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本日、(株)東忠ヘッドウォータースの記事が日経産業新聞に掲載された。
http://www.totyuheadwaters.com/
これは、(株)HWSと(株)東忠の両社によって戦略的に仕掛けられた合弁企業だ。
(株)東忠は戦略的かつダイナミックな展開をする杭州を基点としたオフショア開発に十年にわたり取り組んできた企業だ。実績も厚く、日本企業から高い信頼も得ている。ハイスピードかつエキサイティングなHWSとの相性も良く、何よりも社長を中心に人間的に信頼が出来るメンバーがそろっている。国境を越えたビジネスを展開する時に必要なのは、細かい契約書ではない。信頼しよう、信頼に応えようという思い入れだ。
二年ほど前から、協業を模索して来た。単純に仕事を振り合うだけでは面白くないし、大した価値がない。最終的に合意したのが東忠ヘッドウォータースだ。
東忠ヘッドウォータースの存在意義について書きたい。
SI業界に限らず、あらゆる分野でイノベーションは起こる。新しい概念やインフラが世に出た後に、商品として成熟し飽和する。この飽和を打破する為のイノベーションが起こり、その分野は一歩上の領域へと上がる。
飲食業界なども、この二十年で眼を見張る変化を実現した。接客や店内の雰囲気作りにこだわり、メニューも工夫し、明確なコンセプトも打ち出し、業界全体で商品力は格段に上がった。今生き残っている店舗が二十年前に遡れば爆発的な人気を得るはずだ。
JavaだRubyだと言語について取り沙汰される事が多いが、SI業界の変革は構造改革によって起こるはずだ。ここの技術はツールに過ぎないので、時代と共に自然と代わる。これはイノベーションではない。SI業界のイノベーションは既存の業界構造の問題点を打破する事によって実現される。
現在、SI業界の大きな問題点は、「多段階下請構造」だろう。リスクヘッジの為に大手SIerも一定以上の人員を抱えられず、好況時には下請けの企業を開発に使う。これが多層化し、一つのプロジェクトを推進するのに無数の下請けから人を集めチームを編成する。結果、鍛えられた組織での開発ではなく寄せ集めのテンポラリーな集団での開発となるので、開発力もサービス力も上がらない。慢性的にSIの品質が向上せず、国際的競争力が生まれない理由はこの構造にある。
本来、エンドクライアントに配慮し、商品を作り込んでいくSIの世界は日本人の気質に合っている。システム開発は既存の製造業に並ぶ日本の主力産業になってもおかしくない。製造業において圧倒的な勝利を掴んだかつての日本の強さを、システム開発においても十分実現出来る素地はあるのだ。
ところがこの多段階下請構造がサービスの成熟、商品の進化を妨げている。色々なパッケージなどを仕掛ける企業は多いが、ツールだけでは真の顧客満足は得られない。総合的に顧客の収益を上げるデザインをして、初めて満足が得られるのがサービス業としてのSIだ。
良いサービス、良い商品を作り出すためには思い入れが無ければ駄目だ。とても刹那的に編成されたチームのその思い入れは持てない。多段階構造の中で現場のエンジニア達が継続的にサービス開発、製品開発に情熱を注げるはずがない。日本のSI業界全体のレベルアップが実現されない。
本来は育成し、鍛え上げられたチームによって連携を強化し、継続的にサービスの向上に当たっていく必要がある。これを実現する為には、業界構造をシンプルにし、全てのエンジニアがクライアントを見て開発をすることが必要だ。また、パートナーシップも強化し、開発チームは継続的に連携を取ることを前提としなければ駄目だ。恐らく中抜き的な役割の企業は業界的に排除されるはずだ。
近く業界の再編は起こる。製造業の世界では、一時期産業の空洞化が叫ばれた。事実、中国を中心にアジア諸国に生産拠点は移転した。失業率の上昇などが懸念されたが、国内でクオリティーの高い製造や、開発の上流部分を担うなどして競争力は維持されている。逆に日本側も危機感を得て、性能が向上した観もある。
SIの世界でも、日本のプログラマー諸兄と同じ作業を月給2~3万円で行う人員はアジアにごまんといる。日本語という問題さえ除けば作業内容は大して変わらない。いずれ一部の開発は海外へ流出する。それは決して悪い話ではなく、日本のエンジニア達が更なる上を目指すための契機となるはずだ。
SI業界全体が未来は進むための兆しとして東忠ヘッドウォータースが存在できるなら本望だ。日本にあるシステム開発の中で海外へ移転してよい案件は山ほどある。全てを海外に移す訳ではなく、日本でなければ対応できないものは国内に残せばよい。海外と連携が取れるものは海外に渡せば良いのだ。
現状の開発案件を分析し、日本側と海外側に切り分ける作業を東忠ヘッドウォータースでは行う。既に成功事例もある。
SI業界の発展の為には、多段階下請構造を廃し、業界をシンプルする必要がある。日本に年商100億円を越えるSIerは70社以上あるが、各社は売上の30%前後を何百社という下請企業に委託しているはずだ。2~3名のエンジニアをパートナー企業から集めれば自然と口座は何百となる。前述したように、この様なチーム編成をしたところで業界全体は進歩しなければ誰も幸せにならない。
願わくば、我々に外注を使った開発案件全てを分析させて欲しい。日本側は付加価値の高い開発を継続的な強いチームで取り組んでいけば良い。そこにサービスや技術の進歩がある。他国に任せられる開発は他国へ振ればよい。そんな案件でも、産業が成熟していないアジア諸国にとっては、国を富ませ未来に繁栄するための良い材料になるはずだ。利害は一致する。
日本のSI業界は多重構造を止め、パートナーを絞り強固な関係の中でよりハイレベルな開発を目指すべきだ。事実、外注部分はコスト高の割に開発も難航し、多くのSIerの利益を圧迫しているはずだ。
各SIerは自企業の開発を精査し、プロパー及び選び抜いた数社のパートナーには重要な開発をさせていけばよい。それで自社のエンジニアを育て上げれば良い。我々は開発のサーベイのスキルや、他国との連携能力を磨く。技術を使ってビジネスを展開するスキルを磨く。また、コアパートナーの一社として情熱を込めて技術も磨く。お互いに損は無い。
当然、中小のSIer群も経験を積みビジネスの展開力が上がれば、多くのエンドクライアントから信頼も増し、自らが主導する開発も増えるだろう。
業界は再編されるべきだ。業界のあり方は進化すべきだ。それが無理ならシステムにおける先進国の地位を日本は保てない。現在のハイテク機器でソフトウェアが組み込まれない製品はない。金融、航空、物流などのあらゆるサービス業の要はシステムだ。システム開発で負けて、ハイテク立国としての日本の地位はない。
強い業界を創らなければ駄目だ。その一石を投じるのは、我々の様なベンチャーの役割だ。業界を変える起爆剤が必要だ。東忠ヘッドウォータースはその様な想いを込めてスタートした。
幕末から明治初期にかけて、多くの人材が生まれた。薩長の二藩を中心に輩出された人材群は、列強諸国と互角に渡り合い巧みに外交も展開した。産業も育て、国のインフラも整備して、日本国を急激に浮上させた。日本の歴史上、もっとも優秀な政府はこの時期に在ったのだと思う。
この人材群が生まれた背景には幕末の動乱がある。薩長、特に長州藩の人間は反幕府勢力と目され、京の街を歩くのにも、いつ捕縛され殺されるかと怯えた事だろう。政界を周旋し、軍事、政治ともに維新を実現する為に、頭脳、勇気、体力を振り絞った事だろう。常にリスクにさらされ、人間の能力を絞り出しながら生きた時間が、多くの人材を育んだのだ。
ある一部を切り取って、物事の善し悪しを論じるのは間違っている。勧善懲悪的に官軍と幕府群論じるのも意味がない。その時期が、日本という国が次のフェーズを向かえる為に必要であり有効に作用したという事実がある。
ベンチャー企業の価値は、ひとつに人材育成力だと思う。草創期のベンチャーは、多くの混乱を内包しながら進むしかない。一人がいくつもの業務を兼務したり、決裁権がどこにあるか不明だったりしながら普通に業務が進んでいく。会社も成長していく。大手ではあり得ないくらい、自由で混沌としている。
更に言えば、ベンチャーは成長しなければ社会に居場所が無い。草創期は総じて不安定な地盤の上に立ち、常に一線の突破を狙っている。今より高みに行くことは命題であり、メンバー全員の共通認識だ。大手はここまで成長にこだわる必要がない。今の社会情勢のまま、今の業務をしていれば全社員が安泰だ。もっとも、今の社会情勢ならの話ではある。
あたかも、幕末の志士達の様な立場が、ベンチャーを支えるメンバー達だ。幕藩体制が続けば、貧乏藩士は貧乏のまま、貧乏浪士は極貧のままだ。諸藩は常に幕府の威を恐れ、辞を低くして過ごさなければならない。
ベンチャー企業も当初は大手の下請けとして、仕事を頂く事に必死だったりする。会社を何とか回している内は食うや食わずだ。一線を突破しなければその状況は変わらない。常に成長に渇望し、挑み続けるのがベンチャーの定めとも言える。
その中で、メンバー達も一線を突破することが求められる。自分が過去に経験が無いことを当たり前の様にやらされる。組織が成長するわけだから、中の人間が新しい役割を次々に背負わなければ、運営は不可能だ。
他企業なら平社員くらいのキャリアの人間が管理職となり、大手で言う部長ばりの決裁権を持つ。成長する中で関連会社が増えれば、いつの間にか社長としての任に着かなければならない。こんな事は当たり前の様にある。
「何とかしなければ、どうにもならない」
この様な日常に対処しているうちに、人材として一線を突破していくのだ。教育ノウハウや教育力の話ではない。環境がもたらす必然の話だ。
ベンチャーに行くなら、条件や規模など無視する方が良い。それを求めるなら長い者にまかれるべきだ。現状の条件や社会的な地位など関係ない。ベンチャーの価値は成長だ。成長せねばならないという状況だ。ここに身を投じるなら、現状を見るのではなく成長した未来を見るべきだ。そのスタンスが取れないなら、ベンチャーを目指しても幸せにはなれない。
ベンチャーが生み出す環境は多くの人を創る。あたかも幕末の混乱期の様に、人を磨き圧し、創り上げる。
これがベンチャーの価値なら、これがベンチャーの武器ならば、あえて混乱を作り続けるのが経営者の責務だ。チャレンジしなければベンチャーではない。成長に挑まなければベンチャーではない。混沌を歓迎し、責務を自ら背負い、ベンチャー道を進んでいこう。その未来には、他には無い人材としての自分がある。
これは、HWSのメンバーへのメッセージだ。
HWSには成長しない未来はない。成長無き中で、HWSのビジョンは達成されない。よって、常に成長へのチャレンジを止めない。
その中で、君達に求められる役割は同じではない。今年と来年の役割が同じではこまる。違う役割を自らの意志で進んで背負わなければ駄目だ。
我々が予測出来ない経済的な破綻も近い将来あるだろう。順風満帆で日本経済が推移すると考えるのは、楽観過ぎる。その中で安定し、ビジョンを叫び生き続ける為には実力が必要だ。今の俺たちレベルの実力で、生き残れると思うな。個人も組織も時間との戦いの中で強靱に作り込まなければ駄目だ。
焦る必要はない。ただ、一年ずつ自分が背負うべき役割を変えていけばよい。自分には無理だと思われる役割を進んで背負いきれば良い。精神的にきつかろうが、肉体的にきつかろうが、それをやり切るからHWSのメンバーだという誇りや自信が生まれるのだ。社会からもその様に認識され、我々の存在が際だつのだ。
自分の業績を進めよ。自分の責任を進めよ。混沌の中に身を投じよ。その先には平穏と誇りがある。
最近平穏な日々が続いている。微々たるトラブルは経営をしていれば常に内包しているだろうが、現場レベルで対処しきってしまうので、報告として上がるだけだ。逆に私の平穏な状態を全メンバーが作ってくれているので、次のビジネスを仕掛けられるのだ。
私も含めた全メンバーが、モグラ叩き的に現状に対処していては、未来への推進力は無くなる。資金繰りやトラブル対応などをしていると、仕事をしている気になってしまう経営者も多い。保証人の問題なども絡むので、資金繰りは経営者自身しか出来ないが、それは能力の問題ではなく身を呈するかどうかの問題だ。
経営者は忙しくて良いが、それは追われる忙しさでは駄目だと思っている。攻める忙しさを自らの意志で作ってこそ、全メンバーが希望を持つような未来が作れる。「忙しい、忙しい」と社長が言っているうちは、組織は伸びない。社長の忙しさは言葉ではなく、後ろ姿で示し仲間が勝手に感じ取ってくれればよい。
当然、事業のフェーズやタイミングもある。社長も含めた全メンバーで亀の様に縮こまって守りに入る瞬間もあろう。爆発的に成長し始めた時には、実務に追われる時もあろう。しかし、基本的にそれらの業務は他者に継承出来るはずだ。経営者は未来を攻める忙しさに身をさらすのだ。
HWSは設立してまだ三年だ。全メンバーの9割以上はエンジニアで構成されている。HWSに来る前は経営経験などない。事業を立ち上げた経験も無いメンバーだ。入社当初の認識は俗に言うサラリーマン的であり、作業をこなすのが仕事だと思っていた。
しかし、HWSではエンジニアでありながら経営者の視点で自社を見ることを求められる。営業マン以上のシビアさで成果が追求される。あらゆるオプションを選べる環境下で、自分の能力に合わせて仕事をデザインできる。同じ環境下で成果を出している人間がいる以上は、成果が出ない原因を自分の能力に求めるしかない。
三十歳を過ぎて入社した旬のエンジニア達が作業は出来ても成果を導けない場合がある。原因を他者にみいだそうと当初もがく。もがいた結果、成果を出すも出さないも自分の動きによると悟った時に一線を越える。
HWSの事業部長達から少しずつ依存心が消え始めた様に感じる。会社や仲間を上手く使い、基本的には自己の責任下で成果を作る。会社や仲間を頼るのでも依存するのでもなく、あくまでも自己の責任で成果を導くのだ。
概念の熟成がHWS内で進み、今の表面上の平穏さが実現しているのだろう。その分水面下では、作業者は一生味わう事がない負担を事業部長達は背負っている。その負担を背負わねば、ビジネスを司る人間として名乗りを上げることは出来ない。
HWSにおいて階段を上がるには、仕事を自己完結させなければならない。
一人で全てをやれと言うわけではない。人間、そこまで器用ではない。他者の労力や知恵、なども駆使し成果を上げればよい。成果があがるかどうかの責任を自分が負えばよい。成果が上がるまでのデザインを自分の脳裏に描けばよい。
これが徹底されていれば、成果が上がらなかった時、思い通りの状態が得られなかった時に上司や部下に責任を求める訳がない。理屈に合わない。思ったほど部下の能力が足りなくても、それも加味して成果を導くのがビジネスパーソンの使命だ。思ったほど上司の援助がなかったとしても、それを加味して自己の成果を創り上げるのがビジネスパーソンのスタンスだ。
愚痴や言い訳は決して漏らしてはいけない。組織に悪影響なのは事実だが、実際はさほどでもない。そんな人間が根本的に影響を与えられるほど組織は薄っぺらい存在ではない。愚痴や言い訳を吐いた瞬間に「自分は仕事を自己完結出来ません。認識も能力もそんなレベルです。」とカミングアウトしている様なものだ。
つまり、ひたすら自分の馬鹿さ加減、無能さ加減をひけらかしているに過ぎないのだ。
何か新しい提案をしたとする。仲間が上手く動いてくれないと、「奴らは思ったよりモチベーションが高くないなあ・・・」とか「この会社の結束力はこんなものか・・・」と失望する人間がいる。
HWSに参加するメンバーは基本的に意欲的だ。入社して少し慣れたら何かしてやろうという気概はみんな持っている。心意気や良しだが、認識の未熟なメンバーも入社してくる。意気込みが有って能力が足りない、意欲的だが人を動かす術を知らない、こんなメンバーが上記の様な発言をする。まあ、たまに見かける。その時の私の対応は、「泳がしておく」のみだ。
馬鹿でなければ、現状を突き詰め自己責任で全てをデザインしていかなければ駄目だと気づく。自分の提案で仲間の志気を高めるのは自分の役割だ。自分の提案で仲間達が集まり結束するのも自分の努力と工夫により実現させるのだ。
最近はそんな状況への対処も各事業部長が行っている。事業部長になる人間、頭角を現す人間は全て自己完結型の人材だ。他者への依存心も、他力本願も、愚痴も不満も自分の内側から排除している。そのレベルが上がるほど本来の自分のポテンシャルを発揮出来る。
現状の自分のレベル、業務のレベルは問わない。常に成果を追え。その成果は全て自分の影響下において導け。他者を頼るな。他者は使いきれ。他者のパフォーマンスに期待するな。他者のパフォーマンスに失望するな。それらも全てコミで自分の成果を作り上げるのだ。
自己完結型の人材を目指せ。自己完結型の人材で組織を作れ。かつて無い連携が実現出来るはずだ。
好評につき、勉強会を開催します。定員は40名ですが、既に半数以上は埋まっていますので、ご希望の方はお早めにどうぞ。
日時
1月18日 1月25日 2月1日 2月8日 全四回
11時開始
場所
新宿御苑駅付近
希望される方は、感想メールからご応募下さい。引き続き料金は無料。ただし、事前に面談をしますので、それに通る事と四回全てに参加出来ることが原則になります。
ベンチャーの本分は攻めだ。徹底した攻めの姿勢の向こうに勝機を見いだし、事業を推進するのだ。この認識は多くの起業家に共通しているはずだ。そもそも攻めたから、まかりなりにも起業家としての現状があるのだ。
不況だと言い守勢にまわってはじり貧なのは多くの小企業経営者が思うところだ。しかし、攻めるにもマーケットが縮小している、軍資金が無いなどの理由によって一歩目が踏み出せない経営者も多い。
HWSは、この不況だと言われる最中にベトナムの企業に資本参加し、本格的に教育とマネージメントに乗り出す。また、いずれ詳しく書こうと思うが、某外資系企業との戦略的合弁会社も今月スタートする。関連会社二社の運営が始まる。しかも、同時並行でだ。
また、採用も手綱を緩めていない。今月はまだ半分も経っていないが、すでに応募者で五十名を越えている。良い人材がいれば積極採用を進めるつもりだ。新卒、中途に関わらず良い人材は採る。雑誌などの取材も増えている。注目が集まり始めた昨今、行けるところまで伸び上がろうと思う。
しかし、この攻めの現状において、ほとんどプラスの資金を投下していない。
金は極力使わずに、前のめりで経営しているのがHWSの現状だ。攻めとギャンブルをはき違えてはいけない。お金を使う事が「攻め」なのではない。金は使わずとも攻められる。お金以外の代償を払えば良いのだ。
「俺は守りにはいらない」と言うことで、何かの成功で掴んだ資金を湯水のように垂れ流す経営者もいる。最近の話題で言えば、小室哲哉氏を思い出す。
彼は音楽で成功した資金を使い実業の道へのシフトを狙った。本人的には過去の成功にしがみつかず、新たな未来を模索した攻めの自分に酔いしれた事だろう。この選択は決して間違いとは言えないが、この時に彼がしなければならなかったのは、事業家として事業を理解し把握することだ。
お金の流れ、会計、事業戦略、マーケティング、マネージメント、舞い込んできた案件が資金を生み出すまでをイメージしビジネスを構想すること。
これらを他人のフンドシで相撲を取るのではなく、自分の掌中で事業が回せるように動くべきだったのだ。勉強すべきだった。努力すべきだったのだ。
結果的に小室氏が行ったのはビジネスではない。音楽において成功した資金を周りに群がるハイエナの様な大人達にむしり取られただけだ。デフェンスが甘い人間に美味しそうな話をもちかけて金を奪うのは難しくない。現状の成功を褒めて良い気持ちにさせて、才能を過信させ負けの決まったギャンブルに引きずり込めば良いだけだ。
そんな経営者を過去に何人も見てきた。決して悪い人間ではないのだが、本質的な人の良さ故に簡単に舞い上がり、無防備に人を信じてしまう。本人が悪いのは厳しい事を言う人間を遠ざけ、自分を褒めたり認めたり簡単に儲かる様な話を持ってくる人間を側に置きたがる事だ。まあ、それで破産しても本人の責任ではある。
自分の身体を動かし、前線でビジネスを作る事から一度遠ざかった経営者は再び冷水に身を投じがたい。ビジネスにおいて、部下である社員と比べられるのもイヤだし、景気が良い時にチヤホヤされながら、夜の繁華街を徘徊していた時に比べると毎日がハードだ。
その現実から逃げるために容易く美味しそうな話にお金を注ぎ込む。借り入れをしたり会社に留保してあった資金を投入するだけなら楽だ。経営者の労力は必要ではない。お金が無くなっていく気持ち悪さもいずれ麻痺する。金だけ注ぎ込んで、怪しげな業者にお願いして事業がまわるなら誰も苦労していない。
金だけ注ぎ込んで、後は運を天に任せる行為をギャンブルと言う。経営はギャンブルではない。ギャンブルは攻めではない。経営者としての逃避だ。
金を注ぎ込む時も必要だ。大きな仕掛けには多額の資金が必要だろう。幸か不幸か、私自身は豊富な資金に恵まれて経営をした事がない。いつも、僅かな自己資金を元手に経営に当たってきた。金が無いから頭を使う。金が無いから身体をも使う。金が無いから工夫もする。結果、付加価値がうまれるのだ。また、金の大切さや儚さも実感し続けて来た。
時間を使い、汗を流し、必要なら資金も使い創り上げて行くのがビジネスだ。事業なのだ。金が無いなら無いなりに、汗の量を増やし注ぎ込む時間を増やし、工夫で補い事業を進めれば良い。
あえて言う。
不況下で攻め抜こう。組織を変革し、新しい領域にチャレンジし、ビジネスを創り上げよう。資金もいらない。市況も関係ない。足りない物は努力で埋めれば良い。常に攻めてこそベンチャーだ。チャレンジしてこそベンチャーとしての存在意義がある。
ギャンブルに流されてはいけない。幻想を抱くな。いい話やうまい話はこの世の中にない。自分が流した血と汗の量だけが、未来を保証するのだ。金を使って満足するな。金を使って攻めていると思うな。
弱者が立ち止まっても駄目だ。小企業、ベンチャー企業など社会的弱者だ。巨人の様な企業群からすれば、泡沫のごときだ。弱い者が立ち止まっていては、踏みつぶしてくれと言わんばかりだ。弱者は必死にならなければだめだ。多くの巨大企業が不況だと言って歩みを止めた時こそ、全力で疾走するのだ。勇気を振り絞って走り出すのだ。
不況下で攻め抜け。頭を使い身体を使い攻め抜け。攻めて攻めて攻め抜いた後に、他社には背負えない自社の立ち位置を実感できるはずだ。
11月は新しいメンバーが5名増えた。世間では採用を渋る企業も出始めた様だが、HWSにおいては積極採用を進める。市況に関わらず優秀な人材は必ず収益を生む。自企業にとって有益な人材を採用し続ける事に躊躇はない。デメリットは生まれない。逆にHWSが仕掛けるべき将来の事業を考えると、メンバーの増員は不可欠だし、その為の基盤を作る上で現況はチャンスでもある。
最近の朝礼において、新人メンバーに二点ほどHWSのスタンスを伝えた。
一つは、入社した段階では、まだ新人メンバーは「仲間」ではないと言うこと。入社の段階では、まだ面接に通りそこにいるだけに過ぎない。逆にコスト的にも労力的にも負担であるのが現実だ。その瞬間を切り取れば組織にとってはただのお荷物なのだ。このお荷物が先々推進力として組織の一翼を担ってくれると信頼して入社を決めるのが採用だ。
お荷物である現状を指して「仲間」と言って歓迎する雰囲気には多少の欺瞞を感じる。個人的な感覚で言えばちょっと軽い。仲間となるためには本人の努力と決意を見たい。
先ず現場に自己を投入し、会社の収益に貢献し他のメンバーの負担にならない状態を作り始めて「仲間」と認識したい。この意味で仲間となるのに数日で済む人間もいれば数ヶ月かかる人間もいるだろう。数ヶ月かかる人間は多くのプレッシャーを感じるだろうが、それで良いのだ。そのプレッシャーによって成長は促進され、ビジネスセンスも磨かれるのだ。
自らの意志と努力で「仲間」になれと、新人メンバーには伝えた。
もう一つは、HWSに貢献する為の何かを出せと言うこと。現状スキルが低かったり自分が参画するプロジェクトを決定する前だったりして、収益に直接的に貢献出来ていないとしても、何かしらで組織に貢献する意欲を見せろと新メンバーには要求する。
会社は所属するメンバーによって構成される。ある見方をすれば、HWSという箱にメンバー一人一人が何かを出し合って、企業の強さは作られていると言える。それは時間であったり、情熱であったり、何らかの付加価値であったりする。それぞれが出せる限界の物を出し、それを寄せ集めて企業は作られるべきなのだ。
新人メンバーはまだ自組織に貢献していない。貢献できるまでには時間がかかるかもしれない。収益に直接的に貢献出来なかったとしても、その間出来る限りの物を出して会社という箱にいれなければいけない。難しい話ではない。それは、朝の大きな声の挨拶でも良い。社内でキビキビと動く事でも良い。朝礼で何かしらの発言をすることでも良い。
自分が出来る何かによって、会社をより良くするのだ。貢献出来ていない現状を卑下する必要もない。ひたすら出せる物を持ち寄り組織に貢献する姿勢があれば、その新メンバーを責める事はない。そこまでやって収益が生まれなかったとしたら、それは個人の問題ではなく、組織の問題として全員で支え対処する事だ。
現状の自分の立場を認識し、一つでも多くの貢献を行う。シンプルに言えば、これを要求するだけなのだが、多くの社会人はこのスタンスが全く取れない。新卒の学生などは最たるものだが、若い分だけ修正は効く。このスタンスが取れない三十歳はかなり深刻だ。
以上の二点を伝えた。
この二点が社内文化として徹底している会社が潰れることはほとんど無い。企業は不況では潰れない。企業倒産のほとんどは市況によるのではなく、内部から立ち腐れる事によって崩壊するのだ。
全メンバーが、自分はこの会社に貢献する為に来たのだと心底思っている会社があったらそのしぶとさは想像に難くない。必要であればエンジニアでも総務部でも営業に行き、手数が足りなければ開発も手伝う。大事なのは自組織の勝利、自組織への貢献であり、その為に出来ることは何でもやると言うスタンスを全員が取れれば、筋肉質な強さを実現出来る。
全メンバーが幸せな未来を手にするため、HWSが掲げるビジョンを達成し社会から信頼と尊敬を勝ち取る為にも、入口の段階で正しい方向を与えたい。
世間で失業率が高いと言っても20%30%も行くことはあるまい。倒産件数が多いと言っても年間に2万社もあるくらいで、法人全体の1%あるかどうかだ。確率で言えば、生き残ることは難しくない。
確率的に言って大多数の企業は不況下でも倒産しないし、大多数の社会人は失業もしない。この話は弱者保護云々の話ではなく、統計的な現実の話だ。よって、自分がコントロール出来ない景気などは気にする必要もない。業界で上位半分に位置する企業が倒産することもないだろう。それは不動産だろうが金融だろうが同じだ。
強力な組織を持って、業界の上位半分以上に自組織を位置させれば当面は安泰だ。つまり不況など一切気にせず、自組織を作り込めば事は済むのだ。
逆にベンチャーとしては、世間が混乱期だと言って騒いでくれた方が既存の市場に入り込む隙が出来てやりやすい。安定した時代には体力がある者が勝つ。これは古今東西不変だ。
体力の強い者と同じ体質、同じ戦略、同じ価値観では小企業は勝てない。いつまでたっても弱い存在として、強者にお伺いを立てながら生きるしかない。
先ずベンチャーが既存の大手企業に対抗できるのは組織力だ。ビジネスモデルやアイディアなどには当たりはずれがある。コンスタントに発動され競争力を生み出すのは組織力だ。組織の文化を創り人材を作る事によって、強靱な組織が出来上がる。大規模の企業には今更実現出来ないほどの密度で組織構築が可能なのが、後発の小企業の優位性だ。
先ずは入口からHWSとは何たるかを徹底したい。入口を間違うと残りの時間が無駄になる。
しかし、今月入社したメンバーの顔つきを見ていると、普通の社会人が退きそうなHWSの主張にも嬉しそうに反応しているので、未来への希望を感じる。「お前らはまだ仲間じゃない」と言われながら心なしか嬉しそうな顔をしている。「頼もしい仲間」と心から言える様な動きを今後に期待したい。
米国で初めて黒人大統領が誕生した。真価が問われるのはこれからだろうが、何かしらを期待させる雰囲気はある。強いリーダーシップを発揮し、アメリカの国益のみならず世界に貢献する国家を創り上げて欲しい。それが米国の未来にもつながるはずだ。
オバマ氏のスピーチも立派だが、案外「分かっているな」と感じたのはマケイン氏のコメントだ。敗戦後にオバマ氏の勝利、人間性を称える事によって、自分自身の価値や人間性も上げていた。自分の目指すところは大統領選の勝利ではなく、アメリカの繁栄であることをスタンスとして示していた。上手いなと感じる。
逆に日本の政治家を見てみる。野党群は与党が何を示しても激しく否定するのみだ。「これが野党の存在意義だ」と言う意見もあるだろうが、政権政党たらんとするなら正しい対応とは思えない。また、認めるところと拒否するところのメリハリが無い姿勢では、正しさを追求したいのではなく、ただ単に否定したいのだと映ってしまう。反論の為の反論に日本の未来をゆだねる訳にはいけない。
もし私が民主党の代表だったら、もっと認めるところと否定するところのバランスを取る。それによって、本当に通したい一言に価値を持たせるはずだ。このバランスを欠いたコメントには説得力が無い。小泉元首相には、このバランス感覚を感じた。
政治家が発する全ての言葉には「良い国を創る」「国家の勝利を実現する」と言う柱を通さなければいけない。党利や私利を感じた瞬間に民衆は冷める。党が力を持つのも手段だ。自分が当選するのも手段だ。あくまでも、強い国、豊かな国、世界に貢献できる国を創るための手段だと言い続け示し続けなければ駄目だ。選挙対策などは、決して表に出すべきではない。臭わせるべきでもない。
日本の政治家に要求があるとしたら、正義を貫いて欲しいと言うことだ。民意を代表する必要もない。ほとんどの国民より多くの情報を握り、優秀だからその地位にいるはずだ。公に立ち正義を貫いてくれれば良い。時には世論に対抗してでも正義を進めて欲しい。言葉通りの正義がそこにあるならだ。
言葉は使い方によっては大きな武器になる。逆に使い方を間違えると足かせとなる。
話はちょっと変わる。
よく「感謝の気持ちを持ちなさい」「雨が降っても、お客様に叱られてもありがとうと思いなさい」と言ったような自己啓発的な本などがある。営業の指導本などにも、心が折れないような考え方として提唱されたりもする。
以前、営業部隊を率いて経営に当たっていた時に、部下の一人が「ありがとうございます」という文字をテプラで打ち出して、色々なものに貼っている姿を見た。人を馬鹿にするよりは感謝してくれた方がましなので、違和感を持ちながらも泳がせておいたものだ。
感謝をする。ありがとうと言う。これは大事だ。
言葉通りに使われるなら、否定の余地は一切ない。人間として持たなければいけない価値観だ。ところが、言葉には色々な感情や意味が込められる。この、美しい言葉も使いようによっては、ビジネスパーソンを腐らせる。
例えば、感謝している場合ではない場面もある。自分の準備不足や努力不足によってお客様に叱られた時に、気づかせてくれてありがとうと最初に思ってはいけない。自分の駄目さ加減に傷つかなければ駄目だ。感謝という甘美な感情に自分をつけ込む前に、現実に傷つき血を流さなければ成長は無いのだ。
本来、痛まなければいけない心を、都合良く守る為に使われるとしたら、感謝という言葉は最悪だ。言葉は使い方一つで全く違う出口を示すのだ。感謝して良い場面を、正しく認識し「ありがとう」と思えるなら良い。感謝を上手く使い、辛い現実から逃げるのは駄目だ。この認識が無い人間が「感謝」「ありがとうございます」を連呼し、心が強くなったような気になっていては片腹が痛い。これが私の得た違和感の根源だ。
マケイン氏のスピーチは言葉通りのオバマ氏に対する賛辞の裏に、自らの存在をどの様に見せるかという意志が込められている。言葉は上っ面の音と、裏側の意志とによって成立している。その両面を支配したオバマ氏が今回の大統領選では勝利したのだろう。
我々はこの言葉を使って事業を進めなければならない。多くの賛同者を募り、事業を創り上げなければならない。
正しいことを言えば、世が受け入れてくれるなら苦労はない。正しいことを正しく伝える必要がビジネスの世界にはある。正しいと信じたことを実力で世の中にねじり込まなければならない。ベンチャーのビジネスとは一種の啓蒙活動だ。かつて無かった価値観を実現することだ。言葉と実体を持って、未来を示して行きたい。