会長ブログ(株式会社ヘッドウォータース代表取締役:篠田庸介)

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2008年05月28日 16:11

採用基準

ベトナムに向かう機内にて、キーを叩いている。今回は対ベトナム戦略をパートナー達と煮詰めるためにベトナムに来ている。仕上げなければ行けない文章がいくつかあるので、映画も観られず、眠ることも出来ない。ゆっくり文章をかけるのも飛行機の中くらいなので、悪い時間ではない。

五月ももうすぐ終わる。09年の新卒採用もほぼ終わった。二十名程度の採用を考えていたが、予定どおりの人数で終わりそうだ。

数百名もの応募者が集まり、有難い限りだ。そこから二十名に絞る為には、一定の基準が必要だ。せっかくなので、HWSにおける人員採用の基準などを書きたい。

実はHWSでは、優秀な人材を片っ端からかき集めたいと思っていない。優秀な人間だけ、集めて企業が強くなるなら楽だ。プロ野球の世界でも、大金をかけて旬な人材を集めたどこぞの球団が常に強い訳ではない。

人間が示すパフォーマンスは必ずしもポテンシャルと一致しない。人間には感情があり、意志が籠もらない仕事や会社では、マックスの性能は発揮出来ない。やる気が起きない環境では、結果的にみれば、どんなにIQが高く、トークセンスなどが有る人材でも、性能としては低い姿になってしまう。

だから、どれだけ性能の素地が高いかよりも、どれだけHWSという会社に惚れ、HWSの理想に共鳴するかの方が優先する。一生懸命自分の性能の高さをアピールし、内定を集めようとする学生も多いが、根本的に組織戦を分かっていない。君のポテンシャルの高さは、HWSにとってはどうでも良いと言いたい。

就職ノウハウとして、「御社のビジョンに共感し・・・・」と言う様なレベルでは駄目だ。そもそも、就職ノウハウなどどうでも良い。それを駆使して会社に滑り込んでも、誰も幸せになれない。内定はゴールではない。スタートにもならない。スタートの準備の様なものだ。その後、何年もかけて蓄積される経験と実績が価値なのだ。その準備にテクニックを駆使してどうしようと言うのだ。良い経験を積んでいく為には、自分が行く企業に惚れ抜かなければ駄目だ。

よって、ポテンシャルの善し悪しは二の次なのだ。勘違いした学生が、ポテンシャルの良さを必死に主張するが、それは採用基準とは関係ない。大事なのはHWSの理想にどれだけ共鳴出来たかだ。それを名実共に見せれば良い。ポーズでは駄目だ。真実を見せれば良いのだ。その上で、合致しない人間は他社へ行くべきだ。

話は変わるが、ベトナムのIT業界で問題になっているのは、離職率の高さだ。これはベトナムだけの問題ではない。インドでも中国でも同様だ。逆に日本企業が今まで世界の中で優位性を持っていたのは離職の少なさだろう。それがあるので、知や技は蓄積され、特に製造の世界で圧倒的な優位性を獲得出来たのだ。

ベトナムでは半年勤務すると退職金が出ると聞いた。若いITエンジニア達は他社へ移った方が、現状の給与をベースに昇給を実現出来る。半年から一年サイクルで転職を繰り返した方が、退職金と昇給を確保出来るので、得になる制度だ。労働者を守っているようなスタイルだが、過保護に労働者を守って、国際的な競争力は持てない。国に産業も育たない。労働者を守っているように見せて、実は労働者の未来を壊している仕組みだ。

ベトナムの資本主義は、まだ歴史が浅い。だから、エンジニア達も目先の利益を中心にしか物を考えられない。資本主義の深みを知らない。

ベトナムの転職中毒の様なジョブホッパー達は、ビジネスを全く理解していない。自分達はビジネスの一部を担っている概念がない。長期のスパンで仕事や人生を考えていない。

だから、ちょっとでも昇給される会社に行く。PHPを2年やった人間は、PHPを極めたから、次はJavaをやりたいという。次はC#だと言う。表層をなで回しながら、薄っぺらいキャリアを積み重ね、リスクヘッジだと息巻いている。そのキャリアを積むために次から次へと転職を繰り返す。目先の微々たる昇給と、美味しそうな経験を積めるプロジェクトが全てに優先する判断基準なのだ。馬鹿な話だ。

JavaだCだPHPだと騒いでいる人間をベースにビジネス界は出来上がっていない。言語などツールだ。どの言語をやったから、安全圏に入るなどはない。それは現状を見れば明らかではないか。

抜本的なキャリアの変革をしない限りは、四十代を越えたエンジニアに居場所はないのだ。

ベトナムのエンジニアはまだ良い。国が急激に発展している最中なので、歳を重ねたエンジニアは、どこかの段階で新興企業又は、大手企業の新しい部署の役員などで参画していけば良い。その気になれば居場所はある。

また、発展途上国に求められている役割は当面で言えばコストセンターなので、プログラミングだけやっておけば、作業としての仕事は先進国から降ってくる。逆にそれ以上の役割は持てない。

成熟した資本主義国家のエンジニアである君達が、ベトナムのエンジニアと同じ感覚で動いてどうする。同じ感覚で、大したスキルも無いなら、君達の所得などは国際標準で言えば5万円/月程度だ。これが適正な価格だと自覚した方が良い。

ビジネスを強くするためにあらゆるシステムは存在している。組織戦で勝利しない限り、本当の高い収入や安定は手に入らない。組織を勝利に導いてこそビジネスマンだ。この感覚があれば、狂ったように転職を繰り返す訳が無い。最後の一線までは、自組織に残り、その勝利を目指すはずだ。

ベトナムで、ジョブホッパーが正当化され続ければ、知や技の蓄積を企業が行えず、産業としてITが育たない可能性が出てくる。離職が激しい会社に生産効率や技術の蓄積を期待出来ず、クライアントは信頼することが出来ない。結果、時差的にエンジニアの仕事は減り、給料も下がるだろう。日本や欧米の企業はベトナムへの興味を失うはずだ。

日本国内でも、エンジニアが組織人としての自覚を持てなければ、いずれインドを中心とした他国のエンジニア達に居場所を奪われる。言語の問題さえクリアされれば、いずれ開発スキームも進化し、他国のエンジニアの勤勉さや、技術力の高さが評価されるだろう。日経企業の管理職は文系で固められ、エンジニアの不安定で低所得な現状が更に悪化するはずだ。

目先のスキルを増やす事は、リスクヘッジにはならない。目の前の給料が5万円増えようが、10万円増えようが人生に大差はない。どうせ、ちょっと贅沢すれば消えるお金だ。それよりも、自分のあり方を根本的に引き上げる道を選ぶべきだ。それが出来てこその日本人の競争力だ。逆に、ベトナム人がこの成熟度を現段階で持ち得るなら、他の途上国と一線を画し、爆発的成長することも可能なのだが・・・。

日本、ベトナム共通してエンジニア達に端的なアドバイスをさせて頂く。

転職は極力するな。自組織の勝利を最優先し、その為に必要な事を自らの動きで創り上げろ。その過程で葛藤を味わい、組織を勝たせる為に必要な事を知って欲しい。

技術の表層を撫でるな。なでるのではなく、掘り下げるのだ。掘り下げれば、道は二つに分かれる。千人に一人の天才は、技術をまっすぐ掘り下げ、それを極めて生業にすればよい。九百九十一人の凡人は、ビジネスを掘り下げなければ駄目だ。より上流を目指し、最後は開発ではなく、ビジネスモデル自体を創造しマネージメントするまで、仕事を掘り進めていくのだ。

色々な開発言語を覚え、業務知識を得て喜んでいる場合ではない。それらを使って収益を自由自在に上げ、初めて喜ぶべきだ。

給料の上昇だけを目当てに転職する人間など、根本的に信頼出来ない。その信頼が無い人間は作業員としてお金をあげても良いが、経営幹部には出来ない。だから、短期的にお金を渡すが、必要なくなったら即時切る。経営幹部の道はそもそも無いので、将来会社に居てもらっても困るからだ。

これらを理解し、組織を理解し、自分の去就を決めるのだ。流されず、逃避せず、意志を持って自分達の道を切り開いて欲しい。正しく必死に道を歩む人間が、幸せを掴める文化を、日本にもベトナムにも実現したい。それは千里の遠路であっても、最後に多くの人達が幸せになり、自分も笑えるのなら、全力で挑戦したい。

目の色を変えて金を追い、目先を変える姿は決して美しくない。逞しくはあるが、人類の未来の姿として、正しくはない。組織を創造し、共生をしていく為には民度を高めなければならない。より高い精神性が必要だ。自然を愛し、地球を愛するには、イマジネーションと理性が必要だ。この理性によって、高次の連携を実現するのが人類の未来像なのだろう。逆にこの姿を作れなければ、人類もいずれ滅びよう。

日本発で、世界の見本となる経営組織の姿を提唱して行ければと思う。

2008年05月25日 13:13

管理部の資質

最近、社内体制強化の為に管理部門の採用を進めている。企業内情報を一括して処理する部署なので、採用基準は他の職種とはちょっと違う。

応募者が面接にて、自分の実務能力や実務実績を主張するケースは多いが、あまりそこに注視していない。実務能力は入社の段階であるに越したことははいが、長期での就業をお願いする訳なので、よっぽどの特殊技能でない限り時間と共にキャリアの差は埋めることが可能だ。素材が良く、真面目な人間であれば一定の処理などは一年もあれば覚える。

大事なのは、現状の実務能力よりも性質的な部分だ。

管理部門は会社の情報が一極化する部署なので、経営者と同等の情報をリアルタイムに得ることが出来る。あくまでも、現場感ではない数値情報だけではあるが、一般的に言われる経営情報はすぐに閲覧出来る。

この立場に着いた人間が道を間違えると、会社にとっては大きな損失となる。道を間違えるパターンは大きく分けて二つ。

一つ目は自分の立場を勘違いし、自我を膨張させるパターンだ。

つまり、経営情報が集中し、現場に対してやれ書類を出せだのルールを守れだの言える立場にもなる。最初は職務として、その役割を実行していた者が、時を経てそれが自分という人間に属する権能の様に思ってしまう。

簡単に言えば、自分は偉いと勘違いし、発言や行動の節々にそのいやらしさが滲み出るのだ。当然、現場からは反発を買うようになる。その担当が提案する新しい社内規程などには、誰も協力する気が起きなくなる。愚痴や不満が蔓延する職場で、実務の生産効率が上がるわけもない。

いずれ、その批判は、管理部にその人間を採用した会社や経営陣にも及ぶ。組織は崩壊する。

多くの情報を得る人間には自制心が必要だ。また、経営的な視点で物事を推進できるように勉強もしなければならない。人格もマネージメントスキルも極めて低レベルなのに、過分な情報を得てしまうので、人格がねじくれ人として受け入れ難い姿なってしまうのだ。だから、人格を鍛え、経営を学ぶ人間ではないと、管理部としての任を背負うことは出来ない。特に、経営者と管理部が近いベンチャーにおいて、管理部の人間には何よりも人格の良さが求められる。

二つ目は、職務意識の欠如から経営情報を外部にペラペラ話してしまうパターンだ。

組織には序列がある。HWSでは、役員と事業部長以外の役職がほぼ無い。構成としては極めてシンプルだが、それでも組織戦を仕掛けるための組織構成はある。

経営情報は正しいルートを通り、上長から流れなければならない。上長はメンバーを経営的な立ち位置に引き上げる為に、あらゆる経営情報を教育ツールとして使う。そして、その経営情報から自チームのミッションなどを導き、メンバーと共有しなければならない。

その経営情報が特殊なバイパスから垂れ流されていたら、上長が見込んだ教育は出来ない。また、伝わり方が変われば上長とメンバーとの信頼関係にヒビが入ることにもなりかねない。

オープンでフェアを標榜するHWSではあるが、それは経営情報を垂れ流す事を指していない。メンバー全員を経営的なスタンスを取れるように育て上げ、経営情報も戦略も共有し、各人が機動的に判断し動ける強靱な組織を目指しているのだ。その組織を持ってして、HWSの理想を達成するのだ。

メンバーに媚びるためにオープン&フェアを謳っているのではない。そんな軟弱な経営者として見られたら心外だ。

余談だが、理想に共鳴出来ないメンバーなど必要ない。再三再四言うが、誰でも出来る仕事を焼き直す為にHWSを設立したわけではないのだ。前人未踏の仕事を全力で創り上げる為の同胞を集めているのだ。誰も共鳴してくれないなら、一人でも推進する。設立当時に戻らなくてはならないが、再度一人からでも理想を追求する。そんな覚悟は常に持っている。

「武士道とは死ぬことと見つけたり」の心境だ。

だから、メンバーの愚痴も言い訳も一切却下できる。未熟な人間は正面撃退し、指導しなければ自分の未熟さに生涯気が付かない。メンバーをフォローするような制度も潤沢に整備しようとは思わない。全てをHWSの理想を達成する為に研ぎ澄ませていくつもりだ。

HWSでは、全メンバーを経営者として通用する人材に育てたい。そのスタンスから言えば、愚痴も不満も自ら動いて解決する問題だ。当事者意識も無く、体制に不満を言いながら心を慰めたいなら巨大企業に行くべきだ。その閉塞感を嫌い、自らの力で現状を変える自由が欲しくてHWSに集まって来たのではないのか。

自分の評価も、自分が標榜する会社の体制も、高い貢献度と共に主張すればよい。何よりも、自分が覚悟と決意を持って、リーダーとなり理想を提示し会社の舵を取れば良いのだ。

以上、余談終わり。二つ目のパターンに話を戻す。


経理情報などを握っている人間が、ちょっと得意気に同期の他部署の社員に内部の話をして、気持ちよくなっている姿は容易に想像がつく。よくあるパターンだ。社内だけならまだしも、その様な人間は機会があれば社外にも情報漏洩するだろう。悪気もないはずだ。幼稚で馬鹿なだけだ。

これらの悪気無い無能者のせいで、企業は情報漏洩のリスクを常に持ち、社内の組織運営にヒビが入る。最悪だ。

だから、管理部の担当者は先ず人格で採否を判断しなければならない。人間としての基本的な性質を重視し、採用を薦めるべきなのだ。

基本的に、おしゃべりは駄目だ。話し好きは良いし、話す力は管理部とて必要だ。しかし、無駄な話を延々としたい人や、何か大事な事を知ると人に話さないとストレスが溜まってしまうような人は管理部には向かない。

知ったかな態度で、人に「すごい」と言われると、心が満たされる様な奴も駄目だ。虚栄心が異様に強く、常に認められたいと思っている人間も駄目だ。バランスが取れていれば良い。この手の人間は、中身が無い自分を凄く見せるために、職務上知り得た情報を披露する。誰もそれで凄いと心では思っていないところが滑稽なのだが、本人は自慢げに語り満たされる。

批評家も駄目だ。こいつらには当事者意識や責任感がない。言うだけ言って、後の責任はとらない。当事者意識がある人間は簡単には何かの批判は出来ない。全て自分に返ってくるからだ。

精神的に弱い人間も駄目だ。何故なら、経営が上手く言っている時は良いが、会社がリスクをかけたチャレンジをする時や、財務的にギリギリの線で進んでいる時など、耐えられなくなって周りしゃべりまくってしまうからだ。これにより、社内の志気が下がり倒産に追い込まれた企業も多くある。自分の軟弱さから、職務を放棄し、情報漏洩を繰り返すのだ。

要は、真面目で素直で、性根が良い奴が望ましい。こう考えると、エンジニアでも営業でも同じなのかもしれない。基本的な性質が曲がっている人間に一定以上の成長は難しい。作業員に対しては性質よりも腕を求めるが、リーダーとなり組織の中核を担うなら腕よりも性質だ。腕の足りない部分は組織力で埋めれば良い。

最後に

結論で言えば、いずれの部署であれ、当事者意識やプロ意識が必要だ。これが無い人間は自ら「仲間」ではなく「従業員」の道を、自ら選んでいるのだ。

信頼をして欲しい、評価をして欲しいというサラリーマンは世に多くいる。しかし、二十代、三十代の作業員の時期は良いが、一線を越え経営に近いリーダーとして評価してくれ、信頼してくれと思うなら、相応の行動が必要だ。相応の発言が必要だ。

自分の行動や発言がリーダーとして満たされていなければ、本来であれば経営に口を出す資格もなく、何かを批判する資格もない。これが社会のルールだ。

信頼も評価も一線を越えた後は、上から降ってくるのではない。自分の意志で、その任を担い成果を出し勝ち取るものだ。作業員としての評価や価値など、一度捨ててしまえば良い。それに頼ろうとするから、作業員から抜け出せず歳を重なるのだ。

自らの力で、組織を勝利させて欲しい。作業員としての価値を捨て、事業という新たな世界で新しい価値と実績を創造して欲しい。HWSが取り組むエンジニアの革新は、実はマーケット攻略よりも、ビジネスモデル構築よりも、この意識改革の成否にかかっている。これを全メンバーが実感し実践出来るなら、日本を変える様な事業も容易に思えるはずだ。

2008年05月19日 16:40

師弟

上司と部下の関係は、常に師弟関係であることが望ましい。

素材の優劣で役職の差があるのではなく、成長の段階によって役職の差が生まれるのであれば、各メンバーは現状を卑下せず自分を伸ばせるはずだ。

役職の差が、才能の差であれば、下位者は将来の発展を諦めなければならない。また、上位者は今以上に努力をする必要も無くなる。組織的に見て不健全だ。

当然、上位者には「師」たる自覚が求められる。

常に部下よりも高いパフォーマンスを発揮すること。
常に部下の成長を気遣い、その実現を目指すこと。
常に部下よりも、完成された人格を持つこと。
常に部下からは尊敬された存在であること。

これらの重責を担う必要がある。単に会社から任命されたという形だけの上司ではなく、師とし存在できるなら、チームのパフォーマンスを限界まで上げることも難しくはない。自分が師たる役割も担えないのに、チームのメンバーに色々要求しても思った通りの成果は出ないだろう。

「弟」たる会社にも一定の姿勢が求められる。

常に成長することを第一義とし、学ぶ姿勢を持つ。
常に一歩上の役職を担うことに全力を投じる。
師を越え、自分がその役職を担うまでは、師の言う言葉を金言とし遵守する。

これらの事が守れなくては弟子として、人から何かを学ぶ資格がない。

師弟関係を元に組織が構成されれば、最強の組織に一歩近づく。全メンバーが常に一歩上に上がることを目指し、全力を投じている組織を考えて欲しい。気持ち悪いほどエネルギーで満たされているはずだ。

性能の高い人間が「師」として「上司」として存在し、本人も部下もその認識であれば、組織は常に適切に動くはずだ。部下と上司は信頼で繋がり、上司の指示で迅速かつ的確に組織が動く姿を想像して欲しい。

組織において、最大の敵はマンネリズムだ。明らかに厳しい状況の時は、一致団結して難局を乗り越えることが出来る。しかし、マンネリズムが組織に蔓延すると、業務に対する集中力や志気は低下の一途を辿る。しかも自覚症状は無い。

このマンネリズムに対する処方箋は一つしかない。組織とメンバーの成長だけだ。目先を変えて、刺激を与えても根本的な解決にはならない。

私自身、幼少の頃から大学生くらいまでサッカーに明け暮れていたが、ついぞ飽きることは無かった。

小学生の頃のサッカーは、ボールめがけて全員が走り寄り、前へ前へと蹴り出していくだけだった。フォーメーションも個人技も無い。中学校に上がりドリブルやトラップも覚え、ポジションごとの役割なども考える様なる。高校生の頃にはオフサイドトラップや、バックラインでボールを回し、スルーパスを通して攻めたり、バックスを使ったサイドアタックなども状況に応じて使い分けた。

同じサッカーをやっていても、個人の技術や認識の成長により全く違う競技になっている。だから、飽きないのだ。

システム開発だろうが、営業だろうが、経理だろうが同じ事が言える。仕事を始めて三年くらいの業務が一生続くのでは希望がない。慣れれば楽は手に入るだろうが、同時に飽きが来て、業務に熱がこもらなくなる。楽しくはない。

システム開発をどの視点でみるか、どのポジションでこなすかによって、エンジニアと一口に言っても、全く別の仕事になる。世間では「経営者」と一括りするが、何を目指すかで、全くの別の職種になる。

営業も一本のオーダーを狙って走り回っていた新人の頃と、強大なネットワークを築き、安定してオーダーを上げられるような状態を構築し運営するのとでは、全く別の業務となる。

成長し、フェーズを上げ、自分と業務を進化させるので飽きずに継続的にビジネスに取り組めるのだ。未熟な若者の中には、飽きを避けるために次々に横に移動し、違うことに取り組んで進歩した様な気になる奴もいる。他人事なのでどうでも良いが、身内として指導するなら困難を避けず、前へ進めと言う。

サッカーをやって飽きたらバレーをやればよいと言う問題ではない。バレーをやって難しい問題に当たったら、テニスをやれば良いという問題ではないのだ。その都度新鮮で楽しい時間は過ごせるだろうが、自分の価値はどの方面でも微塵も上がらない。また、何をやっても楽しいのは一瞬だけだ。

話を戻す。

師弟関係を基軸とする組織は、成長を求める圧力が常に働く。この成長への圧力により、マンネリズムを根本的に回避できるはずだ。熱が籠もらず、集中力の欠けた状態で、組織に存在することは許されないし、何よりも常に成長せざるを得ないので、飽きる暇がないのだ。

最近は師たる自覚の無い上司が多い。組織自体が師たる事を管理職に求めていないのかもしれない。世間の管理職には、今一歩の自覚、今一歩の頑張りを求めたい。

師の問題もあるが、多くの組織において問題なのは、弟子の方の自覚や態度だろう。とてもじゃないが、何かを学ぶ人間の姿勢では無い若者も多い。教えを請う以上、礼を尽くすのは当然だ。師が汗と血の結晶として創り上げた知識や技術に対する尊敬が無くして、それらを吸収しようという意欲が持てるはずがない。

古くさく感じる方もいるかもしれないが、新人が早く来てオフィスの掃除などするのは、当たり前だ。弟子なのだから、上司が仕事をしやすいように、上司が余力を持ち自分への指導に時間や労力を割けるようにしなければならないのだ。

上司の命令には、先ずは「イエッサー」だ。自分の意見や、やり方を挟むのは、その段階が来てからで十分だ。素直に命令を聞く。指示を仰ぐ。その中から本質的な正しい事を掴み確信を得て行くのだ。自由にやりたければ実績で証明し、その権利を順次掴めば良い。

私にも多くの弟子達がいる。HWSのメンバーとの関係も常に師弟関係でいなければと自覚している。私が師で居られなくなった時は、今のポジションを譲る時なのだろう。

このブログは経営者の方や、各企業の上級管理職の方々も多く読まれているらしい。部下の為にも、自組織の為にも、再度、自分自身を師として位置づけ尊敬と信頼の対象へと創り上げる決意をしてみてはどうだろうか。

師で在り続けるには、尋常ではないストレスと努力を受け入れなければならない。しかし、長く続くビジネス人生を考えれば、その方が最終的には満たされる。師への道を多くのリーダーが踏み出してくれれば思う。

HWSでは、全てのメンバーに師であり弟であることを求める。その圧力の中で生涯成長を続け、強大なエネルギーを有する組織を実現したい。

2008年05月15日 17:33

大木戸門

先日、御苑近辺にオフィスがある会社が集まる御苑会なる集まりに参加させて頂いた。IT系企業が比較的多く、ご近所でもあるのでいずれお付き合いが始まるかもしれない。

その席で、御苑の歴史について話されている方がいた。聞きかじりなので、事実確認はしていない。詳しい方は教えて下さい。

HWSのオフィスは新宿御苑の大木戸門の近くにある。この場所は玉川上水の終着点であり、この場所から江戸市民の生活を支える水が、飲料及び生活用水として、振り分けられていたと言うことだ。

つまり、この大木戸門は江戸の生命線である水をコントロールする大元の水源となる。水番が置かれ、大事に守られてきた場所だ。

この場所にヘッドウォータースが越してきたことに宿命めいた力を感じる。

我々はIT業界の変革を標榜している。日本のIT企業、エンジニア達に新しいあり方を提示し、我々をロールモデルとして業界全体に変革をもたらす。その為の源流となるのが、我々のミッションだ。そのミッションを達成し、日本のハイテク立国としての基礎を創るのだ。

言うなれば、IT業界の大木戸門だろうか。

HWSの使命は「希望」という命の水を、日本中くまなく敷き詰める為の源となることだ。

HWSのミッションと、大木戸門の役割とが恐ろしいほど酷似している。そこに宿命を感じる。

双方とも水に由来している。

玉川上水は江戸市民の生命を支えた。HWSは、日本の未来を支える。

大きな話になって恐縮だが、ミッションとか偉業とかは、思い込みのまま突っ走らないと語れない。保証や確率を考えてミッションを背負う馬鹿もいまい。出来そうな事は偉業にはならないし、簡単な事を「ミッション」だと言って意気込むことも出来ない。自然、現状の自分と照らし合わせれば大言となる。だが、それで良い。

実は私自身、運も宿命も信じていない。お化けもUFOも見たことがない。宗教も哲学や倫理的基準としては存在を認めるが、神も仏も信じていない。

ただし、世の中は目に見える物だけで成立している訳でもない。情熱や意志や信念などは、形を持っていない。これらの形無き物が、人の世を成立させている。私が認知していない形の無い物もまだ世にあるのだろう。

HWSは偶然この場所に来た。江戸市民の命の源を管理するこの場所へ来た。この事実に気持ちがこもるなら、その宿命に乗ってしまおう。そんな心境だ。

この場所はいい。初夏の匂いを感じるこの時期は、生命力に満ちた木々に力をもらえる。大木戸門の歴史に思いを馳せ、自分達の使命に思いを馳せる事も出来る。

いつか、HWSの偉業もこの場所の歴史に加わり、未来へと伝承されればと思う。

2008年05月13日 10:45

役割

まだ経営を司る前の事を、たまに思い出す。

企業における創業期を多く経験した私は、常に会社の売上のかなりの部分を背負う必要があった。自分がそれを背負わなければ企業が成立しないプレッシャーの中で営業活動に勤しんだものだ。当然、重責と同時に自負心みたいな物も強く育まれた。

ノーフォローで業績を出し続ける私は、社長からすればかなり便利なツールだったと思う。仕事に対する思い入れや、業績に対する誇りから自発的にモチベーションを保ち、意識が揺らぐこともない。愚痴も不満も言わない。会社に自分の身体を張った提言はしても、会社批判などしない。まあ、「自分の会社」という意識も強くあったので、批判することは天に唾を吐くごとくだと言うこともある。

この便利な篠田に対する経営者側からの要求は留まることを知らない。当初目標に掲げた数字を達成しても、「まだまだ」「もっとやれ」と言う話になる。業績が良い時は「俺がやらなきゃ駄目なんだな」という自負心を助長し、一種の充足感は得られるが、業績が人並みに落ちた時は叱責を浴びる。

「一体俺はどれだけ売り上げれば合格なんだ。」「求められる成果が上がり続けたら、どこまで行っても褒められないじゃないか。」

みたいな不満を抱くこともあった。

今考えると、何ともアマチュアな人間だと思う。組織を理解していない未熟な人間なのだと思う。営業マンとしてはそれなりでも、リーダーとして、組織人としては素人だ。優秀な人間だという自負心ばかり育ち、中身はぼんくらサラリーマンだ。

本来の正しい結論は、「過去よりも一円でも大きい利益を毎月上乗せし続ける」だ。

世界には何兆も稼いでいる企業があるのに、何千マン何億利益を上げたくらいで増長してはいけない。今より高い業績を上げ続けることは当面で言えば無理ではない。やりようは必ずある。

何よりも、組織を理解しているなら、自分の役割に徹底し組織の勝利に貢献すべきだ。その時点で私が背負った役割は、一円でも多くの売上を確保することだ。これが使命である以上は、一点の曇りもなくその役割に殉じなければならない。一点の曇りでも生じるなら、私自身は組織人ではない。

当然、経営者が無能で、基本的な方向性が間違っている場合もあるだろうから、その場合は一定の期間で評価し、必要なら提言するか、組織を離れれば良い。しかし、一旦自分がその役割を背負うと決めたら、一定期間はその役割に徹しなければならないのだ。

それが組織戦を理解した人間の、組織人としての正しい姿だ。

役割に徹し、役割を極める。どんな組織でもメンバーの性能は均一ではない。全てのメンバーが四番でエースでなくて良い。ライトもショートも必要だ。中継ぎも必要だ。チームが長期戦で勝つためには二軍の選手も必要なのだ。

よって、企業においても役割はメンバーごとに違う。それぞれの役割がある。それを徹底すればよい。何らかの役割を背負うなら、現状の自分の無能さを卑下する必要もない。自分の役割、自分の位置から出来ることを徹底して背負えば良いのだ。

新人には新人の役割があり、リーダーにはリーダーの役割がある。自分の個性によっても、組織における影響力は違う。それぞれが役割を徹底し最強の組織を実現するのだ。

最後に一つだけ、付け加えておきたい。

組織を語る時に、スポーツの世界とビジネスの世界ではいくつかの違いがある。プロスポーツの世界でも、選手生命はせいぜい二十年程度だ。一流の人間でも二十年程度しかチームの一員でいられない。ましてや、大多数の選手は十年もチームに所属し続けることを許されないだろう。

ところがビジネスの世界では、ほとんどの読者の皆さんは四十年以上現役でいることが必須となっている。生きるためにこのステージから降りる事が出来ない。年金の問題や、保険の問題も山積みの日本において、今後は生涯仕事の世界から引退出来ないかもしれない。

数年プレーするだけ、一試合出場するだけなら、ライトだろうが中継ぎだろうが役割を徹底するだけでよい。しかし、四十年以上の間、中継ぎだけをこなして、志気を保ち続けられるだろうか。後から入ってきたメンバーがレギュラーポジションをとり活躍する中で、万年控えで誇りを持ち続けられるだろうか。恐らく無理だ。

生涯をかけて戦うのがビジネスの世界だ。現状自分が背負える役割を徹底して担うと同時に、各メンバーは現状に甘えず、次の役割を生涯狙い続けなければ駄目だ。

極端な言い方をすれば、「俺はこんなもんだから」と言う諦めを持たず、生涯四番でエースを狙い続けながら、現状の役割をこなし続けるのだ。

プロ野球の世界なら、控えの切り札でも、中継ぎのエースでも居場所があれば良い。ビジネスの戦いは、格段に息が長い。その長い時間の中で誇りを保ち、志気を保つためには、常にリーダーシップを取ること、ビジネスを中軸となって作ることを狙い続けなければならないのだ。

日本が世界に勝利した強さの根源は、組織力の強さであると確信している。日本人のメンタリティーは組織戦に向いている。そのメンタリティーをテコに今後も世界と戦わなければ勝機はない。

日本人である我々は徹底して組織を学ぶのだ。組織を理解するのだ。その強さを実感出来た時に、世界と戦うための武器を皆さんは得られるはずだ。

2008年05月08日 10:49

08年5月新入社員

五月度も四名の新人が入社した。毎月毎月数名ずつメンバーが増えている。現状では、キャリアが無いエンジニアはほとんどいない。今月の四名も開発経験をそれなりに積んだメンバーだ。26歳~29歳くらいだろうか。

研修も一段落付き、本日から朝礼に参加している。一人一人朝礼での自己紹介があるのだが・・・・。内容は詳しく書けないが、朝の社内が爆笑(苦笑?)に包まれた事だけは事実。新入社員の最初の挨拶で、あれだけネタをふれる勇気だけでも敬服に値する。まあ、八割方滑ってはいたので、あくまでも勇気に敬服するのであって、笑いのセンスは???だが・・・・。

朝礼の雰囲気から、新入社員の挨拶まで、とてもではないが一般的にイメージされるエンジニアとは言えない。彼らならIT業界の変革も本気でやり遂げてしまいそうだ。

話は変わるが、最近市況の変化が進んでいるようだ。一年前であれば「新人でも教育するから現場に入れてくれ」と言うクライアントが多くあった。経験者であれば、開発現場は選り取り見取りだった。

最近は市場に流れてくる開発案件が減り始めている。逆に、エンジニアが空いているのでプロジェクトはありませんかという問い合わせは多くなっている。需要と供給のバランスに反転の兆しが見える。エンジニアが社内にだぶついて困っていると言う話が多く持ち込まれるようなってきた。

HWSのメンバーは、コミュニケーション能力にも優れ、開発力も高い人間が多いので、全体として市況の影響を強く受けることは当面ないだろう。技術力の低い新人を多く抱える会社には厳しい時代が来る。多少の時間的余裕はあるが、多くの企業では下降する市況の中、他社と明確に区別される個性の作り込みが急務となる。

HWSは設立から独自の路線を歩み続けているので、この面では今更やるべきことはない。今まで通りに我が道を突き進むだけだ。

今回の新人達もHWSの個性に惹かれて集ってきたのだと思う。そうでなければ、あんなに変な人達がそろって入社するはずがない。HWSの主張や理想をよく理解しているので、色々な面でチャレンジを志向してくれているのだろう。

HWSという組織の文化を理解し、それに馴染み、その中で力を発揮しようと言う決意が見られる。

冬の時代には、今まで以上に生き残りをかけて組織の強さが問われる。開発の世界の大部分は個人プレーではない。個人のパフォーマンスをつなぎ合わせて良いシステムが開発されることもない。あくまでも全員でプロジェクトの概要を把握し、それぞれの役割を把握し、責務を担うことによって完成度が高まっていく。

システム開発はあくまでも組織戦で挑むしかない。

現状、個人事業主としてフリーで活動するエンジニアが増えている。また、市況の良さにあぐらを掻き、少しでも高い報酬を求めて、数人で法人化し開発に取り組んでいるエンジニアもいる。

同じ仕事をするなら、少しでも高い給料が欲しい。どうせ開発をやるだけなら、上司にうるさく言われない状態で仕事をしたい。

こんな動機で多くのエンジニアがフリーになる。企業側も採用が上手く行かないし、市況が反転した時には抱えたくないが、仕事があるうちは使いたいというニーズから、現場に長くいたエンジニアがフリーになっても仕事を出す。そのエンジニアが会社に所属していた時よりもコストも下げられるだろうし、エンジニアにとってもちょっと報酬があがるので、刹那的にお互いのメリットが合致したような形だ。

ビジネスマンとしてひ弱で無垢なエンジニアだからこそ、このレトリックに騙される。

ビジネスの基本はあくまでも組織戦だ。システム開発も間違いなく組織戦だ。優秀な人材だけ集まっても、良いチームは作れない。チームの力は向上しない。優秀な人材だけ集めれば良いなら、毎年巨人軍が優勝しているはずだ。リアルマドリードが負けるはずがない。しかし、現実はそうではない。

チームには規律も、連携も、統率も必要だ。役割分担も必要だ。戦略、戦術の共有も必要だ。これらが、あって組織はあたかも一つの生き物の様に機能する。人が集まることの強さを実現するのだ。

組織を学ばなければ、ビジネスマンとしては通用しない。組織を理解し、運営出来ない人間が生きられる場所はあまりない。

有名なコンサルティングファームでも、メンバーの優秀さによる評価は全体の半分もないだろう。ほとんどは、会社が蓄積したデータや事例への信頼だ。また、パフォーマンスが上がらない時は、企業自体が威信をかけてフォローしてくれるだろうという信頼だ。決して、コンサルタント個人のパフォーマンスで信頼を勝ち得て仕事が回せているわけではない。

ましてや開発の作業を依頼され、こなしているフリーのエンジニアへの評価など低いものだ。便利に扱われていること自分に価値があることを混同してはいけない。

批判を恐れずに言うなら、フリーのエンジニアなどやってはいけない。多くのフリーのエンジニアへ警鐘をならしたい。フリーのエンジニアとして便利に使われ、幾ばくかの報酬を上乗せして喜んでいる場合ではない。あなたの人生はまだ先がある。組織を学び、リーダーシップを取り、ビジネスマンとしての適正なキャリアを積むべきだ。組織からの信頼、社会からの信頼を適切に積むのだ。

市況が反転すれば頼れるのは仲間だ。自分達が創り上げた組織だ。その力を結集し、冬を耐え次の飛躍を狙うのだ。

HWSの新入社員達には、これらのスタンスへの共鳴がある。だから、HWSという組織を選んだのだろう。組織を学び、組織にとけ込み、組織を使う道を進んでいる。自分の内側にこもることなく、周りの人間に喜びを与え信頼を得るためにスタートから胸襟を開き組織に飛び込んで来るのだ。

我々HWSは、エンジニア達の源流として、正しい道を示したい。エンジニア達が生涯生き抜き、日本の根底を支える道を示したい。

HWSにおいては、新人達も早々に先輩として新しいメンバーにHWSイズムの様な物を語らなければならない。エンジニアとしての正しいあり方を語る責務がある。毎月何名ものメンバーが集っているし、来春には新卒も二十名近く入社する。気が付けば、HWSの中軸として、新メンバーの教育に当たる立場になっているだろう。

今月入社した四名が、クライアント達に、更には後に来る新メンバーに、エンジニア道について打ち込んでいる姿が目に浮かぶ。その姿に心が躍る。

願わくば、その時には、滑り気味のギャグは抑え気味にして欲しい。間違っても、ギャグに磨きをかけ、滑りを増さないように注意が必要だ。

2008年05月01日 18:16

公人たれ

毎年恒例のバーベキュー大会が今年も都内某所にて開催された。昨年はへべれけになったメンバーが多かったが、今回はへべれけの中心人物が奥様と一緒に参加していたので、へべれけになりきれずに帰っていった。結果、平和なバーベキュー大会となった。また、絡み癖のある某役員(疋田)が不参加だったので、角で説教されるメンバーもいなかった。

家族連れも何組か来ていたので、観察してみると各人会社の顔と家庭の顔が全くちがう。皆、良いお父さんぶりを発揮していた。会社では変態キャラで通っているK村S吾に、いつものノリで話しかけたら、普通に流されてしまった・・・。切腹。

一旦仕事の世界に足を踏み入れれば、自分は公人として振る舞わなければならない。公人としての自分も偽物ではない。それはそれで、自分の本来の姿の一つだ。家庭では私人の顔になる。これも本来の姿の一つだ。

ビジネスの世界で、公人に徹しきれるメンバーで全組織が編成されたら最強だ。これは、そう簡単な話ではない。簡単ではないので、実現出来れば最強なのだ。ただし、不可能でもない。

組織の崩壊や、失速は各人が「私」を出すところに始まる。

優秀だった経営者が晩年において、信じられない様なおかしな行動に走ったりする。その背景には、私人と公人の混同がある。ある著名な方が言われていたのが、大体偉大なリーダーが血迷う原因は「奥様」にある事が多いらしい。成功し会社が順調に運営されている状態が長く続けば、人間の心理として、それは恒久的なものであると感じてしまう。その恒久的な既得権を、腹を痛めた子供に与えたいと思う気持ちは親心としては自然だ。

この圧力を家庭から受け、優秀だった経営者は抗しきれず「私」を「公」の場に持ち込んで、今まででは信じられないような行動に出るというのだ。一理ある。家庭において私人である時に、一番身近な人に強い圧力をかけ続けられたら、よほど強い意志を持たねば抗しきることは難しいのだ。

公人に徹するのであれば、最も優秀な人間、最も企業に愛情を持っている人間で経営層を編成し、次の時代に向かわせるはずだ。

社内においても公人に徹しきれない人間から綻びは生まれる。良い悪いは別にして、組織の力という視点から考えれば、全員が公人であることを徹底した方が良い。

例えば、出世争いがあったとする。自分と同期の人間が先に出世し、自分は取り残された気になり、意欲を減退させる。この感情は間違いなく私だ。公人であれば、自分の役割に徹して、意欲を削ぐことなく組織に貢献し続けるのみだ。

会社内において、ボードメンバーがもめるケースは頻繁に起こる。以前、日経ベンチャーの記事で見たが、設立メンバーのほとんどは人間関係のもつれで、五年以内に離散するらしい。

この時の理由は、「俺の報酬をもっと上げるべきだ」「俺の方が頑張っているのに、何であいつが社長なんだ」「社内外にもっと自分を認めさせたい」などの私の感情が根底にある。

公人であれば、自分の感情などどうでも良い。組織の勝利に一番の近道を全力で突っ走るはずだ。

嫉妬心は「私」だ。これを持つ人間にリーダーたる資格はない。虚栄心も「私」だ。疑念も不遇感も「私」なのだ。これらを克服し、組織の勝利に全てを捧げるから公人なのだ。

良いか悪いかは分からない。全体主義的な悪さも、この思考の中には見え隠れする。それを十分承知で、私は最後まで公人を貫きたい。そして、HWSのメンバーには公人であることを要求したい。

報われるかどうかも考えるのを止めよう。考えるべきは、自分が信じる正しさ。自分が感じる美しさで良いではないか。

公人に徹し、自分の感情を殺し、多くの仲間の人生や責任を背負いきり、生涯を生き抜けるなら、最後に自分の内側は必ず満たされる。それが、最大の報酬であり、自分がこの世に生を受けた価値だ。

この、公人で満たされた組織を考えて欲しい。その圧倒的な強さは想像に難くない。プライベートにおいて私人の自分を持っているので、麻痺の中で公人になる必要もない。集団ヒステリーの様な意欲と志気で、全メンバーが公人となってくれれば、短期的に成功もするだろうし、会社の勢いとして爆発的だ。しかし、そのあり方は人として正しいとは思えない。美しくもない。

そして日常へ我々は、ノリや雰囲気に呑まれて公人になるのではない。子供も可愛いし、家庭も大事だ。私人の自分も常に傍らにある。その上で、強靱な意志の力で、意識して公人となるのだ。呑まれるのでも洗脳されるのでもない。自らの意識し、自ら公人の道を歩み続けるのだ。

バーベキュー大会では普段見られない私人としてのメンバーの顔を見た。そのギャップを感じ、逆に安心もしたし、仲間として誇らしくも感じた。

家族を守るためにも、仲間を守るためにも、ビジネスのフィールドにおいて意志の力によって公人へと変貌した仲間達の姿は清々しくも美しい。彼らと共に最強の組織を作り上げよう。