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先日、朝礼にて石澤取締役からモチベーションについてのスピーチがあった。昨今では、「モチベーション」という言葉が氾濫しているが、その存在価値がよく分からないとのこと。
やるべき事があり、その達成に向かって執着するのは当然の姿であり、その為にモチベーションを高めようという理屈が分からないというのが彼のスタンスだ。結果を出すために、必死になるのも全力を尽くすのも当然であり、それをしない理由がない。外部から研修や書籍によって「頑張ってやる気を出しましょう」と言われ動く姿が間違いであり、違和感があるというのだ。
これには私も強く同意する。
以前にブログでも書いたが、リーダーは意識の上下があってならない。リーダーの意識の上下は組織のエネルギーの上下に直結する。精神状態の上がり下がりがある人間は、人を指導する立場に立ってはいけない。組織にも部下にも迷惑だ。
意識は常に高みになければ駄目だ。平常な状態が、高いエネルギーを持った姿でなければ駄目だ。自分の意識は、あたかも人工衛星の様に永久に高みにあり、下がってはいけない。これが本来のビジネスパーソンの姿だ。
昨今では軟弱にも「やる気が無くなる」「元気が無くなる」という事が普通になっている。私などは、場所と時間を選ばず元気な姿でいる。これは、少しでも良いリーダーであろうと、二十代から意識した結果として作られた姿だ。もって生まれた素養ではない。
篠田さんの元気の源は何ですか?
篠田さんが落ち込む時はどんな時ですか?
落ち込んだ時は、どうやって気分転換をしますか?
と聞かれる事もある。雑誌の取材や、会食時などにも、余りの元気さに呆れ気味に質問される。
これに対する私の答は、
私は常に平常心です。だから元気の源は無いし、必要としません。
落ち込む時はありません。
落ち込まないので気分転換も必要ありません。
この様な内容になる。別に無理をしている訳でも、格好付けての発言でもない。私の中ではこれが常識だ。
人の意識を上げる事ばかり考えてきたし、他人が元気に仕事に取り組めるようにするためにはと言うことを十年も二十年も考え抜いて来たので、自分のやる気やエネルギーをどうするかという事を、すっかり忘れていた。全く気がつかなかった。
何かを狙い何かを追い求めている人に、モチベーションは必要ないのだろう。それを意識する必要がないのだろう。
多くのエネルギー値が低い方へのアドバイスがある。モチベーションを上げるノウハウや、気分転換の方法を考えるよりは、人生に対するスタンスを考え直した方が良い。表面的な所をいじっても、意識が常に上下するようでは、長い人生が辛くなる。いつも平常心で、何かに向かって全力で取り組んでこそ、短い人生を有効に使い成すべき命題に取り組めるのだ。悩んだり、やる気が落ちて立ち止まっている様では、あっという間に人生は終焉を迎える。
もし、あなたが優秀なビジネスパーソンであろうと思うなら、恥に対しての価値観を育てるべきだ。
上司や先輩に気を遣われるのは恥だ。あいつは心配ないと思われ、フォローされないのが普通だ。あいつは何か悩みがあるんじゃないか、あいつは仕事に疲れているんじゃないかと、気を遣わるとしたら余りに軟弱だ。そんな自分を許しては駄目だ。
未熟な時期に不安や焦りの為、平常心でいられない時もあろう。しかし、それを自分で認めてはいけない。また、他者に悟られてもいけない。平常心で最高の成果を狙って動き続ける姿をひたすら周りには見せつけるべきだ。
モチベーションを上げるような本を読むのも恥だ。後学の為に読んでも良いが、隠れて読んでくれ。モチベーションが下がるという状態を認めるな。モチベーションを上げる為の研修などもいらない。ビジネスパーソンならやる気くらいは自分で何とかしろ。
仕事が辛いので気分転換をするのも恥だ。仕事のストレスは仕事で解消すべきだ。仕事で成果を出して解消しなければ、いくらスポーツをしても美味しい物を食べても、ストレスが消えることはない。ストレスの要因から逃げず、正面から立ち向かい成果を出せば、ストレスは霧散する。遊ぶなと言うのではない、ストレス解消の為に遊ぶなと言っているのだ。遊ぶのは純粋に、その行為を楽しむためで良い。
昨今は、何を恥ずべきかとい基準がずれている。職場で大きな声で挨拶をするのが恥ずかしいという人間もいる。人前で話して失敗したら恥ずかしいという人間もいる。しかし、それらは他者へ対する貢献と、チャレンジャースピリットの吐露であり、恥ではない。恥ずかしいとか言っている方が恥だ。
自分の羞恥心よりも、優先すべきは成果であり、組織の勝利だ。この優先順位が間違っている姿こそ、未熟であり恥なのだ。
例を挙げるときりがないので、この辺にしておく。
多くの社会人への提言は、「恥を知れ」と言うことだ。恥を知らないから、平気で職場で愚痴もこぼせるし、弱音も吐ける。中には、他社に営業に行って、自社の不満を漏らす人間もいる。その内容が正しいか間違っているかの問題ではない。その行為自体が間違っている。アドバイスは「恥を知れ」しかない。
感情に流されず、理性で恥じを考えて欲しい。恥を知って欲しい。
そして、自らの意志でビジネスパーソンとして誇り高き姿を創り上げて欲しいと願う。リーダーは持って生まれた素養でなるものではない。ビジネスパーソンとして高みに昇るのも、才能だけでは無理だ。
ビジネスパーソンが行き着く頂は、作業者としての頂点ではない。良いプレゼン資料が作れる、会計財務に精通している、これらの能力を極めたところで、高度な技術を持った作業員になるだけだ。高い人格を有し、組織の統括者となり、個人では達成できない成果を仲間達と実現してこそビジネスパーソンだ。手先を動かす事も若い内は大事だが、その先には違う次元の自分作りが必要となる。
道を誤らず、ビジネスパーソンとしての正しい姿を創り上げるためにも、恥を知り、日々の戦いに臨んで欲しい。
業界的には静かに立ち上がりの気配を見せている。HWSも今はちょっとした小康状態だ。悪くもないが、別段爆発的な成長ステージでもない。悪くないと言うレベルでも市況柄外部からはご評価も頂くが、内部的には納得できる成果ではない。
しかし、この比較的静かな時期も組織には必要だ。組織は次のステップに上がる前触れとして、表面上静かな時期もある。内部では沸々とマグマが煮え立っているなら良い。小康状態が長引けば危機意識を持つべきだが、今は静観の時期だと感じている。平常心で事業を伸ばすのみだ。ただし、安定した状態が長く続けば組織は腐り始める。安定に不安を感じるマインドをビジネスパーソンは持つべきだ。
企業には常に革新が必要だ。一つの革新が生まれても、一年もすればメンバー達も慣れてしまい、活気も沈静化する。だから、革新は間断なく次々に起こさなければならない。
革新は一人の人間から始まる。
会社全体を革新させなければと焦る経営者も見受ける。しかし、根本的にみんなが歩みを同じく出来る進化は革新的になり得ない。それは改善だ。革新は一人の人間が一線を突破することに始まる。その成果を見て、周りに人間もその気になり、全体へと波及する。組織が革新的な進化を迎える順序とはこの様なものだ。ベンチャーでは特に、個の影響が大きい。
一定の規模を越えれば、革新をもたらす一人は経営者ではない。経営者が革新的に事業を旋回させるのは創業時だ。それなりの社歴や組織規模があるのに、経営者以外の誰かが革新を推進出来ないのなら、その組織の未来に繁栄はない。
健全に成長の道を歩んでいる組織なら、各所において過去の常識を超える者が現れる。
それは、売上の常識を一気に引き上げる事だったり、新たな手法、新たなマーケットの開拓だったりする。他のメンバー達が思いもつかなかった事や、無理だと諦めていたことを成し遂げる人材が随所で現れるはずだ。
HWSが追う新たなエンジニア像も、実現すれば変革を業界にもたらす。HWSが一線を突破出来れば、業界全体が追随する。それが世の中の流れだ。
誰かがそれを可能だと示せば、その人間の業績が上がるだけではない。組織全体に新たな風を送り込み、組織全体の地力を押し上げる。また、革新的な成果は組織全体に活力を注ぎ込む。一つ一つの革新が、組織の基礎体力を上げ、膨大なエネルギーを生み出す。
組織に必要なのは、この起爆剤となる人間だ。革新はセンスで起こすのではない。結果への執着と地道な努力、圧倒的な行動力の吐露として起こるのだ。組織には才能のある人間が必要なのではなく、革新者たる人間が必要なのだ。
「最近あんまり変化がないねー」「刺激が少ないねー」などと言っている場合ではない。自分自身が起爆剤となり、変化と刺激を作り上げなければ、あなたの人材としての価値はいずれ枯渇する。
駄目な組織、駄目な人間は常に他力本願だ。問題がある組織で、内部の各階層からヒアリングすると、みんな他の階層に対しての不満を言う。
社長は管理職に恵まれないと言い、管理職は社長が方針を出さないからメンバーが育たないと言う。末端の社員は、上司の性能に不満を漏らし、会社の方針の揚げ足を取る。そして、その不満故にやる気になれないと言う。
正直馬鹿らしい。その発言、そのスタンスで一体誰が幸せになると言うのか。誰にメリットがあると言うのか。
これに対するアドバイスがあるとしたら、「お前がやれ」しかない。
他の誰かではない。自らの行動で、不満の根源を全て解決するのだ。逆に何かを成し遂げようと前を向いている人間は他人への不満など言わない。本当に腐った人材が組織内にいたとしても、自分の目には入らないし、そいつの批判に労力を使う気にならない。ひたすら自分の成果を追い革新を狙う。その革新により全ての解決を図るのみだ。
起爆剤として役割を担った人間は、その能力とスピリットによって自然に経営幹部へと上がる。他力本願では起爆剤になれない。そこには強い信念とバイタリティーが必要になる。執着心と手腕もいる。これらを有し、成果を生み出した人間がいる場所は、各組織の中心である。
組織のメンバーは仲間ではあるが、各人は衆に烏合してはいけない。各人に孤高の道を歩む意志がなければ、革新は起きない。仲間であり信頼はするが、馴れ合っては駄目だ。お互いの報酬やスキルを見比べて安心を得る為に仲間がいるのではない。全力で組織の勝利を目指すときに、個では成し遂げられない成果を得る為に仲間はいるのだ。
孤高の決意と主張を持ち、自らの責任で事業を推進するメンバーで構成されてこそ、最強の組織となる。常に各所で革新が起こり、強く早く成長する組織を実現出来る。仲間を尊敬し、時に仲間の成果を恐れ、お互いに啓発出来る関係が生まれる。
多くの社会人諸兄への提言で、この項は締めくくる。
もう、仲間同士で傷口を舐め合うのは止めよ。組織が一点突破をする瞬間は個人戦だと思え。その突破した事を、事業として育てて行くのは組織戦だ。停滞の時期に必要なのは、孤高の決意だ。自分が成果を出し、新たな価値観を組織にもたらそうという意志だ。他力本願も止めよ。上司への不満も部下への不満も一切漏らすな。自分の力で全てを変える決意を持て。
この境地を得てこそ、市況や環境に流されず、後ろめたさも無力感も持たず、ビジネスの世界で生涯活き活きと歩めるのではないか。
日本も梅雨空が続くが、市況の方が少しずつ回復の兆しを見せている。メンバーによっては、複数箇所からプロジェクトの引き合いがある。取り組む案件を選ぶ状況である。市況ではなく、個人や企業の能力差によって仕事の有無が決まるフェーズに入ってきた様だ。
私が外部の方によく使うフレーズがある。「事業には良い時も悪いときもありますから」と言う。
現状HWSは良い内容の決算で四期目を終えたので、多くの金融機関の方々が融資の打診に来る。市況柄、優良な貸し先が少ないらしく、財務状況の良い会社は奪い合いらしい。自然と見込み客として大事にしてくれる。
これで自分の立ち位置を勘違いしてしまってはいけない。今はたまたま何とか良い状況を保っているだけで、チャレンジを続ければ苦しい状況も必ずある。HWSが向かう道は前人未踏だ。市況に関わらず厳しい時も来るだろう。その時に支えてくれる金融機関もあるだろう。今が良いからと横柄にならず、厳しい未来を助け合うパートナーとして相手を見なければバランスが崩れる。
システム開発の世界も、市況によって人材を有する企業が強いか、開発案件を持っている企業が強いかは推移する。昨年までは市場に案件が満ちていた。優秀な人員を擁する企業群には多くの選択肢があった。今は、立場が逆転している。
一年足らずの市況が変化する間に、態度がコロッと変わる人間も多い。強い立場になると簡単に態度が変わる人間をパートナーとして信頼は出来ない。状況が良い時は助け、状況が悪いときは助け合い、共に荒波をくぐってこそパートナーだ。そう考えると、良い時も悪い時も態度が変わる理由がない。
少し自分達が強い立場になったくらいで増長しては駄目だ。事業を長年続ければ良い時も悪い時もある。厳しい状況を迎えたパートナーがあったら、未来の発展を信じ全力でサポートすれば良い。たまたま、今は状況が悪いだけだ。また、自らが苦境に立っていても卑屈になることはない。たまたま今は、弱い立場にいるだけだ。未来は違う。
事業を続けていれば良い時も悪いときもある。この言葉が腹に落ちていれば、人間として不細工な態度は取れまい。リーマンだろが、GMだろうが苦境に立つのだ。未来の保証を得ている人間などいないだろう。しつこく繰り返すが、良い時も悪い時もある。
才能に恵まれず不器用な私は、運良く二十年間のビジネス人生において良い時も悪い時も存分に味わって来た。謙虚なふりをして好感度を上げたい訳ではなく、自然と増長する事が出来ないのだ。増長するほど未来を楽観出来ないのだ。
態度や発言が一貫してぶれないのは大事だ。特に企業には、皆が安心して前線で戦える為の支柱の様なものが必要だ。それは市況の良さや、自分が置かれている立場の変化によってずれてはいけないものだ。
大学生の就職活動において「自分の軸を持とう」「ぶれない軸のある企業を探そう」などのフレーズを耳にする。これらは言うほど簡単ではない。
世間では、価値観、態度、事業目的などがぶれる経営者をよく見かける。ぶれる経営者の方が多いかも知れない。
自分の軸をずらす要因を挙げる。
・損得(特に金銭)
・嫉妬
・虚栄心
・保身
・怠惰
これらが生み出す感情により、容易に軸など消し飛ぶ。これらに囚われると、正しい判断が出来ない。
2~3万円の給与差で、中身に余りこだわらず就職先を決める学生もいる。仕事自体の価値よりも虚栄心を満たすために巨大企業を目指す学生もいる。美しい動機、アグレッシブなビジョンを掲げて会社を立ち上げ人を集めたのに、儲かった瞬間に自分だけ安全圏に逃げ込んでリタイアしようとする経営者もいる。
その行動で果たして本人は幸せになれるのか。欲は正しく持てば良いのだ。良い仕事をして、仲間にも社会にも貢献すれば地位も金も適正に自分の所に来る。割りよく儲ける必要もない。適正に報われれば良いではないか。
このスタンスが出来ているなら、目先の利益で人間は動かない。目の前に何億積まれても、自分の節義を優先出来る。
私も金銭は嫌いではない。物欲もそれなりにある。しかし、それよりも優先するものがある。今は第一に、HWSの勝利だ。HWSの勝利を全てに優先させ、全身全霊をかければ、良い形で安定も報酬も達成感も手に入り、自然と満たされていく。綺麗事を言っているのではなく、ひたすら組織の勝利、事業の前進に注力することが、この資本主義社会において万能薬になることを理解しているのだ。
これは私が社長だからという訳ではない。HWSという船の勝利は乗組員全員の未来を保証する。勝利によって、全員が豊かさと充実感を獲得出来る。まあ、船長が財宝を独り占めして逃げなければの話しだが・・・。この理論が成立するのは社長も含めて全メンバーの信頼関係があってこそではある。
どんな時にも一貫してぶれない為に必要な事を今日は書いた。
・事業には良い時も悪い時あると理解せよ。
・我欲に囚われず、我欲が自然と満たされる道を歩め。
この機会なので、私が一貫している理由、私がぶれずに事業を推進する自信の根源を書いた。
昨年末からオフショア関係の冊子に文章を連載している。今回が最後の掲載になるが、無事に入稿した。これでブログの方に注力出来る。いずれ機会があれば、オフショア関係の投稿した記事も本ブログにて掲載したい。
先週はベトナムにて営業活動と関連会社の戦略会議に勤しんだ。まあ、予想通り楽ではないが、クリエイティブな取り組みなのでチャレンジャースピリットは刺激される。
ベトナムでは某企業の工場を見学した。見事にマネージメントが執られており、高い生産性を上げていた。工員に対する待遇や管理の仕方も上手く、これなら大きな問題も起きないだろうと感じた。
しかしベトナム自体が現状で迎えている資本主義国家としての成熟度の問題もあり、ストライキはそれなりの頻度で起きるという。これは、その工場に限ったことではなく、ベトナム中で起こっている。
弊社の関連会社はベトナムで言えばホワイトカラーに属する人間の集まりなので、ストライキを起こすという話しは聞かない。ワーカーとして扱われ、ワーカーとして自らを認識している階層がストライキを起こす。
現場の日本人管理者に話しを聞くと、普段はみんな大人しい良い子達だと言う。ベトナムは国民の平均年齢も若いので、工員達の年齢も当然若い。現場の管理者は、ある種の親心を持って接しているので、「よい子達」と愛情を込めて言う。
普段は仲良くコミュニケーションを取っている人間が、お国柄とは言えストライキというコミュニケーションを断絶した手段に出るのは良い気分ではないだろう。それでもちゃんと話し合うと問題は解決するので、対処をするとのこと。
ストライキの理由は交通費の事だったり、昼食のおかずを一品増やす事だったりする。ここだけ聞くとのどかな感じだ。現場の人間は、のどかどころの話しではない。
何百人という工員の中で、ストライキを率先して誘発するのは十人程度だと言う。他の人間はその十人に引っ張られストライキに参加する。その十人はある程度把握できるが、労働者が日本以上に強い立場であるベトナムでは辞めさせる事は出来ない。皆の生産性も落ちるので、歯がゆいのではないかと質問すると、ストライキリーダー達はいずれ自然と退職すると言う。
そもそも、自分が勤めている会社の生産性を上げ、利益を出すようにしなければ、自分達も職場を失う。待遇の改善などは話し合えば済む問題なので、本来短絡的にストライキを起こす必要はない。基本的には自組織を勝たせる為に集中した方がお互いの為だ。
ストライキリーダー達は自分の意識の大半を批判的な方向に向けている。人間の集中力や努力は、何かに一直線に向かなければ極大化されない。常に批判的な意識を持ち、どこか他人の粗を探している様な性質では、良いパフォーマンスは発揮されない。いずれ使えない人間の烙印を押される。
ストライキリーダー達は正しい方向に意識が行かないので、遅刻をしたり業務をサボったりする人間がほとんどだという。「遅刻は駄目」「個人の生産性を上げなさい」と言うことを徹底すれば、彼らの居場所は自然と無くなり、自ら去っていくと言う。
これは日本もベトナムも変わらないなと感じた。
組織の水を常に澄ませておけば、その水に適した人間しか残れない。汚れた水が好きな人間は、いずれ汚れた水場へと移っていく。
「挨拶をしっかりしろ」「成果にこだわれ」「プロフィットを見ろ」「遅刻はするな」「自分の事だけでなく、仲間の為に動け」「自らを殺してでも組織の勝利を狙え」
これらを徹底していけば、水は澄む。この水場に適さない人間は、澄んだ水に住めるように自ら進化するか、他の水場に行くかしかない。ビジネスパーソンとして、良きリーダーとしての道を歩むしかないのだ。組織の文化を創るとは、この様なものだろう。
リーダーが自ら水を濁らせているケースも実は多い。
上流でリーダーが水を汚せば、必然的に組織全体が蝕まれる。「社員が駄目だ」と言いながら、実は経営者自信が一貫性も無く、自分に甘いのだ。経営者自身、汚れた水の方が快適なので、自ら水を汚す。そして、それに惹かれた人員が集まってくるのだ。
教育に国境は関係無い。マネージメントに国境は関係無い。その事実は歴史が示している。古今東西、人の根本的な性質など大差はない。マネージメントは目先の技術ではない。正しい道、王道を歩むのが本質だ。
だから、我々は自信を持ってベトナムにも行く。エンジニアの世界だろうが、営業の世界だろうが、共通して大事なものを育てていく。そこに迷いはなく、ひたすら最善を尽くせばよい。
日本のリーダー達に告ぐ。
社内に不満が蔓延したり、ネガティブリーダーが影で会社の愚痴を吐き、悪い雰囲気を作っていたら、彼らを批判する前に自らに問いかけて欲しい。
自分が水を汚していないか?徹底して水を澄ませたのか?
この答えがイエスなら、自信を持ってマネージメントを強め、自分が志向する道を歩めばよい。澄んだ水を好む人材が必ずあなたを支えてくれる。企業が繁栄する為の原資たる人材だけは残るはずだ。澄んだ水を嫌う人間におもねる必要もない。自らが信じた道を歩めば良い。
HWSでは毎朝朝礼が行われる。朝から情報を共有したり、一日のコミットをする意味は大きい。社内の雰囲気も朝礼の有無で変わるだろう。
HWS以外でも多くの企業が朝礼を行っていると思うが、その中には意味の無いものも相当数あるはずだ。意味の無い朝礼とは、時間と労力をかける割には何のリターンも得られない状態を指す。参加するメンバーも朝礼が無意味だと思いながらも、慣習なので参加している。
最初は気合を入れてスタートした朝礼も、毎日繰り返す事によって、段々と瑞々しさを失う。決まったメンバーが同じような回訓を繰り返し、日々の報告や業務連絡も同じような内容の繰り返し。型にはまった内容を焼きなおしていくうち、飽きによるしらけた雰囲気が場を支配する。そうなったら、朝礼など百害あって一利なしだ。
私なども皆が飽きない様に、朝から気持ちよく仕事が始まるようにとスピーチを工夫したものだが、誰かのスピーチだけでは限界がある。以前は私が主導して朝礼の内容を組み替えたりしたが、そもそも誰かに刺激を与えてもらって朝礼が良くなっていくと言うのも本質的に間違っている。参加するメンバーが朝礼を自分のものとし、自ら腐敗を察知し改善に動かなければ、根本的に組織の進歩はなくイタチゴッコが続く。
そもそも、「朝礼最近飽きたなー」「この時間無駄だよなー」などと言っている事が間違いだ。会社の成長も、組織の活性化も自分の人生に直結してる。それを他人事の様に感じ、無意味な愚痴に興じるとしたら、ビジネスパーソンとしては極めて未熟である。
HWSでは、最近朝礼のプログラムが無い。
日々の司会が朝礼の流れを考え、朝礼の意味を述べ日替わりの内容で進められる。元々このような流れになったきっかけは、朝礼が長すぎると言う朝礼での提言だった。まあ、前向きな嘆きではあるが、発表者が次々と挙手するので、最近の朝礼は1時間近くかかることもしばしば。当然聞き応えのある内容ばかりではないので、聞く方としては間延び感もあり、改善したいという意見が出た。
一番の問題は時間の伸縮よりも、惰性の朝礼になることだし、長すぎる朝礼は時間効率も悪く質の低下も招く。これを防ぐために、より完成度の高いプログラムを考え外形を整えるのではなく、HWSでは見た目はどうであれ意志が込められた時間にしようと言う流れから、気がついたらこの今のスタイルになっていた。
当然、この流れも惰性になったら変える。
これは朝礼のみならず、企業で行われている全ての行事や慣習に対して言えることだ。惰性で行っている全ての作業は、廃止した方が生産性は上がる。意志が込められていない全ての事柄は再度企業内で揉むべきだ。
ビジネスの世界には正解がいくつもある。強い組織を作る上で、能力主義の方が良いのか、年功序列が良いのかと問われたら、答えは「どちらでも良い」となる。経営陣が、またメンバー達がどちらを成し遂げるのに燃えるかが大事であって、どちらの制度が優れていると言うことは無い。どちらの制度でも伸びた企業はある。
大事なのはその仕組みを社内で育て、成果につなげようと言う意欲だ。その仕組みの正しさを信じ、形にしようと言う意志が込められれば、内容はどうであれ正解となるのだ。
組織を強くしようと思ったら、全ての事が惰性ではなく、意志によって組み上げられているのが理想だ。何故その人が社長をやっているのか。何故、今の教育システムを採用しているのか。何故、現在の人事考課が使われているのか。何故、企業は人を増やすのか。
分かっているようで実は大した意志も込めず、世間的な常識や惰性によって採用されている事が多く存在するはずだ。目先を変えろと言うのではない、意志を込めろということだ。意志が込められているのであれば、現状を変える必要は微塵も無い。
朝礼、会議、人事、会計処理、営業手法、社内の行事etc
全メンバーの意志によって、全てを再度組み上げ、今よりも強い組織を目指してはどうか。不況だと嘆く前に、ビジネスパーソンの目前にはやるべき事が山積している。
本当に最善を尽くしたのか?本当にやれることはもう無いのか?
これにイエスと即応できるビジネスパーソンはおるまい。ビジネスの世界には無限の選択肢がある。抜けられない窮地もないし、どうしようもない状況などもない。必ずより良い成果を出す道は残っている。ただ、今の自分には見えていないだけだ。動かなければ一生見えてこないだけだ。
難しい話ではない。社内の全て、自分の行動の全てを意志で満たせば良いのだ。
HWS取締役の疋田から、「問題があるから、この事についてブログに書いて下さい」と懇願されたので、本意ではないが、一言書かせて頂く。
最近、皆様から「やつれたんじゃないですか?」とご心配を頂く。時勢がら仕事や資金繰りが厳しい企業も多いだろうし、心身ともに弱っている経営者もいらっしゃるだろう。ちょっとした変化でご心配されるのも尤もだ。
事実、私もこの二ヶ月で体重は四キロ減っている。それに伴って頬もこけ気味である。18%くらいあった体脂肪も今では、13%程度に落ちている。ご心配されるのも分かる。
しかしながら、体は仕事を始めて以来最も健康なのではないかと思う。内から力が漲り、学生の頃に戻ったかのようなキレている感じがする。(当社比)
実は、最近トレーニングを始めた。朝6:30過ぎに会社に着き、軽くメールチェックなどを行った後にジムに行く。1キロ泳ぐか、マシンやダンベルなどを使って定めたメニューをこなす。8時過ぎには会社に帰ってメール処理の続きや一日の準備をする。9時からは朝礼である。
最初は多少の辛さはあったが、すでに慣れた。鍛えた部分はそれなりに外見も変わってきている。実際はやつれたどころから、相当鍛えこんでいる。本人的には満足しているのだが、対外的にはちょっと残念なご評価を頂いている。まあ、いきなり脱ぐわけにもいかないので、いたしかたない。
決して資金繰りに追われている訳でも、営業に追われている訳でもないのでご安心を。売り上げも収益も前年度を上回っている。私個人の体力は相当上がっているので、次回のフットサルなどは動きは見違える様なっているはずだ。
社長の容貌は対外的な評価に関わるというのは一理ある。発言や行動も会社を表す。時節柄、様々な風評が飛び交う。ブログの更新頻度が落ちると「あの会社は相当危ないらしい」という噂が流れる。資金繰りに追われて、とてもブログが書ける状態ではないと言う事らしい。面倒くさくなっても、この時期にはブログを止めることも出来ない。ダイエットも時期を選ばないといけない。難儀である。
噂は所詮噂なので、社内が結束し、企業に実力があればいずれ払拭される。しかし、組織に亀裂が出始めている企業では、噂すら致命傷となる。いずれにしろ、必要なのは強い組織を継続して作り続けていく事だろう。市況が良いときも悪いときも、平常心で強い組織を作りこんでいく事だろう。
話は変わる。
先日、「習慣化を特集した雑誌を出すのでインタビューさせてくれ」という依頼があったので、快く応じさせて頂いた。毎朝のトレーニングも習慣化され生活の一部になっているので、あまり苦は無い。私自身、朝も早いし時間にもうるさいが特にストレスはない。
振り返ると習慣化さていることは多いのだが、意識して習慣化した事がない。取材をされる中で、どうやって習慣化するのかを自問してみた。「習慣化したくても、途中でめげるケースが多いと思うんですが、読者にアドバイスをお願いします。」と言われ答えに困ったからだ。
よくよく考えてみると、ポイントは「恐怖心」にあるように思う。夢や希望を実現する為努力するには、理性や克己が必要だ。しかし、追い込まれてやらざるを得ない場合に意志の力は必要ない。
明日から中間テストなので、泣く泣く一夜漬けをするのは意思の力ではない。状況に追い込まれているだけだ。中間テストでいい成績を修める為に、普段から毎日2時間勉強するには意志力いる。これは理性によってもたらされる。
前者は誰でも自然と行動に向かうが、後者は優れた一部の人間でしか実現できない。分かっていても面倒くさいので、追い込まれるまで勉強はしない。前者はテストで悪い点を取った時の恐怖心が原動力だ。後者は未来への希望が原動力だ。自分を動かす動機としては、恐怖心の方が強制力がある。
私が朝早いのも、仕事に妥協がないのも、場面場面では恐怖心が原資となっている。遅刻したことによって、部下を叱れない自分を考えると恐怖で鳥肌が立つ。弱いマネージメントしか出来ない自分が、部下の機嫌を伺って指示を出したり、経営判断をしたりする姿など考えたくもない。一生懸命何かをしゃべっても「そうは言っても、あんたも遅刻してるじゃん。」と心なの中で部下が思っているのを察知しながら、回訓をたれるなど想像するだけでも辛い。
この恐怖心が習慣化を実現する。あたかもテスト前の一夜漬けの様に、恐怖心に支配されれば、意志力など必要なく自然と習慣化へ向かう。
これには恐怖心を喚起するだけの想像力が必要になる。他人の心理を予測するだけの、感受性が必要となる。
私には長期にわたる大きなロマンがある。夢がある。これがぶれる事は無いが、そのロマンを実現する為に日々の自分を縛るのは恐怖心だ。恐怖心をテコに自らを理想の姿へと近づけ、理想に近づいた自分がロマンを成し遂げるのだ。
恐怖心に支配されるのは簡単だ。克己も自制もいらない。感情に流されれば、自然と恐怖できる。今まで、意志力が無くて良い習慣を築けなかった人、辛いことが嫌いな人は楽なほうへ流れ行けば良い。感情のままに自分が楽な方へ動けばよい。恐怖の方向を制御出来れば、力まず自然としぶとさが生まれ、良い習慣が得られるはずだ。
ただし、習慣化が身について、劇的に肉体改造が成功した時に、あまりに痩せ過ぎて「奴は病気らしい」と言う風評がたっても、一切責任はとれないのでご注意を。
仕事をしていると、判断に迷うときがある。私の場合は仕事柄、最終的な判断を下す場面が多い。確率の高さで判断を下せるなら楽だ。実際は、不確定要素が多すぎて確率を出せない場合がほとんどだ。逆に確率が明らかな問題なら、判断に迷うこともない。論理で正解を導けないケースが経営にはあるのだ。
この場合は、どうやって結論を出すのか。
先ず、正否を考えるのを止める事だ。この段階で正否が分からないから迷うのだし、正否は後の行動によって変わる。10:0で正否が分かれる事は、ほとんど無い。後で考えれば、6:4だったり7:3だったりの割合で、有利不利はあるだろう。しかし、後の行動によって不利な状況も「結果的に良かった」に出来る。判断した段階では、正否は決まっていないのだ。
正否が無い課題なので、判断の後に自分のパフォーマンスが上がる選択をすれば良い。自分がより強いエネルギーを込めて、事に当たれる決断をすれば良いのだ。
結論で言えば、自分の信条に合致した判断をすれば良い。迷うような課題の答えは何通りもある。損得を天秤にかけて考えると、延々と迷う。その時点で、損得の答は誰が考えても出ない。だから、難しい課題には損得を捨てて、己の信条で当たるのが良い。
信条とは、多くのビジネスマンが経験の中でたどり着いた結論だ。物事の通りだ。決して、精神論の話しではない。どちらかと言うと統計の話しだ。様々な経験をして、苦難を乗り越え、現時点で得た悟りのようなものだ。当然、受け売りでは駄目だ。受け売りで、部下達を戦地へ送り込む事は許されない。
その信条に沿う判断なら、確信も持てる。迷い無く判断を下した方向へ進める。後は、全身全霊を込めて、選んだ道の正しさを示していくだけだ。
私にもいくつかの信条がある。最近、現場で営業をしているメンバーを見る度に、私が営業の「えの字」も知らなかった頃に得た信条を思い出す。それは難しい事ではない。世間でも良く言われる営業の常識だが、自らの経験から悟った事に価値がある。
それは「攻め抜け」と言うことだ。
例えば新規クライアントの開拓を狙うとする。電話でアポイントが取れたので、訪問をする。一回訪問しただけで、何かしらの契約がなされる事はほとんど無いので、可能性のあるクライアントは当然追わなければならない。その後のフォローで、週1回電話をするべきか、週3回電話をするべきか、または二週間後に電話をするべきか迷ったとする。あまり頻繁に電話をして嫌われたら全てがご破算だ。適切な頻度で連絡を取りたい所だ。
この場合、私だったら迷わず週3回電話をする。これを迷っている時点で、自分には適切に相手の感情を読む力が無いと言うことだ。判断がつかないなら、信条に従って攻め抜かなければならぬ。
結果、相手にご迷惑をおかけして叱られる事もあるだろう。精神的負担も、攻め抜いた方が大きい。待っていれば、その間は何もしなくて良いので楽だ。しかし、そもそも自分が苦しいか楽かは判断基準に無い。もし、ここで攻めなければ、一生相手のとの距離感は計れない。どこまで許されて、どこまでは駄目なのかを肌に覚え込ませなければ駄目だ。私の年齢と立場で、この感覚が弱かったとしたら、あまりにも無能だ。しかし、若いビジネスパーソンは失敗の中で、多くの糧を得れば良いのだ。そうやって、未来に多く方に喜んでもらえるビジネススキルを組み上げるのだ。攻めなければ、ビジネスの肌感は一生体得出来ない。
現場を見ていると、「何故、相手に結論を確定させないで待っているのか」と思う事がよくある。待たずに、一本電話してみたらどうか、待たずに直接訪問してみたらどうかと感じる。相手に嫌がられるからアプローチしないのではなく、高頻度でアプローチをしても相手に嫌がられない方法や技術を考えるのが正しい対応だ。
私はメンバーに対して、やり過ぎた失敗は一切責めない。やり過ぎてお客様に迷惑がかかったら、私が謝罪に向かうし、最終的に喜んでもらえるように全社を挙げて対応する。逆に、待ちの姿勢で成果が出ないメンバーはとことん追い込む。
HWSのメンバーは、基本エンジニアなので、営業的な感覚が現時点では十分でない。しかし、将来管理職としてビジネスを回す上でも、「攻め抜く」を徹底する中で多くを学ぶべきだ。営業的なバランス感覚も養うべきだ。もっとも、営業が本職なのに、営業マンとしてのバランス感覚や攻めの姿勢が無い未熟な人間も多いので、それと比べればよくやっている。
経営においては、守勢に回る時もある。私自身、基本的には堅い経営を是としているので、無駄なお金も使わなければ、投機的なお金のかけ方も一切しない。投資にも全く興味がない。誰かの土俵の上で戦うビジネスもしない。その意味ではディフェンスには相当自信がある。
明らかに守りに回る必要があれば守りもする。時の勢いがある時でも、未来の変化に備えて、闇雲に事業を伸ばすこともしない。それでも、判断に迷ったら常に「攻め」を選ぶ。私が出来る限界まで考え、それでも確信が持てなければ、信条に殉ずる。
そんな時に「何でそんな判断をしたんですか?」と聞かれれば、「それが私の信条だからです」と答えるしかない。
最後に、若い読者の皆様に一言。
給与も安く、社会的な経験も少ない君達に失う物など何もない。君達が期待されているのは将来の伸びしろだけだ。伸びしろも、守りに入ったらいずれ消滅する。失う物が無い人間が守りに入る姿は滑稽だ。いったい何を恐れているのか。何を守りたいのか。
君達はひたすら攻め抜けば良い。やり過ぎなくらい攻め抜けば良い。攻めに攻めている君達を、本心から嫌がる大人はいない。大人達は、日本の未来の財産として、多くの学びを君達に与えてくれるはずだ。自社のメンバーかどうかは関係無い。未来を担う若者として温かく見守り、愛のある叱責を与えてくれるはずだ。
心置きなく攻め抜いて、未来への階段を全速力で上がって欲しい。
経営とは一種の主義主張だ。主義主張が込められているから、執着が生まれ、執着が個性を生み出す。個性が競争力を生む。主義主張なので、公序良俗に反しない限り是非は無い。ただし、その主義主張が論理的に破綻している様では、賛同するメンバーも集まらないし、外部の協力も得られない。
経営者と言っても人間だ。仕事人としてのスタンスもあれば、個人としてのスタンスもあろう。
ある経営者は、自社を拡大はしたくないと言う。自分の制御が効く状態でそこそこ豊かな生活が出来れば良いと言う。人を多く雇うとリスクやマネージメント上の面倒くささが生じる。経営者は企業の規模に比例し所得が取れる訳ではない。人生を楽しむには、ストレスを軽減し、やりたいことが出来る富があれば良いと言う。多くの人にとっては、魅力的な生き方だ。
ある経営者は早くリタイアしたいと言う。何らかのエグジットを目指し、一財産出来れば南の島でゆっくり暮らしたいと言う。
ある経営者は死の直前まで仕事がしたいと言う。仕事が無くなると自分の存在意義が確認出来ないし、自らが追うロマンを成すには、一代を費やしても時間が足りないと思っているからだ。
ある経営者はボランティア等の社会貢献に後半生を費やしたいと言う。ビジネスの世界では、日々競争と成果に追われ、コンペティターを出し抜こうと必死だったので、真逆の生き方を目指し、身を清めたいのかもしれない。
どの生き方にも正否はない。また、尊卑もない。自らの意志で決めた未来を目指して生きること自体が美しい。自分が幸せを実感出来る道を歩めば良いのだ。
ただし、企業経営は多くの人生を巻き込む。経営者には、他人の人生に対して敬意を持って接する義務がある。
もし、早期に引退したいなら、その事を社員に伝えた上で採用からマネージメントまで行うべきだ。社員達も生涯仕事をして、食を得なければならない。社長が儲かった段階で引退されては困る場合もある。人間には自由に生きる権利があるので、早期に引退しようが楽隠居を決め込もうがかまわないが、堂々とそれを宣言した上で経営に当たるべきだ。伝えるべき事を伝えたなら、後は集まる人間の判断に任せれば良い。
例えば、会社を世界一の企業にしたいと言う経営者がいるとする。この経営者が、早めに引退をしたいとも言ったとする。そこには、二つの内優先順位はどちらが上かという疑問が存在する。大なり小なり、この様な疑問や矛盾が垣間見られると、私などはその人を見る目が冷める。恐らく、所属している社員はもっと細かい部分まで、気にして経営者を見ているのではないか。
若い内には人間的な未熟さ故に、矛盾が多く存在する経営者も多い。私自身、二十年の仕事人生を考えても、今以上に多くの矛盾を過去には抱えていた。色々な矛盾と向き合い、それを処理し、自分の哲学を進めここまで来た。だから、現時点では自分の中に矛盾を感じていないので、ブログでも一貫して主張を書く。どこに言っても、私自身の主義主張を話す。
その中で、もし他人に矛盾を指摘されたら、確かに間違っていると思えば直せば良い。主張をしなければ、自分の間違いも分からないままだ。
未熟な故の矛盾は解消すれば良いが、確信犯は始末に悪い。上手く社員を動かす為に、意識的に矛盾を隠し、都合の良い主張を発し、ビジョンを呈する経営者もいる。経営者など日本に何百万人といるので、品性の悪いのも良いのもいる。社長社長と言うと権威がありげだが、適当に石を投げれば、10人に1人くらいは社長に当たる。(当社比)
経営者の集まりなどに出ると、ぶっちゃけ事業意欲はあまりなく、上手く金銭だけ稼ぎたいと漏らす方もいる。ビジョンもミッションもいいから、一発当てて稼ぎたいという方もいる。早く楽をしたいと言う疲れた方もいる。その為にも社員には頑張って仕事をしてもらわなければならないので、安直にビジョンを提示し、仕事に向かわせたりする。所属する社員はこんな経営者の一面を知らない。個人の性質や志向がどうであろうが自由だしメンバーに全て知らせる必要はないだろうが、仕事に関連する部分、他人の人生にも干渉する部分は個人の趣向だけで決めて良い訳ではない。
美しく生きるには覚悟がいる。覚悟がなければ、人間惰性で流されるだけだ。覚悟が無いから、その言葉は人を動かす事が出来ないのだ。覚悟が無いから、発言に矛盾が生じるのだ。
メンバーの人生を巻き込むなら、死んでも事業の完遂を目指す。この覚悟がなければ人の採用など出来ない。一人一人の人生がどうなるかには責任持てないが、私自身が我利に走らず、死ぬまで事業を追うことは覚悟しているし、本望である。HWSには、そこを信頼できる人間だけ集まれば良い。
覚悟があれば、発言と行動が一貫する。将来設計と発言が、公私ともに一貫する。
HWSが拡大する資格を持つのも、その為に文章を書き、言葉を発する事ができるのも、ここに覚悟があり、我々が目指す未来にリスクはあっても、論理的な破綻がないからだ。
リーダーが多く方の人生を巻き込むことを真摯に捉え、事業に邁進していけば世の中は必ず良くなる。各企業の営みに全メンバーが強い思い入れを持ち、その繁栄を願うなら、より良い企業へと発展する。
不況が謳われる昨今、我々が狙うべきは、一発事業を当てる様なファインプレーではない。企業とはどうあるべきか、事業家とはどうあるべきか、そのベースを固め繁栄の基礎を作り上げる事だ。その作業を粛々と進めていけば、自然と不況も脱しよう。存続の道も見えよう。目先の楽に惑わず、正しさをひたすら追い求め行く時期が今なのであろう。