会長ブログ(株式会社ヘッドウォータース代表取締役:篠田庸介)

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2010年02月26日 19:19

エンジニア営業

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私はここかしこでエンジニアも営業すべきだと声を上げている。営業的なセンスの無いエンジニアの居場所はどんどん減っている。

先日、朝礼で弊社のメンバーが話していたが、実はIT関連のマーケットはリーマンショック以降も減っていないという。実質、数パーセントではあるが市場は伸びているというデータがある。しかしながら世間では「仕事が減った」という声の大合唱が続いている。

IT関連と一言で言っても、SIからWebサービスまであるので伸びている分野と停滞している分野はあるだろう。その中で近年急激な伸びを見せているのがオフショア開発だ。リーマンショック以降にコストに対する要求が厳しくなった結果、オフショアへと開発が流れていったようだ。

当然だが、今後は日本人SEの存在意義が今まで以上に問われることなる。日本人の強みはあると思っているが、それを利してビジネスに活かす意欲を多くのSEは持っていない。宝の持ち腐れであるし、使わない宝はいずれ消滅する。

日本人の強さをシンプルに言えば

・組織戦の強さ
・完成品に対する要求の厳しさ(レベルの高さ)

この二点だと思っている。これに拘りまくって、他国との区別化を実現しなければ日本人SEの付加価値は見あたらない。

私がエンジニアも営業しなければ駄目だと提唱するのは、単に会話力を上げろとか、コミュニケーションスキルを磨けと言っているのではない。日本人は技術力だけでは諸外国に勝てないから営業力を磨いて対抗しろと言う単純な提言をしているのではないのだ。

営業も含めた総合力を上げ、世界中のSEが奪取できなかったポジションを狙えと言っているのだ。あえて言うなら、経営力、ビジネスの展開力を持ったSEとなり、SEという職業の進化型を見せろと言っているのだ。気の利いた個人はこの道を成した事があるだろうが、集団としてこの道を貫いた企業はないだろう。

営業の話しに戻る。

営業の優劣は話しの上手さや、性格的な調子の良さで決まるのではない。営業も、そんなに浅いものではない。

photo営業の王道は紹介であるという。他人が自分の事を「人に紹介したい」と思えるような存在になることが理想だ。嫌な奴を人に紹介したいとは思わないので、人格を磨く必要はある。嫌いな奴とは一緒に時間を使うすら気乗りしないだろう。人格を含め、紹介したくなる要素は様々だが、大きな割合を占めるのは、際だった技能だろう。

SEとして人に紹介するなら、その人のSEとしての技能が際立っていることが前提だ。その上で、人格や人生観に好感が持てれば人に紹介したくもなるだろう。どんなに良い人でも、技術が無い人間をSEとして紹介は出来ない。少なくとも自信を持って推薦は出来ない。人が良くて楽しいだけなら、飲み会要員として誘われるのが関の山だ。

「営業力を上げる」という言葉には、技術力を上げろという意味も込められている。例えば保険のセールスマンであれば、保険商品の価値を上げる事は出来ない。商品力で他の営業マンと区別化できないので、コンサルテーションの力を磨いたり、強烈な信頼関係を築いたりしながら自分を通して商品の付加価値を上げなければならない。商品力で勝負は出来ないのだ。

しかしSEであれば、商品力を自分の努力で上げる事は可能だ。自分の技術力自体が商品なのだから、個人の努力でその価値は何倍にもなる。営業力を上げるには、プレゼンの上手さや対人スキルも必要だが、根本の技術力を死ぬほど努力して上げていく事も営業力の一端なのだ。

要は成果に対して真摯に向き合い、総合力を上げる事が大事なのだ。総合力を上げる上で、技術、営業、マネージメントなどの割合がどうかというのは個人の資質によって決まれば良いのだ。

世の中には「エンジニアが営業をやるのは敗北だ!もっと技術に没頭すべきだ。」と強く主張する人間もいるだろう。個人的には、正面からこれを主張する奴には好感を持つ。誇りと覚悟の吐露として、このセリフを吐けるなら、骨太で良い。

この主張を吐く背景には、人の何十倍ものパフォーマンスを技術力によって示すという覚悟があるからだ。膨大な勉強時間を覚悟し、己の技術を錬磨し、他者と比較されるなかで圧倒的なパフォーマンスを示す義務を受け入れなければならないのだ。そう簡単に吐ける言葉ではない。これを背負いきる人材は、組織の中にも居場所を確保できるだろう。

しかし、研究所にでも勤めない限りは「圧倒的なパフォーマンス」の中にはクライアントとの折衝やマーケットニーズを察知する力も含まれる。これらの領域は「営業」に近いのも事実だ。結局、システム開発の世界で、パフォーマンスを極めていくには営業との融合は必要になる。

SEの営業力には技術力も含まれる。営業力という単語が適切ではないかもしれない。相手に対しての訴求力を上げよ。他人に紹介したくなるような総合力を培え。こんな表現が正しいのかもしれない。

いずれにしろ、「営業」とか「技術」とかいう単語が大事なのではない。クライアントを満足させる力、組織を勝利させる力が必要なのだ。

こんな想いを込めて、これからも「エンジニアは営業せよ」と声高に訴えていきたい。

2010年02月22日 18:15

目線を上げよ

社員総会にて一年ぶりにベトナムに赴任していた若山が帰国した。初めての海外でもあり、重責の中で苦労もした様だが今後に繋がる経験は得ただろう。片道切符と言い渡し、ベトナムへ赴いたので、自分からは帰国を全く切り出して来なかった。今回は戦略上の打合せもあり私が呼び戻した。人生初の「帰国」を無事に果たし、今日の夕方便で再びベトナムに戻る。

ベトナムとの連携案件もいくつか浮上している。来期は本格的な展開を実現したい。

話しは変わる。

この項では目線について書く。色々な所で書かれているが、人間の未来を決めるのは目線をどの位置に持って行くかによるのではないかと思う。私は人との会話の中で、相手の目線を計る。目線によってその人間のレベルを計るのだ。

HWSに関わらず社内には色々な人員が集まっている。能力の差もある。社内を見渡して、反射的に弱い人間に眼が行くのか、強い人間に眼が行くのかは分かれるところだ。

自分より能力的に劣る者を注視し、「この会社はレベルが低い」と言って自分のプライドを慰めてみたり、「俺は多少手を抜いてもあいつよりも上だから許されるはずだ」と言って楽な場所に逃げ込んだりする人間は多い。

逆に自分より優れている者に意識を向け、謙虚になる人間もいる。この様な人間の眼には現段階で自分より劣る人間がある意味映らないのだ。向上心故に、強い人間ばかり追ってしまうのだ。管理者としては成長の余地が大いにあるが、若手の目線としては頼もしい。

たまたま自分より劣る者を認識した時に、相手を馬鹿にするのではなく、「育成しよう」「自分がリーダーシップを取って彼らを導こう」と決意する人間もいる。リーダーの目線とは、かくあるべきである。

社員総会にて例えば、駄目だと映る上司についた時に「こんなチームじゃやってられない」と即座に結論づける者もいる。組織人として正しいのは、上司の評価をすることではなく、今ある状況の中で最大の成果を狙うことだ。上司にも善し悪しはあるだろうが、それが「やってられない」という結論に結びつくとしたら、あまりに幼稚だ。この様な人間は、自分が上手く行かなかったときの言い訳を予め固めておきたいだけなのだ。要は目線が低いのだ。

目線は、その人の現在のレベルを表す。頭が良い、要領が良いなどの素材のレベルを表すのではなく、仕事人としての成熟度を表すのだ。言い換えるなら、信頼して使える人間かどうかを表すのだ。だから、反射的に出てきた発言を見れば相手のレベルが分かり、こちらが話す内容のレベルを決めることも出来るのだ。

クリエイティブになれない人間は総じて目線が低い。批判に頭を使ってしまう人間も大体目線が低い。

自分の過去を振り返ってみる。二十代は経営者では無かったので、メンバーとしてビジネスの前線を奔走した。周りには優秀な人もいたし、今思えば成果を出せるはずがないような未熟な人材もいた。ただ、私の中に「出来ない人間」に対する批判は微塵も生まれなかった。優秀な仲間達の中で抜きんでる事に必死だった。成果を出すことに必死だったのだ。駄目な人間が会社の重荷になっていたとしても、本当に駄目ならいつかいなくなるだろうし、頑張っているなら仲間だから守れば良いと単純に考えていた。自分はひたすら成果を狙い、会社を牽引することだけを考えた。

自分で言うのも何だが、目線だけは常に高かった。能力や成熟度は低かったとしても、目線だけは高かった様に思う。

願わくば、多くの若者には高い目線を持って欲しい。

経験も少なく、未熟故に能力が低かったとしても、目線さえ高ければいつか高い場所に上れるはずだ。目線を高く保つには、正しく意地や誇りを持たなければならない。誰も幸せにしない安っぽいプライドは捨てた方が良い。しかし、自分という存在に価値があり何かを成すのだという誇りや心意気は無くさないで欲しい。

他人には大らかになり、自分の成果には厳しくなって欲しい。他人を批判せず、自分の成果で全てを解決する心意気を持って欲しい。そうしているうちに、自然と目線は高くなり、多くの人材は、よりレベルの高いフィールドへと進んで行けるだろう。

社員総会にて

 

2010年02月21日 15:21

事業部選択

社員総会にてHWSでは年に一度だけ事業部の移籍が許される。新年度をひかえた二月の社員総会では全事業部が来期に向けてプレゼンをする。一事業部の持ち時間は8分くらいなので、細かい数字は四月の総会で発表となる。二月度は、どちらかという所信表明に近い。その所信表明を受けて、メンバーは所属事業部を決める。

メンバー達は事業部を自由に選べるのだが、行きたい事業部を選ぶのではない。自己判断ではあるが、自分が最も貢献できる事業部を選ぶのだ。事業部もそうだが、HWSが勝利する為に私を捨て貢献できる事業部を選ばなければならない。公の精神が無い人間に、自由を与えたら組織は弱体化するだけだ。

よって二月度の総会は、各事業部のプレゼンをメンバー達が評価する場ではない。来年度以降にHWSを伸ばす為に必要な役割を自ら決めるのが、二月に行われる事業部選択の本質である。

実際に事業部長達のプレゼンを聞いた感想。当然、個性も違うしレベルの差はある。全体的な話しをするなら、この一年間で一歩階段を上がったなと感じた。

私は、社内外問わず公の場でスピーチする機会は多い。当然慣れているので、状況を見渡し、適切な内容を話すようにしている。粗筋は考えて行くときもあるが、結構壇上に上がってから変更することが多い。何が適切かは、時間毎に移り変わったりする。聞いている方々の反応を見ながら、話し方も例題も変える。

毎回、社員総会では締めの話しをする。それまでの内容やメンバーのリアクションを見て、最期の締めとして必要な話しを決める。

今回の事業部長のプレゼンを聞いて、私が最期に話さなければならない事は確実に減った。以前なら私が話していた内容を、事業部長達が自分の言葉として語るようになって来たのだ。

私がメンバーの教育上「これだけは言っておかないと」と思うことを、同じ目線で感じ話す事業部長が増えているのだ。それだけでも、この一年の時間は意義があった。

社員総会にてベンチャーの武器はスピードと柔軟性だ。当然、常に成長を志向し、ある意味生き急ぐ。

しかし、一方で人の育成には時間がかかる。HWSを法人として設立し、四年半くらいになるが、その時間が無ければ今のメンバーは揃っていない。採用によってある程度良い人材を揃える事は出来る。しかし、現在の様な組織としての強さを得て、リーダーを熟成させるには時間が必要なのだ。

大事なのは無為の時を重ねないことだろう。

社会に文化として根付くような事業を行うには時間がかかる。時間がかかると言っても、ベンチャー的な感覚なので、一般の社会人からしてみれば短期間に思えるかもしれないが、私にしてみたら焦れる程度の時間がかかる。

その事に焦りは必要ない。大事なのは無為の時を重ねないことだ。事業には好調も不調もあろう。時には組織が思ったほど前進していないと感じる事もあろう。しかし、やるべき事にチャレンジし、何かしらの結果を体感し続けているのなら、その時間には価値が有ったと言うべきだろう。

物事には先行指標がある。組織の強さ、メンバーの成熟は次の段階で業績に繋がる。組織の強さとメンバーの成長を実感出来れば、それは事業の強さへと必ず昇華する。

今回の総会では、その先行指標を感じた。まだいくつものステップは残っているが、無為の時を過ごしていなかったという実感を得た。今はそれで良い。

人の進化は一様ではない。成長の早い人も遅い人もいる。しかし、コアの人材が一人でも二人でも次のステップを上がれば、その姿を見た後発の前向きな人材群がこぞって次のステップを目指す様になる。そして、組織全体が次のステップに上がっていくのだ。

今期は12事業部でスタートした。厳しい市況もあり、解散する事業部もあった。来期は2事業部減って、10事業部でスタートする。この辺は実社会に近い感覚を全メンバーが味わうためにもシビアだ。人間関係は仲が良いに限るが、我々は友達ではなく戦友なので、成果はシビアに受け止める。ただし、心が折れなければ何度でも次の戦いに挑む事ができる。

そんな中で、何かを掴んだメンバーの進歩を感じた。今のHWSは私の言葉だけで動く組織ではない。各人の胸にHWSとは何たるかが芽生え、その意志によって進む集団へと変わりつつあるのだ。

2010年02月15日 16:52

androidとベトナム

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先日、asahi.comでもリリースされたが、弊社ではandroid関連の開発に力を入れている。

http://www.asahi.com/business/pressrelease/ATP201001040005.html

今後の市場性を考えてこの分野に注力することを決めたのだが、ベトナムに展開しているLTT社(Life Time Technology社)を上手くラボとして機能させることが出来れば、他社の追随を許さぬポジションを取ることも可能だと考えている。

4~5年前であれば海外との連携とはオフショア開発のことであり、伝達をいかに誤りなくスムーズに行うかがカギであった。日本にある開発を海外の安いコストでこなしていくというビジネスモデルなので設計までを日本でしっかり行い、お互いの認知の差をどれだけ埋めるかが重要であった。

実際は一口に海外と言っても、国によって状況は全く違う。技術力、コスト、日本語への対応などインドと中国とベトナムでは全く状況が違うのだ。当然、連携の仕方も違ってくるはずなのだが、我々の様なSIを主たる業務とした企業が海外へ行くと言えば、大規模なシステムを何かしらのスキームに当てはめコストを落とす流れを皆がイメージする。

昨今ではインドや中国はリソースとしてよりもマーケットしての価値が上がっている。上海などでは日本よりも高い金額でシステム開発を発注する企業も出てきている。エンジニアのコストは上昇気味だが、その分他の価値が生まれている。

photoベトナムは、インドや中国に比べてIT産業は成熟していない。エンジニアの技術レベルと供給量はインドに勝てず、日本語対応では中国に勝てない。コストは安かろうが、パフォーマンスが発揮されなければ意味はない。

しかし、現在ベトナムでは相当優秀な階層を低コストで採用する事が可能だ。若くて業務経験は浅いが、地頭が良い連中を採用出来ると言うことだ。技術に自信がある人間は、あまり英語以外の言語習得に熱心ではないので、日本語対応に関しては強くないが、ベトナム語環境、英語環境で何かを研究させるには適している。

日本にいない彼らに何らかの業務知識を習得させコンサルレベルまで引き上げていくより、マーケットを意識しつつ何らかのコア技術を煮詰めさせた方がポテンシャルを活かせるはずだ。彼らが日本人と同等に所得を得るためには、日本の下請に甘んじさせてはいけない。日本を含めた先進国を圧倒する何かを目指さなければ駄目だ。業務コンサルとしての価値なら、日本マーケットでは日本人にかなわない。

ベトナムの強さを突き詰めた結果、やはり長期の関係の中でラボとして機能させるのが最も適している。分野を絞って、その分野のスペシャリストとして養成するのがいい。むろん、技術だけで生涯食っていける可能性は少ないので、マーケットを意識させて開発に当たらせることはずらせない。

photoこの様なベースの中で、HWSがandroid関連の開発を進めるならベトナムをテコとして使おうという結論に至っている。実は1年ほど前にHWSのメンバーがベトナムに出張で行ったときに、LTT社内にて「今後はandroidの開発を一緒にやろう」と言うプレゼンを行ってきている。今になって浮上したアイディアではない。

HWSは、ある種の臨床試験としてベトナムを率先して使うつもりだが、最終的にはLTT社は多くの中小ベンチャーが自由に使えるインフラになればと考えている。海外に出て、法人を設立し人をマネージメントして収益化するまでのハードルは相当高い。リスクがある。よって今までは海外をテコとできるのは一定以上の資本力がある会社だけだったが、HWSが身を挺して作り込んだ仕組みを、多くの中小企業が自由に使い、日本企業の競争力が底上げされればと願う。また、多くのエンジニア達が海外をリソースとしてもマーケットとしても自然に考えられる様なきっかけを与えて行ければ本望だ。

海外戦略の基本だが、インドが良いだの中国はこの部分が悪いだのと言う意見はナンセンスだ。どの国にも一長一短ある。また、個性がある。一長に着眼し、事業を組み上げるのがビジネスパーソンの手腕であり、醍醐味だ。

もし、ベトナムに興味をお持ちの方がいらっしゃったら商売抜きで一度お訪ね頂きたい。共にアライアンスが組めるかを、先ずは勉強会ベースで研究させて頂きたい。海外には、まだまだ手つかずの原野が広がっている。自社の日本マーケットでの競争力を得る為にも、海外のマーケットを得る為も、固定概念を打破して前進できればと思う。

2010年02月12日 21:06

丸く

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一昨日、出版記念を兼ねた交流会を開催した。200名程度の来場となったが、なかなか熱がある良い会合となった。参加された皆様のおかげだ。この場を借りて感謝の意を表したい。

話しは変わる。

経営者としてビジネスを展開するようになり十数年の歳月が流れた。現場のリーダーとして手腕を振るっていた頃と今の自分を比べると、随分丸くなったとは感じる。当時は、自分の現場力にも自信があったし、真剣に部下達を引き上げようと思っていたので、相当厳しく接した。基本的にはフランクな方なので役職で威圧することは無かったが、教育すべき余地を見つけると苛烈に理詰めで責めた。平気で机の上の物が飛んでいたし、イスを蹴り上げたりもしていた。愛情が前提だったし、叱られた本人も腑に落ちていたので、それで辞めるメンバーはいなかった。

100212_b.jpgある種の厳しさ。ある種の緊張感はビジネスの世界に必要だ。本来それらは各人が内側から生み出してこそビジネスパーソンなのだが、未熟なメンバーには外部的な刺激にて分からせなければならない。

自分の役割が現場のリーダーから、組織全体の統括変わってからは、愛情と真剣さは増したが、表面的な厳しさはあまり見せなくなった。厳しさは無くなった訳ではないが、鞘に収める術を知った。また、その役割を現場のリーダーに移管できればという気持ちも強かった。

前の会社を経営していた頃は、耐えきれずに頻繁に現場に降りた。現場のリーダーの力不足もあり、見かねて何度も現場に入った。

最近は、この手のマネージメントをとりに現場へ行く事はなくなった。仲間にも恵まれたし、私自身が過去を越えた組織を作らねばと言う強い想いあり、あえて丸く在り続けている。

100212_c.jpgリーマンショック以降、市況は以前より厳しさを増した。各人がビジネスパーソンとしての資質を問われる時代になった。基本的には、どんな市況でも突破することは出来るのだが、心を折らず未来へ挑戦する強さを持たない人材に可能性はない。

この一年間、私が力を入れたのは「HWSは何ものか」「我々はどこに向かうのか」と言うことの徹底だけだ。現場のマネージメントも、基本的な営業戦略も事業部長クラスが先陣を切り処理している。

HWSはワンマンな会社に見られがちだが事実は違う。よく「社長がいなくなって会社がまわるのですか」とも言われるが、逆に私自身に不幸が有ったとしても、それをネタに更に組織を強化する程度は、今のリーダー達ならやってのけるのではないか期待できる。

あらゆる市況を耐え抜き、事業を伸ばすことは容易くはない。しかし、ここまで来た以上は創業期にもどって私が前線を指揮することはしない。小なりとは言え、百名を越える組織だ。必然的にメンバーと私とのコミュニケーションの量も減り、HWSとは何ものかと自分で考えられないレベルの人材であれば、迷ったり弱気になったりもするだろう。若く未熟なメンバーもいるし、ほとんどの社会人は、ちょっとコミュニケーションが減ればそんな状態になるので、彼らの心理を予測するのは容易だ。

100212_d.jpgしかし、私は本質的にHWSのメンバー達を信じている。迷おうが悩もうが、いずれは自ら考え「HWSとは何ものか」に行き着き、この時期を使ってビジネスパーソンとして一歩進んでくれると信じている。愛情と信頼は中途半端に注いではいけない。仲間を信じて独自の事業部制に踏み出したHWSである。どうせ信じるなら徹底しなければ駄目だ。

HWSが世間の会社と同じ様な姿にしかなれないのか、独自の進化を遂げられるかは、私が最期まで仲間を信じ切れるかにかかっている。途中で不信の為に、自分で手綱を握りたいが為に、過去へ引き返したらHWSの進化は止まる。全てを覚悟して信じ抜いてこそ、彼らもHWSが目指す本来の姿を知り、自らの責任と覚悟で前進できるのだろう。

前人未踏の領域に踏み込むのは容易ではない。しかし、不可能でもない。そこに必要なのは徹底だ。

当分の間、私は丸く丸く経営を進めていくだろう。組織を組み上げて行くだろう。

2010年02月10日 16:22

羽はあるか?

photo人間には、追い風にのると何倍もの力を発揮するタイプがいる。人間一人一人の能力差だけ見れば大差はないのだが、勢いに乗ることによって爆発的にパフォーマンスを発揮するのだ。勢いが無くなったときに冷静に観察すれば、ちょっと気の利いた程度に過ぎなかったりする。

自分自身の過去を振り返ってみる。私を顧みれば、時勢に乗るセンスは乏しいのは明白だ。風を感じる事も出来ないし、風を感じたとしても風がやむことを恐れて調子に乗れない。自然、実力に見合った成果しか導けない。

私は風に乗れないので、自ら羽を動かし飛ぶしかない。小さい羽しか無ければ、そのレベルの高さまで飛び、大きな羽があるなら風に乗る凧よりも高く舞い上がれる。いずれにしろ自分の羽を動かし、飛び立つしかないのだ。

時勢に乗るのが上手な人は、得てして自ら羽ばたくのが苦手なものだ。風が吹いていれば強気の発言も出来るし、その言葉にも力がある。このタイプは一旦守勢に回ると、顔つきから言動まで変わってしまう。かつてのカリスマ的な魅力はどこに行ったのかと思う。憑きものが落ちたように神通力を失う。

私は時勢に乗れないので、やむなく地力で飛ぶしか無かったが、今はそれで良かったと思っている。お陰様で、現在の様に一切追い風吹かない状態でも、必死に羽を動かしかろうじて浮き上がれるのだと思う。

私の羽もHWSの羽も、今は極めて微少だ。地力で舞い上がれるほど強力な羽を持っていない。しかし、小なりとは言え自分の羽で飛んでいる実感もあるし、後は羽を強く鍛えて行くのみだ。

HWSの社内を見ていても、凧と鳥に分かれる。凧と言っても、風が吹いても大して乗りきれないのだが、今期の様に地場が悪い時にみるみる弱っていく人間と、水を得た魚の様に際立つ人間とに分かれる。周りの人間が弱れば弱るほど、混乱すればするほど、自分の存在に自信を深める人間はいるのだ。

一昨年までであれば、IT業界は強烈な追い風に包まれていた。エンジニア達はその中で、勝手に舞い上がり強い姿を見せる事が出来た。リーマンショック以降は風が一気にやんだ。結果的に、思い通りに舞い上がれず右往左往するエンジニアが巷に溢れたのだ。

歴史を見ても思い当たるふしはある。

将軍職につき権現以来の人物と言われた徳川慶喜も、大政奉還以降は歴史から一切の名を消すことになる。幕府という背景を無くせばただの人となる。分家出身とは言え殿様だ。地力で飛ぶ力は無かったのだろう。

photo幕末に謀略の限りを尽くし、朝廷や藩主を動かして維新を実現した西郷隆盛もしかりだ。あれだけの先見性があり、政治力がある人間が西南戦争のごとき結末を迎えるのは信じられない。西郷隆盛は偉人には違いないが、時勢が彼に実力以上の何かを与えたことも否めないだろう。まあ、自ら没落士族の不満を一気に背負い、あえて破滅に向かったという意見もあるが、それが100%西郷隆盛の意思であればもっと早く自害に至っているのではと思う。

幕末に京都を震撼させた近藤勇の最期も悲しい。新撰組を創りあげ、百姓から旗本となり、望んだ以上に出世の道を歩むのだが、京都で幕軍が敗戦してからは腹をくくった仕事が出来ていない。最後は自ら官軍に出頭し、打ち首となる。最盛期の近藤勇であれば、最後まで戦い抜くはずだ。勝ち負けは横に置き、戦場に自分の存在を求めるはずだ。やはり、風が無くなれば飛ぶことが出来ない。

歴史上の人物を挙げるまでもなく、身のまわりにも風に乗ることしかできない人間、風に乗ることも羽ばたくことも出来ない人間が溢れている。

市況が良ければ、正しい主張も出来るし、良いビジネスマンの顔をしていられるのだが、市況が悪くなれば、一瞬にして未熟なサラリーマンへと戻ってしまうやからだ。愚痴を吐き、批判をし、責任転嫁をする。自らの力で命題を乗り越えようとせず、他力本願で自分の要望が成されるのを待つ。また、自ら動かず要求だけする。生来は悪い人間ではないし、風が吹いてれば良かったのだが、厳しい状況下では変貌する。そして、自分はそのことに気がつかないのも特徴だ。

HWS云々はあえて別の話とする。私は一人の人間として、小なりとも自分の羽で飛びたい。自らの意思と自らの責任で、自らの羽を全力で動かして飛び上がりたい。無力なら、飛ぶと言うよりは跳ねているぐらいでも良い。風に関係無く地力で跳ねているなら良い。市況が良い時は、風にのっている人と地力で飛んでいる人の区別は難しい。しかし、今の時代なら、少しでも跳ねられれば微動だに出来ない凧とは明確に差がつけられるはずだ。

私は常に鳥でいよう。これは生き方の問題だ。そして、HWSという組織全体も自ら羽ばたける者達の集団としよう。今はまだまだ脆弱な組織だ。全メンバーが強靱さを持ち合わせている訳でもないし、ビジネスマンとしてのスタンスがまだまだ未熟なメンバーも多い。

この時代に、一切の迷い無く強く羽ばたく姿を見せ、仲間達を、業界全体を鼓舞できる存在になろう。企業の大小の問題ではない。社歴の長短の問題でもない。小さくとも自分の羽で必死に羽ばたく姿を見せれば良いのだ。羽ばたけば飛べると言うことを示せば良いのだ。

2010年02月02日 19:24

構想と実行

photo現在ベトナムに向かう機中にて、この項を書いている。たまたまとなりの席に座った方としばらくビジネスの話で盛り上がったが、そろそろネタも尽きたのでブログを書くことにした。

彼の父親はポルポト政権下で、難民として日本に渡って来たと言う。当時は子供を連れての出国は不可能だったので、彼はカンボジアに残されたらしい。その後、ポルポト政権が倒れ、16歳の時に日本に呼ばれて現在にいたるとのことだ。国籍は日本だ。

彼はその生い立ち上、日本とカンボジアを結ぶ役割を志向していた。何年も前から日系企業をカンボジアに誘致しようとしたが、信頼されず成果を出せなかったと悔しがっていた。多少、言い訳めいた主張も感じるので、ビジネススキルを上げ、自らの背負ったものをプラスに変えてくれればと願う。ただし、彼が成果を出すまでにはもう少し時間がかかるだろう。

国内外に関わらず、ビジネスで成果を上げるには「構想」と「実行」を何度も繰り返さなければならない。よくPDCサイクルと言うが、事業をゼロから作る事業家であれば、計画の前に荒削りな「構想」を生み出す能力が問われる。主体者でなければ、誰かが構想してくれたビジネスの計画立てをすれば良いのだが、事業家ならば自らが源泉となる必要がある。

例えば海外に視察に行ったとする。眼や耳から多くの刺激を得るだろうが、それを材料に事業を構想しモチベーションを生み出せる人間と、何も生み出せない人間に分かれる。何かを感じる力が弱い人間は、そもそも構想する材料を得られないので何も生み出さない。刺激を得ても、その素材を料理する手腕がなれば、やはり何も生み出されない。

更に構想が出来たとしても、それを実行するためには実務能力が必要だし、一歩目を踏み出す勇気もいる。これらがそろわなければ、事業が生み出されることは無い。

photo感じる力はご両親や生まれ育った環境からの影響による部分が大きい。DNAに依存するとは言わないが、幼少の頃から培われたものだ。材料から事業を構想する力は、社会に出てからどの様な経験を積んだかによって決まる。一部の才能ある人材が運の力も得て、若年のうちに成功することもあろうが、私を含めた多くの凡人は挑戦と失敗を繰り返して、分厚い経験を蓄積しない限りリアリティのある事業を構想することは不可能だ。

コストバランスをとり、マーケティングをイメージし、そこに携わる人たちの感情の起伏まで思い描いて事業を構想するのだから思い付きというレベルでは駄目だ。

この「事業を構想できる人材」はなかなか育たない。野に溢れているわけでもないので、一般募集で採用することも無理だ。事業を構想し、実行できるレベルの人間がいればヘッドハンティングをしても良いのだろうが、その手の人材が浮いていることはないのだ。構想した事業をひろげて見せて高い年俸を要求する自称優秀な人材は沢山いるのだが、彼らが事業家としてのプライドとバイタリティを持ち何かを生み出すことはないだろう。

構想力を持つ人材は愚痴やストレスとは無縁になる。いかな状況であろうが、未来の勝利を構想しひたすら動けばよいからだ。前進している人間から愚痴はうまれない。事業が構想できない、または構想しても動くだけの勇気も実力も無い人間は、仕事を続けている間ずっと出口のないストレスに苛まれる。

多くの人は不可能と言うかもしれないが、HWSで私が育てたいのは事業を構想し実行できる人材だ。その為の全てを想定し、起こりうる様々なトラブルを処理するだけの技能とタフさを持った人材だ。しかも、この人材をエンジニアから生み出し、一つのキャリアパスを確立することを目指している。

HWSが経営者にほぼ近い決裁権を持つ事業部制を導入したのもリアルに事業を構想するに必要な経験をメンバー達に与えるためだ。根本で言えば、今の業績を伸ばすためではない。メンバー達が正しい感覚と知識を得るためにも、業績には徹底してこだわらせるが、大事なのは未来にどれだけ発展する人材となるかだ。

photoそもそも、10億円20億円程度の企業がちょこんと生まれても、世の中に何のインパクトも与えない。社会貢献など出来ない。上手くやって自分達がちょっとましな生活が出来るかどうかだ。社会的な意義は少ない。この規模の売り上げを確保し、業績を伸ばすためにHWSのあらゆる制度は作られた訳ではない。一人一人が人生をかける仕事だから、人生をかけるに足るゴールを目指しているのだ。規模を追いかけてはいないが、HWSが提唱するミッションを成すには規模も必要なのだ。

事業家の集団であるHWSが、ダイナミックにグローバルなビジネスを展開する姿は想像に難くない。

多く社会人への提言でこの項を締めくくる。

事業家たれ。その為には構想者たれ。構想者として必要な感受性を磨き、同時にビジネス経験を積むのだ。感受性と経験がそろえば、あなたが事業家として足りないのは、勇気、覚悟、決断などのメンタリティーだけだ。後は気持ちだけで前進することが出来る。

会社を辞めて独立しろと言うのではない。先ずは自分の目前にある業務を進化させるための構想を持てばよい。その為に本でもネットでも人からでも良いので、刺激を受け材料を集めればよい。何かから刺激を受けたときは、高揚した心に満足してはいけない。そこで終わってしまったら単なる娯楽だ。刺激をパーツとし事業を構想してこそ一区切りがつく。刺激を受けるのは受動だ。構想するのは能動だ。あらゆる事を能動で完結させる習慣をつけてみたらどうか。その先には己の力で未来を切り開く自分がいるはずだ。