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経営バランスを取るための要所は、あらゆる事象は重層的である事の理解であろう。起きた事を点でとらえ、動揺したり対処していてはきりがない。その事象は過去の流れを受けて起こるのだ。起こった瞬間の問題ではない。
また、会社の制度や戦略なども、誰にとっても完全なものはない。現状にある要素を使い戦略は実行される。市況によっては、社内のある者に有利な立場を与えたり、ある者に負担を強いたりする。これが刹那的に平等である必要もないし、平等であることはあり得ない。
大事なのは現在採れる手段の中で、最も組織の勝利に近い戦略を選ぶことだ。その為に個の存在は一時忘却しなければならない。一人一人を平等に、不満が無いようにと考えて行って、適切な戦略を採ることは不可能だ。組織の勝利を最優先課題に出来れば、個の不満は消えるし、最終的には全メンバーが幸せになる。
富も社会的影響力も個の性能を示すことによって獲得できるのではなく、組織の勝利によって得るものだからだ。
私がHWSのメンバーに対して、未熟さや成熟を感じるのは、その発言にどれだけ大局観があるかによる。
HWSが現在布いている制度にもメリットデメリットがあることは誰よりも私が承知している。
現在HWSには11の事業部がある。百数十名の規模にしては多すぎるという意見もある。もう少し中央集権な仕組みにした方が、戦略を実行する為に無駄なく人員や資金の投入も出来る。時間のロスもなく、私の即断で人の割り振りから予算まで決定できる。その瞬間でのマックスのパフォーマンスを出せるだろう。
中央主権のメリットはある。しかし、HWSはこれを選択しない。
HWSが十年後二十年後に世界で戦うグローバルIT企業となる為には、今のメンバーの性能では無理だ。今のメンバーがビジネスパーソンとして育ち、規模の拡大を吸収できるほど中核のリーダーとなれなければ、発展をイメージ出来ない。メンバーが現状を越え早期に成熟せざるを得ない制度を取らなければHWSのビジョンは絵に描いた餅となる。また、現状の人数でも中央集権にすれば、フォローの手間も中央に集まる。当然、メンバーの教育やマネージメントに穴が空き、未熟なメンバーの脱落が増える。
HWSに根本的に合わないメンバーは退場すれば良いが、合わないのではなく未熟な故にこぼれていくメンバーを救う義務は企業にある。事業部長が乱立し、彼らが教育の責務を高いモチベーションの中で負うので、HWSは理念のままに運営出来ているのだ。
もっとも自然な流れの中で、事業部が統合され減少していくのは止めない。メンバー達が組織の勝利を優先させ、そう選択するのは間違いではない。それも一つの進化だ。
話を戻せば、全ての制度には利点も弱点もあり、その利点を使い勝利を導くのがビジネスパーソンの本分なのだ。弱点を騒ぎ立て、得意顔をしても受け入れるビジネスパーソンはいない。
トラブルや負荷はビジネスを運営していけば状況に応じて各所に生じる。端を見て全体の善し悪しを論じる人間とまともなビジネスの話は出来ない。それは巨大な組織の中をつつがなく泳ぎ渡る為のスキルだ。全ての実体を作るべき事業家の態度ではない。
大局観の欠如から、多くのサラリーマン達は容易く不満や愚痴を発する。会社がアグレッシブに攻めれば、現場にかかる負荷や、発生するリスクに対する不満を語る。会社が攻めずに停滞すれば、仕事がつまらないだの裁量が少ないなどの愚痴が生まれる。
これは状況の問題ではなく、個の性質による。こんなメンタリティーの人間では、どんなにチャンスが目の前に来ようとも、掴むことは不可能だ。一生、閉塞感や不遇観の中で苦しむしかない。
自社の話をする。
この度、HWS内で最大のメンバーを抱える事業部が解散する。何故なら、事業部長が社長としてベトナムに赴任しなければならないからだ。HWSの発展の為に、現状あるリソースから最良の選択だと考えられる。少なくても私の経営判断では最良だ。
その判断の前提は、赴任する事業部長が消えても、次のリーダーが名乗りを上げ、今まで以上の成果を出すだろうと言う期待だ。一人一人のメンバー達も事業部長の穴を埋め、安心してかつてのリーダーがベトナムで仕事に没頭できる状態を作ろうと必死になるだろうという期待を前提に最良の判断をしたと思っている。
当然、この前提が崩れれば最良の判断とはならないだろう。ここはHWSという組織の成熟度、強さをかけた勝負でもある。
本来なら事業部長が数年は現在の落ち着いた状態の中でリーダーシップを取ってくれるはずだったと、不満や不安を口にするメンバーがいるかもしれない。これを好機ととらえ、高いモチベーションを持って頭角を現すメンバーもいるかもしれない。
これによって、各メンバーの成熟度や信頼度は試される。普段の発言、行動に信頼感の無い人間を、後に重責に付けるほど私自身アマチュアではない。混乱期にはリーダーとしての成熟や信頼が試されていることをビジネスパーソンは忘れてはいけない。組織の勝利を最優先させ、大局観の中で自分の動きを決められない人間に、管理職を任せる気は微塵もない。
ここだけの話だが、私は結構歴史好きな方だ。
私が歴史から学んだのは、やはり全ての事象は重層の中にあるという事だ。歴史の中で起こったあらゆる事を善悪では見なくなった。また、歴史の一場面を切り取って、批評する事も止めた。全ては流れの中にあり、いくつかの側面を持っている。
リーマンブラザースの倒産も、その瞬間を切り取って善し悪しを論ずる気がない。それ以前の金融ブームで、多くの人が幸せを味わったはずだし、今回の破綻劇により米国が何かを学び未来の幸福へとつなげるかも知れない。破産は非常にネガティブな状態だが、その瞬間を切り取って、批評するのはナンセンスである。
日本では数年前にライブドアショックがあった。現状の堀江氏を見て成否を言うのも間違っている。彼の功績も大きかっただろうし、その恩恵にあずかった人もいたはずだ。彼がしでかした未熟さ故の失敗もあったろう。それを指して失敗と言うのも間違いだ。堀江氏にはまだ長い人生が待っている。その中で、最終的に成否を判断すれば良いのではないか。今はその途中に過ぎない。
日本の敗戦、明治維新、バブル崩壊と様々な歴史的な出来事がある。いずれにしろその瞬間を切り取っての成否も善悪も無い。歴史の流れの中に、何かしらの発露としてあらゆる事象は浮上したのだ。
世界のトヨタが赤字に転落した。多くの派遣社員を解雇した。その善し悪しを今語る事も出来ない。今までのトヨタの強さによって食を得て幸せに暮らせて来た人も多いはずだ。また、解雇される人の裏には、その何倍もの生活を確保出来ている社員もいる。解雇側にだけライトを浴びせて、善し悪しを論じるのも見るに堪えない。
歴史は一面を切り取って批評するものではない。歴史から学ぶのは、全ては流れの中にあるという事実で良い。
また、歴史から学び未来を予測する必要もない。いくら歴史を眺めた所で確実な未来など予測出来ない。
歴史から学ぶべきは本質だ。社会や経済の本質だ。人間の本質で良いのではないか。それを理解し、己の行動規範とすれば良い。自社の正義とすれば良いのだと思う。
よって、いかな未来が待っていようが、我々は本質を追い求めて経営を進めたい。組織はミッションがあるから生まれ、そのミッションを成し遂げるために存在する。ビジネスはより多くの人類を幸せにする為にあり、その為の製品やサービスを生み出し運営する。時勢に流されず、目先の利も追わず、HWSのミッションをひたすら追い求めれば良いのだ。
歴史が重層的な事も、経営判断は大局観から来ることも本質だ。その本質を理解することがビジネスパーソンとしての成熟であり、リーダーの条件なのだ。
混乱と発展の中で多くのメンバーを、一歩ずつ本質に近づけるのが私の役目と定め、経営と育成にあたっていこう。
今年も年の瀬が近づいている。一年を振り返って感慨にふける気もない。私の興味は来年以降に注がれている。
本年に関してはほぼ目標通りの売上も達成したし、組織の成熟も進んだので良しとしよう。更なる急成長を実現すべく、来年も仕掛けに回らなければならない。
同じ忙しさでも、守勢に回った忙しさでは精神が疲れる。トラブル処理に奔走したり、資金繰りに駆け回ったりしても志気は上がらない。物理的に同じ時間を使い、同じ神経を使っても、攻めているなら常に高い意識で仕事に臨めるはずだ。攻め続けていれば、フォロー的な作業は激減する。同じ時間を使うなら攻めに使った方が精神衛生上遙かに良い。
多くの経営者や、管理職はどこかで仕掛けるのを止める。仕掛けるのを止めた瞬間から組織は停滞し、しばらく楽な時間が続いた後にフォローに追われることになる。マンネリズムからメンバーの志気が落ち、その停滞感の解消の為にミーティングを取り、イベントを行いメンバーの意識をつなごうとする。一時期に目先をごまかすことは出来るが、本質的に腐敗し始めた組織はフォローでは蘇生しない。
リーダーは、特にベンチャー企業におけるリーダーは攻め続けなければ駄目だ。メンバー達がついてこれるかどうかのギリギリまで攻め続けなければ駄目だ。ギリギリの攻めの中には、個人と組織の成長がある。チャレンジが各人に高いエネルギーを与える。
自分の性能を越え降り注ぐ業務に対応している時には、ネガティブになっている暇はない。必死に食らいつくのがやっとだ。没我の中で厳しい状況に対応した後にのみ、人間の成長は実現できる。その状況を作り続けなければ、組織と個人の成長は止まる。
私の視野には、常に会社の未来がある。そして、目の前のメンバー達と話す時も、彼らの何十年後の未来を見る。その観点から常に正しい決断を下し、正しい提言をする義務が、私にはある。
未来を見た時に、安穏とした時間をメンバー達に与える意味が見あたらない。彼らの未来には成長しレベルの高い人材としてビジネスに取り組む姿しかありえない。いくらでも成長し、チャレンジできる若い時代に、安穏としている暇はないのだ。
HWSはこの不況下でもよく攻めますねと言われる。しかし、私に言わせれば、守るより攻めた方が数段楽だ。この不況下で守ったら、社内の志気を保つ自信がない。不況を受け入れ、多くの企業と右へならえで組織運営をして、明るい未来などイメージ出来ない。
少なくとも攻め続ければ、フォローの労力は無くなる。攻める労力はかかるが、その労力は望むところだ。
経済は心理によって動く。また経営組織も心理によって、伸びも沈みもする。この心理を支配出来た組織が苦境下を涼しい顔で乗りきるのだ。
多くのビジネスパーソン、多くの経営者に提言がある。
来期は各企業の予算も減り、物理的には更なる苦況が待っているだろう。その中で、守りを固めて乗りきろうと思うから心労が生まれるのだ。
徹底して攻勢にまわれば良い。徹底して攻め抜けば良いのだ。金を使わずとも攻める方法はある。先手を取って攻めれば、ネガティブなフォローに追われることも無い。
個人のキャリアも同じ事が言える。エンジニアがエンジニアとしてのキャリアにいつまでも頼るから先細りになるのだ。三十歳までに育んだキャリアが有効なうちに、次のステップを狙わなければ駄目なのだ。自分のキャリアが賞味期限切れになった後に、次のステップを踏もうとするからチャンスすら無くなるのだ。
会社経営も同じだ。現状のビジネスで収益がある間に、次の仕込みを行わなければいけない。何かに挑戦し、何かを成し遂げてしばらくは、組織はエネルギーで満たされている。綻びは見えない。しかし、一時の成功に頼って攻めの姿勢を解くと、組織のエネルギーは低下し、直接的に関係の無い各所から綻びが生じ始める。
テレビを付ければ朝から「不況、不況」とうるさい。いい加減、マスコミもアホかと思う。信念も哲学もない人間達の不安をいたずらに煽って視聴率をとってどうするのだ。プロなら、もう少しクリエイティブな攻めの番組を作れないものかと思う。
時代の雰囲気から多くの社会人達も不安を持つだろう。不安を自力で解消する自信が無い多くの社会人達は、リーダーや会社にその矛先を向けて愚痴を吐き、批判の言葉を繰り返すだろう。しかし、そのフォローに時間を使うだけ無駄だ。フォローして解消出来る問題ではない。
その時の正しい対処はフォローではなく、組織のビジョン、組織のミッションに殉じ、全速力で進むだけだ。リーダーが一点の曇りもなく全速力で進めば、メンバー達は自然と歩調を合わせる。
リーダーが立ち止まり、停滞するからメンバーも立ち止まるのだ。リーダーが「不安だ不安だ」と騒ぎ立てるから、メンバーも浮き足立つのだ。不安だと言えば現状が変わるなら、何百回でも叫ぼう。しかし、呪文の様に不安と不満を口にしても、誰も幸せにならない。一番幸せにならないのは自分だ。現状を変える手は一つしかない。ひたすら全速力で進み、現状を突破するしかないのだ。
HWSも盤石ではない。盤石言えるほど、成熟したリーダーのみで構成されている訳ではない。しかし、私はスタンスを変えない。メンバー達全員の未来を創るために、メンバー達全員の成長を実現する為に、ひたすら全力で攻め続ける。彼らが成長と発展のみを考え全力で前進出来るように、確固たる支柱となるのが私を含めた多くのリーダー達の責務であろう。
本日は今年最後の社員総会だった。事業部長や取締役から今年一年を振り返った講話などがあった。改めて振り返ると、よく一年でこれだけ前進したなと思う。一年前では私すら予想出来なかった現状を迎えている。
初めての新卒の採用から内定者研修。研修の中身はHWS独自のものだ。他社も随分参考にしているようだ。(株)東忠HWSの設立、ベトナムIT企業への資本参加決定。これに伴って社内から社長選出。社内ポータルをメンバー達が自力で開発、運用。多数のメディアにも取り上げて頂いているし、新しい事業部長も増えた。第三者割当増資にて、資本も強化した。
ざっと挙げてもきりがない。これらが全て一年以内に実現されている。全メンバーの総力を結集し、挑戦の日々を続けた結果、今がある。海外事業部などは国内の不況をよそに、米国のプロジェクトに参画し、新しい道を画策している。
相対的に見れば市況は傾いているのだろうが、社内にいて不況を感じることは少ない。HWSに出資して頂いたVCの担当者には、毎月の役員会に出席して頂いているのだが、「こんなに明るい役員会は昨今見ない」とご評価頂いている。本日の社員総会も笑いで満たされていた。当然、かなりシビアな話もあるのだが、それは深刻になる要因ではなく、真剣な雰囲気を作るきっかけだ。
エンジニアをビジネスパーソンとして世界に送り出すHWSとして、何よりも嬉しいのはメンバーの成長を感じた時だ。いつも酒に飲まれている木村事業部長は、入社の時に居酒屋をやるかエンジニアとして極めるか迷っていた。料理が好きだし、酒も好きなので自分が一番輝けるのは居酒屋ではないかと考えたらしい。少し考えた結果、エンジニアの道を選びHWSに入社した。本日は、彼がこれからの事業部の方針についてプレゼンをしていたのだが、これが素晴らしかった。
HWSの理念を良く理解し、それを大筋で外さずに自チームの役割を考え、先々の戦略やチームの理念を話していた。プレゼンの力もかなり上がっている。ちょっと優秀なSEだった彼が、リーダーとして一皮むけた印象を受けた。六本木を徘徊している下手な経営者よりもよほど経営者然としている。リーダーとしては、間違いなく格上だろう。
前回も書いたが、入社の時はまだまだひ弱なエンジニアだったメンバー達が、片道切符でベトナムに行くと言い立候補を平気でする。理由は外国が好きとか、英語がしゃべりたいではない。組織の勝利のために、誰かが手を挙げてその役を担わなければ駄目だと言う理由だ。私ではなく、公の為に必要を感じ、身を挺するのだ。
HWSの財産は何か。
HWSの財産はこの企業文化であろう。企業風土であろう。必要であれば私を捨て、ベトナムにも行くし、事業部長にもなるという常識であろう。
進んでリーダーシップを取らなければならないという使命感であろう。自分の給料分の売上を確保しても許されず、仲間達を食わし、HWSのビジョンを進めて初めて許されるというボーダーラインなのだろう。
HWSは統治するのは私ではない。株主でもない。社員に媚びる為に「社員が一番偉い」とも言わない。HWSを統治するのは、この企業文化だ。HWSとして何が正しいかというルールだ。
このルールに則り、各メンバーは機動的に現場にて最大の成果を狙えば良い。これには私も逆らうことが出来ない。私個人の感情なども、どうでも良い。
この企業文化は成長し続ける。有名無実な紙に書いた理念もいらない。全メンバーの血液となり、生き続けるのが文化であり理念だ。だから、固定されず成長し続けるのだ。
私の役目は、組織を統治する企業文化を生み出す最初の呼び水となる事だったのだと思う。そして、その文化が本来の姿から曲がらない様に、監視し肥やしをやり、育てていくのが私の役割なのだと思う。成果を担保するのは私ではない。HWSの組織力だ。
現状の市況ではあるが、私自身はリスクも恐怖も全く感じない。ここで断言するが、市況によってHWSが傾く可能性は皆無だ。HWSが倒れる時は、内部から腐敗し朽ちる時だけだ。文化が腐敗し、メンバー達が自ら自社を否定した時だけだ。
株価も景況感も無視だ。考えて変わる要素でもない。以前、HWSは永久にベンチャーとして進むと書いた。常に変化を目指し、誰も実現した事がない価値を狙う。いかな理由があっても停滞は許されず、前進しなければならない。
挑戦と変化の中にリスクは感じない。ベンチャー企業家として半生を費やして来た私がリスクを感じるのは停滞の中にいる時だけだ。挑戦にはエネルギーが伴う。組織内がエネルギーで満たされているのに倒れる企業があるとしたら、相当経営者が無能なのだ。これは私自身への戒めの言葉でもある。
よって、我々はHWSのビジョンに向かい全力で進む。微塵の停滞も許さず、前進する。全速力で進む中に、HWSの文化が醸造され、安定と繁栄を実現するのだ。
我々が真の安定を示そう。真のベンチャーとは何たるかを示そう。それを実現する為に、組織の統治者たる企業文化を育てよう。その為に各人が身体をはり、他社が真似できない成果を狙おう。
かつて一度だけ業績不振の中、数名の社員に会社を辞めてもらったことがある。HWSを設立する前なので、七年ほど前になろうか。非常につらく嫌な役回りであったが、それを伝えるのは社長である私の義務だし、一人一人に思い入れもあったので自分の口で話したかった。
創業から厳しい状況も共に耐えてきた仲間だったので、話している途中で泣かない者はいなかった。彼らは一様に自分の力不足を謝罪していた。私も、自分の力不足を詫びた。
その後、その会社は何とか生存し、ボードメンバーとの方向性の違いから私も去った。
昨今、人員削減のニュースが紙面を賑わしている。特にソニーが全世界で16000人の人員削減を決定したというニュースは世間を震撼させた。まあ、バブル崩壊後の日本ではもっと多くの企業が次々に数千人単位の人員削減を実行したので、私としては驚きを感じない。
多くの人はしばらく安寧な時間が続くと過去の厳しさを忘れるようだ。それが人間の強さなのかもしれないが、前回の巨大な不況からまだ十数年しか経っていない。その時の記憶があるなら、今回の状況は想定の範囲内だろう。驚くにも値しない。
ただし、前回の人員削減ブームと今回の人員削減ブームとでは違いがあるように感じる。戦後五十年の間、終身雇用を是としてきた日本企業がやむを得ず禁断の領域に踏み込んだのが、バブル経済崩壊後のリストラブームだ。今回は以前より、決定が早くあっさりしている様に感じる。良く言えば、傷を負う前に早期の決定をしたとも取れるし、悪く言えば人を切る事に対する抵抗が無くなったように感じる。
再三再四話すが、日本の強さの根源を一言で現すなら終身雇用だと考えている。終身雇用により、企業側も従業員側も余計なストレス無く自企業の成長に没頭できたはずだ。一生いる企業なのだから、様々な提言もそのスタンスで行うし、自企業が危うくなれば自分の首が絞まることを皆知っていた。
今では、人材の流動化が日本全体の常識として進み、中途入社や転職などを普通に行う様になった。従業員はいざなれば会社を辞めれば良いと思い、仕事にも人間関係にも粘りが無くなった。個人の生産性も落ち、企業の中にナレッジが溜まりづらくなった。
前述した様に私も人員削減を実行した経営者の一人だ。やむにやまれず実行しなければ全員が最悪の状況を向かえるならば、経営判断としては仕方がないのかもしれない。
しかし、他の企業は別として私に関して言えば、二度と人員削減などしたくない。当然人員削減を決定する前には役員一同は給料を一時的に止め、その後も会社が在る程度回るようになるまでは最低限の給与に抑えて支給していた。何とか全員が生きていけるために、社長も現場に復帰して一つ一つの契約を纏めて行った。やれることは全てやって、その上での苦渋の決断が人員の削減だ。
昨今の人員削減ブームでは、この意志が感じられない。数字の上で会社が回るようなデザインをしているだけではないか。一人一人の人生に思いを馳せない人員削減は極めて楽だ。単純な足し算引き算の世界で最も効率の良いように数値を整えれば良い。正直、馬鹿でも決断できるし、実行できる。
ビジネスの世界の常識だが、人員削減はジワジワやってはいけない。決断したならば一気に限界まで削減し、残った人間には「今が底だ。これから残った人間で結束して頑張るぞ。」という意識を持たせなければ駄目だ。ジワジワやっていては社員達は「次は自分か・・・」と思い、志気が上がらない。
その意味では一旦決断をしたならば、ソニーの様に16000人の人員削減を一気にするのは正しい。問題はそこにいたる上で、一人一人の人生を考えたのか、社長を中心に給料も落とし他にコストを削減する方法を思考し試みたのかと言うことだ。
根本的な話をすれば、ビジネスは人を幸せにする為に存在している。だから、事業家としての自分に誇りも愛着も持てるのだ。ITはITなりに、不動産は不動産なりに、金融は金融なりに、誰かがその製品やサービスを使い幸せになるから、各企業は社会に存在しているのだ。
人間を大事にし、人間の事を常に真剣に考えない企業が、どうやってこれから人を幸せにしていくのだ。人を幸せにする商品を世に出せるというのだ。ビジネスの世界はクレバーなオペレーションで上手く行くものではない。オペレーションの上手さだけで、上手くやれるのなら、IBMやNECがデルにPC分野で負けるはずがない。技術もブランド力も流通網も全てにおいて圧倒的なアドバンテージを持っている企業が後発の弱小企業に負けるのは、ビジネスはオペレーションだけではなく、もっとウェットな執着心や愛情などの想いが必要だからではないか。
本多宗一郎氏も松下幸之助氏も、創業の頃は上手さで会社を立ち上げ運営したのではないはずだ。強烈な思い入れで企業を伸ばしたはずなのだ。
人を数字上でしか考えられない企業は必ず滅ぶ。それはビジネスの世界の根本的なルールに反するからだ。割に合わなくても良い、時には大きな損失を被って良い。最後まで人を守り、人によって事業を推進すべきだ。
全員の力を合わせ、人を幸せにする文化を創れば、それがいずれは商品に落ち、組織力に落ち、企業の競争力を育むはずだ。
HWSはこの道で行きたい。何十年と続くビジネス人生の中では今よりもっと厳しい市況もあるだろう。たかだか二十年の間に、今回の不況とバブル崩壊後の不況と二度の大きな波を体験した。十年に一度くらいは大きな波は来るのだろう。その時々を生き抜き、大きな価値を作り上げる為に、HWSは命がけで人を守ろう。一人一人の人生を考えよう。
そして、もっと大きな影響力を社会に対して持ち、ジャパニーズスタンダードを世に示そうではないか。
HWSでは新卒も所属する事業部、自分の上司を自分で選ぶ事が出来る。先週の日曜日はその前段階として全事業部長と09年の新卒全員で交流の場を持った。
内定者研修において相当教育しているが、基本的な敬語の使い方や、その場を読んで自分を正しく表現するスキルなどはやはり学生だ。これは営業なども教えながらいずれ矯正しよう。
HWSには外見には面白い制度や文化がある。出世するにも、上司に気に入られても駄目だ。自分で収益に責任を持つと宣言し、それに伴う成果を出さなければならない。実務にも人望にも本物でなければ、事業部長にはあがれない。
関連会社の社長も公募で探すし、役員も公募で決める。公募する事によって、本人には責任が生じる。結果を出さなければ、その職にいることが出来ない。結果が出ない時に、誰かのせいにすることも出来ない。
これらの制度は奇をてらって作っているのではない。ビジネスパーソンの育成を考えた時に、多くのサラリーマンが獲得できない感覚を会社の制度を使い教えたいのだ。
そもそも、起業家、自分で事業を作り始める人間であれば、誰かに言われて始めると言うことはない。最低限の成果を出さなければ、そもそもおまんまの食い上げだ。生きていけない。
特にベンチャー企業では、潤沢にマルチな人員がいるわけではない。今いるメンバーから急激な成長に伴って次々に要職に就く人間を探さなければならない。人間の基本的な性能は、ポテンシャルだけでは決まらない。「やる気」や「意地」などによって成果は変わる。熟練の人員がいないのであれば、今いるメンバーのポテンシャルを最大に発揮させなければならない。その為には、何としても成功しなければならない状況に各人を追い込み最大のパフォーマンスを発揮させる必要があるのだ。
その上で、どうしようもないのなら諦めもつく。それがその組織の出来る限界なのだ。最後の責任は私が取ればよい。
この様なスタンスに立ち、最もメンバーの育成に繋がり、最大の成果を狙える制度を考えると、今の様な姿になるのだ。話題性の為でも、メンバーに面白さを与える為でもない。純粋に人を育て、組織を作り、HWSのビジョンを達成する為に最短の道をひた走っているだけだ。
最近、事業部毎に忘年会をやっている。11事業部あるので、全て年内は無理だろうから、一部は新年会になる。事業部毎にカラーがあり、話題も雰囲気も違う。総じて言うならば活気があり、会社の話をよくする。「飲みの席で仕事の話は・・・」という人も世間にはいるだろうが、自分が最も時間を使っている仕事の話で一番盛り上がれない様では幸せになれない。
その場で馬鹿な話も含みながら仕事の話を随分するが、今となって皆HWSの制度を当たり前に考え、それに対応して仕事を進めている。一見、導入が難しそうな制度や、厳しい要求でも、時間と共に慣れるものだ。人間にはそのしなやかな強さがある。
そして、それが当たり前になれば自分のレベルは一歩上に上がっているはずだ。ビジネスは性能もあるが、常識感によって随分成果が変わる。やれることが増えてくる。
今は社長を公募すると言っても、全員普通にとらえている。流石にやり過ぎという雰囲気も一瞬漂うが、次の日にはエンジニア達から当たり前の様に立候補の手が上がる。それがリスキーで激務であることが分かっていても会社が進み自分の成長があるならと手を上げるのだ。
他社の社長様にHWSの制度の話をすると、「理想ですがうちにはすぐに導入出来ないですねぇ・・・」という回答をもらう。ほぼ、どの会社に行ってもこの反応を頂く。私の本音を言えば、導入は出来る。経営者が断固たる意志を持ち、自組織の変革に取り組むなら、エンジニアが会社の為に身体を張り、文句も言わず営業の前線に行くような組織は実現出来る。メンバー達は良かれ悪しかれ、時間と共に慣れる。一貫性があり、未来へのイメージがあり、断固たる改革に当たるなら共闘するメンバーが少しずつ現れるはずだ。
誰も不幸な未来を求めてはいまい。自社が強くなり、その組織に一生を捧げ、安定して高い収入をいつか、得られる事を嫌がる人はいない。導入で多少負担があったとしても、会社が今よりも強くなるなら良いではないか。理屈も筋も通る話だ。
現在ベトナムに行く飛行機の中で、この項を書いている。ベトナムに対する基本戦略はHWSの組織文化を輸出することだ。何百と乱立するベトナムの中小SIerの中で、強靱な組織を作り抜きんでる道を狙う。国も文化も違う中で、HWSの制度や文化を移植出来るなら、日本国内の企業に移植出来ないはずがない。先ずは、我々が身体を張ってこの事を証明し、いずれ日本の他企業にもHWSの文化を伝播したい。カネにはならないかもしれないが、日本中のエンジニアが生涯幸せに暮らすためには、それぞれがビジネスパーソンとして成長出来る環境を各所に作るしかない。これがHWSのミッションなのだから、やれるやれないに関わらず、儲かる儲からないに関わらず長いスパンで取り組むしかないだろう。
成否は三十年後に聞いて欲しい。我々は自ら定めたミッションに殉じるのみだ。
ベトナムで資本参加した企業に、弊社から代表者を送り込むことが決まった。それに伴い社内から「社長」を公募した。
条件は片道切符。給与も赴任の段階では上げない。特別な手当も付けない。身一つでベトナムに乗り込み収益を上げて、そこから報酬も帰りのチケットもまかなって帰ってこいと言う指示だ。
この公募に対し、一週間足らずで6名のメンバーが立候補した。昨日はそのメンバーとの個別面談を順番に行ったのだ。
何もかもがやってみないと分からない中での出向なので、躊躇する気持ちあったろう。子供が生まれて間もないメンバーやプライベートに調整が必要なメンバーも名乗りを上げた。彼らに共通してあるのは、「挑戦の為にヘッドウォータースに来たのだ。」という思いだ。その他の状況などは二次的な事なので何とかするとして、大事なのは大枠として生き方を間違えない事だと理解しているようだ。
すらすらと書いたが、「会社が発展するなら・・・」「自分がやるべきミッションなら・・・」と今の生活を崩して、何年かかるか分からないベトナム赴任を一週間かそこらで決意して立候補するのは生半可ではない。しかも、立候補したメンバーはみなエンジニアだ。世間にはコミュニケーションが苦手だとか、勤怠が悪いとか言うレベルのエンジニアが溢れている中で、異国で四十人からの部下をとりまとめ収益をコミットしてビジネスに当たると言うことを当然の様に考え立候補するメンバーが次々と出るのは異様だ。この異様さがHWSの強さであることは言うまでもない。
話は変わる。
昨日は2010年新卒採用に向けて、第一回目の会社説明会を開催した。この時期だしHWSなどは知名度も低い。しかし、初回にしては参加者は二十名を越え、良い滑り出しだ。去年は一月から採用活動をスタートしたので、一月末に開催した最初の会社説明会は2名だった・・・・。
尤も、その後に評判が口コミなどでも広まり、一気に参加者は増えるのだが。
今年の説明会では、昨年にも増して就職活動中の学生達には苛烈にビジネスの世界の真実を伝えている。彼らの現状の社会的な位置を理解させ、これからビジネスの世界で生きていくための覚悟を決めさせる。
HWSに入ろうが入るまいが、若者に正しい道を示すのは大人の義務だ。人生で接点を持った彼らが、どこかで一角のビジネスパーソンとして大成してくれればと願っている。
HWSの価値は人材の価値だ。人材が紡ぎ出す、組織力、組織文化が最大の資産だ。これはメンバーに阿る綺麗事で言っている訳ではない。実際のところだ。
私の所には各所でビジネスの構築に当たっているメンバーの情報が報告される。
世間では不況だ不況だと言う。しかし、本質的に考えれば不況という状態はあり得ない。よく考えて欲しい。各社が社員のレイオフをすると言う記事が新聞紙面をにぎわせ始めたが、会社に利益を出し貢献している社員を苦境下で切る企業は無い。それと同じように、クライアントやパートナーにぶら下がる下請は、負担になるので蛇口を締め切り離したいだろうが、自社で出来ないような提案や動きをしてくれるパートナーがあり、その力が必要なら切り離す事はないだろう。
ぶら下がるのではなく押し上げるパートナーは切られない。不況を感じることもない。
消費の冷え込みなどでGDPの絶対量が減り影響があるのは分かる。しかし、そもそも今の状態が当たり前だと考えれば仕事が潤沢にあったこの数年間が恵まれてだけで、今が不況な訳ではない。「不況」という単語は固定概念を作るので使わない方が良い。今の市況があり、このレベルはこれから生きている間に何度も来るだろうから、この状況下で会社を回すことを経営と呼ぶのだと位置づけたい。
今以上の好況を必要とするのは経営ではない。宝くじが当たったようなものだと位置づけて、経営に当たりたい。現状で倒産した会社、苦しい会社を批判している訳ではない。自分の求めるレベルを示し、自分を戒めるための言葉を綴ったのだ。
HWSのメンバーは各所で、価値のある仕事を目指し戦っている。世間に存在する様々な開発案件に入り込み、その中でパフォーマンスやリーダーシップを示し更に大きな案件を優先的に獲得する程度は、HWSのメンバーならみんなやる。HWSには営業社員がほとんどいない。営業は基本的に前線にいるエンジニア自身がやる。自分が商材であり、自分が営業マンであり、自分がクライアントに価値を示しクライアントを攻略する戦略を考え進めるのだ。
上から流れてくる開発をこなし時給的な収益を上げるだけではHWSのメンバーとしては十分ではない。そのレベルではHWS的には許されない。HWS的というよりも年齢が上がっていった時に社会の中で存在することを許されないだろう。それが分かっているから、若いうちから将来生き残れるレベルを要求するのだ。
HWSの武器はこの人的資産だ。前線で戦うエンジニアの塊である事実が我々の価値だ。全然で意志を持ち戦えない人間が異国の地にて成果を出せるわけがない。このHWSのDNAを徹底して新入社員達には仕込みたい。
それは本人の未来を保証することにつながり、HWSが勝利にもつながる。更に言えば、日本が世界と戦い勝利する為の人的資源を創り出す道でもあるだろう。
新卒の説明会で話しながら、目の前にいる彼らの育成を考える。心が躍る。社長立候補者の面談をしながら、彼らの成長を見て、彼らの心意気を見て、彼らの更なる育成を考える。これも心が躍る。各所で戦い成果を少しずつ出し、進化を続けるメンバー達の報告を効く度に確信する。
一日の内に、「会社説明会」「社長立候補者面談」の二回にわたり、HWSの価値や若者達の育成方針について考える機会を得たので、自分の心の中が満たされ筆をとったのが本項である。
2010年の新卒採用も始まった。皮切りは東京ビックサイトで開催されたマイナビEXPOだった。300名を越える学生がHWSのブースに足を運んでくれた。いつも通り、一種の啓蒙活動だと考え、入社云々は別として彼らの為に出来る限りの話はさせてもらった。
かなり厳しい内容だったので、会社説明会への参加希望者はさほど多くないだろうと予想していたが百数十名は会社説明会に参加してくれるということだ。
明日の14時から第一回目の会社説明会を開催する。まだ席に空きはあるらしいので、興味がある人はヘッドウォータースまでご来場頂きたい。
新聞各紙では採用取り消しや、人員削減の話題が日々取り上げられている。マイナビの担当者とも話したが、当初組んでいた合同説明会への参加予定を取りやめる企業も多いらしい。知り合いのIT系の企業も何社かは新卒の採用を止めた様だ。
不思議なもので、某大手IT系企業などは希望退職を集い、人員削減を進める一方で新卒の採用を大々的に進めていた。一見矛盾するが、この現象は数年前にも目にした。
この市況下であれば、普段なら糾弾の的となる施策でも正当化し断行出来ることがある。市況がどうであれ、明確に会社に利益を与える人間を削減する企業はないだろう。市況が悪ければ悪いほど利益を出す社員を手放す事に合理性がない。
つまり、市況が悪くなったと言う理由付けで、大手企業が行いたいのは、市況に関係なく会社に寄生し利益に貢献する意志がない社員を切り落とすことだ。
平時であれば、お荷物の関連企業や社員を切り離す事は世論が許さない。大手企業であればあるほど、世論に見張られている。しかし、都合良くマスコミが不況感を盛り上げてくれれば、消費が落ち込むというマイナスはあるが、一方で会社を効率化する為のあらゆる手段を用いられる。大量に採用してしまった人員や、必要はないが作ってしまった関連会社などの負の遺産を精算するチャンスになる。
過去にもワークシェアしながら全社員が生き残る道がある企業でも、時勢に便乗し会社の効率化をはかっていた例は少なくない。今後もこの動きは進むだろう。市況以上に生産性の低い社会人は苦況に立つだろう。
どんなに批判しても、この流れが止まることはないので、対象となる人間は覚悟した方が良い。
この中で、HWSの試みは会社の負担となる人間を作らずに全員で生き残るというものだ。エンジニアに営業を要求するのも、部下を持つことを要求するのも、組織を学びマネージメントを学ぶことを要求するのも、現在レベルの不況は一定のサイクルで何度も訪れることを私自身が良く理解しているからだ。
不況下になった時にあたふたしても遅い。その時に出来ることはほとんどない。最初から苦況を想定し、組織のメンバーを甘やかさずきつい要求をし、育て上げなければ不況は乗り切れない。
企業には採用責任がある。入社とは仲間になるということだ。本人が自ら去るなら追わない。自ら去らなければならないような問題を起こすなら、退去させる。しかし、本人が組織のビジョンに燃え、組織の文化を実践しようと試みるなら切るという選択はない。仲間として育てるのみだ。
甘やかさず、冷たくも接せず、正しい事を要求し追求する。この姿勢でメンバーを育てなければ駄目なのだ。それで逃げるなら追う必要はない。普段、厳しさを見せず結果の厳しさだけをメンバーに味合わせるならリーダーとして失格だ。
私がビジネスの世界に身を投じてからの二十年は決して平坦ではない。多くの苦況を見てきたし、自ら渦中に身を投じた時もある。一定のサイクルで良いことも悪い状況もやってくる。その状況に一喜一憂していては、事業などやっていられない。良い時は、次に来る苦況に備え、悪い時は次に来る好況を想い耐える。塞翁が馬とはよく言ったものだ。
苦況を知っているので、これから社会に出ようと言う学生達にも苦言を呈し、社会に出るための正しいスタンスを要求する。親のスネをかじり生存している彼らには酷なことも十分承知だ。私が学生の時を考えれば、ほとんどの学生達は優秀だし前向きだ。
HWSに来るエンジニア達に対する要求も酷だ。エンジニアとして優秀なスキルがあり経験があっても「だからどうした」という態度で臨む。「何故リーダーシップを取らない。」「何故営業をしない。」「その程度の収益でビジネスマンと言えるのか?」そう訴え要求する。それで、嫌われても良いと思っている。そのスキルと経験では苦況の中で生き残れないのを知っていながら当面の利益の為にエンジニアの機嫌を取ることが私には出来ない。
HWSに身を投じ、最初に味わうのは苦さだ。その苦さは真実の味だ。
キャリアのあるエンジニアの面接で「HWSが合う合わないがありますから、よく考えて決めて下さい。」と言っている。しかし、本当に考えて欲しいのは合う合わないではない。今までのキャリアにすがらず、生涯を生き抜けるビジネスパーソンとして一歩踏み出す勇気はあるかと聞いているのだ。自ら誰かの命令を聞き生涯を生きる作業者から、自分の意志で自分の未来を決めるビジネスパーソンへと変貌出来るのかと聞いているのだ。
無駄なプライド捨て、再度謙虚な気持ちでビジネス界への一歩を踏み出せるかを問うているのだ。
一方、新卒はまだ何も染まっていない。偏見もなければ失う物もない。純粋に正しさを追いかけることが出来る。その武器を使い大きく社会に羽ばたいて欲しい。
そんな願いを込めて、語り続ける日々が当面続く。