会長ブログ(株式会社ヘッドウォータース代表取締役:篠田庸介)

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2009年08月27日 23:44

ビジネスとは

photoHWSでは、エンジニアもビジネスの領域に踏み込めと提唱している。ビジネスの領域に踏み込むことを言い換えれば、自分の意識する範疇を広げろと言うことになる。

どんなに高度な技術を持っていても、高い技術を使って目の前にある作業に没頭しているだけでは、作業員と言う扱いになる。技術を学ぶことは大事だが、そこに没頭しているだけでは、一生ビジネスの領域には踏み込めない。

作業員であるうちは、自活能力が無い。誰かが仕事を取ってきてくれないと干上がるし、もし会社が傾きでもしたら、指をくわえて見ているしかない。沈む船からは逃げれば良いと安直に考える人もいるだろうが、逃げ続ければ自分の価値は下がり処遇は下がり続ける。特に年齢が増せば、深刻さは増す。つまり、作業員のままでは常に他力に頼るしか生きる手段が無く、本質的に脆い立場が生涯続く。

それが嫌ならビジネスの領域に踏み込むしかない。ビジネスの領域に踏み込むには、意識を上下左右に広げ、自分の任を自ら広げなければならない。

上下左右に広げよとはいかなることだろうか。

文字通り、本来作業者としては考えなくて良いことに、首を突っ込み手足を動かさなければならない。例えば、「これは上司の仕事」と割り切ってはいけない。これは誰々の仕事、これは自分の責任ではないと言う責任回避の思考を一切捨てなければならない。組織が勝つために必要な仕事なら上司も部下もない。連携をとるための役割分担はあるが、常に上司の仕事で自分が担えるものは狙い、上司の立場に立って自分が出来る最良の動きを選択するのだ。

自分の作業のことだけでなく、おせっかいにも後輩や部下のことも常に考えなければならない。当然、自分が背負うノルマは必須だが、それを背負い切った上で部下の面倒まで抱え込むのだ。部下の成果まで意識し続けるのだ。部下を意識するのは職責かもしれないが、関係ない後輩の成長にも常に意識を飛ばさなければならない。

自分の職種にとどまらず、エンジニアであれば経理のこと、財務のこと、営業の事などを配慮して常に動かなければならない。配慮では足りない。おせっかいにも他の部署のことでも必要なら自分も動いて干渉し、より強い組織を目指さなければならない。

会社のビジョン、会社の戦略についても考えなければならない。組織の強さと、会社の成すべき未来を常に考え、今の自分の動きを決めるのだ。上級管理職なら、本来は当然のスタンスである。ビジネスを自分の意識下で制御するには上から下まで関わらなければ無理だし、仲間と連携しなければ無理だ。

photoつまり、意識する幅を広げ、自分の役割を自ら広げることが、ビジネスの領域に踏み込むと言うことなのだ。

営業が分かれば、自ら仕事を作ることも出来よう。組織が分かれば、組織の中でどの様に動けば良いかもわかるだろう。組織を動かし、組織の勝利を自ら先頭に立ち実現することも出来よう。

退くも進むも自分の自由となろう。ビジネスの領域を極めた人間にとっては、社長とか専務とかの肩書きなどもどうでも良い。ビジネスを作れる、ビジネスを動かせる人間と、そうでない人間に分かれるだけだ。必要に応じて肩書きがつくだけなのだ。

意識を広げると簡単に言うが実行は難しい。実感あるレベルで意識を広げれば、傍観が許されなくなる。自分自身に対して傍観を許せなくなる。当初は制御するすべも知らず、慣れない分野に意識を向けることもあり、タスクが増えすぎて潰れそうになるかもしれない。しかし、これに耐えて無理やり意識の範囲を広げなければならない。

耐え抜かねば、あなたの未来に待っているのは作業員として殺生与奪を他者に握られる立場だ。耐え抜き九死に一生を得て、一つ上の領域に進むのだ。凡人が抜きん出るとは、そういうことだ。

作業員は切り分けられた作業に没頭する存在だ。責任を薄めてもらえる代わりに、自ら未来を決める権利を放棄した存在だ。意識を広げるストレスから開放され、目先の作業への没頭を許される代わりに、ビジネス全てを司る喜びを失った存在なのだ。

HWSでは、全メンバーに経営者と同じ視野を持たせるつもりだ。経営判断を行えるエンジニアで社内を満たすつもりだ。

多くのビジネスパーソンたちよ、経営者の視野を持ち、その上で組織の勝利を主体的に実現せよ。組織全体、ビジネス全体を常に見よ。少なくてもHWSは、羊のごとき作業員の群れにするつもりは無い。我々は必要であれば、全員が即時牙を剥く狼の群れでありたい。

誇りを持ち、誇りを支える自活力を持ち、エンジニアの未来を示せればと願う。

2009年08月26日 03:30

リーダーシップの要所

photo前項で「暴走する組織」と書いた。最近はHWS内のここかしこで暴走がある。前項で書いたとおり、良い意味での暴走の事だ。暴走が起こり始めた、背景にはリーダーシップの醸造がある。

マン・マネージメントの話になると、ノウハウ論を唱える人は多い。激励の仕方、叱り方、コミュニケーションの取り方など、色々な技術がある。確かに、これらの技術は必要だが、技術を使うには、ある土台が必要となる。

実は多くの管理職、リーダーに足りないのはマネージメントノウハウではない。彼らの足りないのは絶対的な覚悟だ。

必ずやりきると言う覚悟。全責任を取る覚悟。不退転の覚悟。

これがあれば、立場や年齢に関わらず決裁権を有すことが可能だ。どんなに立場があっても、この覚悟が無い中で自分の意志で何かを決定することは出来ない。また、立場上決めた内容を、部下に伝えたとしても、その心を動かすに至らない。

昨今では、首相の交代劇を見ても、不祥事に出てくる企業トップの会見を見ても、この覚悟が感じられない。言い訳を探し、逃げ場を探し、未来の保険を得るために必死に見える。

HWSの各所でプラスの暴走が起こり始めている理由は、リーダーシップのレベルが前線において向上して来たからだろう。

photo自組織に対する愛着、仲間に対する責任、会社の一翼を担うと言う決意が、何人かのメンバーのリーダーシップを押し上げたのだ。テクニカルなノウハウは経験と共に身につくだろう。今大事なのは正しいリーダーシップのあり方を体得することだ。

何かあれば逃げてしまう人間の言葉を信頼する人はいない。逃げるとは様々な状況をさす。難事を目前にし、気持ちが折れて手を抜くことも逃げだ。責任を放棄し退職するのも逃げだ。職業選択の自由は良いが、それを口にするときに通すべき筋を常に意識すべきだ。リーダーが部下に迎合し、弱腰になるのも逃げだ。

これらの逃げが臭う人間の何を信じれば良いのだ。これは部下にも上司にも言える。腰が据わらずフラフラしている部下が、どんなに優秀であっても信頼は出来ない。逃げの姿勢が見える上司が示す未来に付いていく馬鹿もいない。

そもそも、組織のポテンシャルを最大化する為には信頼が必要だ。自分が頑張った分だけ、やり損になるのでは業務に全力を投じられない。この信頼で上下左右を満たすには、それぞれの覚悟を喚起するしかないのだ。

簡単ではないが、最強の組織を目指すなら必要なことだ。

経営者も己の身を正さなければならない。会社から身分を付与されただけのなんちゃって管理職も、己のリーダーシップを見直さなければならない。

本質的な話をすれば、これらのリーダーシップのレベルが上がらなければ、日本自体が弱体化するのではないかと思う。各所にリーダーが生まれない組織は弱い。リーダーシップを取る覚悟が生まれない組織は弱いのだ。

多くのエンジニア、多くの社会人への提言で、この項は締めくくりたい。

photoもう逃げるのは止めたらどうか。どんなに逃げようとしても、あなたが逃げ切れる場所は、世の中には無い。逃げれば逃げるほど、最後には何倍もの苦しみが来る。逃げる姿勢、逃げる気持ちがあるうちは、常にストレスに苛まれ続ける。

火を噴くプロジェクトも、誰かが収拾しなければならない。企業の業績が落ちた時、誰かが陣頭指揮を執り、再生に当たらなければならない。それをやる人間が枯渇すれば、あらゆる集団は立ち枯れていくだけだ。

世の中には、大変なので管理職になりたくないと言う人もいる。そのスタンスのまま、将来はどこへ逃げ込むつもりなのか。大きな声を出すのが恥ずかしいと、挨拶もろくに出来ない社会人もいる。恥ずかしさから逃げることによって、失っているものに気がついているか。

エンジニアとして生きるなら、生涯勉強し続けなければ駄目だ。それは技術にとどまらず、ビジネス全般においてだ。その為には、今までやってきていない事に挑み続けなければならない。当然、週末の時間も使う必要があるし、日々の業務において率先して責任を負わなければならない。その行為なくして進歩を得ようと言うのは虫が良すぎる。その努力をせずに、他力本願で生涯を安穏と過ごせると思っているなら甘すぎる。人並みの努力では人並みの実力と成果しかつかめまい。人並みで安寧が得られる時代は、既に終わった。

現実の世界で逃げ道は無いのだ。覚悟を決めて全てを背負うしかないではないか。覚悟を腹に持ち、自分の意志を断行し、その責任を負い続けるしか道はない。気持ちさえ逃げなければ、あらゆるストレスはいずれ霧散する。自分の意志で、今自分がすべき事を決め、周りを巻き込み、仲間の幸せと繁栄を実現して欲しい。

2009年08月23日 15:59

暴走する組織

社員総会にて今年は昨年以上に人員を絞りに絞って、10名の内定者を選出した。昨年同様、既に内定者研修は始まっている。技術研修は当然だが、マーケティング及び営業の研修も含まれる。北海道や関西在住の内定者もいるが、スカイプを使い入念に打合せを重ねている様子だ。

今年はチームを3つに分けて、新卒採用の為のサイトを制作させている。8月の社員総会では、各チームが制作するサイトのプレゼンが行われた。既存のメンバー達が見守る中で、学生である内定者達がプレゼンを行ったのだが・・・。

恐るべきHWSの内定者達だった。これほど腹を抱えて笑ったのは、久しぶりだった。良くも悪くもインパクトはある。内容は、この場では書けない。興味がある人はHWSに入社して欲しい。これは一種のエンターテーメントだ。この芸風で、プレゼンを続ければ相当仕事は取れるに違いない。私の予想を超えて暴走して頂いた。

このプレゼンも点数に加味され、最終的に勝利したチームには、今年もベトナム研修が待っている。普通では経験出来ない研修なので、早期の成長を実現すべく勝利を狙って欲しいものだ。

私がビジネスの世界に身を投じ、二十年余りの歳月が流れた。

経営者として組織を率いるようになって、十二年程度である。その前は常に前線で収益を確保する任を負い、疾走していた。私が経営者で無かった時間を振り返ると、収益には責任を持ち、一切の言い訳はしないのだが、その分だけ上司の言うことを聞かなかった様に思う。

「成果は出すから自由にさせておいてくれ」と言ったところだ。指導も必要としていなかった。必要な事は自ら前線で学ぶし、人から盗むので、手取り足取り教えて欲しいと言う気持は皆無だった。

社員総会にてまあ、相当生意気で扱いづらい。そこそこ成果も出すので叱りづらくもある。会社のルールで禁止された事柄も、本質的に必要だと思えばこっそり行ったりもした。会社よりも自分の方が正しいという信念があったので、いずれ会社が自分に合わせると思っていた。事実、そうなった。相当の暴走具合だ。

そんな私が現在志向している組織の理想は、「暴走する組織」である。

暴走と言っても、各人が好き勝手な事をすると言う訳ではない。好き勝手な事ではなく、組織が勝利する為に最善の事を、自らの意志で全メンバーが行うのだ。

暴走にはルールがある。

・最悪の場合には自分が人生をかけて責任を負う覚悟があるか。
・それは組織の勝利の為の暴走か。
・その暴走で、今まで以上の負荷が自分にかかるか。

これらを押さえない暴走は、組織にとって悪だ。撤去すべき行為だ。正義無き暴走など見苦しいだけだ。無私の中で、仲間の勝利、組織の勝利を純粋に追いかけた結果の暴走は、人間の意志とバイタリティの発露としての美しさがある。

私が理想とするのは暴走する組織だ。私の思惑を超えて、各所で各人が暴走する。言い換えるなら、各所で各人が自分の意志と責任において、判断し行動すると言うことだ。そこには自発が生み出すエネルギーと執着がある。その暴走が、組織の強さを何段階も底上げするはずだ。

暴走は無私の中で行わなければならない。自分の為ではなく、仲間の為の暴走だからこそ、正義があり美しいのだ。結果的に、自分にも大きな利はある。自分の組織が勝利し、その勝利をもたらした中軸にいて、利がない状況など考えられない。少なくともHWSを含めたフェアな組織では考えられない。

暴走とは、「まあ、こんなもんだろう。」と言う予測を超えたものだ。予測を超えた動きで予測を超えた成果を狙う行為だ。当然、そこには現状以上の動きが必要となる。自分への負荷は増える。暴走する人間は、無私の中で組織の為に負荷を背負わなければならい。もしかしたら、成果を見つめすぎて負荷を感じないかもしれないが、物理的には負荷は増えているはずだ。

社員総会にて私は自分自身の才能には自信を持っていない。才能によって、成し遂げられる成果が変わるとも思っていないので、自分の才能の有無は正直どうでも良い。だから、「俺ってセンスないなぁ・・・。」と悩むこともない。センスなどと言う目に見えないものに人生を左右されるつもりもない。

才能に自信が無い私の思惑の中で、メンバーが動いているようでは、HWSは世界的なIT企業として発展する訳がない。こぢんまりと右肩上がりを実現し、創業者が小銭を掴む為に作った会社ではない。我々が標榜するビジョンが成されなければ、HWSなど存在しなくて良い。

HWSが自らのミッションを成すには、暴走しなければ駄目なのだ。これでもかと言うほど、各所で暴走が起こらなければならないのだ。正義があり、覚悟がある暴走が各所でおこらなければならないのだ。

我々は暴走する組織を目指す。

IQや偏差値では、先行した巨大企業のSE達にかなわないかもしれない。しかし、ビジネスの成否は、IQで決まるわけではない。マイクロソフト社もグーグル社も出来ないことで、HWSなら成せることもある。

今回の内定者のプレゼンを見ていて、HWSの未来に対する希望を抱いた。我々しか踏み込めないエンジニアリングの領域があるのではないかと感じた。ビジネスもシステム開発も、最終的には人を幸せにするために存在する。人を幸せにするには、人の幸せを感じる感受性が必要となる。その感受性、人の想いを形にするバイタリティでは、HWSは大手企業群にも一歩もひけをとらない。そんな、我々しか背負えない領域がビジネスの世界にはある。

HWSが日本初のグローバルIT企業として、世界に打って出るための武器を黙々と磨き続けて行くつもりだ。

2009年08月17日 12:46

意識の変革を標榜す

090818_b.jpg
挑戦という言葉がある。多くの企業が理念の中で、この言葉を使っている。耳に心地よい言葉だし、やる気を喚起する。しかし、挑戦を標榜する企業の多くは、何をもって挑戦かを語らない。

新しいサービスを生み出す事なのか、財務的な投資の事なのか、営業姿勢の事なのか、その全てを網羅する抽象的な表現なのか不明だ。

書くは易しだが、挑戦を体現するのは相当難しい。HWSにおける挑戦とは何か。それは意識の変革に他ならない。

挑戦とは決して派手なパフォーマンスの事ではない。煮詰めに煮詰めた結果、最後に一線を越える事を指す。何かを志向し全力で目前の課題に取り組んだ結果、生み出されるものが挑戦であり、意識の改革と言える。

マイクロソフト社のWINDOWSが生み出したのは、パソコンという製品に対する意識の変革だろう。特種な教育を受けた人間が使う匠の道具から、誰でも自由に使える家電へとPCの位置づけを変える事によって巨大な市場を生み出し、自社の成長をも実現したのだ。WINDOWSの本質的な価値は、人類の意識を変革し多くのユーザーを創出した事にある。

誰が先鞭を付けたかは調べていないが、携帯電話も二十年の歳月の中で位置付けを変えた。元々は通話の道具だったが、今は通話が出来る便利な家電となっている。通話は携帯電話の機能の一つに過ぎない。時には音楽を聴く道具であり、メールやナビや予定管理などの機能を持った道具でもある。ユーザーの意識を変え、製品のあり方を変えることにより、巨大な携帯電話市場が出現したのだ。

私が子供の頃、遊園地は乗り物を楽しむ場所だった。アトラクションを楽しむ場所だった。しかし、現在では日常から離れた異世界に身を投じ、非現実を味わう場所となった。乗り物はその為のツールに過ぎず、ディズニーランドなどはその空間にいるだけでユーザー達は喜びを感じるのだ。その結果、ディズニーランドは多くの新しいユーザーを創出し、高いリピート率を実現した。これも意識の変革が実現された例だろう。

HWSにおける挑戦とは、これらの「意識の変革」を実現することだと位置づける。

我々が実現する意識の変化は、言うに及ばずエンジニアの存在自体の変革である。エンジニアという職業を進化させ、他国のエンジニアと区別化を進める。それによって技術立国日本の国際的競争力を担保しようというのが、我々の挑戦だ。この為のカギは、エンジニアが意識をどこまで変化させられるかであろう。

090818_d.jpg今まで開発の現場に留まって多くのエンジニアが、次のキャリアとしてビジネスの領域に踏み込めるかは、本人が意識を変革できるかどうかにかかっている。ここで言う意識の変革とは、エンジニア自身が、営業も行い、新しいサービスも生みだし、何よりもエグゼクティブな階層としての当事者意識を持って、会社の経営サイドへと自然に歩みを進めことだ。至ってシンプルな話だが、この意識変革は困難を極める。

現況を見ると、多くのエンジニア達は責任が出来る限りかからない様に、現場の作業に職務を限定したがる。営業は営業マンがやる。新しいサービスは、企画の人間が作る。楽しそうなら、一口噛みたいが責任がかかるのは嫌。経営サイドに行ってみたい気はするが、ノルマや責任を無制限に背負うのは嫌なので、二の足を踏む。結果的に責任は上層部に持ってもらって、上から降ってくる現場の作業しかやらない。この様な姿勢に関しては「自分はエンジニアだから・・・」「技術に注力したい」と理由付けをする。その割りには、土日を使って新しい技術の研究に没頭するほどのプロ意識もない。こんなエンジニア世に溢れているのではないか。このスタンスで仕事が無くなっても、同情の余地は一切無い。当然、例外的に気の利いたエンジニアがいることも否定しない。

やはり、エンジニアは意識を変革せねばならない。

当事者意識を持とうと言うのは容易い。平時であれば、この言葉を理解出来ていた人間も非常時には変わる。ビジネス階層へ上がれば成果を出せと言う圧力は強まる。圧力が強まれば、成果が出なかったときに責任を転嫁したくなるのが人の常だ。これを克己の中で自己の責任とし、ひたすら成果を狙ってこそビジネスパーソンである。成果を出し、自分が出した成果をテコにし、企業の進化を具申してこそビジネスパーソンなのだ。

多くの人は、克己出来ず責任を他者へ転嫁する。誰の責任かを追求しても、未来が良くなる訳ではないので、この行為は不毛だ。それが分かっていても、弱い自我を守る為に責任を転嫁せずにはいられないのが一般的な社会人の姿だ。

これに対する処方箋はエンジニア達の克己心しかない。エンジニアがその気になるしかない。「俺たちはビジネスパーソンだ」と定め、当事者である事を自ら決めなければ駄目だ。9:1で他者に責任があると感じても、自己の責任とし課題に当たれなければ、いつまで経っても作業者の領域を出ない。ビジネスの真髄を理解出来ない。

090818_c.jpg営業に関しても同じ様に言える。「エンジニアだから営業は出来なくてもいいや」と言う逃げ道は常に傍らにある。この逃げ道を用意したまま営業活動に当たっては駄目だ。営業するかどうかは、ある意味どうでも良い。しかし「成果をコンスタントに出せ」はビジネスの領域に入るなら、受け入れなければならない。ここに逃げ道はない。コンスタントに成果を出すためには、仕事を取る入口の所も制御できなければならない。結果的には、営業も出来なければ、エンジニアは成果をコントロールする立場、言い換えればビジネスパーソンの領域には踏み込めないのだ。

ここでも大事なのは意識の変革だ。営業など、その気になれば誰でも出来る。克己の中で逃げ道を無くし、成果を目指せば素材に関係無く一定以上の営業能力は身につく。

必要なのは意識の変革なのだ。

この意識の変革を実現する時に、最初の一歩を踏み出す者達には克己心が要求される。後からその流れに乗る者には、強い意志はいらない。克己が要求される分、開拓者は相応の地位や利益を享受出来るのだ。

意識の変革は継続的な活動の中でしか実現されない。意識の変革には強烈なリーダーシップの下での強い圧余力が必要となる。HWSは意識の変革に挑戦する集団だ。次世代の先駆たるエンジニア集団を創り上げる企業だ。私はひたすら、この方針に向かって必要な環境を作り続ける。必要な指導を施し、メンバーに厳しい要求を課し、常に重圧をかけ続けるつもりだ。

私はエンジニア達が、この重圧を背負い、克己の中で意識の変革を実現する未来を信じる。HWSのメンバー達の強さと真摯さを信じる。この信を無くして、とても挑戦など出来ない。

あえて言う。我々は挑戦を社是とし、ビジネスを推進する。

2009年08月11日 11:57

鍛錬

チャレンジを続ければ、成功も失敗もある。失敗には多大なる損失と苦痛が伴う。

昨日、十年来の友人と昼食を共にした。年に一二回会い、昼飯を食う関係のまま十年以上の時間が経過している。彼の会社も、昨年は厳しい状況もあったようだが、無事回復基調に乗せて、本年は徹底して攻めに入ると言うことだ。なかなか逞しい。

一時的な事業の撤退が、彼の血肉となり、内部に息づいているのを感じる。もし、昨年の厳しい状況を経験しなければ、どこまで攻めても大丈夫かの感覚も掴めなかっただろうし、日々の経営に対する取り組みも今ほど緻密になっていないはずだ。経営者として一皮むける上で、今回の一時的な頓挫は必要だったと思われる。

私自身の足跡を振り返ってみても、あまり自慢できる事ばかりではない。生活資金も事業資金も枯渇し、銀行からも借り入れられず、サラ金を回った日々もある。銀行様を行脚し、事業の現状を説明しながら、返済スケジュールの変更をお願いしたこともある。

育て上げた部下に裏切られたときもある。某上場企業からいきなり訴状を送りつけられ、敗訴すれば会社が飛ぶかという交渉を数年かけてまとめ上げたこともある。

この辺りはまだ甘い方だ。言葉では表せない多くの厳しさを味わって来た。

今考えれば良い経験だが、当時は「一手間違えれば終わるな・・・」と言う感覚の中で仕事に当たっていた。

結果、私の耐性はすこぶる向上した。相当ハードな衝撃があっても、「まあ、こんなもんだろ」と開き直って対処出来る。

090818_e.jpg人間も企業も、本人が投げ出さなければ相当しぶとい事を二十年の間に学んだ。企業が倒れる時も、人が脱落する時も原因は同じだ。当事者の心が折れて投げ出してしまえば、粘れる状況でも終焉となる。人間も企業も本来はタフなのだ。

一度味わった衝撃なら耐えられる。多くの社会人は厳しい状況になったことを嘆く。しかし、厳しさは人生において何度も訪れる。厳しい状況でしか身につかない事もある。きつい一発を味わうのは、この時期をおいて他にない。

ビジネスの世界はタフでなければ歩んでいけない。

人間関係が上手く行かないんです。
営業成績が上がらないんです。
会社の未来が不安なんです。
上司が認めてくれないんです。
何となくやる気がでないんです。

こんな悩みを持っている社会人は相当数いるだろう。これに対するアドバイスは「一生言ってろ」となる。精神的な弱さ、人間的な弱さで歩みを止める人間がいるから、強い人間にアドバンテージが来るのだ。

弱さを露呈する人間に対して、同情はするかもしれないが信頼は出来ない。信頼して何かを任せても、弱さ故に逃げ出されるリスクが常にあるからだ。

ビジネスをやるなら、徹底してタフにならなければ駄目だ。タフさはDNAによって象られるのではない。打たれ強くなるには、打たれた経験を多く持つことだ。とんでもなく強烈なパンチを何度も浴びることだ。

結果、ちょっとやそっとのパンチでは微動だにしないタフな精神が手に入る。

090818_f.jpgぶっちゃけた話しで言えば、現在の日本は私の二十年の短いビジネス人生を振り返ってみても最悪とは言えない。もう少し厳しい時期はあった。少なくとも私にとっては、何倍もの危機が過去にあった。だから、現状に関しては心を乱される事は無い。これは過去に打たれた経験により培われたタフさのおかげだ。持って生まれた強さのおかげではない。

今朝の日経新聞によると、4-6月で増収増益を実現した上場企業は百社を超えると言う。市況は上昇の兆しを見せている。一方、相変わらず苦しい業界や企業も多くある。厳しい業界に身を置く社会人には、不安と困難が重ね重ね来るだろうが、この機会を嘆いてはいけない。

まだまだ続くビジネス人生を乗りきる為に、必要なタフさを得る機会は今をおいて無い。強烈なパンチを何度も浴びる中で、自分の耐性を上げる機会は何度もやってくるものではない。将来、若い奴らが右往左往する中で、デンと腰を据えてビジネスに取り組める器を作るのは今しかないではないか。

もう、現状に対して嘆く必要はない。外部的要因に責任を押しつけ、成果が出ない事への言い訳も止めよ。この先の仕事人生は長い。タフで不動な心を手に入れなければ、長い仕事人生でいちいち動揺しながら生きなければならない。極めて不健全なストレスを抱えながら生き続けることになる。

今はひたすら歯を食いしばって、乱打に耐えるのだ。乱打の合間の僅かなチャンスを狙って、手ぐすねを引いておくのだ。そして、乱打の中で九死に一生を得て、一人前のビジネスパーソンとして次のステージへと上がるのだ。

私は日本が本来持っているタフさを信じている。日本人が本来持っているタフさを信じている。日本が再び輝きを取り戻し、世界をリードするためには何度かの危機が必要だ。何度かの危機が、タフさを養い、国民の奮起を促し、将来の強さへとつながっていくのだ。その未来を信じ、現在の市況を鍛錬の場と位置づけて、覚悟の中で現状に当たろうではないか。

失敗には多くの損失と苦痛が伴う。しかし、その苦痛の中でしか得られない進歩がある。

2009年08月10日 15:41

最低賃金

photo巷では、最低賃金の引き上げが話題になっている。時給1000円を最低額としようと言う主張もある。民主党を含めた野党各党のマニフェストにも盛り込まれている。

HWSは比較的高付加価値の分野を進んでいるので、直接的な関係はない。関係が無い立場なので、客観的な意見を書きたい。

現状日本に必要なのは富の分配ではない。富の創出だ。最低賃金を上げる下げるは、富をどこに配するかであって原資の量が変わる訳ではない。最低賃金を上げる事によって消費が増え、経済の成長が促されるという主張が各党にはあるが、正気を疑う。それを言うなら、最低賃金を下げ企業に資金が残れば設備投資が増えて経済成長が実現されるとも言えるはずだ。

政府に出来るレベルの富の分配案では、日本の根本的な競争力は担保されない。いかに戦略を絞り、富の創出に当たるかが、この度の選挙では争点となるべきなのだ。極めてシンプルな話しだ。それ以外は、大抵が余事だ。

富が創出されれば、大体のことは上手く行く。競争力のある産業が育ち、日本しか背負えない役割があれば、外交でも内政でも大枠で上手く行く。今の日本に必要なのは、富を創出する次期主力産業を育てるべく、国を挙げて動く事だろう。

ただし、国が出来る事はあくまでも援助であり、日本の命運を握るのはあくまでも民間企業群だ。

この結論を軸に政府の体制を決め政策を考えてくれれば良い。細かい事は、各企業で何とかすべきだ。各人が何とかすべき問題だ。

選挙前に各党が出すマニフェストのいやらしさは、得票を意識した項目が目白押しになることだ。最低賃金の話しも、国を作る上で熟考された案なら納得感もあるが、民に媚び場当たり的に出す政策だから、受け入れがたい気持ちになるのだ。

政治家が他人の財布に手を突っ込んで取り上げた金を困った人に与えて正義面をしている姿が滑稽でもあり、見ていて気持ちが悪い。民意を得なければ政治を行えない現実は分かるが、厳しい現実を上手に伝えて国民の意欲を上げてこそ政治家ではないか。努力と苦労を仲間達に要求し、その結果としての安寧を見せてこそリーダーではないか。分配は指先一つで出来るが、創出は血と汗の結晶でしか実現されない。政府には何かを創出する能力は無いので、民間が血と汗を流す覚悟を決めなければ未来の危機を迎え撃つことは出来ない。

photo企業が弱っている今、最低賃金を上げる必要はない。先ずは企業が勝ち、その上で分配が無いなら法制度に手を入れるべきだ。企業の競争力なくして、個人の豊かさも実現出来ない。どちらが先かと言えば、企業が勝つことが先だ。個人が豊かになった後に、企業が豊かになるという順番は大枠の流れとしてはあり得ない。

苦しみを要求するには、真のリーダーシップが必要だ。メンバーに媚び、メンバーに迎合するリーダーなど百害あって一利無しだ。リーダーはメンバーの御用聞きではない。その意味で昨今では、日本の政界にリーダーを見ない。時にはメンバーの甘言を無視し、メンバーの要求を却下し、正しい方向へ仲間を導いてこそリーダーなのだ。

この項は政治批判を書いているのではない。リーダーとして、経営者としての私の覚悟を書いている。

混乱の時代にリーダーシップを示すには強さが必要だ。確信を持ち、強い言葉で仲間に語るだけの芯が必要だ。自分の芯に責任を持ち貫き通す覚悟が必要なのだ。

私は然りだが、HWSではこのレベルのリーダーシップを全事業部長に求めていくつもりだ。新卒からリーダーシップを意識し、日々の業務に当たらせるつもりだ。HWSの価値は、HWSの勝利に留まらず、優秀なリーダーを輩出し社会に貢献することにある。その貢献度合いが高ければ、規模も業績も上がるだろう。奇をてらった戦略もアピールもいらない。ビジネスを極め、組織を極め、王道を歩んだ上にHWSの成功があれば良いと思う。

HWSが示すのは、エンジニアの新しい形である。同時にHWSが示すのはリーダーシップの正しい姿でありたい。

道のりは気の遠くなるように長くも感じる。また、全メンバーの意識の変革によって達成される事柄なので、一瞬の様でもある。正否をカギはHWS全メンバーの意識だ。

社会不安が叫ばれる昨今だからこそ、地に足を付け、右往左往せず、自らの選んだ道を全力で進むのみだ。その道に不安は無く、ただ使命感のみがある。

2009年08月06日 11:02

タスクフォース

photo私が理想とするのは、ビジネスモデルが当たれば飛躍的に業績は伸びるが、別に当たるビジネスモデルが無くても、着実に地力によって業績を伸ばす組織だ。

ビジネスモデルはいずれ劣化し、競争力を生まなくなる。我々が仕事を続けなければならない期間に比べて、一つのビジネスモデルが保つ年数はあまりに短い。新たなビジネスが確立するまでの狭間も、生き抜いて未来を目指すには組織力が必要なのだ。

組織力と一言に言うが、ただ単に連携を深めれば良いのではない。弱い個が集まって、連携を強めても、実現できる組織力には限界がある。個がより強く成長出来る環境と、成長した個が有機的に連携する組織文化を同時に実現してこそ強靱な組織となる。

理想の組織を富士山に例えるなら、未だ東名高速の御殿場インターと言ったところか。HWSが名実共に最強の組織となるには、長い時間をかけ多くの試練を踏破する必要がある。

頭に描いた「最強の組織」に到達するには、長い道のりが待っているが焦りは一切ない。最強の組織は間違っても一発当てて生まれるものではないので、一歩ずつ前進するしかないのだ。一歩ずつ前進するとは、一段ずつ組織に対する要求を上げていく事だ。

HWS内に長くいる人間なら、過去を振り返れば理解できるはずだ。去年なら許されていたレベルの仕事では、今年は許されない。覚悟も動きも飛躍させないと、取り残されてしまう。焦る必要はないが、この流れに対応し自分のレベルを引き上げないと、己の未来はない。進歩を要求し続けなければ、人材は育成されない。

要求は様々だ。一年前なら、ちょっとエンジニアが営業に挑戦するだけで、「頑張ったな」と言われたが、今では営業が「出来る」と言うレベルが求められる。事業部制も、当初は粗利益をある程度出していれば良しとされたが、今年度は販管費の按分を受け入れ、営業利益ベースで黒字を継続しないと許されない。朝礼スピーチなども、当初は手を挙げて積極的に発言するだけで良かったが、最近は全体に対して前向きな影響を与えなければ叱られる。顔つき、声質、当然スピーチの内容なども含めて、レベルを上げるように要求される。

運良く市況も芳しくないので、技術的な分野においてもプログラムが組める、業務経験が何年あると言ったレベルでは許されない。業務知識を得て、クライアントへの提案力もあり、リーダーシップもとれるくらいではないと、コンスタントに仕事が取れる人材ではない。この辺りは外部的な要因により、一気に要求が上がった。エンジニアにとっては、この上ない成長の機会だ。

出来るとか出来ないとかの、誰にも見えない未来の事は考える必要が無い。成長を実現しなければ、ただエンジニアとしての死が待ち受けているだけだ。社会の中に自分の居場所が無くなっていくだけだ。会社の中にではない。社会の中にだ。

photo強い組織の武器に「タスク・フォース」がある。

HWSは独自の事業部制を導入している。リーダーシップを示した事業部長の下にメンバーが集まり、それぞれの事業部が掲げるミッションを目指す。ミッションを実現する為の業績を目指す。

事業部制の弱点でよく上げられるのが、セクショナリズムだ。組織全体の利益より、自事業部の利益を各々が優先してしまうと、組織が正しい連携を取れなくなり最大のパフォーマンスが発揮されなくなる。また、間違った競争意識によって、他の事業部との連携を拒否したり、一つの事業部で情報を抱え込んで外部に展開しなくなる事もある。

これでは、事業部制を導入した意味がない。事業部制を導入するのは簡単だが、機能させるのは楽ではない。メンバーの情操教育が徹底されていなければ、事業部制の良さは発揮されない。

・自事業部よりも組織全体の利益を優先させること。

・他の事業部とは健全な競争はするが、それ以前に組織全体のビジョンを追う同胞である。

・事業部制によりメンバーはビジネスの自由度を上げられるが、その代わりにやらなければならないことが増える。それを覚悟しビジネス上の自由を獲得するのだ。

この辺が、お題目ではなく、実感としてメンバーに浸透していなければ事業部制はマイナスの点が多い。得るものと失うものもしっかり理解しておく必要がある。

これらの基礎が固まっていれば、有機的に「タスク・フォース」を発動させられる。

ベースとなる収益は事業部毎で狙っていくが、ビジネス環境が流動的に動いたときに、事業部の壁を超えて事態に当たるタスク・フォースが編成される。

例えば、新規に狙って行けそうな事業領域が浮上したとき。どこかの事業部に任せても良いが、適切な人材を各事業部から集めタスク・フォースを編成した方が成果に近い体制になる。

事業部の壁を越え、経験や情報を持ち合うので、一事業部では生み出せない価値が生まれる可能性が高い。また、タスク・フォース毎にリーダーを置くので、より多くのメンバーに成長のチャンスが巡ってくる。

photo各事業部はタスク・フォース結成時には、組織の勝利の為に最大の援助をする。普段の作業にはない動きが要求されるので、社内も活性化される。タスク・フォースに参画したメンバー達は、事業部という視点から会社という視点へと自然に目線を高め、成長の糧を得ることが出来る。

HWSが事業部制を取りながら、どんな案件にも即時体制を組み対応出来るのは、このタスク・フォースを是とする文化があるからだ。小さいベンチャーは、縦割りの官僚的な組織では勝負出来ない。スピーディーかつ柔軟に前線に出現させられるタスク・フォースがあってこそ、規模のハンディを乗り越え大手に対抗しうる動きが出来るのだ。

市況が動いている昨今では、HWS内にタスク・フォースが編成されたり解散したりを繰り返している。ベースのビジネスは現場を察知して機動的に動く、事業部制によって伸ばす。新たなる挑戦は、メンバー達が自発的に形成するタスク・フォースによって取り組む。

話すと長くなるが、規模が大きくなっても即時タスク・フォースを編成出来る文化を保って最強の組織に一歩近づきたいと思う。

強い組織なら、即時タスク・フォースが編成されるはずだ。タスク・フォースを生み出せることが組織力向上のカギだ。HWSでは、以前から事業部を超えて日曜日の勉強会などが開催されている。一種のタスク・フォースが会社の設立前から動き続けている。長い勉強会は三年以上運営されている。ノリと勢いで、たまたま日曜日に集まってワイワイやっているのではない。テーマを絞り、会の品質を上げてきたので何年も運営され続けてきたのだ。

私自身、最強の組織へのキーワードにタスク・フォースがあることを知り、その編成を有機的に行える組織を目指した。年月は費やしたが、確かに文化として定着しつつある。HWSの外形を真似出来たとしても、この部分を真似るには数年の歳月が必要だろう。我々は世間の常識に囚われず、ひたすら我が道を歩む。前人未踏であり、他社が安易に踏み込めない領域にひたすら歩みを進めてくつもりだ。

HWS全体に対する要求は上がった、事業部制とタスク・フォースを機動的に使い他社が実現出来ないパフォーマンスを生み出す事が我々にとってはノルマなのだ。

2009年08月03日 10:25

「やる気」と「状況」を切り離す

photo私が二十七歳くらいの頃だっただろうか。当時は社長ではなく、経営幹部として一つのチームを率いて、営業活動に従事していた頃の話しだ。そこそこ売上を上げていた時に、当時の社長から方針を変えて営業すればもっと売上が上がるので、やり方を変えろと言う指示を頂いた。

私のチームは売上も悪くは無かったので、指導と言うより上の立場の人間としてアドバイスをする事で、私との位置関係を明確にしておきたかったのだろう。私は命令であればと従った。そのせいかは定かではないが、その後二ヶ月の間に売上は激減した。それはそれで、私の手腕の問題なので、甘んじてお叱りは受けるとしよう。ただ、ちょっと引っ掛かったのは、「何でそんな方向転換をしたんだ!」の一言。

二ヶ月前に私に出した指示は、既に当時の社長の頭からは消えていた。「何故、俺の指示を上手くやれないんだ!」であれば100%私が悪いので全く問題ないのだが、指示を忘れている姿を見たときは、若気の至りもあり、ちょっと血が泡立つのを感じた。場当たり的に気分で出された指示を遵守した自分の甘さを悟った。

この時に私の得た結論は、所詮最後に責任を持つのも自分なのだから、上司へのパフォーマンスは一切考えず、自分が確信を持つスタイルで成果に一直線に向かっていこうというもの。自分の仕事は社長よりも自分の方が熟知しているし、自分の判断が正しいと信じ、成果を出すという責務だけは手放さずに仕事に当たろうという事だった。

当時、会社内に営業チームは全部で6つか7つあっただろうか。リーダークラスが集められた打上の席で、みんなの前でこき下ろされ、「何でここにいるのだ、早く帰れ。」とも言われた。まあ、当時の営業系の企業では普通の光景ではある。悔しさは有ったが、意識が低下することは微塵も無かった。臥薪嘗胆と思い、成果を出す事に集中した。一年足らず後に、チームは最大の売上を上げるようになり、溜飲を下げるに至った。その後は自己のスタイルを貫き、ナンバーワンであることを維持した。

市況の問題もあり、現在混乱の最中にある企業も多いだろう。特に中小企業の中には、業界的に厳しい所もあるはずだ。社内の混乱や自己の不安に苛まれている方々もいるだろう。

もし、今の混乱期を未来に繋げたいなら、二つのことを理解し実践して欲しい。

一つ目の提言

誰かに、頼るから、どこかに言い訳を残すから不安から脱却出来ないのだ。自力本願の境地からしか安心は得られない。

よくドラマなどで、「責任は俺が取るから、好きなようにやってみろっ!」と言う上司が登場する。こんな上司がいたら良いなと言うサラリーマンも多い。馬鹿かと思う。

最終責任を上司が取るのは当たり前だ。しかし、部下にそれを言うのは媚びだ。部下を育成しようと思ったら「好きなようにやれ。しかし、責任は自分で取れ。」である。責任が無い中で自由に動いて部下が成長すると思っているのか。実体としては最後の責任は上司が取るのだが、現場のメンバーは自己責任で課題に取り組んでいると思わせておくのが正しい。

誰かが責任を取ってくれる中で、自由に事業を進められる様な環境は現実世界には無い。末端のメンバーなら無責任でも許されるが、組織の上位を狙うなら最初から責任を背負う気概でビジネスに当たるべきだ。精神に負荷がかからずして成長は無い。上司は周りに対するパフォーマンスで吐いた格好いいセリフに酔っている場合ではない。自分の格好良さよりも部下の成長に即した正しさを見せるべきだ。

よって、現状を未来に繋げるためには、先ず自分の意志で判断し今の市況を乗りきるのだと覚悟しなければならない。上司に頼っても、上司に責任を押しつけてもいけない。責任は自分が負うと決め、自己判断で最高の成果を狙うのだ。これが第一の提言だ。

photo次の提言

辛いこと、不本意なこと、不安なことが有ったとしても、それと「やる気」を連動させてはいけない。これは別な問題にしなければならない。

よく仕事で失敗してやる気が無くなったという人がいる。人間関係が上手く行かず、会社へ行く気が無くなったという人もいる。気持ちは分からなくはないが、それを言ってしまうと、未来の可能性は次々に潰れてしまう。ビジネスの世界で意気揚々と生きていく道は、次々に消えてしまうのだ。

やる気を無くして歩みを止めている間にも時間は流れる。その間に全速力で成果を追いかけている人は山ほどいる。

市況が不安でも、全力で成果を狙わなければならない。
人間関係が上手く行かなくても、全力で成果を狙わなければならない。
社長が駄目な奴でも、その組織にいる以上は全力で成果を狙わなければならない。

全力で成果を狙うという姿を、一瞬でも手放しては駄目だ。いかな理由があろうともだ。

何かの理由でやる気を失う人間は信用に足らない。普段は良い奴でも、常に何かのきっかけで休む、遅刻する、パフォーマンスが落ちる人間を信頼する訳にはいかない。会社の上層部、中心部におけないので、一生末端の仕事しか任せられない。

だから、やる気を無くしていい理由など無いと思っておくことだ。やる気とネガティブな要因は全く別問題だ。

前記した様に私も社長の人格と能力には失望した。しかし、それと私の意識は連動しない。プロのビジネスパーソンだという自覚があれば、いかな理由でも意識を落としてはいけないのだ。悔しくもあるし、失望したが仲間からの信頼もあるし、部下からの期待もある。一瞬の緩みも無く成果を狙う以外に道は無かったのだ。

成果をひたすら追い求め、ビジネスパーソンとして正しい姿を取り続ければ、結果は良いところに落ち着く。前述した社長に対し、数年後に社長交代を要求せざるを得なくなり、私自身が経営者としての歩みを始めるに至った。これは必然であろう。

市況もいつか落ち着こう。君達が未来の発展を掴むためには、ビジネスパーソンとしての実力と信頼を積み上げなければならない。人生はこの瞬間に終わるのではない。ここから先の方が遙かに長い。

今の混乱期を未来へ繋げよう。その為に必要な提言をした。実践するかどうかは、自分の頭で判断し、決めなければならない。誰も君達の責任は取らない。自分の責任を取るのは自分だ。自立の意識を持つ人間だから、逆に手を組み事業を進めても、お互い変なストレスもなく前を見て進めるのだ。現実を理解し、現状を未来へと繋げて欲しい。