会長ブログ(株式会社ヘッドウォータース代表取締役:篠田庸介)

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2010年08月25日 11:54

乱世に

海外に出るときには暇つぶしに本棚から昔読んだ本を数冊バックに放り込んでいく。今持っているのは「翔ぶが如く」だ。

平時に強い人間と乱世に力を発揮する者がいる。HWSは意識的に乱世に強い集団を創ろうと思い、体質を組み上げ中である。平時には巨大企業群があれば世の中は事足りる。皆が安心して生活できる。後発ベンチャーの定めではあるが、現状が続くなら存在価値は無いのである。

よって、ベンチャーを創る以上は、またベンチャーに所属する以上は乱世を望み、乱世にて力を発揮出来るよう意識しなければならない。乱世に喜びを見出せなければ、そもそもベンチャーを目指してはいけないし、ベンチャーに所属して幸せにはなれないだろう。これは能力の問題ではない。性質の問題だ。

乱世が終わり世が定まれば、また違う能力が必要なのだろうが、その時は主たる人間、リーダーを変えれば良い。先ずは変革の必要があるなら、一線を突破しなければならない。それに必要な集団を作らなければならない。

維新は薩摩と長州を中心に展開した。両藩にて推進力の源となったのは、薩摩なら西郷だろうし、長州なら高杉と言った所か。両名とも維新後には居場所がない。彼らの歴史的な役割は維新にて終了している。乱世の巨人として生きた両人は、平時の凡人として世を過ごす事に耐えられなかっただろう。高杉はある意味幸運にも早世したが、西郷の不幸は西南の役と続く。

維新前も維新後もバランスよく生きた人間も多いが、どちらかに圧倒的に秀でた人間は、どちらかでは生きにくい。

私個人で言えば、乱世で光彩を帯びる人でありたい。その役割を担える人でありたいと願う。平時の治世には頭の良さが大きいな比重を占めるが、乱世であれば度胸やバイタリティが力を発揮する。実際、ベンチャーで成功した方々を見ても、際立っているのはそのバイタリティだ。頭の良さもあるだろうが、彼らと同じ賢さを持った人材は世に多くいるだろう。その頭脳の上にベンチャー的な性質が乗ってこそ彼らの成功はある。

まあ、私など賢さで言えばせいぜい十人並みだ。そこで勝負しても、未来は目に見えているし、自分しか背負えない役割など見つけられない。よって、乱世に才能があると言うよりも、乱世を選ばねば突出する可能性は皆無だと言うことだ。だから、私自身は才能の有無は一旦わきに置いて、乱世にて戦うことを望むのだ。

現実世界を見てみると、各所で過去の枠組みでは対応出来な状況に陥っている。アメリカを中心とした軍事のバランスも崩れつつあるし、資本主義のあり方も変化を求められている。利益を徹底して追及することの弊害も顕になり、企業も未来に向けて新しいスタンスを取る事が求められている。日本のSI業界も構造改革が必要だろうし、日本政府自体も今のまま税収を浪費し続ければいずれ破綻する。優秀な企業や個人にとって、日本でビジネスをする経済的合理性が無くなるので、産業が外に流出する危険もある。

我々にとっては、ある意味運良く世界は乱世の様相を呈している。この局面は当分続く。そう簡単に平時にと着地できる状況ではあるまい。いよいよ変化の時代となり、賢いオペレーションよりも、断行する意思と力が必要となろう。

高杉晋作が奇兵隊を原資に藩の改革、一種のクーデターを完遂した様に、坂本竜馬が亀山社中を原資に薩長同盟を実現したように、小なりとは言え乱世に力を発揮する集団を武器に世を変えることは可能だ。

HWSも吹けば飛ぶような小企業だが、乱世のテコとして価値を発揮する力は持ちつつある。平時には単なる泡沫であるだろうが、乱世なら役割はある。先ずは乱世を収める指針となり、後に世の幹となりたい。

HWSを立ち上げた心意気は常に私の内にはある。ここには微塵の変質もない。微塵の変質も許さない。

変質しない核に沿って、現在のHWSを組み上げ、更に共闘する仲間を集めるつもりだ。それなりの経営経験を積んできた私にとって、企業の存続や個人の生活に対する不安はない。一秒でも早く、乱世に名乗りを上げなければという良質な焦燥感が、私を四六時中責め続けている。