会長ブログ(株式会社ヘッドウォータース代表取締役:篠田庸介)

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2009年07月28日 15:01

天秤

photoHWSにおいて採用と人事を一手に担っているのが、萱沼という取締役だ。学生時代に私の所に来たので、かれこれ17年くらいは一緒に仕事をしている。不器用な人間なので、基礎から鍛えこんだ分、ビジネスに対するスタンスは終始一貫している。HWS以前に起業した会社では営業の前線に配置した。プレーヤーとしてもマネージャーとしても実績がある。

採用は人を見極めなければならないし、HWSの最前線にいる人間として応募下さった方にHWSの熱をありのままに伝えなければならない。これを実践するには相当の対人スキルが必要だ。他人に熱を伝えるなら、自分の内側にも巨大なダイナモを持たなければならない。現状では萱沼以外に、この任を担える人材がHWSにはいない。

そんな萱沼取締役が今朝の朝礼スピーチで以下のような内容を話していた。

「HWS内定者にも社員にも厳しさを要求する。成長には厳しさが必要なので、それを突破して未来へ繋げなければならない。しかし、最近応募者に対する面接をしていると、苦しい時に隣の芝が青く見えてしまい、安易に転職をして来た人が多い。過去にはHWS内にも厳しい要求に耐えきれず脱落した人間がいた。目前の苦しさから逃げ出せば、確かに一瞬は楽になる。しかし、本当にそれで楽になるのだろうか。踏ん張らなければならないところで逃げ出してしまった自分を抱えながら、その後何十年も生きる方が実は辛いのではないか。一瞬の楽を選んでしまった為に、その後何十年も続く苦しみを選んでいるのではないか。」

採用面接における萱沼のスタイルは、採否に関係無く本人の未来を考えた時に一番良い形を探ると言うものだ。これを言うのは易いが、行うは思ったよりも難しい。1時間も2時間も採用という実利を無視して本人の為にしゃべるには、相当の根気が必要だ。自分なりの信念がなければ継続出来ない。

そんな萱沼なので、面接にやってくる若者達が間違った価値観で苦しい未来へ進んでいく姿が残念でならないのだろう。その思いが上記の発言となっている。

人間の人格は、過去の自分の選択や行動が作っている。逃げた、投げ出したと言う事に対して、対外的には言い訳が出来たとしても、自分自身は案外騙せないものだ。自分は駄目なんだと潜在意識に刻まれる。自分はいざという時には逃げ出す人間なんだと潜在意識に刻まれてしまう。それが自分の人格となり、性能となる。その卑屈な人格を抱えながら生涯を過ごす苦痛は耐え難い。

以前にもブログに書いたが、何かを得ようと思えば必ず代償が必要となる。一見代償が無いように感じても、それは自分の未熟さ故に見えていないだけで、実際は代償が存在する。

何かしらの困難から逃げた時に、何かを成し遂げたという自信や、他者からの信頼を捨てなければならない。将来の信頼や自信を失う代わりに、今の不安や困難から逃げられるのだ。得る物と代償を秤にかけて判断しているなら個人的な趣向なので好きにすれば良いが、天秤の片方が空だと勘違いして得るものだけを掴みにかかる行為は愚かだ。

経営者にも、この天秤が壊れた者は多い。美味しそうな事業に飛びつくのは良いが、代償を見ようとしない。どこからか持ち込まれた美味しそうな事業で、一発当てようと思えば思うほど、美味しそうな事業の裏側にあるリスクや労力という代償が見えないのだ。良いところしか見なければ自制する理由は無いので、ダボハゼのごとく餌に飛びつくしかない。後で代償に気づき、騙されたような気分になるのだ。

何かを得ようと思えば、必ず失う物がセットで来る。

photo自分の性能を上げようと思えば、時間を使い労力を使わなければならない。苦境を自力で何度も乗りきらなければ、性能的な向上も精神的な向上もあり得ない。これらを覚悟して自分の価値を上げにかからなければ、その苦痛に耐えられない。最初から覚悟していた苦難なら、多少きつくても踏みとどまれる。覚悟が無ければ、人間は必ず楽な方に流れる。覚悟をしていても、途中で折れてしまう人間は多い。覚悟もなく、苦難に立ち向かえる人間などいない。

人間にはバランスが必要だ。大人になると言うことは、このバランス感覚を養うことでもある。「狂」を是として、常にベンチャー的な独自性を好む私の言葉とは思えないかもしれないが、人間にはバランスが必要なのだ。バランス感覚が優れている人との会話は、非常に心地よいものだ。バランスが取れるのに、あえて志に殉じ狂となるのが私の本分だ。

得るものと失うものを秤にかけ、その上でアグレッシブに生きる姿は美しい。天秤の片側だけを見て、即断即決していく人間は、時の勢いを借りれば圧倒的な強さを得るだろうが、本質的には脆い。

もし、職種を変える、業種を変える、会社を変えるなら、それで得られる物ばかり見ている自分を一度省みるべきだ。

もし、失う物ばかりを見て、何も動く事が出来ないなら、動く事によって得られる物も天秤の上に乗せるべきだ。

若い読者へのアドバイスで、この項は締めさせて頂く。

君達は、これからの長い人生において、己の天秤を磨くべきだ。人間の中には、一つの天秤がある。何かの行動をする時、何かの判断をする時に、この天秤を使わなければならない。天秤の両方に正しく重りを乗せることを学ばなければならない。

恐怖や不安や飽きなどが天秤の精度を狂わす。狂った天秤を使うと、片側に重りが無いのに、違和感すら持たずに重さを判断してしまう。狂った天秤を使って、自分なりに正しい答えを導いてしまうので、その判断の正当性に固執する。天秤が狂っているので、そもそも間違った答えなのだが、本人は気がつかない。

こう言っても、多くの方は良質の天秤を作ることが出来ないだろう。常に平常心でフェアに天秤に重りを乗せることは難しい。不安や恐怖に震えている人間では、バランスなど取れない。苦しさに耐える強さが無い人間は、常に間違って天秤を使う。他人の事を慮れず、自分中心にしか物事を感じられない人間は、やはりバランスを欠いた判断しか出来ない。

私も採用活動において、毎年多くの方とお会いする。また、過去にも数えくれないくらいの部下を持って来た。部下と言うよりも師弟関係でいう弟子を持って来た。

本質的に悪い人間ではないのだが、未熟な天秤しか持たない為に、間違った未来へ進む姿を無数に見て来た。残念でならないし、私自身の未熟さが歯がゆい。もう少し、私に影響力があれば、私の天秤を使い彼らを正しい方向に導けるのにと思う。

最後に繰り返しになるが、もう一度自分の天秤を見直して欲しい。自分の失う物にも眼を向けて欲しい。自分が得る物にも眼を向けて欲しい。強い克己心を持ち、正しく動く天秤を手に入れ、その上でチャレンジャブルに自分の未来へ歩みを進めてくれればと心から願っている。