会長ブログ(株式会社ヘッドウォータース代表取締役:篠田庸介)

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2009年06月29日 11:17

恥を知る

photo先日、朝礼にて石澤取締役からモチベーションについてのスピーチがあった。昨今では、「モチベーション」という言葉が氾濫しているが、その存在価値がよく分からないとのこと。

やるべき事があり、その達成に向かって執着するのは当然の姿であり、その為にモチベーションを高めようという理屈が分からないというのが彼のスタンスだ。結果を出すために、必死になるのも全力を尽くすのも当然であり、それをしない理由がない。外部から研修や書籍によって「頑張ってやる気を出しましょう」と言われ動く姿が間違いであり、違和感があるというのだ。

これには私も強く同意する。

以前にブログでも書いたが、リーダーは意識の上下があってならない。リーダーの意識の上下は組織のエネルギーの上下に直結する。精神状態の上がり下がりがある人間は、人を指導する立場に立ってはいけない。組織にも部下にも迷惑だ。

意識は常に高みになければ駄目だ。平常な状態が、高いエネルギーを持った姿でなければ駄目だ。自分の意識は、あたかも人工衛星の様に永久に高みにあり、下がってはいけない。これが本来のビジネスパーソンの姿だ。

昨今では軟弱にも「やる気が無くなる」「元気が無くなる」という事が普通になっている。私などは、場所と時間を選ばず元気な姿でいる。これは、少しでも良いリーダーであろうと、二十代から意識した結果として作られた姿だ。もって生まれた素養ではない。

篠田さんの元気の源は何ですか?
篠田さんが落ち込む時はどんな時ですか?
落ち込んだ時は、どうやって気分転換をしますか?

と聞かれる事もある。雑誌の取材や、会食時などにも、余りの元気さに呆れ気味に質問される。

これに対する私の答は、

私は常に平常心です。だから元気の源は無いし、必要としません。
落ち込む時はありません。
落ち込まないので気分転換も必要ありません。

この様な内容になる。別に無理をしている訳でも、格好付けての発言でもない。私の中ではこれが常識だ。

人の意識を上げる事ばかり考えてきたし、他人が元気に仕事に取り組めるようにするためにはと言うことを十年も二十年も考え抜いて来たので、自分のやる気やエネルギーをどうするかという事を、すっかり忘れていた。全く気がつかなかった。

何かを狙い何かを追い求めている人に、モチベーションは必要ないのだろう。それを意識する必要がないのだろう。

多くのエネルギー値が低い方へのアドバイスがある。モチベーションを上げるノウハウや、気分転換の方法を考えるよりは、人生に対するスタンスを考え直した方が良い。表面的な所をいじっても、意識が常に上下するようでは、長い人生が辛くなる。いつも平常心で、何かに向かって全力で取り組んでこそ、短い人生を有効に使い成すべき命題に取り組めるのだ。悩んだり、やる気が落ちて立ち止まっている様では、あっという間に人生は終焉を迎える。

もし、あなたが優秀なビジネスパーソンであろうと思うなら、恥に対しての価値観を育てるべきだ。

photo上司や先輩に気を遣われるのは恥だ。あいつは心配ないと思われ、フォローされないのが普通だ。あいつは何か悩みがあるんじゃないか、あいつは仕事に疲れているんじゃないかと、気を遣わるとしたら余りに軟弱だ。そんな自分を許しては駄目だ。

未熟な時期に不安や焦りの為、平常心でいられない時もあろう。しかし、それを自分で認めてはいけない。また、他者に悟られてもいけない。平常心で最高の成果を狙って動き続ける姿をひたすら周りには見せつけるべきだ。

モチベーションを上げるような本を読むのも恥だ。後学の為に読んでも良いが、隠れて読んでくれ。モチベーションが下がるという状態を認めるな。モチベーションを上げる為の研修などもいらない。ビジネスパーソンならやる気くらいは自分で何とかしろ。

仕事が辛いので気分転換をするのも恥だ。仕事のストレスは仕事で解消すべきだ。仕事で成果を出して解消しなければ、いくらスポーツをしても美味しい物を食べても、ストレスが消えることはない。ストレスの要因から逃げず、正面から立ち向かい成果を出せば、ストレスは霧散する。遊ぶなと言うのではない、ストレス解消の為に遊ぶなと言っているのだ。遊ぶのは純粋に、その行為を楽しむためで良い。

昨今は、何を恥ずべきかとい基準がずれている。職場で大きな声で挨拶をするのが恥ずかしいという人間もいる。人前で話して失敗したら恥ずかしいという人間もいる。しかし、それらは他者へ対する貢献と、チャレンジャースピリットの吐露であり、恥ではない。恥ずかしいとか言っている方が恥だ。

自分の羞恥心よりも、優先すべきは成果であり、組織の勝利だ。この優先順位が間違っている姿こそ、未熟であり恥なのだ。

例を挙げるときりがないので、この辺にしておく。

多くの社会人への提言は、「恥を知れ」と言うことだ。恥を知らないから、平気で職場で愚痴もこぼせるし、弱音も吐ける。中には、他社に営業に行って、自社の不満を漏らす人間もいる。その内容が正しいか間違っているかの問題ではない。その行為自体が間違っている。アドバイスは「恥を知れ」しかない。

感情に流されず、理性で恥じを考えて欲しい。恥を知って欲しい。

そして、自らの意志でビジネスパーソンとして誇り高き姿を創り上げて欲しいと願う。リーダーは持って生まれた素養でなるものではない。ビジネスパーソンとして高みに昇るのも、才能だけでは無理だ。

ビジネスパーソンが行き着く頂は、作業者としての頂点ではない。良いプレゼン資料が作れる、会計財務に精通している、これらの能力を極めたところで、高度な技術を持った作業員になるだけだ。高い人格を有し、組織の統括者となり、個人では達成できない成果を仲間達と実現してこそビジネスパーソンだ。手先を動かす事も若い内は大事だが、その先には違う次元の自分作りが必要となる。

道を誤らず、ビジネスパーソンとしての正しい姿を創り上げるためにも、恥を知り、日々の戦いに臨んで欲しい。