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      <title>会長ブログ（株式会社ヘッドウォータース代表取締役：篠田庸介）</title>
      <link>http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/</link>
      <description>株式会社ヘッドウォータースの篠田会長によるブログ。
ヘッドウォータースは、システム開発を事業の中核としているベンチャー企業です。
会長ブログではヘッドウォータースの動向やビジネスに対する考え方について、篠田会長
自身が熱い想いを書き連ねています。</description>
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      <copyright>Copyright 2012</copyright>
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         <title>ストレス反応</title>
         <description><![CDATA[人間がストレッサー（ストレスの原因）と対面した時に、人間の反応は概ね下記の三つとなるらしい。
１．闘争（Fight）
２．凍りつく（Freeze）
３．逃避（Flight）

これは特別な話しではなく、日常的な我々の反応に現れる。例えばゴルフ。左右ＯＢの狭いホールでのティーショット。「ＯＢ打ったらどうしよう」と、身体が動かなくなるのはFreeze、「とりあえず結果は考えず打っちゃえ」と、結果から逃げるのはFlight、「フェアウェイのど真ん中に打って皆に良いところみせるぜ！」と、力を入れるのがFight。

ストレスがかかる場面で、平常心で居ることは難しく、いずれかの反応に囚われる事が多い。１～３のどの方向でも行きすぎると良くないので、常にバランスを取るのが大事らしい。このバランスの取り方をおぼえると、ゴルフのスコアは急激にアップすると某レッスンプロが言われていた。その方は筑波大学大学院で心理学を修め、その知識をレッスンに活かして成功されている事で有名だ。
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その方が言うには、結果を囚われても駄目だが、結果を考えずにショットを打っても駄目とのこと。打つまではギリギリまでライをチェックし、距離を確認し、素振りをして自分が出したいフィーリングを掴む様に努力する。

要は結果から「Flight」せず、出来る限りを尽くし良い成果を求めなければ駄目と言うことだ。それでもプロですら全てが良いショットな訳では無いので、結果が悪かった時は、「まあ、そういうときもある。」と言ってすぐに切り替える。

「まあ、いっか」を使うなら、結果を狙っている最中に言うのではなく、決断し、実行した後にするのが、成果に繋がる正しい態度だと言われていた。

心理学的にも適度なストレスは必要とのこと。人間が最大のパフォーマンスを発揮するには、ある程度の緊張感がなくてはいけない。その緊張が、より高い集中力も生む。

これに連動し、仕事を考える。

例えばＨＷＳ。ベンチャーと言えば聞こえが良いかもしれないが、規模と実績で言えば、まだまだ無力な小企業である。志はあれど、それを実現するだけの十分な能力はそろっていない。

当然、何度も脱皮を試みて、本来目指すべき理想へとたどり着かなければならないのだが、その為には果敢な挑戦を続けなければならない。成功した企業を研究してみると、成功を掴むまでに多くの失敗を繰り返している。失敗の連続の中で、かろうじて一つか二つの機会を掴み、後の成長を実現するケースがほとんどだ。失敗事例が多いと言う事は、それだけチャレンジしているに他ならない。だから、尋常では無い成長も実現出来るのだろう。
<img alt="manabu.shinya.JPG" src="http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/manabu.shinya.JPG" width="320" height="239" />

チャレンジには、相応のストレスがかかる。上手く行けば良いのだが、それがチャレンジなだけに十中八九は上手く行かない。いつ、成果が出るか分からない。物理的なストレスもあるだろうが、ゴールが見えない精神的なストレスは案外きつい。

ベンチャーなので、宿命的に「チャレンジしなければ」という風土になる。中にいる人間は、そのストレス故に様々な反応をする。

チャレンジする前やチャレンジしている最中に、「まあいいか」「チャレンジだから結果が出なくても仕方が無い･･･」と言い「Flight」する者。

そもそも、チャレンジするだけの意志も思考も持てず「Freeze」する者。

自分が犯した失敗を受け止められず、事が終わった後、他者に責任を転嫁し、精神的に「Fligh」する者。

「Fight」する事に頭を奪われ、仲間への理解を図ったり、成果への綿密な根回しを行ったり出来ず、チャレンジに酔って満足している者。

どれも、ビジネスパーソンとして正しい姿勢ではない。正しい姿勢でないとは、成果や成長に真っ直ぐ向かってないと言う意味だ。

正しい姿は決して難しくない。

我々はベンチャーなので、チャレンジは徹底的にする。
チャレンジする時は、成果を狙ってギリギリまで出来ることは全てする。ビジネスの成功、プランした予算の達成から決して逃げない。「駄目でもしょうがない」は禁句。
チャレンジした結果、ほとんどは失敗する。しかし、失敗しても引きずらない。「つぎつぎ！」とすぐ切り替える。
過去の経験を活かし次の挑戦を始める。
（リピート）

まあ、こんな所だ。

簡単に言えば、「成果を狙い徹底して挑戦しろ。そして、その結果がどうであれ、折れずに何度でも挑戦しろ」と言う事。この姿を延々と繰り返せば良いのだ。

ビジネスの世界にプレッシャーはつきものだ。これから逃げる事は出来ないし、逃げる必要もない。その緊張感があればこそ、自分の性能は極大化される。プレッシャーと正しいスタンスで付き合い、正しい反応が出来る様に意識して訓練を積んで欲しい。
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         <pubDate>Fri, 27 Jan 2012 15:36:13 +0900</pubDate>
      </item>
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         <title>思考停止のすすめ</title>
         <description>私の場合、受験勉強というものをしたことが無い。当然、塾や予備校に通った事もない。授業以外は勉強せずに、受験に当たったので結果は惨憺たるものであった。高校受験も大学受験もこんな感じなので、両親は陰で臍をかんだであろうと予想する。

当時の自分を振り返ると、過当な受験競争に対する反抗心の様なものがあった。世の中の仕組みに疑問無く乗ることへ抵抗したくて勉強を拒否したと言う体だが、その割に受験はしているし、努力せずに合格出来る範囲でより良い学校へ行こうとしていた辺りは、時代の流れに見事に沿っている。いかにも中途半端である。まあ、当時の自分が目の前にいたら、「四の五の言わず目の前の課題に全力を注げ」と一喝したであろう。

受験競争という社会的な問題に対するアンチテーゼと、自分が努力から逃避したいのをごちゃ混ぜに主張する辺りは極めて卑怯だし、幼稚である。我ながら恥ずかしい。

この様な心の持ちようは自分の為にもならない。一時的には精神的に楽になり、目の前にある課題から逃げられるかもしれないが、成長や成果と言った、本当に価値あるものを手にすることは出来ないからだ。

日本にマクドナルドを持ってきて成功させた事で有名な故藤田田氏の逸話をたまに思い出す。

氏が二十代の頃に「最初の10年は毎月5万円貯金し、次の10年は毎月10万円、その次は毎月15万円貯金する。」と決めて、最終的にやり抜いたと言う逸話がある。

途中、事業が苦しいときもあったらしいのだが、それでも当初に決めたとおり貯金を続け、三十年後には一億円を超える貯金が残ったと言う。

この逸話を時たま思い出す。

最初に決めた事を止める理由などいくらでもある。氏のケースで言えば、「今生きることが大事ではないか」「決意した時と今は状況が違う」「そもそも貯金を継続する事に価値があるのか」など、いくらでも貯金を止める理由は思いつく。そもそも、その貯金という行為に意味があるかとさえ言える。

その瞬間を切り取って考えれば、いくつもの正しさが存在する。どの選択が正しいかと考えても答えは出ないのだが、正しであろう結論は何種類も存在するのだ。答えの出ない何種類もの結論に思いを馳せていては、本当に大事な推進する力、迷い無く前進する力は生まれない。自分の意志や能力を前方に向かって集約出来ない。

藤田田氏の行動の美しさは、「決めた事について、四の五の考えず実行する。」という潔さであろう。この逸話から「継続は力なり」と言う一種のしぶとさを結論づける人もいるが、私の場合は我慢強さよりも、「一度決めたなら、その行動の意味など考える必要なし。」という開き直り加減に、氏の凄みを感じる。

冒頭の話しに戻るが、当時の私が受験に向かい合う時の正し態度は、「これは目の前にある克服すべき課題なので、最大の成果を狙う。ただし、社会のあり方には意見があるので、いずれ世に訴える。」であったのだ。

目の前に闘うべき課題があり、いずれにしろそこに向かうのであれば、先ずは全力で突破するしかあるまい。それが厳しい戦いでも、多くの負荷を背負おうとも、その道を歩むと決めた以上は、やはり四の五の言わず前進するのみだ。

前進する理由は簡単だ。「一度決めた事だから」だけで良い。五年、十年というスパンの中では振り返りも必要だろうが、ちょいちょいよそ見をしながら思案にふける行為は、努力や成果からの逃避に過ぎない。

かつては藤田田氏の凄みや、その行動の価値は理解出来ていなかった様に思う。しかし、ここ十年ちょっとの間の自分の行動を見てみると、何となく始めた事でもなかなか止められない事に気づく。そこまでやる理由が見えなくてなる時があっても、始めた事だから前進に注力をする。

それは、時間を守る事だったり、毎日の運動だったり、電車の移動では英語を勉強する事だったり、実は書き始めてから5年が経ってしまったこのブログだったりする。日曜日に開催している勉強会も形を変えつつ15年程度は続けている。

その他にも、自分で決めたルールや習慣はいくつもあるが、意味があろうがなかろうが、ゴールが見えようが見えまいが、簡単に止める事はできない。自分がそんな風になって初めて藤田田氏の逸話が持つ価値が少し分かったような気がする。そのスタイルの持つべき意味がちょっと理解できた気がするのだ。

何もかも止めずに背負ってしまったら、さぞかし生きにくいであろうと言う意見もあろう。しかし、何かを背負うからこそ、人間には厚みも深みも生まれる。個性や特殊な技能も、何かに執着し、それにこだわり続けた結果育まれるのだろう。

始めた事は続ける。そこに理由はいらない。ただ粛々と続ける。
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         <pubDate>Tue, 24 Jan 2012 09:41:04 +0900</pubDate>
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         <title>反省</title>
         <description><![CDATA[私自身、こう見えて案外反省は頻繁に行っている。反省するのは正直好きではない。反省とは自己正当化の反対側にある。人間だれでも自分に非が無いと思いたいものだし、その傾向は私自身強い。自分のそんな性格を最近はよく理解しているので、感情的な面を一旦横に置いて反省をするようになった。

しかしながら、反省も過度になると良くない。反省をし過ぎると、人間としての勢いを無くなる。事業を推進する上で、またリーダシップを取る上で意識的に勢いを作り、勢いに乗ることも必要だ。その意味では、反省する習慣は無条件に賞賛できるものでもない。よって、反省への相対し方を確立させることは、リーダーにとって大事な要件でもある。
<img alt="rikaba-.JPG" src="http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/rikaba-.JPG" width="320" height="240" />

私が昔行っていた反省は、自分の行動や発言に間違いは無かったかという問いを自分自身に発する事であった。論理的な間違いが自分の行動に無かったかを検証したものだ。しかし、物事の正誤は立場によっても随分異なるし、これを突き詰めるとひたすら自己正当化の理論を、自分の内側に構築してしまう事になる。

最近では根本的な正誤については押さえるとして、反省するのは「もっと結果に対して最短の道は無かったか」と言う事。いつの頃か、自分の立場や自我を守る事を放棄し、組織が勝利する為の最短の道だけを追い求める様になった。「自分がどうか」と言う問いはどうでも良く、「成果を出すには」だけをテーブルに乗せる様になると感情的な悪い起伏が無くなる。

感情的な発言、感情的に議論をする人を見ると、常に「自分」を中心に言葉を発している。「自分は悪くない」「自分を低く見られたくない」「自分をもっと大事にしろ」この辺が根底にあると、発する言葉は急に感情的になる。見ていても見苦しい。私も自分の過去を振り返ってみると、感情的な発言をした事もあったが、今思えばその背景には「自分」を正当化したいと言う意識があった。

それとは別に、私が自分自身に発する反省するのが自分の性質についてである。元々私自身には武器でもあるが、マイナスでもある性質がいくつかある。

10年ほど前は、当時の友人によく指摘されたが、議論になると舌鋒が鋭すぎて、相手を傷つけてしまう事がよく有った。「正論だから良いだろう」とばかりに理詰めで相手の反論の余地を一切無くし、追い込んでしまう。その場で議論に勝っても、最終的にシコリを残してします。

最近ではあえて反応を鈍くしている。正論で人を追い詰めない様にしている。それでも本来の性質はたまに見え隠れするので、反省し注意をするようにしている。

また私の性質の悪さは、一種のドライさにある。常に先のこと、次の対処を考えるので、今起こった事、目の前の重大事に対して冷めているように見られがちだ。これはビジネス上の良い特性ではあるが、同時に人間味が感じられない。

秀吉が信長の悲報を受けたときに、側にいた黒田勘兵衛が「これは絶好の機会」と言ってしまい、秀吉にたしなめられたという。私もこれに近い反応をする事がある。本当は頭を真っ白にして一度悲しむべき場面であろうが、未来に起こすべき対処が頭を巡ってしまうのだ。悲しんではいるのだが、同時に頭が回ってしまうのである。

私の性質の話しはこの辺にしておく。

反省はより良い未来を作る為のみに行うべきだ。より良い未来まで繋げられない反省は、やるだけ無駄なだけではなく、自分に取っても周りにとっても実害しかもたらさない。

そして、反省したら過去は洗い流し、今より未来に向けて全力で進む。ストレスも明日に残らない。不満も愚痴も、批判もない。

反省の根源は、全ては自己責任で解決するという覚悟であろう。失敗や間違いを他人のせいにしては、そこから先の反省も生まれないし、対策も立てられない。自己の人格も歪む。これは論理的な過失割合を問題ではない、過失割合が９：１でも１：９でも、自分が全てを背負い形にするという立場を取ると言うこと。そうすると、過失割合の算出に頭を使わなくなる。これからどうするかと言う事だけに頭を使うようになる。

多くの社会人は、この境地に達しない。能力の問題ではなく、立ち位置の問題だろう。私自身は仕事柄、十年以上前から全てを背負わざるを得ない立場であった。誰かのせいにしたくても出来ず、またする意味がなく、リーマンショックも、ITバブル崩壊も、取引先が業績不振で債権回収が難しくても、全ては自分の動きで解決する問題であり、自己責任だと捉えて対応せざるを得ない。

この時間を過ごして来たので、逆に仕事に対してストレスはない。自分で決めて自分で責任を取る。このシンプルな境地が、全てのストレスから自分を解放してくれる。外部的な要因に解決を依存しなくて良ければ、自分で考えてひたすら動けば良いだけなのである。不安もストレスも必要がなくなる。

多くの方々が正しい反省を行い、ストレスからも解放され、未来の発展を掴まれるよう祈念しつつ、この項は綴った。
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         <link>http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/2012/01/post_458.html</link>
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         <pubDate>Sun, 22 Jan 2012 13:00:30 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>二月開催！「ビジネス勉強会」参加者募集</title>
         <description><![CDATA[ちょっとお知らせだが、好評につき二月に全三回のビジネス勉強会を開催する。これは私が十年以上前から、無償で取り組んで来たもので、卒業生は延べで2000名を超える。一般論は本を読んで勉強してもらうとして、この勉強会で私が伝えるのは、もっと質感のある内容。私がビジネスを進める中で直面した実体験から得た本質的な事を伝えたい。
<img alt="benkyoukaihuukei2.JPG" src="http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/benkyoukaihuukei2.JPG" width="320" height="240" />

今まで参加した方々は経営者、医者、弁護士、エンジニア、戦略系コンサル、学生と幅広い。どの立場からしても、企業、ベンチャーという立ち位置からの視点は価値があるし、本質的な事は職種を超えるので、一定の評価を頂いている。

参加を希望される方は、一度面接をさせて頂く。無償での開催なのだが、その分だけ私も無駄な人間に時間をかけたくない。無駄な人間とは基本的なものを学ぶスタンス、自分の仕事や人生に対する真摯さを持っていない者のことだ。よって、その点だけは一度確認させて頂いて、それでも本人が希望される様なら心から歓迎する。

また一回だけ出てもらって意味がないので、基本的に全三回に出席できる人のみ参加可能となる。

エンジニア以外の方も過去には多く参加されている。ビジネスを真摯に学びたいと言う方は、職種に関係無く是非参加して欲しい。

参加希望者は、当ブログの感想メールにて意思表示をお願いする。

【開催場所】
株式会社ヘッドウォータース　会議室
東京都新宿区新宿２－１６－６新宿イーストスクエアビル７Ｆ
０３－５３６３－９３６１

【開催日時】
第１回　２月１２日（日）　１１：００～１４：００　ガイダンス　基本スタンス
第２回　２月１９日（日）　１１：００～１４：００　組織論　交渉力
第３回　２月２６日（日）　１３：００～１６：００　理念と戦略
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         <link>http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/2012/01/post_459.html</link>
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         <pubDate>Tue, 17 Jan 2012 13:25:21 +0900</pubDate>
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         <title>流されず</title>
         <description>10年以上前から勉強会を開催している。
 
その中で私が説く内容にいくつか柱がある。その一つは、甘い誘惑に心を流されるなと言う事。至って当然の言だが、これが難しい。
 
よく上司への進言として、「私は良いが、みんなが言っている。」「社内にはこう言う意見が多いです。」と言う人がいる。何かしらの要求は意見を通す為に、皆の代表という立場を主張しているのだが、ビジネスに対して経験値の高い人間は、この進言に対してイラッと来るはずだ。

「みんなが言っている」と言うが、実際のパーセンテージはどうなのか？それは、本当にリサーチした結果なのか？自分の周りの数人が発している言葉を、みんな意見として言っているのではないか？

何よりも、自分の意見として発しないところに、責任感や主体者としての覚悟が感じられず、受け入れられない苛立ちをおぼえる。
 
「みんなが言っている」を使うと心の重荷がふっと軽くなる。その意見が受け入れなくても自分は傷つかないし、上司には「報告者」、仲間うちには「代表者」という、両側に媚びた立場が取れる。その甘さに慣れると、それは習慣化される。
 
経営者には、どれだけ意地をはれるかが問われる事が多くある。リーダーには、どれだけ意地を張れるかがで、その価値が決まる事が多くある。トップが衆に烏合していては、その集団にスピードもパワーも生まれない。多くの人が反対しても、多くの人が楽な方へ堕落しようとしても、そこに一石を投じ、厳しくも正しい方向へ導いてこそ、リーダーとしての存在価値がある。大衆に迎合し、耳当たりの良い事ばかり言うのがリーダーではない。

不安は人生にも仕事にもつきものである。不安を持ち、その上で前へ進むから、リーダーであり事業家なのだ。一旦、甘さを受け入れ、それに慣れると意地を張れなくなる。
 
未来に対する不安、成果に対するストレスを他人に背負わせて、自分は目の前の事をこなすのに集中する様になれば、それはそれで幸せではある。しかし、その生き方は自ら一歩兵として定め、残りの一生を過ごす選択と言える。

203高地に突っ込めと言われてもノーと言う立場にはない。ストレスから開放された幸せを感じながら、黙って203高地に突っ込まなければならない。これは人生における選択なので、善し悪しは個人の価値観に任せるが、大事な所を人に依存しては、最終的に自立力や自活力は持ち得ない。
 
スターウォーズという映画がある。あの映画に登場するジェダイ達は、厳しい修行を行い、フォースという特殊な能力を身につけていく。フォースは精神の力を物理的な力に変換して、発動されるのだが、「怒り」や「嫉妬」と言った強いパワーを持つが、暗い感情をベースに力を発揮する道もあるという設定になっている。暗い感情をベースにフォースを発揮するようになることを「ダークサイド」に落ちると言う。これには精神的な修行の必要はなく、自分の感情の赴くままに気持ち良く力を発揮すれば良い。よって、短期に強いパワーを得られるが、制御が効かないので、パワーを志向する方向に使う事も出来ず、いずれダークサイドに落ちた者は自滅する。これは極めて実社会の現実に近い。

実社会でも、ダークサイドに落ちて行くダースベーダよろしく、目先の楽さ、目先の安直な成果を得る代わりに、人からの信頼、高い位地でのビジネスをするチャンス、賞賛を得る未来etc、これらを失う事がある。甘い誘惑の中に発展的な未来が有ることは少ない。

自分を律する意志力、自分の責任で意見を発する覚悟、成果に対するコミット、これらを放棄するのは難しくない。ダークサイドには一瞬で落ちることが出来る。自分の心が軽くなる選択や、耳当たりの良い言葉を感情のままに受け入れれば良いだけだ。
 
だから、私に何かしらの報告や提案をするメンバーにはいくつかの要求をする。「皆の意見ではなく、君はどう思うのか？」「誰彼が言っているではなく、君は何を言いたいのか？」、そして自分の意見を言うなら、それを形にする責務も君が背負えと要求する。

この責任を背負わせるので、HWSのメンバーは気軽に提言が出来ないかもしれない。フランクに意見を言うのが今風だとしたら、それには相反する。
 
しかし、我々が目指すのは、気軽に責任なく意見が言い合える集団ではなく、何としても勝ち上がろう、何としても成功をしようと言う覚悟を持った集団だ。
 
海外に出れば実感するが、未だ日本企業群は世界に重用される技術や品質を多く持っている。有形無形に関わらず、世界市場で戦う為の武器はいくらでもある。また、強い円もあり、投資に向けられる国内資産も潤沢にある。

この日本企業群に足りないものがあるとしたら、何としても世界を相手に勝ち上がると言う覚悟だけではないか。国も頼らず、自己責任で事業を推進するという覚悟だけではないかと思う。
 
なりは小さいが、HWSはグローバルカンパニーたらんとしている。ベンチャーとして、日本を代表してグローバルマーケットで戦う企業になる為に、心意気くらいはそれに恥ない様にしたい。だから、甘さに流されず、正しい未来を選択して行かなければならないのだ。意地を張り、甘い誘惑に流されず、自らの未来を律していくつもりだ。
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         <link>http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/2012/01/post_457.html</link>
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         <pubDate>Mon, 16 Jan 2012 12:37:31 +0900</pubDate>
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         <title>事業家たる者は･･･</title>
         <description>年明けから中国に来ている。非常に優秀な企業から引き合いを頂いたので、先方の予定を優先しての出張となった。良いディスカッションが出来たので、未来の協業へと繋がれば何よりである。
 
中国に限らず、アジア諸国でのビジネスを考えた時に、現地でのネットワークが必要だという話はよく聞く。これは一面事実であり、押えなければならないポイントは各国ともある。上手く地域や国家の発展とリンクさせて展開を考えた方が、事業を進める上で何かと有利に働く事は多い。
 
では、地元の有力者とコネクションがあれば事業が上手く行くのかと言うと、それは間違いである。事業を上手く行かせるのは、事業家としての腕であり、時流や市況を汲み取る感性である。有力者とのコネクションは大事だが、あくまでもそれは事業を推進させる為のパーツであり、柱ではない。
 
アジアで事業をしていると地元の有力者と面識がある、コネクションを持っている、と言うブローカー的な人によく出くわす。これを頼りに事業を考えると、一生事業をは形にならない。
 
 また、有力者とコネクションがあるので成功出来ると意気込む人も見かける。 それで成功出来るなら、アジア中が成功者だらけになる。事業プランとそれを形にする為の総合的な事業化の「腕」が主であり、その他の外部的要因は全て枝葉的なビジネス上のパーツにすぎない。
 
事業が立ち上がり、軌道に乗ればネットワークなど自然と構築される。相手に取って有益な存在になり、有益な提案があれば、必要なコネクションはいくらでも作れるものだ。これが無い中で、人脈を求めても、有力者と面談しても、軽く扱われスルーされるだけである。そこに媚を売って、面識をつなげるのは、事業家としての誇りに反する。
 
この辺は日本でも他国でも変わりがない。
 
現在、中国で成功を収め大きくなっているのは、前身が国営だった企業ばかりではない。何のネットワークも持たず、民間から立ち上がり大きくなった企業も数多くある。成長途中で中国政府との調整は必要だろうが、それも後天的に企業努力によって構築したネットワークを使っている。つまり、元から有った政府との繋がりや、人脈を使って成功をした企業ばかりではないと言う事だ。成功している企業はそれなりの「腕」を持っているから、成功しているのだ。
 
当たり前の事を書いていると感じる人もいるだろうが、この当たり前がの事が、海外に出ると分からなくなる。
 
日本企業が中国を視察しディスカッションをしていても、政府とのコネクションはどうかと言う話に主眼を置く場面も多く見て来たし、国の有力者とつながったと言って舞い上がる日本人経営者も山ほど見てきた。しかし、そのスタンスのままで、彼らの事業が上手く行ったのを見た事はない。
 
中国でもベトナムでも事業を立ち上げ軌道に乗せているのは、泥臭い所に踏み込み、一つずつノウハウを積み上げ、信頼を勝ち取ってきた、己の「腕」頼りにしてきた者達だ。そこで鍛え上げられた能力と人格を武器に信用を勝ち取り、独自のネットワークも構築する。そのネットワークを使い事業を発展させるケースはあるが、これは適切だ。

中国と日本では、多くの違いがある。これに対応しなければ、他国で事業は進められないが、違いがある分だけ、 逆にどちらでも通用する共通の部分も明確になる。その共通部分は、ある意味物事の真理であり、国や人種を超えて成立する物事の本質なのであろう。
 
他国に来た時に、習慣の違いや、認識の差異を感じる事は多い。しかし、海で私が得た最大のもの、他国への対応についてではなく、事業を進める上で羅針盤となる物事の本質 ではないだろうか。
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         <link>http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/2012/01/post_455.html</link>
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         <pubDate>Thu, 12 Jan 2012 11:20:34 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>我々の本分</title>
         <description><![CDATA[年が明けて、2012年がスタートした。私の場合、年始だからと特に力む事も無いのだが、2012年に辿り着かなければ場所は明確にある。
 
ベンチャー企業の本分とは、未来の産業を創る事であろう。既存の大手企業は、過去の日本経済を作り、雇用やGDPを生み出し、社会の一翼を担ってきた。しかし、既存の大勢力は革新的な何かを生すのが難しい。それは、能力的に弱いからではない。能力で言えば、ベンチャーが大手に勝る部分など、ほとんど無い。
<img alt="2011boune1.JPG" src="http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/2011boune1.JPG" width="300" height="220" />
 
大手企業達は、今の社会構造の中で巨大化し、それに最適化した事業構造や人材が集まって象られてきた。よって、人も事業も変化を好まない。立場的に今のまま続けば良いと言う場所にいるので、変化に対するエネルギーは自然と弱まる。  
 
しかし、社会は常に変化を要求してくる。技術の革新も各所で起こるし、産業のあり方、社会のあり方も変化し続ける。その中で、変化をせずに豊かさを維持する事は不可能である。国家も企業も変化をし続ける宿命にある。変化が遅れれば、豊かさや平和が掌中からこぼれ落ちる。
 
現代社会では、グローバル化が進んでいるとは言え、世界の各地域は均質化していない。先進国もあれば、新興国、途上国もある。豊かさも、人材のレベルにもムラがある。共通しているのは、皆豊かになりたいと願い、新しい産業を生み出すべく必死だと言う事くらいか。先進国と言われた国々以外は一様に変化を望み、変化を仕掛けている。落ち着いた状況ではない。
<img alt="2011bounen2.JPG" src="http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/2011bounen2.JPG" width="300" height="220" />
 
当然、日本においても、企業も国家も変化を続けなければならない。その先鋒たる役目を背負っているのが、ベンチャー企業群である。  
 
変化の先鋒たるには、過去や常識に囚われてはいけない。よって、ベンチャー企業に大事なのは、第一に「心の自由」なのだと思と。何かに囚われる、何かに縛られると、自由な発想は消える。心の自由さを失っては、革新的な新しい事業など生み出し様が無い。「うちの会社は◯◯である」と言う決めつけは、非常に危険だ。では、ただ自由でノールールなら良いのか。これに対する答えはノーである。  
 
規律、理念、組織力、これと「自由な心」は一見相反する。自由な発想の為に、規律や理念を拒否する人も多くいる。しかし、強い組織がなければ、発想が事業となり、産業となり、社会に貢献するには至らない。では、どうすれば良いのか。  
 
 心を自由にし、あらゆる戦略や戦術を巡らす。目指すべき、かつてない新しい価値を「ビジョン」とすれば、 それを実現する為の手段、方法として戦略や戦術がある。規律、理念、組織力は目的ではない。手段であり、戦略的な要素である。要は全て制御するのが「自由な心」であり、これがあらゆる手段、要素を使いこなせば良いのだ。
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企業は宗教団体ではない。教義を守ることに価値があるのではなく、最終的に創る事業が、どれだけ社会に貢献し、多くの人たちを幸せに出来るかに価値がある。 
 
よって、規律、理念、組織を手段として使いこなし、最終的なビジョンを達成しなければ、意味が無いのだ。手段に囚われ、ゴールを見失っては本末転倒である。 
 
これは、ベンチャー企業に所属する多くの方々へのアドバイスでもある。我々は、何かしらの縁があり未来の産業を創る使命を負ったベンチャー企業 に所属している。我々の本分は、大手企業には実現出来ない新しい価値を生み出す事だ。そして、未来の社会を担う事だ。 
 
この使命を全うするには、心を自由に保たねばならない。何ものにも囚われてはならない。その自由な心をコアとして、あらゆる手段を駆使して、新しい産業を生み出さなければならない。手段として最も威力があるのは、強力な組織だ。強力な組織を創るには、共通の理念、共通のルール、規律などが 必要だ。  
 
これは一見自由な心と相反する。しかし、我々が目指すべき高みは、「心の自由」と「強力な組織」を併せ持つ姿であろう。新しい価値を生み出すべく、何事にも囚われない自由な心を持ち、そのビジョン、その戦略を実行する為に、自らを意識して規律の中に置き、組織をも使いこなす姿であろう。少なくとも私が目指しているのは、この組織であり、これを実現出来る人材だ。私自身もそうあろうと思うし、HWSのメンバーにも、これを求めて行きたい。 
 
ゴールがビジョン（成すべき価値）
御者が「自由な心」
ツール、手段が規律であり組織力 
 
2012年になり、私が思い描くのは常にHWSが新しい価値を生み出す未来だ。その為の道を定め、本年も粛々と前進するのみだ。私が思い描く道は、過去にも常識にも囚われない。逆に、それらの逆を歩む事を是とする。HWSが新しい価値を生み出す為には、もう一皮剥けなければならない。一皮剥けるには、過去の常識とは決別する必要がある。
 
本質を曲げず、コアをブラさず、あらゆる手段を取る。これが2012年の方針だろう。結果として、エンジニア達の革新を実現し、日本初、日本発のグローバルIT企業として、一秒でも早くHWSが羽ばたけば良い。 
 
これを宣言し、新年の挨拶としたい。  
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         <pubDate>Wed, 11 Jan 2012 09:50:54 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>年の瀬のご挨拶</title>
         <description><![CDATA[年の瀬が近づいている。振り返れば色々とあったが、あまり過去を眺める気分ではない。どちらかというと、来年度に向けて取り組むことに私の意識は囚われている。やるべき事、なすべき事があると言うのは幸せである。

この一年で取り組んだ事業の中には、勝ちも負けも、未だ勝負中もある。成果が読めないのが事業であり、不確定な事に挑戦し、自分の技術力や精神力を駆使して、成果を狙う所に醍醐味がある。
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私自身は、過去の勝ちにも負けにも、既に囚われる事はない。私が囚われるべきは常に未来だ。

多くの人は過去に一喜一憂する。過去の勝ちや負けに囚われ、そこから離れられない人は極めて多い。過去に囚われると、未来に対する意欲が湧かない。未来に対する希望がなければ、人間が行動する指針などは、「どれだけ楽か」「どれだけお金をくれるのか」と言う刹那的なものになってしまう。

未来を見るから、人間は修練を積む。今以上になろうと努力もする。今の厳しさに意義を感じ、受け入れる事が出来る。ある意味、未来を常に見ると言う事が、民度を上げ、人類が進化すると言う事なのかもしれない。

未来があるから、消費税を受け入れてでも、国の借金を返そうと言う民意が生まれる。未来があるから、二酸化炭素を削減し、美しい地球を残す努力をする。

未来は必ず来る。

最近はモバイル、ソーシャル関連が好景気で、多くのエンジニアが浮き足立って転職活動に奔走している。少しでも自分を高く売ろうと躍起になっている。自分を一つの商品と位置づけ、より高く売ろうとしている。人材、人間である事を自ら放棄し、刹那的な利益を求めて、より高く自分を売ろうとする風潮は、リーマンショック前にもあった。同じ事が今も起こっている。私にしてみれば見慣れた光景だ。

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しかし、特定の技術分野における好景気は長く続かない。これは歴史から学べば明らかだ。近い将来、現在盛んな業界のニーズによって生み出された多くのエンジニアは余剰人員となる。昨今では海外リソースの台頭もめざましい。日本人エンジニアの価格的な価値は、あるブレイクポイントを境に急落する。

自分の事を自ら商品として扱ったつけは、自分に返ってくる。その時になって、組織に捨てられても、社会から必要無いと言われても、その道を進んだ責は己にある。

大事なのは未来を見ることだ。長いスパンをかけて、自分達が生み出す価値を見据えることだ。ワクワクする未来に、心が囚われる事だ。それがぶれなければ刹那的な利得を追って、制御不能の人生を歩まなくて済む。目先の利得に翻弄され、人間としての美しさを失うこともない。

節義を大事にし、大きな希望の為に日々努力を惜しまず、仲間を常に思いやれる。そんな人間として日々を歩めるはずだ。

これは能力や克己心の問題ではない。何に心を囚われるかと言う、ある意味人生に対する態度の問題だ。

私自身に関して言えば、繰り返すが未来しか興味がない。歴史は物事の真理を明らかにするので好きだ。しかし、個々の事象については全て過去の事なので、心が囚われる事はないのだ。

年の瀬を迎えた今、私は既に来年にしか興味を持ち得ていない。来年をステップに組み上げられていく未来の希望にしか興味がない。

既に仕込み中のいくつかの事業を、来年は浮上させ形にしなければならない。その為の道筋や、その後の未来を考えると胸が躍る。こんな気持ちで年末を迎えられる事が、今年の全てではないだろうか。

今の心境を吐露し、年の瀬の挨拶とさせて頂く。

※　写真は未来の豊漁を期して掲載した。銚子漁港にて。
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         <pubDate>Wed, 28 Dec 2011 16:35:15 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>「風雲幕末史」配信！</title>
         <description><![CDATA[12月16日より、弊社ＨＷＳとモバイル広告代理店事業・メディア事業を展開する株式会社サイバークエストコーポレーション(本社：東京都渋谷区、代表取締役：別府 秀児朗、以下 サイバークエスト)は、iPhone向けアプリ『風雲幕末史』の配信を開始した。

http://www.cyber-que.com/pc/news/cq_11.html
http://itunes.apple.com/jp/app/id477073894

<img alt="hubaku1.jpg" src="http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/hubaku1.jpg" width="160" height="240" />

両社の強みを活かし、共同開発したアプリの第一弾である。今後も協業を進め、競争力のあるサービスを展開していく予定だ。

個人も企業も、様々な経験をして今に至っている。全てに精通出来る者はおらず、それぞれが特化した強みをもっている。ＨＷＳで言えば、当然システム開発に関する経験を積み、100名を超えるエンジニアを有している。このエンジニア達も、HWSのビジョンに共鳴した人間のみ集めているので、異端かつ、有能な人材も多い。

また、中国、インド、ベトナム、カンボジアなどでの事業経験があり、いくつかの国にはブランチを有し、更に強力なネットワークも持っている。中国、ベトナムなどは開発拠点として自由に使えるので、万能ではないが、分野や規模によっては、ある程度の価格競争力を生み出す事も出来るし、好況下にてリソースが足りなくなることもない。

これは、我々が積み重ねてきた経験であり、武器でもある。

またHWSと違う道を歩み、多くの経験を重ね、我々が持ち得ないノウハウや技能を蓄積している企業もある。このノウハウを今更HWSが経験の中で習得すると言う道はない。習得も無理ではないかも知れないが、それにかける時間を考えるとビジネス的にはナンセンスだ。

自らの武器に磨きをかけ、それが十分な価値を持ったときに、同様に牙を磨いてきた企業とは適切なパートナーシップが構築される。お互いに明確な武器が無い中で、人間関係だけで協業を考えても、競争力のある新しい何かは生み出されない。歴史の違う両社が、わざわざ手を組む意味がないからだ。

ベンチャー企業は、当然だが総合力で大手企業に勝る事は出来ない。突出した何かに磨きをかけ、それを武器に世に貢献できる事業を生み出して行くしかない。足りないノウハウや、足りない技能は、それを持っている他社と連携し埋めるしかない。

その連携を実現するのは、実は自社の突出した何かである。その突出した何かがなければ、最終的に他社と連携し、その力をテコに短期間で飛躍するという道は選べない。他社に求められる存在になれないからだ。

個人も同じだ。

どんなに多くの友達を作ろうと、世間に出て沢山の方々と名刺を交換しようと、自分自身に突出した何かがなければ、他人と適切な連携を組むことは出来ない。他人が自分を必要としてくれない。人間関係の中で、何某らの仕事を回してくれたとしても、それは自分である必要性はなく、いつでも他の人に替えることも可能だ。その様な状態は、あまり気持ち良くない。

若い方に対するアドバイス。

先ずは突出した何かを身につけることだ。突出した何かが有ることを成果において証明するべきだ。人当たりの良さで、浅く広い関係を作っても、その延長線上には新しい価値の構築はない。二十代はそのことに時間を使うべきだ。二十代の仕事におけるサブゴールは、この何かを生み出す事だと言っても良い。

私個人で言えば、尖った部分の無い企業とも個人とも組む気は無い。組む意味が無い。この言は、他者に対する要求と言うよりも、自分に対する戒めという意味合いが強い。

ＨＷＳはある意味尖った企業だ。そして、今回新しい価値を生み出すべく協業したサイバークエスト社も尖った部分を持つ魅力的な企業だ。お互い切っ先を磨いてきた企業だからこそ、自然と協業が始まったのだろう。

それぞれの強みに対する誇りがあり、妥協出来ない部分があるからこそ、表面的ではなく、深いパートナーシップを築けるのだ。世の中に対して、新しい価値を発信し、ベンチャーとして社会に貢献できる事業を生み出していけるのだろう。
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         <link>http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/2011/12/post_454.html</link>
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         <pubDate>Tue, 27 Dec 2011 15:49:02 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>若人が進むべき道</title>
         <description><![CDATA[先週の日曜日に、ＨＷＳの会議室を使って学生に対する勉強会を開催した。10名ちょっと方々が集まり、サイト制作のコンペで勝つ為の企画書の書き方や、企画提案における基礎を勉強してもらった。実際にあった案件をカスタマイズして課題にしたので、リアルで良い内容だったかと思う。

日本の学生の劣化について書くことが多いが、実際学生諸君と話し、彼らの発言や行動を見て、日本人の優秀さを感じる事もある。
<img alt="gakuseiben.JPG" src="http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/gakuseiben.JPG" width="305" height="225" />

一つはブレーンストーミングの巧みさである。現在の学生は、色々なセミナーや学生団体の活動なども盛んな為か、初対面同士でもブレストは案外上手い。下手な社会人よりも、しっかり会議をまとめたりする。集団での統率の取れた行動は、ある意味日本のお家芸でもある。

ベトナム人や中国、ミャンマー、インドなどの若手の人材と多く触れてきたが、この辺りの能力は日本人の方が洗練されている様に感じる。まあ、当然個人差はある。

またプレゼンなど、公の場でのアピールの巧みさも、日本人の方が一日の長がある。聴衆、ユーザーの立場に立ったエンターテーメント性のあるプレゼンなどは、日本の学生の方が上手い。これはユーザビリティの高さとして、様々なサービスやプロダクトに活かされていくはずだ。

日本人学生の平均的な英語力なども、恐らく10年前よりは上がっているだろうし、ＩＴリテラシーも比較的高い。ネット上に溢れる情報に触れて育ったために、情報の取捨選択なども、レベルは上がっているのではないか。

海外戦略に関して私が実感するのは、ビジネスをする上で、どの国が良いとか悪いとか言う議論はナンセンスであると言う事だ。どの国にも良さがあり、難しさがある。当然、日本人をリソースとして客観的に考えた時に、良さも悪さもあるのだ。

日本人のコストは世界でも最高ランクで高いので、これはデメリットだ。しかしながら、これを埋めるだけの付加価値があれば、全く問題の無い話しだ。

ただし、今の学生達が過去と違って踏み出さなければならない領域がある。潤沢な市場が国内にあり、しかも成長の一途をたどっていた時代は既に終わっている。未だ世界標準でみれば日本の経済力は圧倒的に上位にあるが、かつてのポジションからは陥落し、今後成長を続ける余地は少ない。良くも悪くも成熟したと言う事だろう。
<img alt="presen.JPG" src="http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/presen.JPG" width="305" height="225" />

その中で日本の若者達は、否応なくグローバルマーケットを志向しなければならない。その為に必要なツールを考えれば、「英語、ＩＴ、ビジネススキル」となる。英語力のベースを他国並に上げ、更にＩＴとビジネスの運営に関しては他国を凌駕してこそ、日本人をリソースとして使う経済的合理性が生まれる。

この事実を、多くの学生に伝えたい。これはＨＷＳの成功云々とは別の話だ。事業は事業として、ＨＷＳ自体は日本初のグローバルＩＴ企業を目指す。同時に、その成功と存在をもってして、多くの日本の若者達にも一種の啓蒙が出来れば本望だが、ビジネスとは別の部分で、若者達に対する草の根的な啓蒙活動は続けたいと思っている。

恐らく大学では、英語は勉強出来ても、実戦的なＩＴや、実戦的なビジネスを学ぶ事は出来ないだろう。これらを学ぶ場所を作れたらとは以前から考えてきた。

そこで、今回は現在ベンチャー企業約10社の協賛を得て、半年に渡る勉強会を開催しようと企画している。対象は学生。この勉強会では、ＩＴスキルを中心に教えるのだが、同時にビジネスに関する基本的なスタンスや、海外の実情なども伝え、日本人は何を武器にグローバルマーケットに出れば良いかなども、指導出来ればと思っている。様は実戦的な武器を学生に渡したいと言う事だ。

期間は六ヶ月。
無料
定員40名
頻度は当初の三ヶ月は週一回。後半三ヶ月は自宅での課題中心。
開始時期　2012年2月～３月
場所　ＨＷＳオフィス
内容　ＩＴスキル（企画から開発まで）ビジネススキル　希望者には別途英語

★卒業者には、ベンチャー企業10社への入社フリーパスを付与。（ただし、一社ごとの枠はあるので、申し込みが早い順に選択可能。面接は無し。全体で40名以上の枠確保。当然、ＨＷＳにもフリーパスで入社可能）

協賛企業も今後増やしていく予定だ。優秀な成績を収めた人材には、海外への視察なども、私の出張に同行する形で連れて行きたい。視察とは言うが、商談や会議に同席させ、ビジネスの実際を前線にて体感させたいと思っている。

基本は現在大学三年及び二年生が対象となる。大学三年生は就活で大変だと思うが、ベンチャー企業10社の内定を押さえにしておいて、色々な企業を見てみるのも良いだろう。大学二年生は、来年に就活が控えていると思うが、最悪でも就職出来る企業を押さえておいて、冷静に就活を開始しても良いだろう。

何よりも、社会に出て即戦力たる力を得て、良いビジネスパーソンとしてのスタートを切ってもらえたらと祈っている。

この勉強会に興味のある学生は、是非感想メールからご一報頂きたい。直接お会いして説明させて頂く。

学生からも企業からも採用に関する料金も教育に関する料金も頂かない。これはビジネスではなく、純然たる就活支援であり、日本の未来を憂慮しての活動だ。もし、協賛して頂ける企業があれば、そちらもご連絡をお待ちしている。
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         <link>http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/2011/12/post_447.html</link>
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         <pubDate>Thu, 22 Dec 2011 11:36:38 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>評価</title>
         <description><![CDATA[生きていれば良い事も悪い事もある。これは誰の元にも平等に訪れる。しかし、その事を糧にして未来につなげられる人と、目前の事に心を奪われ潰れてしまう人がいる。

駄目な人は、良い事が起これば、有頂天になって自分を失い、悪いことが起これば自信を無くし、前進する活力を無くす。逆に全てを糧に出来る人は、成功を良性の自信と、明日への活力に替えるし、失敗を経験として蓄積し、未来の改善へと繋げる。何もかもを無駄にしない。
<img alt="tyu-ka.JPG" src="http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/tyu-ka.JPG" width="305" height="225" />

会社でも同じ事が言える。

経営をしていれば良い事も悪いこともある。どんな企業でも全てが順風満帆に行く事はあるまい。起こった全てを糧として、より強い企業を創るのが経営の本分でもある。

取り組んだ事業にも勝ち負けがある。全てに勝利し、売上と利益を順調に積んで行ければ一番良いのだが、チャレンジを続ければ続けるほど、思惑通りに成果が出ないこともある。当然だが、勝利した事業に関わった人間は社内での立場が上がり、高い報酬が掴める。一方、負けた事業に関われば、その瞬間は評価が上がることはない。これは実社会の鉄則だ。

しかし、勝っても負けても貴重な経験を積んでいる事には変わりない。この経験は企業における大事な財産だ。個人で考えても、所得も評価も、一瞬だけ得ても意味が無い。生涯を通して、総合的に評価を上げ、所得を掴まねばならない。この観点で自分の勝ち負けを適切に受け止めれば良いのだ。空元気もいらないし、萎縮する必要も無い。正しく、現状を認め、長いスパンでの勝利を目指せばよい。
<img alt="ishimura.JPG" src="http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/ishimura.JPG" width="305" height="225" />

社内でも上手く行っていることも、上手く行かないこともある。企業の経営者としては、正直なところ多少の失敗は折り込み済みで経営を行っている。上手く行くにこしたことはないが、駄目なときは「未来に繋げてくれれば」と思い、その事に落ち込むことも、囚われることもない。

ただし、全てを未来に繋げるにはいくつかのルールがある。

成否は別にして、取り組んだ事に対して全身全霊をかけることだ。文字通り「全身全霊」だ。この態度で取り組んだ全てのことは糧となる。中途半端なスタンスで、成果に執着を持たないと、その経験は価値を持たない。

また、全てを自己の責任と考えることだ。自己の責任とは、最終的な責任を全て背負えと言う事ではない。自分の範疇において、成果を導く事を考えろと言う事だ。自分の動き、自分の思考によって成果は導くもので、外部的要因に成否も責任も委ねてはいけない。自分以外の要因は、必要なら利用はすれど、あてにするものではないと言うスタンスが必要だ。

昨日録画しておいた「坂の上の雲」を観ていると、203高地を攻略出来ない陸軍第三軍の参謀本部に児玉源太郎が赴き、「なぜ一時は占拠した203高地を死守しなかった！」と激しく叱責するシーンがあった。第三軍の参謀達は「本部が弾薬を送ってくれないから･･･」「十分な支援体制が無いから･･･」と逆に児玉をなじるのだが、児玉は「それを何とかするのが参謀の仕事だろ！物資は誰も持っていないのだ！」と一蹴する。そして実際に方針を変え、すぐ後に現状の物資を使い203高地を攻略する。

この短いシーンは、経営における正しさを表している。

常に成果を出す為に潤沢な物資がそろっている事などなく、手元にある物を使って成果を出すのが、責任ある者の役目なのである。ここには、一切の妥協も弁明も存在する余地がない。

このスタンスが確立していない人間は、経験を糧に出来ない。203高地での失態が「本部の責任で･･･」となれば、次に同じ様な状況に遭遇した時に、改善や工夫は行わないであろう。その時も、やはり「本部が援護してくれなかったから･･･」と言い、同じ失敗を繰り返すであろう。

私が若い人間に送るメッセージは、大いに失敗しろと言う事。

ただし、大いに失敗を繰り返して良いと言う前提は、失敗で潰れずに、その失敗から得た財産を次に活かし、失敗によって迷惑をかけた人達に何倍もの成果を返す事だ。

失敗を糧にするために、目前のターゲットに全身全霊をかけ、失敗を糧にするために、全てを自己の責任と捉えよと言う事を若い方々には伝えたい。

失敗をして自分の評価が下がることなど無い。チャレンジしないよりも、遙かにチャレンジの後に失敗した方が良い。評価が下がるのは、失敗した自分を正当化する為に、ふて腐れたり、責任を他へなすりつけ、言い訳を繰り返した時だけだ。全てを背負い、臥薪嘗胆、未来の成果を狙う人間を責められる人間などいない。

評価が上がるのは、何かしらの成功を実現した時だ。しかし、評価が下がるのは失敗した時ではない。失敗した時の態度によって自分の価値や評価は下がるのだと理解し、前人未踏の事業へとチャレンジを続けて欲しい。
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         <link>http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/2011/12/post_452.html</link>
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         <pubDate>Tue, 20 Dec 2011 12:51:02 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>何のための才か</title>
         <description><![CDATA[「第三回Vietnam Brothers」も盛況の中、無事終了した。日本企業のベトナム人材採用の熱も徐々に増している。日本に留学しているベトナム人は平均的にポテンシャルが高く、努力も出来る人間が多いので、人材としては極めて魅力的だ。ベトナム進出云々を別にしても、是非採用したいと思うレベルの人も多い。

日本に留学に来ている人間の中でも、上位層はある程度好きな日系企業に就職出来る。若手のベトナム人と名刺交換をすると、大半は名だたる大手企業に就職している。彼らは能力も高いのだが、大手志向は日本人と同様に強い。
<img alt="vnb3-1.JPG" src="http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/vnb3-1.JPG" width="330" height="256" />

会の最後に主催者としてスピーチする場があったので、ベトナムの若い方々に向かって、私の想いは吐露させて頂いた。

優秀な人間が自分の食い扶持を稼ぐのは難しくない。その国の経済状態がどうであろうが、優秀な人材は世界中に仕事をするフィールドがある。ベトナムでの初任給は日本の１／１０程度だろう。しかし、優秀な人間は海外に留学し、その国のトップ企業に入社し、日本の平均的な若者よりも高い所得を得ることも出来る。

優秀な人間が自分の食を得るだけなら、日々余力を残して生活できる。ストレスも少なく、人生をそれなりにエンジョイ出来るはずだ。

私が常にベトナムの若者に訴えるのは「本当にそれで良いのか？」と言う事、「それが君にとっての幸せなのか？」と言う事である。

人間の幸せは人それぞれであろう。ストレスが無い状態が良いという人間もいれば、どんな不可がかかろうが、自分の才能を発揮し、自分の出来る限界を表現したいと思う人間もいる。
<img alt="vnb3-2.JPG" src="http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/vnb3-2.JPG" width="330" height="256" />

尤も現実社会では、余裕を持って楽をすることが「幸せ」だと言う人が多いのは事実。しかし、本当に深い幸せを堪能しているのは、自分の才能を使い、全力で何かにチャレンジしている人ではなかろうか。

昨日、サッカーのクラブワールドカップ決勝を見た。言うまでもなく、バルセロナのサッカーは圧巻であり、多くの人々が感動したのではないか。元々才能のある人間が集い、自己の性能や、チームの戦術を極限まで高め、かつて誰も実現出来なかった様なプレーを生み出している。微塵の妥協でもあれば、実現は不可能なプレーがそこにはあった。

しかし、試合後の彼らの表情を見ると、観客以上に選手達自身が素晴らしプレーが出来た事に、感動と充足感を頂いていた様だ。彼らが、史上最強とも言われるチームを作り、大舞台で最高のパフォーマンスを発揮する背景には、克己を伴う膨大な修練や、重い精神的負荷と戦った日々があったであろう。だからこそ、大きな目標を達成した彼らの胸中は我々の想像を超えた大きな喜びで満たされたはずだ。

才能ある人間は、自分だけではなく、他者にも感動や喜びを与える事が出来る。才能ある人間は、他者の生活や豊かさを作り出す事も出来る。優秀な人間が自分の事だけではなく、他人の事まで慮り、自分のポテンシャルを使い切ってこそ、人類は進歩し、皆が幸せになれる社会が出来るというものだ。

ある意味これは、人類が進化してい為の、能力あるもの達の義務であろう。

ベトナムブラザーズでは、たまたま人よりも才能豊かに生まれた若者達に、自分の生活だけではなく、ベトナム自体、アジア全体の幸せを考えたらと訴えた。現在力のある大手企業に入社し、自分の所得と安定を得るのではなく、いずれベトナムに帰り、そこで産業を創り、雇用を創出し、ＧＤＰを押し上げ、国家全体を幸せにすることを考えたらと訴えた。

更に言うなら、ベトナムの事だけではなく、日本や他の国々にも豊かさが波及する様な事業を生み出すために、自分の持てる才能を使って欲しい。

それが他者を幸せにするだけではなく、昨日のバルセロナの選手達の様に、自分自身も大きな幸せを体感する唯一の道なのではないか。

そんな想いを込めて、「Vietnam Brothers」を毎回開催している。ベトナムに新しい産業を興すには、恐らくベトナムの優秀な人材が日本のベンチャー企業群と協業することが、最も近道だと思われる。決裁スピードの速さ、ビジネスモデルのユニークさなど、ベンチャーは大手を凌駕する。

多くのベトナム人が起業を目指すときに、より多くをベンチャー企業から学べるはずだ。また、グローバルマーケットに強い意欲を持つベンチャー企業群は、ベトナム人材達の良きパートナーとなるだろう。

能力ある人間には責任がある。この責任は国が付与したのでも、親が命じたのでもない。人間としていかに生きるかを己に問い、その結果として自分の内から湧き上がるべきものだ。しかし、この責任を優秀な人達が背負わねば、人類の進化はなく、多くの人が幸せに生きる未来は実現出来ない。

私も幸せな人生を歩みたい。その幸せは己の成功によってもたらされるものではない。巨万の富を掴めば実現出来るものでもない。事業の本質とは、社会の一部を構成し、より多くの方々が幸せになる為の一旦を担うことだ。その本質に沿い、自分を含めた多くの方が幸せになる道を極めてこそ、私自身の幸せも訪れる。幸せな人生を歩めるのだ。
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         <link>http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/2011/12/post_451.html</link>
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         <pubDate>Mon, 19 Dec 2011 12:24:07 +0900</pubDate>
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         <title>心のままに</title>
         <description><![CDATA[最近は心が沸き立つ事が多い。自分自身が事業において明確に「攻め」に転じようという決意があるからだ。その為の道筋も決めている。

市況を見れば失われた10年があり、リーマンショックがあり、政治の混迷も続いている。日本の借金は雪だるま式に増えている。友人の表現を借りれば、毎年ＰＬが赤字なのに、経営の合理化などの適切な対応も出来ないまま何十年もの歳月を無為に過ごす日本政府に対する失望感は強い。
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不況も苦境も実は人間の心の中にある。戦時下ならいざ知らず、今の日本であれば、希望を持って生きる道などいくらでもある。しかし、就活だと言って悲壮感を持つ人間もいれば、事業が上手くいかないと悲壮感を持つ人間もいる。

どれもこれもうまく行かなかったところで命までとられる訳では無く、再起の道も無数にある。未だこれだけ潤沢な国内市場もあり、就職先も山ほど有る。本来は悲観する要素など無いのだが、悲観論が大勢をしめている。

私も気がつけば、その流れに多少は頭を冒された部分があるのかもしれない。まだまだ未熟な人間なので、全ての感情をコントロール出来る訳ではなかったようだ。いや、感情はコントロール出来るのだが、密やかに忍び寄る「雰囲気」に毒される事もたまにあると言った所か。

「この苦境に立ち向かおう！」という意識を持ちすぎたようだ。自分で冷静になり、振り返ると、この気分、この決意は非常にネガティブだ。瞬間的な問題に対しては有効だろうが、長期で持つべき気分ではない。

この決意が駄目なのは、苦境を前提にしている所だ。この前提を持って仕事に当たると「状況が悪い」と言う常識感を周りにまき散らす事になる。
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苦境を前提にすれば、成果が出なくてもしょうがないとなる。「頑張ります！」と表面的に言ったとしても、心の中では「仕方ないじゃん」と思ってしまう。当然、成果に対する執着心など生まれない。大した業績を上げなくても、事業をブレイクさせなくても、全てはしかたがないことになってしまう。無意識のうちにこの様な精神状態を作ってしまうのだ。

本来事業とはワクワクしてクリエイティブに取り組んでこそ、勢いも生まれるし、エッジの立った特殊性も生まれる。ワクワクする状況を自分で作り出し、そのワクワク感に自らを乗せて仕事に当たってこそ、真のビジネスパーソンと言える。

ビジネスには当然の様に忍耐も必要だし、戦略的にデフェンシブな部分もある。しかし、ビジネスパーソンの本分はもっとクリエイティブな所にあり、新しい価値を生み出してこそ、本質的に意味がある。耐えるのは、新しい価値を生み出していくためのステップに過ぎない。

経営におけるデフェンシブな能力を発揮するには、知識と熟練が必要である。よって、経営のプロを目指す人間にとって、守る事もやり甲斐はあるのだが、それは一手段にすぎないということだ。
<img alt="kanu3.JPG" src="http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/kanu3.JPG" width="260" height="197" />

私の脳裏には既にデフェンシブなＨＷＳはない。来期以降攻め抜くための道筋が明確にあり、今はその仕込みを粛々と続けている。

攻めに心が躍るのは、人間の性であろう。

「攻め」とは状況の事ではない。外部的な要因の事でもない。あくまでも「攻めは」己の内にある。心の中にある攻めが、己を高揚させ、いずれ物理的な事象となり、新しい価値を創造する。

今は沸き立つ心のままに、来期の事業戦略を練るのみだ。
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         <link>http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/2011/12/post_450.html</link>
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         <pubDate>Thu, 15 Dec 2011 15:18:17 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>兆し</title>
         <description><![CDATA[変化の兆しはいたるところに現れる。しかしながら、それに気づく人間と気づかない人間は明確にいる。
 
かつて日本が国内で製造していた主力商品はテレビなどの家電であった。PCの製造などもハイスキルな領域であり、当時で言う所の途上国では十分な品質が確保出来ず、製造は難しかった。
 
途上国で最初に出来る産業は縫製の請負などである。その後印刷などの仕事などを請け負う様になり、電子基盤やチップなどの製造もする様になる。かつてロースキルな製造を世界中から請け負って発展のきっかけをつかんだ中国も、今では車から液晶まであらゆる物が製造している。

その意味では、もう液晶もスマートフォンも先進国でしか作れないハイテク産業ではなく、十分な品質を世界の至る所で担保できるロースキルなプロダクトと言えるかもしれない。
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ハイクオリティな製品は日本国内で製造し、品質や技術レベルの高さを要求されない製品の製造は海外にシフトすると言う話は日常的に聞く。この会話に異を唱える人は少ないだろが、ハイレベルな製品とローレベルな製品との線引に関しては、その認識に個人差がかなりある様に感じる。
 
現実的には、日本国内でしか作れないと言うレベルは、相当高い所に基準が移っている。しかし、それに気がつかない人も多いのだ。 
 
システム開発の世界のでも同じ事が言える。昔は単純なBPOから海外のリソースを使おうと言う話であった。それがプログラミングや設計まで海外のエンジニアが行う様になり、しかもそのコストは日本人の半分以下である。
 
弊社でも海外とのやりとりは増えている。最近では、クライアントとのやり取りも、日本人よりも安心して任せられる海外人材も増えている。日本人の武器はホスピタリティだと言うが、技術に偏ってユーザー心理に頓着しない多くの日本人エンジニアよりも、日本人のホスピタリティを吸収しようと意識している海外の人材の方が、 はるかに良いホスピタリティを発揮する。
<img alt="vysacup2011-1.JPG" src="http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/vysacup2011-1.JPG" width="340" height="260" />
 
顧客の要求に対する対応、分からない事を明確にする為の質問の精度、期限に対する意識の高さなど、日本人以上にスタンスが確立している海外人材が増えている。事実、弊社にいるベトナム人メンバーも、この辺りのレベルはかなり高い。
 
もうプログラムを組むと言う事はハイスキルな領域ではない。特に昨今盛り上がりを見せているモバイルやソーシャル系の技術は歴史が浅い分だけ、海外人材も素早く習得している。

エンジニアの間では、モバイル、ソーシャルゲームの分野がバブル気味に盛り上がりを見せている。この分野がビジネスとして下火になる前に、この開発に日本人を使っていては割に合わない状態が来る。どの分野でも過当競争になればコストへの要求は厳しくなる。当然、各社は存続をかけて海外へ眼を向ける。
 
流行りの技術を追い、そこに没頭するのはエンジニアの性であろうが、これは趣味の問題ではなく、生涯の生活がかかったビジネスの世界の話なので、良い市況を過信し、方向を誤っては将来に多大なる過去を残す事になる。 
 
今高い報酬を取れる技術は、未来の安定も発展も保証しない。現在高収益なビジネスがあり、勝ち組企業の現収益に紐づいているので、エンジニアに対してもその収益の範疇で湯水の様に資金投下をする。

しかし、今のソーシャルゲームなどのビジネスモデルが同じ形態のまま、同等の収益を確保し続ける可能性は低い。企業はそう簡単に潰れないし、多少収益が落ちても企業的には十分な優良な状態であるだろうが、それを底ささえするエンジニアのポジションは変わる。
 
余計な不安も過信もいらないが、現実は正しく認識した方が良い。 
 
話を戻す。
 
よほどのハイスキルな領域以外は、いずれ中国、ベトナムなどにシフトする。中国の人件費が上がっても、その後ろにはインドネシア、ラオス、ミャンマーetcが待ち構えている。確かなのは、時間を過去に巻き戻して、ロースキルな仕事で日本人が高い給与を担保できる様にだけはならない。
 
眼を開けば、変化の兆しは所々に現れているはずだ。今の給与を確保するだけの価値を自分が有しているのか、再度見つめ直して欲しい。その仕事はコストが半分以下の中国人に出来ないのか？コストが1/5以下のベトナム人に出来ないのか。彼らにも出来るなら、自分にそれだけの給与支払う経済的合理性は企業にあるのか。再度熟考すべきだ。
 
今の自分に十分な価値が認められないなら、今のままではジリ貧の未来が待っているだけなので、現状を打破すべく挑戦しなければならない。挑戦には、やはり多大なる勇気と、多大なる努力という負荷が必要だ。それを覚悟をした者だけが、かろうじて未来への扉を開く事ができよう。 

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         <link>http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/2011/12/post_449.html</link>
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         <pubDate>Sun, 11 Dec 2011 14:10:05 +0900</pubDate>
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         <title>2013年新卒者採用開始</title>
         <description><![CDATA[2013年卒の新卒採用が正式にスタートした。同時にリクルート用のサイトもオープンしたので、是非閲覧して欲しい。毎年弊社のリクルート用のサイトは次年度に入社する内定者が研修も兼ねて制作する。
 
内定者は会社の事を良く理解しないとサイト制作が出来ないので、技術的な研修だけではなく、ＨＷＳが何ものかを入社前にくまなく理解出来る。また、このサイトを観る就活生は、内定者からの視点でＨＷＳを観られるので、より質感が湧くだろうし、何よりも内定者自身の人間性や性能を垣間見て、ＨＷＳを選択するかどうかを判断出来るだろう。
 
今回は2チームがサイトの制作に当たっているので、サイトも二つある。会社説明会に来場した就活生の投票で勝ち負けが決まり、勝利チームは毎年入社後に海外研修が待っている。実社会のコンペよろしく、勝利の果実をつかめるのは1チームだけだ。
<img alt="sinsotsu.JPG" src="http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/sinsotsu.JPG" width="240" height="180" /> 
下記のリンクから閲覧して欲しい。手前味噌だが、ゼロからスタートして、約三ヶ月でここまで仕上げて来るのはなかなかのものである。流石ＨＷＳのメンバーだと誇りに思う。

<a href="http://www.headwaters.co.jp/2013/index.html" target="_new"><strong>内定者が作成したサイト</strong></a>
 
人材育成とは難しいものである。
 
私の結論を言えば、他人が人を育てる事など出来ない。人は一人一人の意志で勝手に育つものだ。本当に人を育てる事が出来る指導者など、今まで見たことはない。自分が関わった若者に、育つ人、育たない人がいる以上は、彼らを育てたのは、自分ではなく、彼ら自身だ。
  
 我々大人が出来るのは、成長の意志を持った若者の邪魔をしない事と、若者たちがより早い段階で決裁権を持ち、自由にビジネスをデザインできる環境を整備する事くらいである。 
 
ビジネスリーダーに必要なのは、人材育成に注力する事ではなく、全力で信念に殉じてビジネスに取り組む事だ。自社が成すべき価値を追い、それに人生をかける姿を見せる事だ。その姿に何かを感じ、その真剣さに触発され、自らを育てる若者たちが現れる様に、自らの姿勢を研ぎ澄ますことであろう。
 
所詮我々は、人を育てる事など出来ないのだが、なんらかのきっかけくらいは与えられる。若者が自分自身を育てる為の正しい道筋を示すことは出来るのではないか。 
 
新しく合流して来る人材は、あくまでも我々の同胞だ。我々の子でもなければ、生徒でもない。同じ船に乗り、人生を切り開き、同じ成功を目指す同胞なのだ。過保護に手取り足取り育てる存在でもないし、良くも悪くも戦力として期待すべき仲間なのだ。
 
少なくともHWSの内定者達は、私の意思を理解し汲んでいると思う。同胞であり、少しでもHWSの戦力たらんとした彼らの集大成たるサイトを是非一覧して欲しい。 

]]></description>
         <link>http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/2011/12/2013.html</link>
         <guid>http://www.headwaters.co.jp/blog/shinoda/2011/12/2013.html</guid>
        
        
         <pubDate>Thu, 08 Dec 2011 13:30:46 +0900</pubDate>
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