論を何のごまかしも無く伝えていると言う意味だ。彼女にとって、紛れもなく「真実」であり、質感がありリアリティーがある事柄だということだ。

「真実」が持つ力が、彼女に国際状況伝えねばと言う使命を与え、言葉の説得力や魅力を生んでいるのだ。

HWSには、この意味での「真実」がある。この「真実」が多くの方を引き寄せる根源であろう。会社のビジョンも、提唱する理想も人を集めるためのスキームではない。体裁を整えるための標語でもない。全力で成し遂げるべき「真実」だ。

先日、リクナビ主催の合同説明会にも出展した。全七回の講演とも満員で、立ち見の聴講者も多い時で十数名に及んだ。上場企業や有名企業が数多く出展する中で、恐らく最も人が集まる企業であったはずだ。

HWSには他の企業様にほとんどの部分で勝るところが無い。社歴も短く、社員数も百名を越えたところ。巨大なバックボーンもなく完全独立系なので、誰の傘の下にもついていない。安定のイメージからはほど遠い。

このHWSが他社に比べて際だつのは、明確なビジョンがあり、何よりもそれを追いかける姿に「真実」があるからだろう。

そもそも、昨今は明確なビジョンを提示している企業も少ない。更に、それに対して本気で取り組んでいるとはどうしても思えない企業もある。理想と事業との一貫性、理想と社内制度との一貫性、理想と行動との一貫性が認められなければ、その理想は本気ではない。

私も噺家ではないので、巧みに話すにも限界がある。上手い話は、その道のプロに任せる。私はひたすら事業家としての「真実」を多くの人に伝えるのみだ。HWSの使命を全力で伝えるだけだ。私に話す力がなくなった時は、この真実から遠ざかった時なのだろう。だから、事業家でない私が、他に影響を与えるような話しをする能力は無いのだ。事業家以外の道は私には選びようが無い。

私自身の社内のマネージメントも、配慮はするが巧みに何とか社員を動かそうと言う意志がない。強いリーダーシップを評価される事も多いのだが、実際は個性やトーク力に頼ったリーダーシップを技術として発揮する自信がない。私のリーダーシップの根源にあるのは「真実」だ。打算や、浅はかな思惑を捨てた真実が与えるパワーが、私のリーダーシップの源だ。この「真実」から外れる中でリーダーシップを発揮する自信は、やはり無い。

ここからは多くの方へのアドバイス。

●話下手な人へ

ただひたすら「真実」を話せばよい。あなたが本気で思える「真実」を突き詰め、それのみを話せばよい。あなたの話は通り一辺倒の話ではなくなり、人の心を掴むはずだ。自分自身、浮ついた様な居心地の悪さを話の最中に持たずに済むはずだ。良い話を用意する前に「真実」を語る決意を持て。

●採用が出来ない企業様へ

御社の「真実」は何でしょうか?名前だけでメシが食える大企業でない限りは、自社独自の使命や、個性が必要でしょう。そのミッションは単なるお題目ではないですか?命がけで全社を挙げて、成し遂げにかかっていますか?何よりも社長様が本気ですか?「真実」があれば、その「真実」に惹かれた仲間が必ず集まります。採用に困ることも、フォロー的なマネージメントもする必要はありません。ただひたすら「真実」を追い求めて下さい。悩みもストレスも半減するはずです。


そもそも、個人も企業も何かを成し遂げるために生まれ生涯を過ごしてこそ価値がある。成し遂げる事が無い企業や個人の今は「余生」にしか過ぎない。やることがないのなら、今の状態は座して死を待っている様なものだ。

その成し遂げる事を自分で決めてこそ、人間である。犬や猫は自分の未来を自分で決めない。人間であると言うことは、自分で決めたミッションがあると言うことだ。そのミッションが達成できるかどうかは、死の直前にしか分からないが、全力で追いかけることは今すぐに出来る。その姿が人間の「真実」であり、多くの人を巻き込むパワーとなるのだ。

私自身は自分が信じた「真実」をこれからも語り続けたい。事業家として、一人間として、自分が信じた事を語り続けたい。自分が苦しみ考え抜いた「真実」なので、話すことに全く躊躇がない。一部の隙もなく自分が信じた未来を語り、そして創り上げて行くのみである。