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ソニーの営業損益が2000億円程度の黒字から、1000億円を越える赤字へと転落する見通しとなった。その理由や経済の話しは、誰かに任せるとして、私自身が自分の胸に刻み込んだのは「紙一重」と言うことだ。
ソニーが予算を発表する背景には、何十人ものアナリストがいる。日本が誇る頭脳を集め予測しても、何千億円という差異が出る。このことの善し悪しは、もはや問うまい。示された事実は、何人も未来を予測出来ない言うことだ。
当然、今期が始まった時には、何千億円もの黒字の可能性もあったのだろう。それが様々な要因の読み違えで赤字に変化した。両方の可能性があり、どちらにも転ぶ。その微妙さから、紙一重を意識したのだ。
私が経営の世界を目指し、大学を辞めたのが二十歳の頃だ。仕事を始めた当時は営業の世界で厳しい経験をつんだ。共にビジネスの世界を歩んだ多くの仲間達は、志し半ばで去った。私より明らかに才能に恵まれた人間も、途中で起業の道を諦め田舎へ引っ込んだりした。
飯も食えず、将来も保証されない中で何故自分は生き残って、志しを追えているのか考える時がある。雑誌などの取材で、その理由を聞かれる時もある。綺麗に答えるなら、「夢が・・・、精神力が・・・、座右の銘が・・・・」などの理由付けをした方が良いのだろう。
本音で言うなら、「たまたまです・・・」と言うところか。
現在は志もあり哲学もある。当時の私にはその様なものはほとんどない。苦しい時に、正しい方向に精神を持っていく術は全く無かった。生き残ったのは、たまたまだ。
人生は多くの選択の結果作られる。朝、30分早く起きるか布団の中で丸まっているかも選択だ。仕事を後5分集中して行うか、手を抜くかも選択だ。その30分、その5分の集大成が現在の自分だ。
日々の選択の中で、自分の人生はどちらにも転ぶ。誇りを持ち、やり甲斐を感じる仕事に取り組めるのもいくつもの選択をした結果だ。才能の差や、環境の差はあるだろうが、紙一重の選択の差で現在に至ったことは間違いない。
紙一重の差で、未来は大きく変わるのだ。
自社を見てみる。
現在、それなりに業績を出している。「このご時世に立派ですね」とも言われる。これに対する私の答は「紙一重です」しかない。今のHWSの組織なら、更に経営環境が悪化しても余裕で生き残る自信はある。生き残るのに苦労はないが、高い業績を上げ続けられるかと問われれば、「紙一重で勝利を掴めば可能でしょう」となる。
今の業績の良さも、組織の強さも気を抜けば一瞬で消える。常にリスクを意識し、良い時も奢らず悪い時も腐らずいれば、永遠に発展出来る。
私の名前は「庸介」と言う。
「中庸」から一字を取り命名された。庸の自には、恒常的という意味がある。
以前は中庸とは、バランス感の取れた姿の事を指すと単純に思っていた。どちらかと言うと、平凡な人間をイメージする名前だとも思った。私の両親も、志しの低い名前をつけたものだと感じた時もあった。
事業の世界に進み二十年の歳月が経った。良い時も悪い時もあった。全てを投げ出して逃げたい時もあった。それなりの成果を出し、自分の実力を過信した時もあった。人生の起伏を若輩ながらいくつか通り抜けた今、中庸の意味は少し変わった。
人間がもたらす成否は常に紙一重だ。その紙一重を理解し、苦しい時はいずれ昇る日を信じ、勝ち誇れる時期には、その陰に潜むリスクを感じ、いつも心を平常に保つ。この境地を中庸と指すのだと思う。両親の期待した中庸へ、今は少しだけ近づいた。
好業績も紙一重で転落する。市況の悪さも紙一重で反転する。それが人の世の常であり事実だ。紙一重を人の意志によって良い側に導くところに自分の価値がある。それを実現する為には自分の心のあり方を中庸に保たなければならない。
多くのエンジニア、多くの経営者に伝えたい。君達の勝利は紙一重の所にある。腐らず、奢らず、己の夢に向かって欲しい。今は見えない紙一重を通した向こう側の世界を目指して、ひたすら歩み続けて欲しい。