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今はベトナムから帰国する飛行機の中だ。夜便でホーチミンを発ったので、日本時間でAM3時をまわったところか。月末に入稿予定の文章も大枠で仕上がった。少し時間が出来たのでブログを執筆している。
今回の訪越で今後の営業上の成果はいくつかあったが、相手方がいることなので、ここでは詳しい説明は避けさせて頂く。ベトナムの様な新興国に出ることの一つの利点は営業にある。例えば日本の大手企業の役員や現地支社クラスの方々にアポを取り営業するのは、日本ではかなり困難だ。ところがベトナムに行けば、結構気軽に面会が出来てご指導頂ける。大体二人くらい介すれば、ほとんどの日系企業の駐在者にはたどり着く。我々の様な小企業には有難い。
海外との連携にはコントロールの聞かないリスクもある。しかし、日本での普段以上にレバレッジが効き成果につながることも少なくない。覚悟と執着心があれば日本で考えつかない様な展開も可能だろう。
近未来で考えれば、SI系の企業は海外展開を余儀なくされるだろう。この認識は多くの経営者も持ってはいるが、二の足を踏んでいるのが現状だ。単体で海外を攻めるには、ある程度体力がいる。
中小企業経営者は今を生きるのに精一杯だ。とても未来に対して手当する余裕がない。しかし、未来はどの企業にも必ず来る。動くリスクもあれば、動かない事によって生み出されるリスクもある。動かないリスクが自分に降りかかるまでには、良くも悪くも時間がかかる。多くの人間は嫌なことを先に延ばせるので、リスクが有っても動かないことを選ぶのだ。
しかし、待ちのままでは、結果が出るまでに時間がかかってしまうのでやり直しが難しい。動きながら失敗と成功を繰り返していけば、少なくとも経験は溜まるし、再チャレンジが可能だ。
よって、中小企業の基本スタンスは足掻くことだと考える。足掻きの中で生まれた何かを拾いながら未来を組み上げて行くのだ。海外ビジネスに対する基本スタンスは大枠に言ってこんなものだ。最初から高い効率、生産性を求めて海外に出る企業があったら馬鹿だ。最後にそこを求めるとしても、当初はひたすら足掻くだけだ。
HWSが海外との協業を模索してもう四年にもなろうか。設立前の創業時から世界への展開を標榜して今に至る。その間、会社は成長を続けているし、多くの経験も会社内に溜まった。
最初にイメージした物とは全く違う形になってきたが、当初の目的からはそれていない。
先ずは海外の環境を使い、HWSのメンバーをタフなビジネスマンとして育てあげることだ。これが、最悪でも達成しなければならない私自身の課題だ。この目論見に関しては一歩ずつ環境が出来つつある。
今までの経験は自社の為だけに使いたくない。日本のIT業界全体、日本中のエンジニア達の為に展開したい。これからハノイの関連会社の作り込みに入る。ビジネスの前線で生きたベトナムがそこにある。
自社のエンジニアを育てたい企業、グローバルな領域は踏み出したい企業、一社では体力なく一歩を踏み出せなかった多くの同胞へ。
12月に数名の経営者達とベトナム訪問が決まっている。人数に限定はあるが、先ずはビジネスの前線を肌で感じて欲しい。参加希望があれば感想メールから打診して欲しい。これは商売抜きで取り組む。実費以外はいらないので、ご安心を。
現在、ハノイのホテルでこの項を書いている。ハノイもだいぶ涼しくなってきた。実はハノイにある四十名程度のエンジニア抱える企業に出資が決定し、新体制でのキックオフで来ている。出資先の企業は元々某上場企業の子会社なのだが、親会社がIT系の企業でないために優良なメンバーを有効に使い発展させる為に、HWSの様なダイナミックに動き優秀なエンジニアを抱えた有力なIT企業と手を組みたいと言って頂いたのが始まりだ。
今日は夜も遅いので、短い文章でご容赦願いたい。ハノイにある日系の有名企業の方々にもお会いし、今後の展開についてのイメージは進んだ。
その中で確信を得たベトナムで関連会社を発展させるための決意についてこの項では書きたい。
ベトナム人は勤勉だとか、組織にロイヤリティーを持ちやすいとか言う前評判がある。それ故に、日系企業は中国の次はベトナムかという事で盛り上がりを見せている。
このスタンスは半分正しい。アジア諸国を、パートナーシップを模索しつつまわったが、ベトナムの国民性は確かに良い。若いエンジニア達はまだ素直だし、無邪気だ。経験は少ないがバイタリティーもあるし、何よりも人の話を聞く耳を持っている。
ただし、元々の国民性に任せて早期に産業が成熟して行くかと問われれば、答はノーだ。
ベトナム人の国民性に期待し、ベトナムに来る多くの企業は必ず失敗する。大事なのは、その国民性を理解した上で、徹底して教育することだ。繰り返すが、徹底してだ。
メジャーリーガーのイチロー選手がいかに良い素材だとしても、教育や修練がなければ一流のプレーヤーにはなれまい。素のままでのパフォーマンスを期待してはいけないのだ。素材というベースの上にどれだけ教育を乗せるかによって、パフォーマンスは決まるのだ。
ベトナム側にまかせるのではなく、せっかく日本からベトナムに進出するなら、徹底した教育を決意し、ベトナム人の素材を活かしつつ、皆が驚くようなパフォーマンスを実現させなければ駄目だ。
教育者として、徹底し指導し教育し、彼らが幸せな未来をつかめるようにしていく為の決意を新たにした。
本日、出資した会社のキックオフが行われた。半分下手くそな英語で、半分は日本を訳して頂きながらスピーチをさせて頂いた。
そこで、語ったのは、ベトナムがどの様に中国やインドなどのアジア諸国のコンペティター群に勝てば良いのかとい道だ。また、ベトナムに泡沫のごとく誕生している中小SI系企業の中で、抜きんでるには何が必要かということを語った。
その為には組織戦にこだわれ。スキルよりもプロフィット、ビジネスに対する責任を負え。成熟社会では、単なるエンジニアが一定の年齢を超えて生きる道はない。同じスキル、同じ作業をやって所得が右肩上がりで上昇するのは、論理的にあり得ない。
この様な話をした。
日本が勝利した根底には終身雇用があり、ベトナムの国民性から考えても気軽な転職に走らず、じっくりスキルや組織力を高めていく道を目指すべきだと語った。
独自のカルチャーを創れ。他社が真似できないカルチャーとビジネスモデルを創り上げろと語った。
良く理解できない顔の人間もいた。そもそも、ベトナムには終身雇用という概念がない。資本主義経済の歴史がそれほど長くない。それでも、眼の中に理解の光を宿し、道を見いだした若いエンジニア達も数名いたように見受けられる。
啓蒙には時間がかかる。教育には時間がかかる。しかし、私の中にはベトナムのエンジニア達が進むべき道は見えている。しつこく、形になるまで教育をし続けるつもりだ。
実は、ベトナム人の組織化や、終身雇用という概念の輸出の話を多くのベトナム通の方々に話したら、正面から反対された。ベトナムの国民性に合わせた方が良い。ベトナム人はそんな事はもとめていないという良識ある意見だ。通常で言えば正論だ。
しかし、私自身は生粋の天の邪鬼だ。そもそもHWS自体の取り組みが、日本のIT業界の中では一種の奇跡だと自負している。誰も出来ない、みんなが反対することこそ燃える。だからこその、チャンスがあるはずだ。
誰も踏み込めない道、前人未踏の道を作りたい。ベンチャーの使命は道を作ることだ。創られた道を後に多くの人々が歩き、より幸せな未来を目指す。その道をチャレンジの中で創り上げるのが我々の使命だ。
まだ、二十代半ばの若いベトナム人エンジニアを見ていて、彼らの幸せを願わずにはいられない。これは利益とかビジネスとかを越えた感情の問題だ。
HWSを立ち上げた時の感情に似ている。日本の未来を憂い、日本の未来を支えなければならないはずの、エンジニア達の未来を憂いたのだ。
いずれベトナムやインド、中国との連携したビジネスへの取り組みはゆっくり書きたい。HWSのメンバー達をコアにアジア諸国をつなげ、世界に打って出る未来について書きたい。
オフショア開発系の雑誌に連載を頼まれているので、月末が入稿の期限となっている。そちらを書かなければならない。今週、ブログはこの項のみとさせて頂く。また時間がある時にキックオフ関連の話は書きたい。
経営者の成り立ちにも様々なタイプがある。ソフトバンクの孫氏の様に、若い内から事業家になろうと決め、その為の準備と行動をしている人間もいる。本などにもなり、話題になるのはこのタイプが多いのではないだろうか。
私自身は経営者になろうとは、ギリギリまで思っていなかった。父親は公務員だったし、理系の科目が好きだったので、漠然とエンジニアになるのだろうと思い理系の大学に通っていた。
大学を辞めて、創業間もない企業に参画したと時も、社長になろうと言うよりは、仲間達と凄い会社を創ろうと燃え、自分の実力を上げなければとやっきになっていた。この場合の実力とは、会社に収益を上げる営業の部分と、成長している企業において頭角を現す為のリーダーシップの事だ。
仲間が成果を出せば嬉しかったし、自分には一銭の得にもならない他の部署の社員に営業を指導し、売上をつけてあげたりもした。みんなで生き残って、周りが羨望するような会社を創りたかった。
その会社も経営陣の堕落から倒産し、次の会社を仲間四人と作ることになった。これも五年程度は順調に伸びたが、やはり社長の堕落により空中分解に至った。
空中分解する中で、部下達の未来、自分自身の未来の為にも経営の指揮を執る事になった。経営者を目指していたわけではなく、ひたすら成果を目指し、部下達を育て、現場でリーダーシップを取り続けた結果、そのきっかけを起点に経営をせざるを得なくなったのだ。もし、社長が創業の頃のままだったら、今の自分は経営者では無かったはずだ。
この経緯で事業の運営を受け持ち始めたので、経営者のあり方には常に一家言ある。また、自分自身を常に戒めざるを得ないのだろう。
私自身、経営者になるために努力をした事が無い。成果を一番出す為には努力した。リーダーたる人格と実力を育む為には努力した。一線を越えた時に自然と経営をしていたし、そこに違和感は無かった。
HWSには事業部制がある。各事業部長には相当の権限がある。この事業部長へのなりかたも様々で良いと思っている。動機も様々で良い。
何としても事業部長になろうと挑み、その任に着くのも良し。組織を勝たせる為に、全力で動き、気がついたら人望が集まり、周囲の期待を背負い事業部長に自然になるのも良し。
HWSのメンバーにも様々なタイプがいる。最近は、先ずは事業部長になることよりも、自チームを勝たせるのが先ですと言うメンバーも多く見る。また、HWSに来たからには事業部長を目指し、無限の裁量権の中で己を磨かなければと奮闘するメンバーもいる。
どちらも間違いではなく、そこに自分の強い意志が有ればよい。主義主張があれば良いのだ。
ただし、いずれにしろ人望が無ければHWSにおいてはメンバーを集める事が出来ない。メンバーは所属する事業部を選ぶ権利がある。人望を得るには、実力と人格が必要だ。技術、事業部を回すための運営能力、仲間を導くための構想力、それらを伝える力など必要だ。それらの力があるだけではなく、普段の行動が示す自分自身の人格がなければ人は集まらない。他に10の事業部を選べるのだ。必然がなければ、その事業部には行くまい。
当たり前の話だが、遅刻が多い人間がリーダーになれるはずがない。成果への執着が無い人間もリーダーは無理だ。部下や仲間の為に、労を惜しむ人間もリーダーには向かない。
事業部長になるにも、事業部に残ってチームに貢献するにも、リーダーシップは必要だ。リーダーシップはトップ一人が持てば良い物ではない。組織が勝利する為に自分が出来る最高の貢献をするのがリーダーシップだ。
何としても事業部長になろうと動く人間は、その目的を誤ってはいけない。多くのメンバーは自由な裁量権や、手腕を発揮した後の高い報酬などもイメージしてHWSに集まったのだろう。それはバイタリティーの表れなので良い。しかし、本当にそれらを掴む為には不思議なもので、「自分」の欲求やバイタリティーを一旦捨てなければならない。
事業部長になるのはHWSに貢献する為だ。HWSという組織の理想を実現し、多くの仲間の未来を創る為だ。その境地に達するから人望が得られるのだ。組織の為とは、組織に所属する全ての人間の為と同義だ。更に言えば、その組織が実現する理想がもたらす多くの人達の為と同義となる。
組織の為に動くから正義がぶれず、メンバーは安心してそのリーダーの指示を仰げるのだ。「自分」を殺し組織に貢献する。この境地の先に自由な裁量権も高い報酬もある。将来の安定すら掴める。
その境地に達するのに、事業部長を目指し、事業部長とは何者かを考え、紆余曲折する道もある。
逆に事業部長にこだわらず、組織の勝利、組織に貢献する為の自己の成長を徹底する道もある。
どちらも時期が来ればリーダーとして、その任を背負う事になる。そのステージで戦う事になる。たどり着く場所は同じだ。
何本もの道が作られ、それぞれの道を通ってエンジニア達が優秀なリーダーへと変貌する場所。そんなHWSの未来を全力で追う。
HWSでは、エンジニアが営業やプレゼンなどをする機会が多い。自分が取り組むプロジェクトも自ら営業に行って取ってくる。その時には相手方に対して、HWSとはいかなる会社か全力で打ち込むことが各人の義務となっている。通り一遍の説明だけして帰ってくることは許されない。
総会などでは、現在自分が取り組んでいるプロジェクトの事から、会社に対する提案なども各メンバーから発表される。パワーポイントを使ったり、トーク一本で話したり、形態は問わない。
当然、それぞれのトークには出来不出来はある。内容がまとまっていて、綺麗に発表されたプレゼンを良いプレゼンだとは思わない。パンフレットにそって上手に自社を説明したとしても、それは「良い営業トークだったね」とはならない。
基本的に相手の脳裏に何かが刻み込まれなければ駄目だ。相手の感情が動かない説明はビジネスの世界では時間の無駄だ。
最近、他社からの営業はあまり聞かなくなった。他社の営業マンが私の所に来る前に誰かが対処するので、私が営業トークを聞く機会はだいぶ減った。それでも、時たま他社の営業マンのトークを聞く。
しっかり資料を作って来られて、頑張っている姿は良いが、決裁者はプレゼン資料などほとんど見ていない。興味があるのは、「要は何が凄いのか」「要はどんなメリットがあるのか」などの集約された一点である。興味を引いた後に細かい説明をするのは良いが、ゴールに興味がないプロセスを聞く気などない。
先ずは心が動かなければ駄目だ。説明では人の心は動かない。
人の心が動くプレゼン、トークには主義主張がある。主義主張の強さや深さによって、影響力が決まる。私が興味を惹かれる面白い話には、良質の主義主張がふんだんに含まれている。
また、主義主張の中身によって、その時点での相手のレベルが分かる。主義主張が無い人間もいる。主義主張があるが、それ自体が軽薄で表面的な人間もいる。一方、経験と思想から生み出された強くしぶとい主義主張を持っている人間もいる。繰り返すが、主義主張の中身により相手のレベルが分かるのだ。
もっとも、この主義主張の質を理解できるかどうかで、聞き手側のレベルも常にはかられてはいる。
私自身も様々な所で言を吐く。他社へのプレゼン、会社説明会、社員総会、講演会ときりがない。どこに行っても通り一辺倒の説明はしない。何かの説明をするだけなのに、私が出て行く必要はない。これは傲慢さで言っているのではない。組織効率の話だ。最もコストも高く、同時に付加価値の高い経営者という駒を、そこまでを要求されない場面で投入するのは間違いだ。適切な人間をその任に当たらせるべきだ。
よって、私が出る場面では単なる説明では許されない。それ以上を常に要求される。私自身、様々な主義主張がある。自分の思想と感情を乗せて伝える。この時の相手のリアクションで相手の性質やレベルがかなり理解できる。
例えば、「篠田さんは熱いですねー」と言うリアクションがある。しかし、多くの方のそのリアクションには、「エモーショナルですねー」と言う意味合いが強い。全く褒め言葉ではないし、そこに注目して欲しくもない。私は一時的な感情の発露で主義主張を訴えるのではない。
その熱の継続性や、その熱に至った哲学に価値がある。哲学から至った熱なので、高い持続制がある。経験に裏打ちされた主張なので、リアリティがある。この部分に着目して頂けると、「理解をしてもらったな」と言う心地よさ味わえる。
話を戻すが、聞く側の人間はその反応により、自分のレベルが図られているのだ。その意味では、主義主張を訴える側も聞く側も真剣勝負だ。
エモーショナルな表現で価値が上がるなら楽だ。声が大きければ情熱的だと言うことになる。声が大きければ気持ちが籠もっている、意志の籠もった話だとなる。もっとも、本当の主義主張があり、それを人に伝えようと思えば自然と声も大きくなるはずだ。聞く側の人は、これを混同しないようにすべきだ。
己の主義主張は人を惹き付ける源泉となる。言葉に主義主張を込めて話し続けて欲しい。主義主張を訴えることは、裸の自分を見せる様なものだ。主義主張を見せなければ、あたかも凄い経験や信念があるようなふりができる。主義主張を見せなければ、信頼もされないが、馬鹿にもされない。よって、薄っぺらな自分を守るために主義主張を見せない人間もいる。他人の発表を見て、ニヤニヤして余裕を演出しているやからだ。
しかし、読者に勧めたい。裸の自分を見せ続け、裸の自分でのレベルを問われ続けるのだ。それにより、自分の主義主張を磨き込み、修正し、耳目に耐えるレベルに引き上げる事が可能だ。隠したままでは、一生子供のままだ。
リーダーシップには主義主張が必要だ。他のどの組織でもなく、今居る組織にいる理由をリーダーは創り出しメンバーに示す義務がある。この義務が果たせて初めて、メンバー達に組織にロイヤリティーを持てと言える。自分の義務を果たしていないリーダーが、「離職が多いんですよ」「社員が会社の事を考えなくて・・・」と漏らすのはナンセンスだ。
主義主張を磨き込む習慣を持たなければ、将来多くの読者達が管理職として、経営陣として陣頭指揮を執る時に、解決策の無い苦難に悩まされるはずだ。土台であるリーダーとしての主義主張が無いのだから、あらゆる解決策は機能しない。
常に言葉には主義主張を込めよ。
主義主張をさらし、主義主張を磨け。
その過程で、組織を率いて戦いに挑む上で、必要なリーダーシップと構想力を育めるはずだ。
先日、とある取材において、人材育成のノウハウを体系的に説明して下さいと言われた。経営に関連するほとんどの質問に対しては、現時点で自分なりの回答を持っているので、淀みなく答えるのだが、これに対してやや戸惑った。
ぶっちゃけ、人材育成に対して箇条書きするようなノウハウはない。また、現状では作る気もない。
以前からこのブログでも書いているが、研修やマニュアルで人を育てる事は不可能だ。少なくともビジネスパーソンは育てられない。「作業員」のレベルを一定以上に上げる為に研修やマニュアルは有効だ。その意味では否定しない。
人が育つには、ビジネスの前線において、無限の裁量権と巨大なリスクを背負って戦うしかない。リスクを覚悟し、あらゆる規制を無くし、自分の意志で全てを決めビジネスを切り回さなければならない。
リスクを背負わず自由に動いても、それで出た結果は自分の裁量で出したとは言えない。リスクヘッジはビジネスにおいて常に傍らにあるものだ。「そんな事は分かっている」と多くの社会人は言うだろうが、このリスクがもたらすプレッシャーを体感し、理解できている社会人はほとんどいない。リスクによるストレスの中で平常心を保つには、経験により精神を鍛える事と実力を養う必要がある。リスク無しに仕事をしていても一線を越える事は出来ない。
また、ビジネスの世界は公序良俗に反しない限り、法に反しない限り、あらゆる選択が可能だ。これを競技と考えれば、こんなにルールの緩い競技はない。あらゆるオプションを使えるだけに、主体者の技能により結果は全く変わってくる。だから、無限の裁量権の中で、ルールに逃げ込むことも出来ず、ひたすら成果を追われる日々を送らずして、ビジネスの深淵は覗き得ないのだ。
リスクと裁量権。この二つを背負い、徹底して成果を追う。これが人材育成のノウハウだ。これが可能な環境を作ることが人材の育成力だ。
理屈をこねるのではなく、この中で成果を出す逞しさや思考力を得ることが必要だ。成果に直結しない理屈などビジネスの世界では通用しない。「いいから結果で語ろうじゃないか」という気概があり、いかな状況でも笑って乗りきる「強さ」や「野性味」が無ければ、ビジネスの世界での責務は背負えない。
苦難を乗りきり、成果を出し続ける過程で、いくつかの真理を得ることなる。そのビジネスの真理みたいなものを箇条書きで挙げる事にも、あまり意味を感じない。それらの真理は、各人が身体を張って動いた後に自らたどり着くものだ。人から効いても、参考にはなるが自分の人生を作る柱にはならない。
私がHWSにおいて、実現したいのはメンバー達が無限の裁量権と、大きなリスクの両方を背負いビジネスに向かう環境だ。その中で、当たった課題にはアドバイスもしよう。しかし、乗り越えるのは自分だ。動くのは自分だ。道を決めるのも自分だ。
その行動の向こうに自立したビジネスパーソン像がある。自立したビジネスパーソン達が惰性ではなく、自らの意志で手を組み強力な組織を形成していく姿がHWSのあるべき姿だ。
そして、その組織をもってして、日本の未来の支柱となるのだ。
HWSを目指す方々に忠告がある。HWSでは、整備されたマニュアルとシステマチックな研修で君達を育てる気がない。最低限の研修はやろう。HWSスピリッツとはいかなるものか語りもしよう。しかし、君達を育てる研修などこの会社にはない。
実戦の中で自らを磨け。一点の曇りもなく成果を狙う過程で、自ら真理を得よ。ビジネスとはいかなるものか、ビジネスには何が必要かを、戦いの中で自ら悟るのだ。自分の行動指針を定めるのだ。
HWSに依存しようと思い面接に来て欲しくない。頼られても困る。HWSの理想に共鳴し、HWSに何かを与える為に来て欲しい。君達が与えるものが大きければ大きいほど、報酬もHWSを自由に使いビジネスに取り組む権利も手に入る。
自らを自らの力で創り上げる気概を持って、HWSの門を叩いて欲しい。仲間に貢献し、いずれは仲間を食わせる決意を持ってHWSには来て欲しい。
そんなメンバーの塊がHWSであれば、我々が日本市場を席巻し、世界に打って出る未来は、そう遠くないはずだ。
「不況だ不況だ」と言う世の声も聞くが、小企業が出来る不況対策など一つしかない。ひたすら自組織を強化する以外に、やるべき事はない。
もはや国に小企業を救う力はない。かつて、バブル崩壊後に銀行の貸し渋りの中倒産する中小企業を見殺すしかなかった日本政府が、更に財務を悪化させた昨今において、小企業を救済することは物理的に不可能だ。
巨大企業群も自社の生き残りの為になりふりかまってはいられなくなる。小企業の行く末を案じている場合でもない。市況を左右する力も無く、未来を正確に読む事も不可能なら、外部の事は一切他者に任せて、ひたすら自組織を強化するしかないではないか。
これが最高にして唯一の結論だ。
これは悲観的な話をしている訳ではない。全社を挙げて、強靱な組織さえ作り上げれば外部要因など気にしないで、涼しい顔で未来に向かえると言っているのだ。自社だけは不況など関係無いという状態を作れるという話だ。
極論で言えば、会社の財務が苦しくなったら全員で私財を持ち寄って切り抜け、一人一人が自社に一円でも利益を入れようと、仕事が無くなったらアルバイトをしてでも会社を支えるように動いたら、そう簡単に企業は倒れない。
放漫経営で財務がボロボロであれば、救いようは無いし、倒れた方が後の世のためかもしれないのでどうしようも無い。しかし、無駄遣いもなく自社のビジネスに執着する仲間達が不退転で生き残りを目指せば倒産などあり得ない。
経営者の為ではない。株主の為でもない。自分と自分の家族の為、自分が誇りを賭けた仕事の為、仲間達の為に強靱な組織を全メンバーの力で作り上げるのだ。
この強靱な組織を作る上での、要点は全メンバーの依存心を撤去することだ。
「依存心を無くせ」と言うと、多くの人が間違った認識を持つ。
結論として「自分の身は自分で守ろう」「自分が生涯食っていけ様に自分の価値を上げようと」と行き着き、資格を取ったりする。
この認識は間違いだ。間違いと言うよりは、正しい答の一歩手前と言うところか。
自分や家族だけが何とか生き延びようと思うから、そのレベルを目指すから、そこまでも行き着かないのだ。君達が目指すべきは、自分の頭のハエを追い払う事ではない。自分だけではなく、周り仲間達をも食わして行く気概を持つことだ。これを本気で目指し、自分を追い込んで行けるなら、気が付いた時には自分の身など何とでもなっている。
君達の中に依存心があるかどうかは普段の行動に表れる。
会社の愚痴をはけるのも依存心だ。誰かが、それでも会社を運営し、社内を保ってくれると言う依存心が有るからはけるのだ。
簡単に転職できるのも依存心だ。自分がいなければ会社が潰れるという認識の中で転職も出来まい。誰かがそれらの責任を取ってくれるという依存心があるから、平気で転職を繰り返せる。
暗い顔が出来るのも依存心だ。
依存心も依存の現実も排除しなければ、誰かの庇護下でしか生きられない。一生涯、誰かの思惑の中で生き、自活出来ない状態が続く。
しかし、依存心の撤去は相当難しい。
多分新卒の時から多くの大人達が依存を許しているから、依存の誘惑から抜けられなくなっているのだ。
新卒の発言、行動から依存を一切無くさなければ駄目だ。新卒の社会人が会社や先輩に依存するのは当然だが、本人の意識でそれを当たり前ととらえては成長できない。
依存しない状態が当たり前だと言うことを徹底して脳裏に叩きこむのだ。
そして、会社の管理職は依存している人間に対して、「お前は依存している」「パラサイトするな」と言い続けるのだ。当然、嫌われるだろうし、雰囲気も悪くなるだろう。しかし、それでも言い続け「依存しない事」を文化として定着させるまでは、継続しなければならい。
依存しない集団が出来れば、その企業は必ず生き残る。
繰り返すが、不況がどうなるかを予想しあうのはナンセンスだ。対策は将来の市況がどうなろうが、組織を強くする以外ないのだ。
我々は評論家ではない。あくまでも実行者だ。流れゆく経済の中で生き抜き、国を支え、家族や仲間を守る前線に位置する実行者だ。
組織人に不安も評論もいらない。我々は予想屋でも占い師でもないので、未来を当てる必要もない。どんな未来が来ようと、笑って乗り切れるくらいの強靱な組織を作り上げるのみだ。
現在では、エンジニアと言う人種は日本いる社会人の中で、最も組織化が難しい分類に属する。エンジニア達は比較的組織への所属意識が希薄である。仲間と連携することに重きを置かない。結果として転職も多く、管理職としての未来も狭き門だ。生涯所得も文系の方が遙かに高い。いくつかの間違った認識がこの現状を生んでいる。
間違いの一つには、「エンジニアは職人である」と言う認識だろう。
エンジニアは職人ではない。エンジニアが職人という位置づけなら、経理の担当や営業の担当も職人だ。得意な分野に関しては、他人が簡単に入ってこられないという面では、それぞれが専門的な知識やスキルを持っている。
職人と呼ぶに値し、その技術力だけで生涯を過ごせる人はごく僅かしかいない。職人と呼ぶには余りにも絶対数が多く、目の前の技術に一生懸命取り組んでも、未来の食は保証されない。万人に一人の芸術の域まで自分の開発能力を極めた人間は職人と名乗っても間違いではない。しかし、ほとんどのエンジニアは職人ではない。
エンジニアは社会人として、ある分野を選択した一人のビジネスパーソンに過ぎない。その専門分野が営業の人もいれば、会計の人もいる。技術の人もいる。それだけの話だ。
これが本質だ。
日本の国際的競争力を担保するには、技術における勝利を狙うしかない。技術力で勝利する為には、その道だけを極めた研究者や職人的なエンジニアの存在も不可欠だ。これはこれで、日本の産業のコアな部分として強さが求められる。
しかし、ハイテク産業で世界に勝利し続ける為には、一部の研究者が発明をしたり、特許を取ったりすれば良いわけではない。発明された技術が商品として市場に出回る為には、コストの問題や耐久性の問題もある。上手にマーケティングし、商品として流通させなければ、開発を進める資金も出ない。商売として成立しない。産業として成り立たないのだ。
つまり、コアの技術を囲む人材が多くいると言うことだ。コアの技術を有形無形含めて商品化していくのに、多くの手数が必要となる。技術を熟知し、ビジネスを熟知し、コア産業を司るのが、ビジネスパーソンとしてのエンジニア達であるべきなのだ。
本来、九割以上のエンジニアに求められる姿は、技術に特化したビジネスパーソンとして、事業の主導権を取ることだ。当然、マネージメントのバランスを取らなければいけないので、開発の現場以外の多くの経験と技能が必要となる。あくまでも技術に特化した「ビジネスパーソン」であることを忘れてはいけない。繰り返すが職人ではない。
職人だという思い込みが組織化を阻む。
そもそも日本が経済戦において世界に勝利した根底には組織力がある。終身雇用があり、組織に対するロイヤリティーを持つ事によって、モチベーションの維持と技術の蓄積を可能にした。これが製造業において世界を席巻した日本の原資ではないか。
元々はエンジニア達も自社に貢献し、組織を意識しビジネスに取り組んでいたのだ。ところが昨今の欧米ナイズされた個人主義や刹那的な拝金主義の台頭により、風向きが変わった。しかし、結果的には欧米的な価値観は各企業に定着せず、人の劣化と組織の劣化を招くのみだったように感じる。
多くのエンジニアもご多分に漏れず、この風潮に流された。職人なので組織にはロイヤリティーを持たない。個人主義的な意識が一般の社会人より高い。結果、転職すること対する心理的な障壁は低く、ちょっとスキルが上がらない、会社と方針が合わないとなどの気分によって気軽に転職を繰り返してしまう。ちょっと給与が高い所があれば、流れていくのが実力主義だと言い聞かせ、お金に釣られてフラフラと職を変える。
組織に貢献することよりも自分の職務経歴書を綺麗に作り上げることにやっきになる。そんな職務経歴書が使えるのも三十代が限界なのに、見ないふりをする。
個人事業主という名の便利な外部作業者として、リスクヘッジの為に上手く使われているにもかかわらず、その状態が恒常的なものだと勘違いし目先の高い所得に喜ぶ。その所得はエンジニアの能力に対して払っているのではなく、採用コストもかからず、いつでも切れる保険代として企業は割高なコストを負担しているのだが、本人は自分の腕で食べている様な気になってしまうのだ。
結果エンジニア達は組織に執着しなくなる。組織を運営するセンスを磨かないまま年齢を重ねる。組織を運営者として必要な責任感や技能は日本中で最下層の人材群として出来上がってしまうのだ。
自然、管理職として組織運営力が求められる年代になればお払い箱だ。職人と勘違いして時間を使ってしまった哀れな作業者達の居場所はない。その会社内に居場所が無いのではなく、社会全体に居場所が無いのだ。
この様な現状から、エンジニアの組織化は難しいと認知されている。エンジニアが辞めてしまうので、強く言えないという経営者も多い。採用の段階から過分に接待し、エンジニアを採用するので、その後の師弟関係も築けない。組織人として育成など出来るはずがない。
エンジニアの仕事はシステムを開発することではない。クライアントの勝利を実現すること、豊かさを実現する事が仕事だ。その為にシステムというツールを使うだけの話だ。あらゆる商売は誰かを幸せにする為に存在している。誰かが幸せになるから、長い期間継続的に存在できるのだ。
クライアントをどれだけ幸せに出来るかという戦いにおいて、個人が出来ることなどたかが知れている。幸せにする人が多ければ多いほど、その幸せの度合いが深ければ深いほど、組織で取り組むしか方法はないのだ。
仲間達と連携し、苦しい時は皆で耐え、自分達が理想とするビジネスを追い求めるのだ。
腕に自信が有ることは素晴らしい。しかし、冷静に考えてくれ。自分の腕が良い悪いなど、大した問題ではない。ビジネスの醍醐味は、時間とエネルギーを注ぎ込んだ結果、理想を達成したり、多くの人達が感動してくれたりする場面をどれだけ味わえるかではないか。それを味合う為に、自分の腕を使い組織に貢献するのだ。
多くの人を幸せにするので、高い報酬と安定が手に入るのだ。
多くのエンジニア達へ
もう転職を繰り返すのは止めよ。その結果HWSで採用する人数が減っても良い。そもそも、エンジニア達が幸せになる未来を築く為にHWSは作られたのだ。本質的に正しい方向にいくならHWSの発展は二の次だ。
自分は職人ではないと自覚せよ。個人戦で今後の未来を生きることは不可能だ。組織に貢献し、組織の勝利を目指せ。自分のエネルギーと技能を組織の勝利につぎ込め。
その献身的な行動が、君達の中に組織人としての人格と技能を養う。年齢を重ねても、組織から必要な人間として、必要な人格と技能が手にはいるのだ。
今いる組織を勝たせる手を考えよ。今いる組織が発展し、世に貢献する為に自分が出来ること考えよ。自分のスキルシートも無視せよ。いずれにしろ、そのスキルシートが役立つのは、三十代までだ。時限的ではない、未来永劫使える武器を自分の内に育むのだ。
日本中のエンジニア達は同志だ。アジアやその他の世界に対して日本が何を示せるか、その戦いの中に歩みを進める同志だ。
HWSの発展の為ではない。未だ顔を合わせたことのない日本中の同志の為にこの項を贈りたい。
よく上司の善し悪しや、部下の善し悪しを語る人がいる。当然、人には性能の差がある。習熟度や才能によって、パフォーマンスは違うし、人格的な問題もある。ある基準から見れば善し悪しはあるだろう。しかし、ビジネスの前線において、管理職は部下が良いか悪いかを語る立場にはない。
二十年のビジネス人生の中で、人事異動によって部下が出来た事もあるし、自ら採用してメンバーを集めた事もある。経緯は様々だが、その時々の立場によってリーダーとしての役割を期待され部下を持ったわけだ。
一般的なビジネス環境では、メンバー全員が最高の人材で形成される事はない。ピッチャーが松坂で、センターがイチロー、レフト松井・・・、と言う様な人材が集まり、命令すれば勝手に成果をあげてくれるなら楽だ。ある意味管理職もいらない。しかし、こんな状況はありえない。
リーダーの役割は評論家的に部下の善し悪しを語る事ではない。今居るメンバーを率いて最大の成果を狙うのみだ。組織の目標に向けて勝利を目指すだけだ。
過程はどうであれ、自分の元に来た部下は、仲間であり戦力だ。良いか悪いかではなく、どうやって組織の戦力にするか、長期に渡って戦力となるために育成するかを考えれば良い。良い悪いという問題ではない。頭の使い方を間違ってはいけない。
このスタンスがぶれて、心の底に批評家的な意識があると、部下からも信用されない。当然、上司からも信頼されない。目的意識が希薄で己の役割すら自覚していない無能な管理職など信頼できるはずがない。当然、成果も生まれない。
私が二十代半ば過ぎの頃に、ある営業会議にて採用した新入社員をどのチームに配属するかという話になった。写真と経歴書を見てイケていそうな人間は取り合いになる。営業部だったので、頭数が増えればチームの売上は基本的に増える。
当然、コミュニケーションスキルが低そうだったり、パッと見でお客様受けが良さそうではない人は人気が出ない。最後の一人は誰も手を出さない。小さな会社だったので、人を採るのが難しい中、採用担当が何とか採って来た人材である。
会議中の採用担当の顔が悲しそうだったことと、みんなが外見だけで毛嫌いする姿に、違和感を覚えたとで、「俺が何とかしてみよう」と言う気になった。他の管理職の冷笑の中、自分のチームに引き取り育成に当たった。
その新人と話してみると、不器用な分だけ表現力は下手だが、根は素直だし、他人も思いやれるし、決して悪い人材ではないと理解した。その新人は半年後には会社内で最大のアポイント獲得数を誇る人材へと育った。自分の営業数字の為だけではなく、チームの為のメンバーの為にも妥協無くアポイントを取る姿は立派であった。
きっかけは意地みたいなものだったが、他者が二の足を踏む問題に取り組まない限り、自分も並のままだ。並の人材が囚われて逃げ出せない常識を打破することは出来ない。
頭から決めつけて判断しては、その人の良い部分も見えてこない。良い悪いで人を分別しては、その人を戦力にすることも、育成する事も出来ない。
それ以来という訳ではないが、私は色眼鏡をかけて他人を見ない。私の眼は、その本人が持っている可能性や、性質の良さにフォーカスが合う様になっている。嫌いな人もあまりいない。私が嫌うのはよっぽどの時だ。
多くの管理職に言っておきたい。
部下の良し悪しを語るな。その姿は己の無能さ、未熟さを語っているに他ならない。
上司の善し悪しも、この際考えるな。組織全体の勝利を考える義務が、組織のメンバーにはある。上司も良い悪いではなく、組織の勝利の為に使うべき材料だ。自分も同様に、組織の勝利の為に使うべき材料だ。この境地に達した人間だけが公を語る権利を得る。
部下を選ぶな。他者では対応出来ない人材を、戦力化し育成するから自分の管理職としての価値を示せるのだ。手間のかからない人材は勝手に育つ。また、自分の所に来たメンバーは、現段階の組織で採用できる最良の人材なのだ。その人材を育成するのがリーダーのミッションだ。
自信があるなら、より多くの部下を持て。それが自組織への最大の貢献だし、自分の能力を使い切る事にもつながる。
HWSでは、入社した後に所属する部署も自分で選べるし、管理職には受け入れ拒否権もある。他社よりも、自分で選ぶという自由が手に入る代わりに、育成に対する責任は重い。愚痴を漏らす余地は、上司部下双方に残されてはいない。
意識を間違った方向に向けず、ただ前進するのみと言う環境をHWS内に実現して行こう。
全四回の勉強会も無事終了した。今回は総勢42名の方に参加して頂いた。HWSのメンバーは8名しか出席していないので、残りは外部の方々だ。このブログの感想メールから参加を表明して頂いた方もいれば、お付き合いのある企業から参加を希望して頂いたりと、経路は様々だった。
基本的にはノウハウを教える事よりも、ビジネスマンとしての核を創り上げたいと思っている。実戦とセットではないノウハウはいずれ忘却する。本人が意識し、即時現場で使わなければ身にはつかない。
頭の中にこびり付いた使用人意識を払拭するには、相当のショックが必要だ。リーダーとは、ビジネスパーソンとはと活字の上では分かっていても、基本的なスタンスが使用人的である社会人がほとんどだ。これではビジネスの領域には踏み込めない。
ここを正し、本人が望む未来へと歩んでもらえるなら、研修を行った価値はある。
まあ、こう言った研修の感想は「感謝」や「得たもの」を書いてくれるので、ここには掲載しない。宣伝っぽくてあざとい感じがする。もっとも、現状無料でもあるので、宣伝をしてところで利はないのだが。
参加を希望する方もまだ居るようなので、年内から来年初旬で次の勉強会を開催しようと思う。
話は変わる。
本日、12時半からHWSのホームページがリニューアルされる。その中に、2010年の新卒の募集ページもあるのだが、何故か四種類のホームページが用意されている。
実は2010年の新卒用のホームページは全て、2009年の四月に入社する内定者が制作している。しかも、16名を4チームに分け、どのチームが一番多くの学生を集められるかのコンペとなっているので、チームごとにホームページが作られているのだ。
勝ったチームは、来年の四月の研修場所が海外になる。残りの3チームは日本で研修だ。優勝劣敗の原則を肌身で感じる事になるだろう。
私自身もまだ、この4つのサイトの中身を確認していない。内定者達が動画を撮ったり、インタビューをしたり、して社内を徘徊している姿はよく眼にするが、出来上がりを確認していない。楽しみな気持ち8割と、HWSを選ぶ変わり者達が作るサイトなので、不安な気持ち2割で、アップする時間を待っている。
募集用サイトの制作を通して、彼らは多くのHWSのメンバーと接しHWSに敷き詰められた風土を感じただろう。自分達の意志で、HWSとは何者かと言うことを考え抜いただろう。それは一つの組織に身を投じ、仲間として共闘していくためには必要なステップでもある。
HWSに応募する求職者達は、是非彼ら内定者がHWSの看板を背負い創り上げたサイトを見て欲しい。若い者達がHWSをどの様にとらえ、これからどんな企業に創り上げて行こうとしているか、彼らの意志を確認して欲しい。
募集用のサイトでもあるが、ある意味内定者達のコミットの場であるのだ。
サイトを制作した内定者達も来年には社会人としてHWSに来る。彼らが技術を身につけ、ビジネスを自由に展開する様になれば、HWSのビジョンは半ば以上達成されたと思って良い。ゼロからHWSが理想とする人材へと、育つ仕組みが出来上った事を意味するので、後は数を増やすだけだ。その意味では、彼らの双肩には、HWSの成否がかかっている。更に言うならば、HWSの成功の向こうある、日本の国際的競争力がかかっている。
HWSを知り、HWSのメンバーとしてビジネスの世界を歩もうと決意した瞬間から、もう普通の学生の様にノホホンと生きることは許されない。未来に向かって、希望と焦燥を抱かなければ駄目だ。
何故なら、彼らはHWSの理想に共鳴し入社を決意したはずだ。理想に惚れ、理想に共感し、その実現の為に自分の人生を注ぎ込もうと決意した人間が、「社会人になってから頑張ろう・・・」「四月までは学生生活を謳歌しなくちゃ・・・」とはならないはずだ。
夢があり、理想を本気で追うなら、今すぐ動きたい衝動に駆られるはずだ。その姿が無いなら、どこかに嘘がある。
今のところ彼らに嘘は見あたらない。未熟さは大いにあるが、入社前から足掻き苦しんでいる。人生の戦いは既に始まっている。周りの人間と同じ様に過ごし、周りの人間より優れようと考えるのは間違っている。そんな都合の良い理屈はない。HWSが提唱する人材は、並の人材ではない。それを理解した上で、並の成果と動きしか出来ない自分がいたら焦るはずだ。
入社前の半年間の時間が勿体ないという問題よりも、その半年が作る自分の人格や自信の差が生涯を大きく左右する。他人が出来ないことをやり抜いた自信や、時間や労力という代償を自らの意志で払い未来へ向かう為の葛藤が、彼らの人格を形成していく。この半年で組み上げられた正しスタンスによって、彼らを早期にビジネスパーソンとして仕上がっていくだろう。
彼らが合流する来年が待ち遠しい。