会長ブログ(株式会社ヘッドウォータース代表取締役:篠田庸介)

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2010年04月27日 16:07

11年新卒募集終了

DSC_0118.jpg2011年の新卒採用もそろそろ終了だ。内定までに会社の厳しい部分を極力前面に押し出し、安直に入社が希望できないようにしているので、内定辞退者はほとんど出ない。例年2~3名の内定辞退は出るが、それは思ったよりもHWSは厳しく自分の予想を超えていたからという理由がほとんどだ。

最後の会社説明会も終え、後は選考を残すのみとなる。HWSでは四月の頭には応募を終える。世間では、大手企業の採用から漏れたそこそこ優秀な人材を四月五月に集める動きもあるが、HWSはこれに同調しない。

そもそも大手企業で仕事をしたい人間と、ベンチャーを自ら選ぶ人間では、必要となるメンタリティが全く違う。大手を求めていた人間が希望がかなわないからと言って、妥協的にベンチャーに行っても幸せにはなれない。大手に漏れた人間は、大手に準じる体制を持つ大手の関連企業へ行くべきだ。

よって、大手各社と比べてHWSを優先させる人間以外は採用しない。明確にHWSを優先するかを問う為にも四月の初旬には応募を終了するのだ。学生にもそのことを正面から話す。HWSに来いと言うよりも、自分の生き方を本音の部分で選ぶ様に諭す。保険の意味でHWSの内定を取る事の無意味さを諭すのだ。大手を落ちた後に保険であるHWSに来ても、思い入も執着も持てず、仕事にも企業にも没頭できない不幸が待っているだけだ。

一応現在は五名程度内定が出ている。最終的には10名程度になれば予定通りだが、人数は固定していない。HWSにとって良い人材であれば、結果的に10人以上でも以下でも良い。この五名で終わっても良い。

10049_a.jpgHWSはかなり個性が際立っている企業なので、万人が目指す場所ではない。厳しさ故に、自分なりの意志や哲学を持った人間しかたどり着かない。企業のビジョンも壮大であるし、それを成す為に全メンバーに負担も強いる。壮大なビジョンであるので、確実に到達する保証などもなく、全メンバーがギリギリの戦いを決意しなければならない。その一員になる訳なので、他力本願な人間が一歩目を踏み出すの無理だ。思考停止した人間が、常識に照らし合わせて入社すべき企業ではない。

よって、例年変わり者しか入社しない。これは新卒にも中途にも言えるかもしれない。

先日、一人の事業部長と一緒に外部の方とお会いした。その時に事業部長は「あなたから見た篠田社長はどうですか」と質問をされた。どう答えるか面白いので見守っていると、「ここまでメンバーの自由にさせる経営者がいるのかと驚いている」と言っていた。先方が期待していた答えは、私の強烈なリーダーシップを表現する言葉だったらしく、少し拍子抜けした顔をしていた。

基本的に本人が責任を取る覚悟で動くことは一切止めない。HWSのビジョンとずれるなら止めるが、それ以外は各人の意志を第一とする。その意志が私利私欲ではなく、企業の勝利を第一義とするなら多少の不安や疑問があっても、思い入れのまま突っ走った方が企業内にエネルギーを生み、経験を貯めることが出来る。

当然、自由には相応の責任が伴う。それを背負う覚悟が無い人間が自由を口にすることは許さない。

こんな会社なので、流される人間が入社してもHWSライフを満喫出来ないだろう。責任を覚悟してでも表現したい事がある、主張したい事があるなら、HWSより良い会社も少ない。他力本願で会社から何かが降ってくるのを待つ者は、HWSに入社しても不満を感じるだけだ。それが分かっているので、入社の段階でHWSにおいて幸せになれる人間しか採らない様に精査するのだ。

これは基本的なメンタリティと、本人の哲学の問題なので我々が強制すべき事柄ではない。だから私の面接は圧迫しなければ誘導もしない。ある意味性能を見極めるような選別もしない。本音の部分でHWSで良いのかを問うのみだ。

面接を受けるほうも内定を取るための最終面談だと思って臨んでは場を間違う。精神を平らにし、自分の進むべき道を探す場にして欲しい。心の声に耳を傾け、進むべき道を定めてくれればと願う。その道がHWSであり、共に未来を目指せるなら嬉しい限りだ。

GW明けには、いくつかの面接が入るだろう。HWSが持つスタンスのままに、彼らに会いお互いが選ぶべき正しい未来を探して行きたい。

2010年04月26日 11:38

民意

民主党政権の支持率が著しく下がっているらしい。改革を期待したのに国民の機嫌をとるようなバラマキ政策が横行しているように感じ、失望感が募っている様だ。かと言って自民の支持率が上がっているわけではないので、民意は頼るべき先を見失っている。

政治の世界に限らず、人が集まれば全員が賛同する主張などない。ある人にとっては正義でも、他の人にとっては悪となる。その意味で民意を気にして政治は出来ない。また、企業においては、全員の意見をすくい上げる様なマネージメントも出来ない。

もし、リーダーが皆の意見に気をとられ、その総和によって経営判断をしようとしたら、道は見失うはずだ。民意を中心にすえたら、組織が逆さまになってしまう。当然、機能しない。

民主党に庶民が求めているのはバラマキではない。自らが規定した正義に殉じてくれることだ。日本国民もそこまで馬鹿ではないと信じている。目先にぶら下げられた人参に飛びつくような低い民度ではない。個人差はあるが、大枠では国の事も考えるし、未来の事も考える国民だと思う。

政治家は国民を馬鹿にせず、利益誘導を政治の根幹とせず、自らが規定した正義を軸に長期の繁栄を目指したら良いのだと思う。その正義の質と方向性を国民は判断し、時には国民自体が負担を背負う覚悟をし、支持する政党を決めれば良いのだ。

その正義が改革を必要として、負担や痛みがあっても、それは全員で背負うべき業だ。理想論ではあるが、理想には正しさがある。

ある勢力から猛烈な反発があったとしても、正義があり信念がぶれなければ支持率は下がらない。支持率が下がるのは、政党の信念にブレを感じ、信に値しないと国民が思った時だ。どの様な政策にも猛烈な批判者いると同じように、絶対的な賛同者もいる。

正義は時代によっても変わる。立場によっても変わる。大事なのはぶれない事だろう。ぶれなければ、必ず一勢力が築かれる。

企業経営もしかりだ。組織を作り上げるには、個性が必要だ。他社との明確な区別化が必要だ。ビジョンにも組織文化にも明確な区別があり、初めて真のロイヤリティは醸造される。メンバー達は、他社ではなくここなのだと言う確信に至る。良い悪いではなく、明確な主張が必要なのだ。

HWSは改革を標榜する組織だ。その為に明確な個性を確立し、他社との区別化を実現しなければならない。その道は決して平坦ではないし、万人の賛同が得られる道でもない。しかし、あえてその道を歩んでこそHWSなのだ。

HWS内でも社益の為に連携する部分と、事業部同士でも主張が割れて対立する部分がある。主張が合わない時は、あえて議論だけで結論は出さない。それぞれの事業部が成果によって、正しさを証明すれば良いのだ。この骨太さがないと強い組織は作られない。我々はHWSという組織を継承したのではない。自らの意思で作り上げてきたのだ。

HWSから生み出されるリーダー群は、常に主義主張を発信できる人であって欲しい。正義とは何たるか知り、自らの正義に殉じる人間の集団でありたい。

勝ち負けは横に置いて、政権を担う政党には正義へ殉じる姿を期待したい。その姿が、日本人の民度を上げ、日本の未来的な競争力を担保していくだろう。

2010年04月22日 17:10

定義を変える

DSC_0164.JPG
先日、今年度に入って初めての総会が開催された。各事業部から今年度の目標や方針などが発表された。今年は例年以上に良いプレゼンが多かった。

市場性を分析し自らの攻めるフィールドを定め、事業計画を策定する人間もいる。
他の事業部と区別化し、自チームの役割を考え方針を定める人間もいる。
HWSとは何者かに立ち返り、本年度のノルマを決める人間もいる。

事業方針を定める思考に、深みが加わった様だ。この点に関しては事業部長と言うよりも経営者に近い。彼らの能力もあるが、HWSの環境が経営的思考を求めるのだろう。年間の予算立てや事業方針において、根底に流れる意志は極めて重要だ。単純に数字を捏ねるなら簡単だが、それでは挙げられた数字に意志がこもらない。達成する意欲も湧かない。

世の中の多くの社会人は、数字的な目標の動機が浅い。「業務だから・・」「相対的に同僚との競争に勝つため」「給与確保のため」etc。どれも間違いだとは言わないが、哲学性はない。

自らが思い描く夢を数字に込めて表現しなければ、目標設定など数字遊びに過ぎない。逆に夢だけ語って数字にこだわらなければ、その夢は虚言に過ぎない。

DSC_0154.JPG夢を数字に込めるのは、従来経営者の領分だった。その分担を各チームが背負わされるのが普通の姿だ。HWSのリーダー達は、「普通」の枠からはみ出し始めている。少なくとも、従来のエンジニアとは思考性が変わって来たようだ。

話は変わるが、先日ある農業家の講演を聴いた。サービス業の世界から転身し、農業を始め成功されている方だった。異色の経歴である。その分、既存の農業者達と違い常識に囚われないモデルを構築中だ。

彼の講演で印象に残っている事がある。

ビジネスモデルは色々とチャレンジされているが、それはあくまでも結果的に象られたものであって、目的ではない。彼がこだわっていたのは農業の定義だ。「農業とは生産から口に入るまでを指す」と彼は定義づけている。これは正誤の問題ではない。自分が何にこだわるかという法人格の問題だ。

従来、農業と言えば生産を指す。良い物を作って納品する。見た目が良く流通に乗りやすい物が良い商品となる。マーケティングセンスを育まなかった農家の方々は何が売れるか、どうやって売るかを考える事もなく、ひたすら既存の流通網に出荷する。産物に一切の付加価値もつかず、薄利に追われる。天候によっては多大なる赤字を計上するが、政府の補助金などで辛うじて生き残る。

DSC_0146.JPG彼は自らが提示した定義に即して総菜屋もレストランも自前で作り、廃棄ロスを極小化し有機野菜の弱点を補っている。有機野菜を専門に栽培しているので、虫がつくリスクは高い。多少見た目が悪くても、品質の良さで売れるが程度に限界はある。売れない野菜は、食べられるところだけを加工し、商品化すれば無駄を省ける。当然、彼のサービスマンとしての経験があってこそ成立するモデルなので、簡単に真似できるものではない。

彼の話を直接聴けば伝わるが、ビジネスモデルを追った訳ではない。ITなども使って販売に力も入れているが、あくまでもそれは手段だ。大事なのは「農業」の定義を自ら変え、その信念に則って、ビジネスを作り込んで行った結果、今の姿に到達している事だ。

HWSはITの分野に軸を置いている。農業と分野は違うが、彼のビジネスに対する取り組みとは共通項がある。

それは「定義を変える」と言うことだ。

我々はSEと言う職種の定義を変える。SEとは何たるか、SEのキャリアデザインを組み直して新たなビジネス領域を創出する。これがHWSの未来であり、存在意義でもある。

本年度の事業部長達のプレゼンは心強い。何故なら、我々が提唱する「定義の変革」を彼らが体現しつつあるからだ。まだまだレベルも成果も貧弱ではあるが、HWSが求める未来に向けて、正しい進化を見せているのは事実だ。

SEの定義を変え、ITの定義が変える。夢を数字に込めて、今年度の目標に挑みたい。

2010年04月14日 18:30

ある経営者との会話から

先日、世界の一線で戦われて来た経営者の方とお話しをする機会があった。組織のあり方やマーケティングに至るまで話しは多岐に及んだ。その中で、私なりに印象に残った事を書きたい。

誰もが知っている企業の社長としてビジネスを仕掛けられて来た訳だが、私が最初に興味を持ったのは、その規模でありならが社員やその家族の生活まで配慮しながらビジネスをしている点だ。小企業なら当たり前かもしれないが、ある規模を超えてもなお仲間の生活に思いを馳せるには感受性や想像力がいる。資金繰りに追われ、株主への説明責任を果たし、その上で仲間を想い更に攻めの姿勢を崩さないのは見事だ。元々はエンジニアだと言うことなので、HWSのメンバー達も後に続いてもらいたいと思う。

この項では、その方が言われていた事を二つだけ書く。

一つは説明出来ない世界にこそチャンスがあるということだ。

論拠が完全に成立し、確実に儲かるという資料が作れる状態になってからビジネスに着手しては遅い。それだけのデータが集まる段階では、既に多くの競合が市場に参入しているだろうし、アイディア自体が陳腐化しているはずだ。よってビジネスとして成立するのが困難である。

説明して仲間を説得するだけのデータがなく、業界全体に実例も無いので会議での決裁は取りにくい。しかし、自分の勘は「行ける」とささやく。自分自身も確信は無いが、チャンスはあると感じる。この様な状態でないと、ビジネスの世界で先んじる事はできない。

10年ほど前に私が構想したのは、今で言うfacebookの様なものだ。社内での賛同は得られず、独力でツールを研究し試作サイトは作った。使用したツールでは重すぎて実用は無理だったが、一応イメージ通り動くものは仕上げた。しかし、ビジネス化するまでを独力で仕上げることは出来なかった。

そのモデルが成功すると断言が出来なかったし、集客には自信があったが収益構造までイメージ出来なかった。誰もが納得して協力したくなるような資料も作れなかった。よって、会社を巻き込んで取り組めなかったのだ。

しかし、この状態だからこそビジネスチャンスはあったのだ。

我々ビジネスパーソンに必要なのは、時には責任を背負い何かを断行することだ。説明出来る事ばかりが現実ではない。説明出来ないことにこそ、未来の競争力が埋もれている。ビジネスのスピードを上げるためには、一々多数の決裁を取っていては駄目だ。自分の責任の範囲を広げ、同時に自分の決裁の範囲を広げていくことを各人が目指してこそ、我々が思考する加速力が手に入る。

HWSが構築している事業部制の理想は、各事業部長が「勘」でビジネスを進め、他を圧倒したビジネススピードを得る姿でもある。責任、業績、育成など、そこまでにいくつものステップがあるが、近い将来たどり着くつもりだ。

もう一つは、夢を持って仕事をしなければ駄目だと言うこと。

お会いした方は、前述した通り誰もが知っている企業のトップであった。最近、ご勇退されたが、在任中に仕掛けた商品が最近になって花開いている。仕込みは二年前から始まっていたとのことだ。会社の株主構成も複雑なので、売上、組織運営、説明責任と常に多くの課題を抱えられていたのは想像に難くない。

それらの業務をこなし、更に新規事業を仕掛ける原動力は、やはり夢なのだろう。ビジネスを推進するには多大なるエネルギーが必要だ。ビジネスは作業ではない。目の前のタスクを処理すれば許される世界ではない。道無き道を、ひたすら歩み続けなければならない。道は己で作らねばならないのだ。膨大なエネルギーがいる。

この困難な道を歩むには、夢でもないとやっていられない。夢を見てワクワク出来なければやってられないではないか。

大手なのか、ベンチャーなのか、ITなのか製造なのかは、この際関係無い。自分の人生の大半の時間を注ぎ込む仕事に夢を持ってこそ、未来は輝く。仕事に使う全ての時間に価値が生まれる。これは我々ビジネスパーソン全てに共通する事だろうし、そうありたいと願う姿でもある。

お会いした経営者の方とは、年齢や業界も違う。当然、経験の量も質も違うのだろうが、同じビジネスパーソンとして、この部分で強い共感を持てたことが、私にとって大きな成果だった様に思う。

2010年04月12日 18:07

囚われず

毎年恒例の予算合宿が週末に開催された。役員及び事業部長が集まり、メンバー一人一人の実績や未来について語り合う。また、今期のHWSの方針や予算についても煮詰める。事業部長が完全に経営に参画し、発言権と責任を同時に背負う場所でもある。今年で三回目となるが、事業部長達の成長具合を毎年確認できる。

経営合宿では、本来開発にだけ関わっていれば、背負う事のない課題に直面する。その負荷を受け止めなければHWSの事業部長としては存在出来ない。メンバーの弱さや失敗は全て事業部長が背負う。その上で事業部毎の業績に対する責任も背負う。楽ではない。ただし、楽ではない課題に直面しなければ成長もない。

HWSの事業部制は目先の収益を追いかけて構築されたものではない。主たる目的は、エンジニアの革新だ。エンジニアの新しいキャリアパスを生み出す為の教育制度的な色合いが濃い。マイナスをゼロにするには手厚い研修で良いだろうが、ゼロからプラスを積みあげるには実戦の中で鍛え上げるしかない。当然、実戦なので育成する方も育成される方も緊張感から逃れられない。実戦なので負ければ傷を負う。

自然、人材を育成するためには教育制度を作り込むのも大事だが、主たるのは実務と連動した事業運営の制度や文化を構築する事となる。

制度の作り込み、文化の作り込みで大事なのは、既存の価値観に囚われない事だろう。どこかに有るような制度を焼き直しても、魂がこもらない。魂がこもらなければ、その制度を成果に繋げるために執着心が生まれない。自ら考えだし形にしようと取り組むので、様々な課題を克服するエネルギーが生まれるのだ。

よってHWSの現制度が出来上がる過程において、他社のコンサルが入ることも無かったし、何かを模倣した事もない。人間が作るものなので、結果的にパーツ毎では他社の制度に似ていたりもするだろうが、その為のアプローチが重要なのだ。HWSが求める人材を生み出す為、HWSが提唱するビジョンを実現する為に必要な事を考え、制度を作り続けているのが現状だ。

既存の価値観に囚われないというのは、思ったよりもハードルが高い。「人事考課はこうあるべき」「仕事の進め方は、普通このようにする」などの概念は、思ったよりも根深く自分を動かしている。

先日、ある経営者とお話しをした。

その方は現在上場企業を経営されている。元々、根っからの商売人であり、遍歴を聞くとスマートにビジネスの世界を歩まれて来た訳ではない。最初は小さい小売店を生業としていたが、その事業が更に儲かるために効率を徹底し、システム化を図り、同業他社の十倍を超える回転率を実現し収益を生み出していく。市況が変わり他の事業領域に移っても、同じアプローチで収益を上げ、現在に至る様だ。

そのプロセスには思考がある。ビジネスエリートが学ぶ過去の事例の焼き直しでもなく、コンサルタントが語る流行りのビジネススキームでもない。自分の頭で最も儲かる仕組みを考え追求していった先に、彼が生み出して来た成果がある。思考と徹底を武器に正しさを追求したのだ。

ビジネス環境は変わり続ける。変化に即応し、次の手を打ち続けなければならない。その為には、囚われず自らの頭で考え、道を定めなければならない。新しい一手を打つにも原資が必要なので、HWSでは人の育成、組織の構築を第一義としている。その基盤を投入し新しい領域に攻撃を仕掛け続けるのだ。

HWSは未だ泡沫企業に過ぎない。業界にも社会にもインパクを与えるような実績も力も、今の所は無い。この泡の様な企業が常識の枠の中で、そこそこの売上を立てるだけなら存在価値がない。HWSは社会に必要ない。既存のSIer群がいれば十分事足りる。

HWSの存在価値があるかないかは、自らの意志と行動で示すしかない。本気で「HWSなかりせば・・・」と言う未来を目指してこそ、我々は社会に居場所があるのだ。その為には囚われず自ら思考する集団にならなければ駄目だ。

毎年、HWSは変化を繰り返しているが、その速度を更に上げなければならない。我々が目指す未来は遠い。全メンバーの思考のレベルを上げ、事業スピードを増さなければ到底到達できるものではない。

HWSは今年も独自の進化を追う。

2010年04月06日 14:48

育成の態度

hws20100408_a.jpg先日、某テレビ局の取材にて「ゆとり教育世代を採用し育成する上で意識することは何か」と聞かれた。これに対して、私は二点ほど答えを挙げた。これはゆとり教育世代に限らず、新卒を会社に迎え入れるときに意識して来たことだ。

一点目は、学生の意見や価値観など一切考慮しないということだ。どうすれば学生が動いてくれるか、どうすれば学生から人気のある企業になるかなど一切考えない。企業側から学生に合わせるような動きを一切しない。常に合わせるべきは、未熟で経験の無い新卒者であり、企業は一切の歩み寄りをしない。

言葉を発するのは会社に貢献した後、言葉を発するのは成果を出した後である。それまでは彼らの意見も、彼らの価値観も一切無視だ。未熟者の戯れ言には耳をかさない。

これが、ゆとり教育世代に対する私の方針だ。

ゆとり教育世代が世に出てくると言って話題になっている。テレビや雑誌でも取り上げられる。研修会社になどは、良いネタが来たとばかりにゆとり教育世代向けのカリキュラムを売る。特別な人達が社会に出てくる様に思う方もいるとは思うが、結局は彼らも日本人だ。日本人とアメリカ人ほどは違わない。日本人とベトナム人ほど文化的な差異はない。

10年前と同じ様に、社会を知らず世の荒波を地力で泳いだ事もない未熟な若者に過ぎない。我々大人の義務は、彼らを立派な社会人として育て上げる事だ。その為には、彼ら側によってはいけない。彼らに阿って気を遣いすぎて駄目だ。全てを拒絶する強さを持って、指導に当たらなければならない。甘えや言い訳を一切受け付けない芯を持って、彼らに接しなければならないのだ。

我々の彼らに対する教育方針は、「ゆとり教育世代」という言葉に踊らされず、大人としての誇りと強さを持ち、平常心で彼らを導くというものだ。

取材において私が答えた二点目について書く。

もう一つは「腑に落とす」と言うことだ。彼らは未熟であるが、同時に一つの確固たる人格である。思考停止の中で、何かを詰め込んだところで社会で使える様な人材には育たない。自らの頭で考え、腑に落ちた事は死ぬ気で取り組む。これが短期間に成長する人間の正しいスタンスだ。

hws20100408_b.jpgHWSは厳しさを要求する会社だ。成果に対しても、日々の行動に対しても、厳しさを要求する。入社した新卒者達も会社に売上で貢献するまでは、仲間としては扱われない。入社しただけでHWSの仲間にはなれない。努力の末にHWSの推進に貢献出来るようなって初めて仲間という扱いになる。それまでは現時的に見てもお荷物だ。彼らの財産は将来の可能性しかない。

しかし、厳しさには意味があるからこそ受け入れる価値があるのだ。何でもかんでも厳しくすれば良い訳ではない。我々社会人としての先輩は、彼らを育成するために厳しさを要求すると同時に、彼らが腑に落ちる理屈とそれを伝える言葉を持たなければならない。

ゆとり教育世代と言われる彼らは決して劣性な世代ではない。情報化社会の中で育ち、我々の世代よりも卓越した部分も多く有する。思考力が落ちるわけでもない。強く納得出来る言葉を伝え、多くの努力を要求すれば良いのだ。言葉だけでは駄目なので、新卒者達が納得出来る態度を常にとることも必要だ。

HWSはこの二点を基本姿勢として、新卒採用及び教育に当たる。2011年の採用もそろそろ佳境だ。我々のスタンスを受け入れなければ他社へ行けば良い。最初から主義主張を突き付けなければ、彼らも行くべき企業を判断出来なかろう。厳しさを最初から打ち出せれば、逃げる学生も多くいるだろうが、後で気がつくよりは良い。

厳しさは問題提議でもある。社会に出た後にどう生きるべきかを予め真剣に考えるためには、オブラートに包んだような言葉を与えても駄目だ。あえて、彼らの脆い心が傷つく程の厳しさで現実を伝え、一人の大人として未来を考える様に導きたい。

毎年、我々が発するメッセージを正面から受け止め、強い決意を持ってHWSの門を叩く若者達がいる。彼らとの対面が楽しみでならない。

2010年04月01日 15:40

最速の組織

photo我々の様なベンチャーが、完成度で他社から抜きんでるのは難しい。企業としての総合力を、全て高い水準にするには多面展開する為の体力が必要だ。しかし、その為の人的リソースも資金もHWSにはない。あくまで一点突破でいくしかない。ベンチャーの強みは、スピードと柔軟性だ。決定スピード、処理スピードを上げ、事業にドライブをかけていかなければ競争力を持てない。

同時に間違ったと思えば即時撤退し新しい方針で次の頂を目指す柔らかさも必要だ。朝令暮改は奨励しないが、手段には多くのオプションがある。大手企業は過去の蓄積がある。プラス面を見れば、それが資金力や信用力、技術料に繋がる。マイナス面を見れば、その蓄積により容易に舵を切れないジレンマとなる。

企業に限らず、人間も何かしらで一度成功してしまうと、その経験や法則に縛られる。自然と柔らかさは消える。

今年度は我々の強みを徹底したい。分かっているのと徹底するのは明らかに違う。私が言うのは徹底の方だ。

今の成長スピードでHWSのビジョンを成す事は出来ない。焦りは無いが、更に速度を上げHWSの力を強化していく必要がある。

ビジネスモデルを片っ端から当てて行くのは不可能だ。チャレンジを繰り返し、その中から何かを拾い集め、機を見て勢力を注ぎ込み発展させるしかない。よってチャレンジを繰り返すスピードを上げなければ、大きなビジネスを創る確率を上げられないのだ。

徹底するのは、やはりスピードだ。

スピードを上げるには二つの要素が必要だ。一つは組織のフラット化である。無駄な稟議を省き、決裁までの期間を最短化する。決裁者と現場が限りなく近く、一瞬で物事が決まらなければ他を圧倒するスピードは得られない。

photoもう一つは、知的機動性だ。メンバー全員が経営的視点から自己判断で決裁をし、一つ一つの取り組みを推進する姿だ。これを実現するのは各々のメンバーを自覚させ、ビジネスパーソンとして育成する必要がある。

メンバーに経営的な視点を持たせると同時に、圧倒的な権限とそれに付随する責任を背負わせる。声を上げ、責任を自ら背負うメンバーは強大な権限を獲得出来る。メンバーの責任感や精神的な強さが無ければ、仕組みがあっても知的機動性は得られない。故にリーダーとしてのベースを育まなければ、これらの概念が成果を生み出す事はない。

簡単に言ってしまえば、メンバーが組織と一体化し、責任追う覚悟をし、高いレベルで成果に執着すること出来れば良いのだ。組織を第一に考えられない人間に権限を渡す事は出来ない。勝ち負けがあるにしろ、成果に圧倒的な執着心を持たない人間に権限を渡す事も出来ない。

スピードアップを徹底するということを言い換えれば、今期を通して組織のフラット化を徹底することだ。同時にメンバー一人一人のリーダーとしてのベースアップを徹底する事だ。全メンバーが事業部長になる訳ではないが、全メンバーにはリーダーとしての自覚と責任感を持ち、各々のビジネスを推進する事を要求したい。皆が意識すれば出来ないことではない。

事業戦略に複雑さはいらない。我々はコンサルタントでも学者でもないので、難しい理屈をこねくり回して飯のタネにする立場にない。あくまでも事業を推進し、それによって世に貢献する存在だ。何かを実現するには明確であることが必要だ。

前期は長い視野でHWSの歴史をみれば必要な一年だったかもしれない。しかし、HWSが提唱するビジョンに向けて適正なスピードで成長できたかと言えば、答はノーだ。それはそれで受け入れ、今期は初心に帰りHWSを最速の集団として再編成して行きたい。