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三月から四月にかけては、各事業部長とメンバーとの個別面談が展開される。未来の方向性を定め、日々の業務に集中する為には必要なことだ。人間は生きてく中で多くの迷いを持つ。その迷い故に集中力が欠け、パフォーマンスも落ち、自らの評価を落とす。多くの社会人に見られる傾向だ。
私もメンバーの数が百名近くになるまでは、個別面談を年二回行って来た。評価についても話したが、師として、仲間として、どの方向性を本人が目指せばよいかを全力で考えたものだ。
今は組織も拡大したし、更に進んだ強さを組織が持つためにも、その任は事業部長に託した。彼らは真剣に仲間のことを考え、厳しい話も含めて面談を進めたようである。
現在ベトナムに赴任した若山社長も、HWS流を十分体得した人間なので、メンバー一人一人の未来を考え、現地において面談を進めている様子だ。
多くの未熟な人間は、迷いに直面すると、立ち止まるか、逃避するかの行動に出る。
迷いがあるので、本気で仕事が出来ません。迷いがあるので、仕事に集中できません。こう言って立ち止まるパターンがひとつ。
もう一つは、迷いがあるので、他を探します。隣の芝は青く見えるので、そちらに移ります。こう言って迷いや苦境から逃避するパターンがもうひとつ。
凌ぎを削りあうビジネスの世界では、両方とも命取りとなる。
立ち止まれば他者に出し抜かれる。立ち止まっている状態のパフォーマンスが自分の姿だと仲間にも認識されてしまう。それなりの性能だと思われてしまう。信頼や期待も失うことなる。心情としては迷っている人間を、励まし、ゆっくり待ち、引き上げたいのだが、戦場とも言えるビジネスの前線では、弱者に歩みを合わせれば、組織全体が敗北の危機に直面する。良い悪いの問題ではない。事実の話だ。
迷いにより、一瞬立ち止まってしまうのは人の性だが、それが長引けば仕事人としては命取りになるということだ。
「迷っているので、集中できません」とは甘美な言葉だ。成果が出ないときも、リスクに挑戦しなければいけないときも、自分自身を説得して楽な方向へ進めるからだ。当然、発展的な未来は近づいてこないのだが。ひ弱で無能な上司なら、そう言っておけば話しを聞いてくれる。フォローもしてくれる。正面切って、成長の為に激を飛ばしてくれる上司の方が少ない。
逃避傾向のある人間は更に悪い。
迷った時に思考を停止させ、現状から逃げるという結論に達しては、ビジネスの深みも高みも理解できない。新しい領域に踏み込む時には必ずストレスがかかる。自分が出来なかったこと、嫌なことも背負わなければならないので、気分的には逃げたくなるのは当然だ。しかし、理性の力で、一歩進むからこそ進歩は実現出来るのだ。
人間関係で壁に当たったから、転職します。会社が自分の言うことを聞いてくれないので、転職します。今の仕事の先が見えないので、職種を変えます。
様々な理由で、迷いから逃げていく人は多い。
人間関係で壁に当たって逃げても、次のところで同じ様な状態に必ずなる。より責任のかかるポジションに上げれば上がるほど、人間関係構築に関しては高いスキルが求められる。人と話すのが苦手だからとか、あの人は合わないとか言えるのは、無責任なポジションだからだ。無責任なポジションであることを求めて、転職を繰り返していたら、高い地位や報酬は益々遠ざかり、別のストレスに苛まれることになる。
実力が付き、仲間から必要な存在として頼られる様になれば、ビジネスの世界で人間関係は、ほとんど上手く行く。
プロ野球の世界で考えて欲しい。多少性格が悪くても、気が利かなくても、ホームランを誰より打ってくれるなら、チームとしては大歓迎だ。仲間として、多少の性格の悪さは目をつむる。逆に多少の性格の悪さも個性として扱ってくれる。どんなに良い人でも、三振ばかりするバッターは仲間として留め置くことは出来ない。これがビジネスの世界のルールだし、現実なのだ。
人間関係が上手く行かないなら、先ずは実力をつけることだ。成果を積み重ね、仲間から頼られる事だ。これで、かなりの人間関係におけるストレスは解消される。
仕事の先が見えないと言って職種を変えてみたら、また一から実績を作り直さなければならない。そして、自分の要領の良さだけでは対処出来ないレベルまで向上して来たときに、「この仕事も自分には合わないのでは・・・」と迷うことになる。仕事が合わないのではなく、成長するために必要なストレスに耐えられないだけなのだ。
新しい仕事は、自分の横には落ちていない。ワクワクして、充実感もある楽しい仕事は自分の横には落ちていない。目先が変われば、最初だけは新鮮さで楽しめるだろうが、早晩飽きが来る。
自分が本当に満たされる仕事は、己の前にしか存在しない。前進し、自分が成長すれば、同じ職種、同じ業種でも、全く違った面白さを見いだせるのだ。IT業界も一人のプログラマーとして臨むのか、リーダーとしてチームを率いて臨むか、何を創造するかをも自分で決められる経営的なスタンスで臨むのかで、全く違う仕事となる。自分の仕事のあり方を前へ進めるしか、マンネリズムから脱却する道はない。
迷いがあり、現状から逃避しても、本質的に逃げ場はなく、苦しみを先送りするだけなのだ。
私の経験上、成長する人材は、立ち止まらない。逃避もしない。
迷いは誰にでも訪れよう。しかし、出来る人間は、迷いを理由に、自らの歩みを止めない。迷っていても、目の前にある業務は最高の成果を求める。その為に必要なエネルギーと集中力を常に発揮する。迷うが、それと成果とは全く別問題として扱うのだ。
また、成長する人材は逃避もしない。ストレスがかかっているときは成長のチャンスだ。自分のビジネス体力が鍛えられている最中なのだ。そこから逃げたら、成長の機会を逃す事になる。
人間関係も、仕事に対する飽きや将来に対する不安も、会社に自分の主張を通すことも、全て自力本願での解決を狙うべきだ。出来る人間は、常にその様に動くものだ。
愚痴も、迷いの言も、弱音もいらない。ひたすら自力本願で、未来を創り上げるのだ。歩みを止めず、目の前にある業務に集中し、最高の成果を狙うのだ。迷うなとは言わない。迷うのも悩むのも人間の性だ。ただし、どんな時も、決して立ち止まらないこと、決して逃げ出さないことを忘れないで欲しい。成長する人間、出来る人間の基礎を早期から築いて欲しいと願う。
先日、株式会社インフォランス様の設立10周年記念パーティーに招待されたので、参加させて頂いた。社員の家族も招待され、アットホームな雰囲気の良い会だった。私は乾杯の音頭を仰せつかったので、一言お祝いを述べさせて頂いた。
何人か知り合いの経営者も来場していたが、締めのスピーチはかねてから親交のある某社長が受け持った。学生の頃に事業を起こし、自社を上場まで引き上げた強者だ。初対面でも遠慮なく疑問点は突くし、納得すれば全てを受け入れる。頭の良さと謙虚さを共存させた稀有の人材だ。立場があるからではなく、一個人として魅力がある。
某社長のスピーチの中に、非常に共感を覚えた一節がある。私の記憶の中で消化した上で書いているので、表現が多少違うのはご容赦願いたい。
某社長曰く
現在は百年に一度の不況だと言われている。日本にとって、この百年を振り返り一番の危機はいつだったのだろうかと考えると、もっとも厳しかったのは現在ではなく、太平洋戦争後ではなかろうか。
戦後の日本は多くの壮年の男性が戦死し、国内には労働力もマーケットも存在しない。首都も焼け野原となり、工業の設備も無い。外貨も無いので資源を輸入することも出来ない。工業大国として勝利した経験も自信もない。
あるのは、食わなければならないという本能と、日本が歴史を重ね積み上げてきた国民性くらいのものだ。
その状況下に比べれば、現在の日本には労働力も市場もある。外貨準備金もある。工業大国として繁栄した自信もブランドある。ジャパニーズクオリティに対する信仰は、世界各国で根深く残っている。
戦後に事業を起こすことを考えれば、現在の不況などなんと言うことは無い。あの時代から世界第二位の経済大国を短期間に出現させることを考えれば、現在の市況下から日本一の企業を作るのも、決して難しい事ではなく、奇跡でもない。
私が共感した部分を抜粋し、私なりの注釈を入れると、上記の様な内容を話されたと理解している。
現在の市況によって多くの人は、自分の努力不足やバイタリティの無さに対する言い訳を得るに至った。
売り手市場から買い手市場に移ったと言っても、学生が七割がた就職できるなら、就活の難易度は高くない。上位七割に入れば、そこそこの企業に就職出来る。上位七割に入れないのは市場のせいではない。本人のひたむきさや誠実さが足りなかっただけだ。熱意も人生に対して真面目に相対する成熟度もないので、企業から評価されないのだ。
学生時代にもっと必死に勉学に打ち込めば、今の評価は変わったはずだ。もっと活発に行動していれば多くの経験を得て成熟できたはずだ。それをせずに怠惰に流れて現状をむかえた学生に同情の余地はない。少なくとも学生自身は市況の問題など口には出さず、自らの努力不足に恥ずべきだ。
HWSでは、仲間は命がけで守るとしている。仲間とはヘッドウォータースのビジョンを人生をかけて成そうとする人間の事を指す。その為に、組織に貢献できる人間のことを指す。その意味で、仲間として動くなら組織をあげて守る。よって、基本的にレイオフはない。自ら仲間としての道を降りるなら止める気も毛頭ない。
世間では多くの企業がレイオフに取り組んでいる。企業側の問題もあるが、「企業」には、その一部を担っていたレイオフ対象の従業員も含まれるので、レイオフされた本人の身から出たさびでもある。市況に対する問題を口にする前に、企業の雇用責任を謳う前に、自らが今までの人生において、どこまで努力をしたのか問うべきだ。
厳しい市況と言っても、戦後に比べれば格段にましだ。その中で生き抜き、子供達を育てた先人達がこの国にはいるのだ。今のぬるま湯のような社会の中で、生き抜く力が無いのなら九割がた本人の責任だ。少なくとも、そう思って自分を変え自分を鍛え人生に臨むのが正しいスタンスだ。
人類史上でも希な好景気と比較して、今を悪いと嘆いている場合ではない。良いとか悪いとかには基準がある。その基準の定め方を間違えた主張は聞くに堪えない。
人間は窮地に立つと視野を狭めてしまう。自分だけが苦しいと思い込んでしまう。こんな恵まれない不景気の中で、冷たい企業の仕打ちにあい、何と不幸なのだろうと容易に考えてしまう。しかし、アジアを中心に発展途上国を多く見てきた私には、今の日本に生まれたことが宝くじに当たったがごとき幸運に感じる。市場があること、産業があること、労働力のクオリティが高いこと、多くの国から見れば依然日本は垂涎の的だ。
視野を広げよ。大局観を持て。そうすれば、いずれ真実が見えるようになる。我々は学者ではない。難しい理論はいらない。シンプルな真理を見ればよい。
今の世を不況といっている場合ではない。常に未来への架け橋は、組織の内にある。外部的要因は制御出来ないが、自社を強靭に創り上げることは人為によって可能だ。その可能な事に心血を注げば良いのだ。
楽観も悲観もいらない。ひたすら己が成すことを追えば良い。某社長の話を聞き、共感を覚えたので、この項に書いた。現況の中でしぶとく未来を狙うビジネスマンは山のようにいる。自分が不幸を嘆いている間に、平常心で未来へ向かっている多くの人材がいること念頭に置き、日々のビジネスに向かって欲しい。

最近、各所から取材を受けるが、話した内容と書かれた記事とのギャップにビックリすることも多い。同じ話を聞いても、出来上がってくる文章は人によって全く違う。正確に私の意図を理解し、それをプロらしくインパクトのある表現で書かれる方もいるし、インパクトも無ければ深みのない内容で表面的な単語だけ拾ってある文章が来る場合もある。どちらもプロとして文章を作っている。
これから気づいた点がある。
良い文章を書くためのポイントはヒアリングの能力だと言うこと。聞き上手というレベルの話しではなく、会話の中から背景にある真意を理解する能力が良い記事を書くには必要。レベルの高い文章は、物事の表面を撫でるのではなく、対象となる事象が意味する真理へと近づく事によって生み出される。単純に文章作成能力が高くても、価値ある文章は作れない。高い文章作成能力はプロのライターとしての必須スキルであり、それ自体が競争力の根源にはならない。あくまでもベースだ。
相手の真意を理解する為には、自分の信念や哲学という軸が必要だ。軸を創り上げる為の経験が必要だ。自分の哲学に深みがなければ、相手の深みも理解出来まい。相手の心理や、境遇を慮る事も出来ないだろう。
取材も多く受けるし、他社のコンサルタント(自称)の方にヒアリングされる事も多いが、会話を5分もすれば、相手の深さはある程度探れる。興味を持つポイント、話した内容に対するリアクションなどが、相手の経験や思想の深さを教えてくれる。
真意を知り、その表現方法を考える段階で、初めて文章力が物を言うのだ。スキルが活きるのだ。
これはエンジニアの世界にも通ずる。クライアントが求める真意を知らずして、どの様なシステムを構築しても、顧客満足は得られない。相手の頭の中の映像を理解し、相手が伝えたい真意を知り、その上で開発に当たれるかがSEの技能となる。当然、真意を理解した後にどの様な技術を使い、どの様な構成で開発するかなどは純粋に「腕」が試されるところだ。
納めてみたら、クライアントの要求と全く違うものが出来上がっていたという話しも聞く。これをクライアントのせいだと言うSEも少なくない。「クライアントが仕様をしっかり固めていないのに、開発しろという方が無茶ですよ。」と言う理屈だ。
まあ、素人の戯言であることは言うまでもない。クライアントすら固めきれない要件を理解し、クライアントが思わず「そうそう、それが欲しかったんだよ。」と言ってしまう様な提案が出来て初めてプロだ。クライアントに対して主導権を握り、ビジネスを進められるというものだ。プロならこのレベルを目指し、一切の言い訳は放棄すべきだ。
システム開発なら途中でレビューをしながら修正出来るが、メディアに掲載される記事などは次々に個人単位で作成しなければならないだろうから、成果物の差が修正出来ないまま明確に出てしまうのだろう。本質的にはシステム開発の世界と変わらない。
プロの道は険しい。学生が一朝一夕で登れる道ではない。業種、職種はいくつもあるが、若人達には己が進む道でプロフェッショナルたらんとして欲しい。プロとしての誇りや自信を持って、仕事に当たれる未来を実現して欲しい。
HWSにおいては、各人がエンジニア道を極めなければならない。クライアントの真意を知るために、経験を重ね修練を重ね、道を登り続けなければならない。
本当のプロに出会ったときに人は感動するものだ。常人が不可能だと思うレベルにまで自分を高めた姿は多くの人の心を打つ。我々はエンジニア道において、関わる人達の心を揺さぶる存在でありたい。プロとして人の心を動かすまで道を極めなければならないのだ。
本日発売の「週刊ダイヤモンド」営業力特集に、HWSが掲載された。
▼週刊ダイヤモンド 詳細ページ
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HWSは130名を越えるメンバーの内、9割以上がエンジニアによって形成されている。営業社員もほとんど存在しない。営業はエンジニア自身が行う事を是としている。これにより無駄なコストを抑えると同時に、エンジニア自身が取り組むプロジェクトの選択権を持ち、同時に責任を負う事になる。あらゆる言い訳を排除する代わりに、自由度が上がる。
結果、財務的にもかなり強固な組織になっている。また、金曜日行われた事業部毎の定例会では、新規のプロジェクトの話しが各所から報告された。HWSにおいては需要の方が多い状況を実現している。
この仕組み、この概念の特異性に興味を持って頂き、今回の掲載へと繋がった。
エンジニアが営業も行う。エンジニアが経営的な観点に立ち、予算に対して責任を持つ。これは言うほど容易い話しではない。
恐らく、既存のエンジニアの中でも才能と環境に恵まれた一部のエンジニアは営業もこなすだろうし、強いリーダーシップも発揮しているだろう。立場が上がるにつれて、適切なコスト感覚も身につけるはずだ。
しかし、HWSの試みは、これらと事例とは根本的に違う。我々が成そうとしているのは、エンジニアのスタンダードを変えることだ。一部の才能に恵まれた人間が、生涯のキャリアパスを構築するのではなく、全てのエンジニアが希望を持ち、その職を全う出来る道を作ることだ。
よって、HWSでは全てのエンジニアに営業スキルを求める。全エンジニアにコスト意識を求める。人間が鍛えられ、更なる力を得る為には修練が必要だ。生涯の食を確保する為に必要な修練をメンバー達に要求し続けるのが、HWSのスタンスだ。
先週お会いした人材系コンサルタントの方が、新卒研修の話しをしていた。入社した新卒者が採用前と採用後のギャップでやる気を落とさないよう布石を打つのが研修のコアだと言う。
高い意識を持って入社しても中小企業には大した上司もいない。良いことを言って採用してみたものの、実際は張りぼてで中身は高いモチベーションも楽しい職場環境もない。これに対して、「上司が悪かったら、自己を鍛える場だと思え」「皆さんの研修は先輩達が稼いだお金で行われている。先ずは期待に応えなさい。」などを得心させるらしい。
私が一言「入社前に真実を伝えて、採用活動に当たった方が良いんじゃないですか?」と訪ねたところ、「それじゃあ、採用できないでしょう。」と一蹴されてしまった。そんなニーズもあるかと思い、それ以上突っ込む事を思い留まった。しかし、HWS的スタンスで言えば、厳しさも企業としての弱さもちゃんと伝えた上で、自社のミッションもオープンに語り採用しなければアンフェアで駄目だと言うことになる。
よって、上記の様な研修はHWSには必要ない。会社説明会の段階から苛烈なまでにハードワークを求めビジョンへの共鳴を求める。それに合致した人間以外は採用しない。
話しを戻す。
HWSがメンバーに求める要求は高いが、それらは採用前から話されていることだ。それを覚悟出来る人間だけが残りHWSを構成している。だから、仲間達に誇りが持てるのだ。社員への配慮や媚びではなく、心底仲間達を誇りに思うと言えるのだ。
HWSの挑戦は今年度も続く。それは派手なコンテンツやビジネスモデルの事ではない。時間がかかる地道な工程を経て、エンジニアの革新する為の挑戦だ。
各メンバーがエンジニアとは何たるかを再度考え、エンジニアという仕事に誇りを持ち、エンジニアが希望溢れる職種として完成するまで挑戦しなければならない。これがHWSのミッションだ。
我々は営業マンを作りたい訳でも、優秀な管理職を作りたい訳でもない。あくまでも我々はエンジニアの集団だ。技術を武器に戦う人間達の集団だ。
我々は、技術的にも中途半端なくせに、その他のビジネス感覚からも逃げて来た、従来のエンジニア像と決別するのだ。技術を生涯突き詰め、ビジネススキルを身につけて技術の活かし方を知る人間としての道を進まなければならない。エンジニアの仕事が四十歳で終わるのではない。エンジニア道を極める事から逃げた中途半端な人材が、四十歳近辺を境に職を失うだけだ。エンジニア道を探求し、社会に必要な存在として在り続ければ、年齢によって職を失うことはあり得ない。
我々の決意の一端、我々のチャレンジの一端を、この度は取材して頂いた。

HWSでは、あまり社内のノウハウや情報を隠そうという意志が無い。基本的に効果が有ったことはフルオープンで社外にも公開する。私がブログを書く時も、隠蔽しようという余計な配慮がいらないので楽なものだ。
フルオープンで情報を公開する理由は二つある。
一つは、同業界で情報を共有し、業界全体の進化の一助となればと言う想いである。HWSだけが儲かれば良いと言う気持ちは私の中に無い。綺麗事ではなく、業界全体が進歩し競争力を持った方が我々にとってもメリットがあるからだ。
例えば、ベトナムと日本を比べてみる。ベトナムにも優秀な人材はいる。優秀な企業もある。しかし、国単位で高い競争力を有するに至らないので、平均所得も低く、企業規模にも限界がある。一社が頑張っても、一社が儲けても、限界がある。業界全体が盛り上がり競争力を有すればレバレッジが効く。綺麗事抜きに同業種の各社は、業界全体の勝利を考えるべきだ。
もう一つの理由は、自負心だ。HWSが標榜する事業、仕組みを成せるのはHWSしかいないという自負心だ。もし、HWSのノウハウを知り、HWS以上に良い組織を作る企業が生まれるなら、HWSのミッションはその企業が先に成し遂げればよい。その方が、世の中の為になる。
我々は明確なミッションを掲げているが、我々以上にそのミッションを早く、上手くやる企業があるなら、HWSの存在はそもそも必要ない。より強い会社にミッションを任せる事が世の為になる。ただし、現状ではHWSのミッションはHWSしか成せないであろうという強烈な自負心がある。ノウハウを真似て追随できるレベルの組織を作る気はない。
と言うことで、現在HWSが行っている新人社員研修についても、オープンに書かせてもらう。
研修合宿も終わり、本格的な業務が始まった。しかし、エンジニアの世界で新卒が戦力になるのは簡単ではない。営業なら、勢いとやる気とちょっとしたセンスが、上手くかみ合えば短期的には成果が出る時もある。しかし、システム開発において、その様なファインプレーは起こりえない。地道に技術を身につける時間が必要だ。
よって現場への投入はしばらく先になる。
しかし、HWSでは新卒者にも、入社する前提条件としてプロ意識を求めている。既に新入社員には毎日万円単位のコストがかかっている。彼らは成果を出そうが出すまいが、報酬を手にする。報酬を得る限りはプロだ。
新人であることも、技術が未熟な事も関係ない。報酬をもらう以上はプロとして扱う。これがHWSにおけるスタンスだ。当然、プロとして中身の無い新卒者は要求に応えることは出来ない。それを承知でプロとしての動きと成果を要求し続ける。
常に成果を上げ、収益をもたらせと言うプレッシャーが新卒者にはかかる。その圧力が、他社にはない成長をメンバー達にもたらすのだ。人間、追い込まれなければポテンシャルを使い切りはしない。特に未熟な若者達には、顕著にその傾向がある。だから徹底して、プロとして扱うのだ。HWSにおいて基準は世間にいる新卒者達ではなく、プロであることだ。
現在、研修は一日を二分して「技術研修」と「営業研修」を行っている。技術は基礎からアプリ開発までやらせる。コストのかかった時間を使っているので、成果物にもプロとしての完成度を求める。
営業研修は、商材の企画から始めさせる。マーケットのリサーチや分析もやる。その上で、飛び込みで営業も行う。これから電話による営業も本格的になるが、ここでも新卒だからというスタンスは許されない。
今朝の朝礼で疋田取締役が言っていた。毎年、この時期の風物詩として新卒の営業研修がある。疋田取締役の所にも多くの営業電話が入る。取引の可能性があればお会いするのだが、今後絶対に取引をしないと決めるケースが有るという。
それは、同行営業などで、練習の為に新卒にプレゼンをさせる場合だ。新卒だから悪いわけではない。新卒が未熟だから悪いわけではない。誰でも未熟な時はある。問題なのは「練習」にお客様を使うことだ。
プロの戦う場所にアマチュア意識が抜けない人間を、アマチュアのまま連れ来る姿勢に憤りさえ覚えるらしい。(疋田談)
営業に行けば、クライアントの時間を奪うのだ。何かしらを相手に与える義務があるのに、新卒者の練習に関係の無いクライアントを使うのはあまりも失礼だ。営業をやれば失敗もする。経験を積まなければ、相手のニーズを聞き出すことも出来ないだろう。それでも、真剣勝負の場にプロとして来たという覚悟があれば文句はない。甘えの一切を捨て、未熟ながら会社の看板を背負い自分の力で両社の関係を築こうという決意が有れば温かく見守りもしよう。
よって、HWSのメンバーにも「営業は初めてなんです」「今年入社したばっかりで・・・」は一切許さない。クライアントとの折衝を想定し、必要な知識は自分で勉強して仕入れる義務が営業マンにはある。成約に行き着くまでの全ての準備をしておく義務が営業をやる人間にはあるのだ。そこに言い訳が入り込む余地はない。求められるのは結果のみだ。
このプロ意識を新人にも要求し続ける。
一言付け加えるが、彼らはエンジニアである。エンジニアであるが、ビジネスの正しい姿を理解し、未来の競争優位を確保する為にも必要なスタンスを最初から要求しているのだ。
営業の現場では、思い通りに行かず腹の立つことも多いだろう。学生時代は何の責任もないので、「学生」という市民権を得て一人前の顔をしていたのだろうが、営業の現場に行けば不条理な叱責や、冷たい対応にも出会うだろう。
しかし、不条理なこと、理屈通りに行かないことは、この先山ほどある。事業部長となり取締役となり社長となっていけば、思い通りにならないストレスはその都度倍増するだろう。
しかし、むかつく事にいちいち腹を立てていては子供のままだ。技術を身につけようが、年齢を重ねようが根本的に子供だ。
新卒のメンバーに私が要求したのは、自分の為に憤るのはもう止めようと言うことだ。成熟した大人が憤っても見苦しくないのは、「義憤・公憤」だけだ。
「自分が辛い」「自分が認めてもらえない」「自分が軽い扱いを受けた」
こんな事でいちいち目くじらを立てては駄目だ。それはあくまでも私事だ。私事でヒステリックに叫ぶ姿を見て、誰が惹かれるというのか。誰が己の人生を託そうというのか。
エンジニアでも営業マンでも、いずれ管理職として手腕を振るわなければならない。我々は、プロ野球選手のような特種技能者と違うので、二十代だけ働いて活躍すれば何億円もの資産が出来る事もない。四十代も五十代も前線で役割を持ち仕事に当たらなければならない。四十歳以降に求められるのは、あらゆる職種、あらゆる業種において管理職としての技能だ。
優秀なリーダーとは、人を動かす技術を持っている人間ではない。人心は技術だけでは動かない。リーダーとして、メンバー達が憂い無く仕事に当たれる人徳がなければ、その任を果たせない。自分の行動を律し、自分の人格を練らねば、優秀なリーダーとして機能する未来は訪れない。
その人格を練るためのアドバイスが、「私憤」を捨てよということだ。
憤るのは、仲間のため。業界の為。世の中の為にしておけばよい。それ以外の私憤は放棄し、日々の仕事に当たればよい。
仕事を進めていけば、自分の能力が低い分だけ腹の立つことも多いが、組織が力を持ち、自分のレベルが上がれば自然と腹立たしい事は減るはずだ。全ては自己完結で解決できる。だから他者に対して憤る必要など無いのだ。常に自己の向上を目指せばよい。
新人達には、このスタンスを今から要求しよう。私の言葉が本当に理解できるには、まだ十年の歳月が必要かもしれない。彼らの心に自然と悟りが訪れるのを、今は強い圧力をかけながら待つことにしよう。

週末に事業部長と役員が全て揃う合宿があり、無事今期の予算も決まった。前期の予算合宿時よりも事業部長の成長も著しく、段取りもスムーズだった。と言っても寝ずに二日目に突入した事は言うまでもない。
HWSには現在12の事業部が存在する。予算会議では、全社員の給与も決められるが、本年度の経費の按分案も討議された。簡単に言えば、どの事業部が会社の経費の何割受け持つかという事だ。決まった割合の経費が月次で各事業部に割り振られるので、年度の累計と単月の業績が営業利益ベースで正確に把握出来る。
年間で赤字の事業部は、当然解散の危機となる。企業も単年が赤字でも融資などで凌ぎながら、次の成長を狙うケースもあるので、赤字即解散ではないが、発展性や正当性が認められなければ解散となる。
この様な背景があるので、当然会議は真剣だ。収益性により自チームの存続や、来期に向けた投資などが出来るかが決まる。
通常であれば事業部長達は出来るだけ経費の按分を背負わない方が良いだろう。リスクが減り精神的には楽だ。しかし、HWSの事業部長はひと味違う。数字遊びではないので、最後の3%などはどの事業部も背負えず沈黙が流れる。しばらくすると、覚悟を決めた事業部長が「会社の為に必要なら」と按分を背負っていく。言い過ぎかも知れないが、壮烈な覚悟を含んだ心意気で背負う。セクショナリズムに支配されず、身を削って会社の一部を背負う文化が垣間見られる。
最終的に完全にフェアな按分案などない。未来のことは誰も読めないので、スタートした時点で按分は決められない。かと言って、年度末に出た粗利割合をベースとして按分を決めるのでは、実際の経営に即した経験を事業部長が積めない。よって、各事業部長は計画を前提として、最終的に心意気で按分を決めなければならない。
HWSにおいて事業部長が提出する予算案は目標ではない。コミットだ。ノルマとして自らに課せる数字だ。このスタンスで按分を進んで背負う事業部長達の意識レベルはかなり高い。
HWSのメンバーを技術者として十分に技能を上げ、経験を積ませた上で、経営者としても十分通用するレベルに引き上げる。これが私の教育方針だ。
これにより、エンジニア達は生涯のキャリアパスを確立し、IT業界の変革は訪れる。
この絶対的な方針、一貫した主張を基軸にHWSの全体制は組まれている。
若い頃に、ある先輩経営者からアドバイスを頂いた。その方は「会社名には自分の名前を入れなさい」と言っていた。自分の名前を入れるから、自社にも愛着が湧き、責任感も執着心も育まれるのだと言う。リーダーの心持ちを諭して頂いたのだと理解している。
それから十年以上の歳月が流れたが、自分の名前を冠した企業を立ち上げていない。現在、HWSでもワンマンとは程遠い体制となっている。
先輩経営者の提言には一理ある。リーダーが内に秘めるべき信条としては全く正しい。一理はあるが、私個人で言えば、執着も愛着も責任感も社名に関わらず持っている。よって、心意気のあり方だけアドバイスとして頂き、企業は公器として創り上げるつもりだ。
HWSの主張を実現する為、早期からワンマンを捨て予算も事業部長からの計画を合算し決めている。緊急事態以外の要件は、事業部長の判断に任せるか極力経営会議で決定している。これはHWSが公器であると同時に、事業部長達を世界に通用するビジネスマンに育て上げ、それに続くメンバー達の育成を実現するためだ。必要な経験を実際に積める場所が、育成のためには必要なのだ。
昔、山本五十六元帥は下記の様に言っていた。
「やってみせ 言って聞かせて させて見せ ほめてやらねば 人は動かじ」
しかし、自分より優秀な人材が集まる集団において、「やってみせ」を全てにおいて行うのは物理的に不可能だ。リーダーも主たるスキルやポテンシャルは様々だ。名プレーヤーが必ずしも名リーダーとも言えない。
また、常にやって見せなければならないなら、自分以上の人材が組織に来ることはない。全てにおいて五十六流は現実的ではない。
ただし、全メンバーに共通する「ビジネスパーソンとして」「リーダーとして」という意味では、分野は問われない。これに関しては五十六流で行きたい。また、HWSにおけるリーダー達にも五十六流を要求したい。五十六流にHWSのリーダー達を教育する場が予算合宿である。
HWSのメンバーには若い内から経営に近いところに触れさせておきたい。経営判断をさせ、判断に責任を持たせていきたい。その結果、彼らが一線を越えて成長する未来を実現していきたいのだ。目先の業績よりも、未来の発展を我々は目指す。HWSの存在意義に殉じ、全メンバーが幸せになる未来を実現する。その為なら手綱の効くワンマンなスタイルも捨てる。レスポンスが落ちようが、思い通りにならなかろうがHWSのメンバーが目指す域に達する道を選ぶ。
経営会議の真の目的は今年度の業績確保ではない。事業部長達の育成だ。更に言えば、何十年の先も日本社会の基盤として機能する企業体の創立だ。この二日間が、未来への芽となれば良い。

リクルート社が発表した大学生の就職志望ランキングの記事を見た。1位2位はJR東日本、JR東海だという。去年6位だったトヨタは96位にランクを下げていた。業績悪化が著しい電機、自動車メーカーは学生からの人気が急落しているらしい。
たかだか一年で企業価値は変わらない。去年も今年もトヨタの地力に大きな変化はない。変わったのは市況であり、市況に影響された学生の心理だ。
学生達は未来も同じ様な事が起こると考えないのだろうか。現時点で業績が良い企業が未来も同じ様に成長する可能性は高くない。市況に左右され志望企業を考える愚を、学生達は理解しなければならない。
現状の業績など、就職に関しては考慮しなくてよい。業績が悪ければ、自分が入社して立て直せば良い。また、企業は規模が拡大するほど市況の影響を受けるが、今の市況もいずれ変わる。どう変わるかを正確に予測できる人間など地球上にいないので、未来を予測して自分の就職先を決めるのも間違いだ。特に、学生ごときに未来が予測できるはずもない。よって、現状の業績や未来の予想を理由に就職先を決める事に合理性はない。
JR東日本、JR東海に人気が集まっているのも気に入らない。本当に電車好きで就職したいなら文句を言う筋合いはない。しかし、それが依存心の表れであり、親から切り離されて自立を求められた学生達の次のパラサイト先であるなら、情けない限りだ。
「JRなら半公務員みたいなものだ。」「線路も持っているし、未来も仕事があるに違いない。」
こんな意識でJRを志望するとしたら、あまりの精神性の低さに呆れる。若者のバイタリティはどこにいったのだ。若者とフロンティアスピリットはどこにあるのだと思う。未来のある若者なら自分だけ安全なら良いとばかりに、依存先を探す狭量な人格を恥ずべきだ。
そんな人間が集まったJRがより素晴らしいサービス、より安全な運行を目指し向上出来るはずがない。使命感も愛情もなく、餓鬼の様に食のみを求めて集まった人の集団にクリエイティブな未来を創る力はない。
何故、安全な場所を地力で作ろうとしないのか。安全な未来を自分達の力で創ろうとしないのか。その意志やバイタリティを前面に出し、体当たりしないのか疑問だ。自分の人生の価値、自分の人生の使い道など最近の若者は考えないのだろうか。
安全と退屈は基本的に同義語だ。未来が見え組織が完成されるほど、自分の意志を挟む余地は無くなる。自分が作り上げたのだという達成感を味わう場所が狭まる。
安全な未来と引き替えに、自分の才能を使い切り何かを作り上げるワクワク感を捨てて良いのか。若者達は、もう一度考え直すべきだ。確かに挑戦には多大なるストレスが伴う。しかし、そのストレス無しに達成感を味わう事は出来ない。重責やリスクが生み出すストレスから逃げれば逃げるほど、泣けるほどの充足感も君達の手から逃げ去って行くのだ。
リスクは常に線で考えなければならない。君達が生存する50年先まで見た上でリスクは考えなければならない。50年のスパンでリスクを考えた時に他者に依存して、リスクを回避するのはそもそも不可能なのだ。日本すらどうなるか分からない現状で、個人の未来を保証出来る企業など存在しない。トヨタだろうが、JRだろうが君達の絶対的な逃げ道にはならない。
君達が依存心に支配され、何事にも挑戦出来ない人間であればあるほど、君達の希少価値は生涯上がらない。普通に大学を出て普通に就職をしたどこにでもいる人材として仕上がっていくだけだ。安定は需要と供給のバランスが作り出す。どこにでもいる人材が日本社会の中で安定を掴めるはずがない。何らかの予想外が未来に起き、結果的に依存先を離れなければならなくなったときに、希少価値の無い君達はどうやって生き残ろうと言うのか。
希少価値のある人間になる方法を教えよう。
君達が才能の有無に関わらず、自分の価値を高めるには、ひたすら一貫することだ。自分が定めた道、自分が定めた信念を貫き、ひたすら進むのだ。
目先の損得を求めるから市況の変化で見苦しく右往左往するのだ。未来の得を追いかけるから、自分の腹が決まらないのだ。未来が読めないのに、未来の得を追いかける事自体に合理性が無いことに気がつかないのは子供のような依存心と不安感の表れだろう。
得は追いかけなくて良い。一貫して、自分の道を極めれば自然と己の希少価値は上がる。迷いが無ければ全力で没頭できる。全力の時間が自分の地力を上げる。結果、自分の希少価値は上がる。
「得」は一貫して自分の人生を生き抜く先に自然と待っている。安定や豊かさは、外部的要因によって曲がらない生き様によって、いずれ獲得できる。
車好きなら、市況がどう変わろうがトヨタに行けば良い。町の整備工場に行き、その道を極めるのも良い。求道の先には悟りがある。仕事とは何か。他者から圧倒的に抜きんでるには、どの様な人間でなければ駄目なのか。
一貫し主張を持って仕事に邁進していけば、いずれ時代が君達を必要とするタイミングが来る。市況を読まなくても、市況の方から君達の方にすり寄って来る。君達は分かりもしない損得に振り回されずに、自分で決めることが出来る「信念」に殉じれば良い。
一貫し、信念に殉じれば、少なくとも後悔は無いはずだ。
今君達に必要なのは、上手な面接のノウハウではない。未来にどの業界が儲かるかの予想でもない。自らの哲学を磨き、自らの思想を磨き、自分の内側を掘り下げる事だ。その発露として自分の人生をかけるに足る道がいずれ見いだせるはずだ。
新卒の合宿も無事終わり、今日から通常の出社である。HWSが行う研修なので、当然のごとく厳しい。福島県の山奥での研修となったが、厳しくユニークな内容にご注目頂き、福島テレビと福島放送の民放二局の取材を受け、ニュース番組内の特集にて放送して頂いた。5分程度の放送時間に対して一日中張り付いて頂いて恐縮である。
本日からは、彼らの新入社員気分も更に一掃され、一日も早く会社に貢献出来るように鍛錬が始まる。
基本的に、組織には新人もベテランもない。私の興味があるのは、HWSを最強の組織として作り上げる事だけだ。それ以外は些事だ。新人は新人なりに、キャリアのある人間はキャリアがある分だけ、組織へ貢献すればよい。その貢献度合いがいずれ、報酬にも立場にもなって返ってくる。各人がプロとしての責務を果たせばよい。HWSのメンバーとしての責務を背負えばよい。
大事なのは各人がどれだけ組織へ貢献出来るかだ。HWSがより強くなるための一翼を担えるかだ。
今週末には事業部長と役員とで開催される09年の予算合宿がある。ここで一年間の予算や基本方針が決まる。今回は事業部長のレベルも計りたいので、よほど横に曲がったときに修正するのみで、基本的な決済は事業部長間の話し合いで行いたい。
一年ごとに成長する事業部長達の姿が楽しみだ。どの様なビジネスバランスで話してくれるのか、どの様な経営的な視点の意見を発するのか楽しみである。エンジニアとしての誇りと、ビジネスマンとしてのバランスを有した姿を期待したい。
新入社員の研修もかなりハードであった。営業系の会社ならいざ知らず、エンジニアとして採用した新卒者に、あれだけの要求をする会社も他にはあるまい。新卒者達はHWSを世界で名の知れた企業にすると言っていたので、尋常ではない努力を覚悟しているだろう。
生涯の食を得るとか、かつて無かった改革をするというのはそう言う事だ。簡単ではない。その簡単ではない道を一歩ずつ、事業部長達も新人達も進んでいる。千里の道も一歩からである。方向さえ間違えなければ良い。
五月六月には中途の新入社員も数名入社してくる。
HWSの09年は始まった。
HWSを設立してから約3年半の歳月が流れた。早いもので今日から第五期を迎える。一年経って振り返ると年度の初めには予想だにしなかった状況を現在は迎えている。HWSの進行スピードが私の予想を超えている証拠であろう。本年度も私の予想を超えた何かが待っているかと思うと、楽しみだ。
HWS初の新卒も本日付で入社した。私も始業の一時間前には出社したのだが、その頃には既に数名の新入社員が出社していて、「おはようございまーすっ!!」と大声を張り上げていた。未だ会社にとってお荷物な存在なので、早く来てオフィスの掃除などをしていたらしい。
この勢いとこの姿勢を初日から体現できる奴らも、そうはいないだろう。ましてや彼らは全員エンジニアとしての入社だ。尋常なテンションではない。
ただし、HWSではこの程度で褒められるわけではない。HWS的には当然の行為だ。組織が勝利する為に出せる物を全て出せというのが、我々のスタンスだ。
掃除をいくらしても、会社に収益は上がらないし飯は食えない。大きな声が直接の利益を生むわけではない。収益に貢献出来ていない新人が、何をしても褒める事はない。彼らの行動は上司や先輩に褒めてもらう為であっては偽物だ。一秒でも早く会社に貢献し、HWSのビジョンを達成するのが彼らの使命だ。何も出来ない自分に対する焦燥感の発露として、掃除をして大声も出し、少しでも貢献しようとしなければいけない。そうであるならば、彼らの今の行動は間違ってはいないが、この段階で褒めるものではない。彼らを褒める時は収益を出した時だ。成果を出して初めて臥薪嘗胆の時間を評価できるのだ。
HWSでは特に入社式もない。歓迎的なセレモニーもない。新入社員達も朝礼から参加しているが、普段通りの朝礼が行われ、一日が始まった。その後に彼らはコンプライアンス上の講習なども受けたが、基本は戦力になるための修練を行う。
入社初日から「お前らはコストだっ!一日も早く会社に貢献せよ。来年の新卒の食い扶持を稼げ!」との激が入りまくる会社も少ないだろう。まあ、一見殺伐としている。根底に愛はあるが、我々の美学として愛は前面には出さない。
人材の育成とは、細かく教えることではない。仕事も基礎が終われば、教わるよりも自分で調べ工夫する時間の方が増える。レベルが上がれば上がるほど教えてくれる人もいない。自分で創意工夫し、技を進めるしかない。
人材の育成とは要求することだ。相手の限界を超えたレベルを常に要求することだ。マイペースで仕事に取り組んで、急成長した人間など見たことがない。今のレベルで黙々と作業をこなせば良いなら、マイペースでやらせておけばよい。プレッシャーもかける必要がない。しかし、それが本当に愛なのかと思う。普通に考えれば、未だに赤字国債を発行しようかという日本の未来など薄氷を踏むがごとくだ。薄氷の未来が待っているのに、今のレベルでマイペースにやらせるのは逆に酷だし、愛が無いのではないかと思う。
鬼と言われようが酷いと言われようが、成長に必要な要求をし続けるのが指導者だ。若人の育成責任を持つ企業家のスタンスではないか。私自身、メンバーが現在大変かどうかにあまり興味がない。私が興味を持っているのは、メンバー達が幸せな未来を実現できるのか、HWSが未来に勝利し、全メンバーが充足感を得られるのかに尽きる。その為には私も含め全員で血を流し汗を流し、今の企業体力の無さを埋めなければならない。
いつも簡単に話すが、実際のところHWSがメンバーに対して求める内容はハードだ。先ずはエンジニアとして技術を極めろと要求する。どこまで行けば極まったかは緒論あるところだが、その世界を快適に遊泳出来る実力を付け、初めてエンジニアとして一区切りつくはずだ。これは営業でも財務でも同じだ。
我々はエンジニアの集団なので、当然、技術には絶対的な自信が無くてはならない。ここに妥協があっては駄目だ。
しかし、技術に相応の自信がある人材が四十代に突入し仕事を失っていく現実もある。この流れの中で、生涯家族を守り、誇りを持ち仕事をしていく道を作るためには、技術だけに囚われてもいけない。マネージメントサイドの技能を確立するために、あらゆる経験を積まなければただのお荷物として企業内に存在してしまう。自分や家族の生活も危ういし、誰かに喰わせてもらって誇りなど持てるはずもない。誇りを無くした余生は辛い。
当然、リーダーとして、ビジネスパーソンとして一流を目指さなければならない。この両面を徹底的に要求するのがHWSだ。どちらか一方をやっていれば、安定な未来が手に入るならHWSなどいらない。エンジニアは他社へ行けば良い。
二十年を越える時間、ビジネスの前線に立った私に見える事も、多くのエンジニア達には見えない。生命力の乏しいエンジニア達にたとえ嫌われても、主義主張が違うと言われても、ビジネスを要求し、技術も要求し続けるのが私の役目だ。今後も一切ぶれることがないHWSの育成方針なのだ。
HWSの要求は高い。高い要求を受け入れるには勇気とバイタリティーがいる。我々は高い要求をこなし、かつて無かったエンジニア集団を必ず作り上げる。技術を追う者達が幸せに生涯を生き抜ける道をHWSは必ず実現する。その為にメンバーに対する要求は年々高まる。その高まる要求を受け止め成長していく仲間達が私の誇りなのだ。