SESSION REPORT AGENT ARCHITECTURE

越見波(エツミナミ)エージェント

半導体ラインが1分止まれば、数十万ドル ― Microsoft Agent Hackathon 企業部門 最優秀賞受賞レポート

Headwaters Tech Drift  |  2026年7月

半導体製造ラインとセンサーのイメージ

半導体製造のラインは、1分止まるだけで数十万ドルの損失につながると言われています。この「止まる前に気づく」を実現したのが、ヘッドウォータースグループのベトナム拠点DATA IMPACT JOINT STOCK COMPANY(以下DATA IMPACT)が開発した予兆検知エージェント「越見波(エツミナミ)」です。東京エレクトロンデバイス協賛のMicrosoft Agent Hackathonにおいて、約240チームが参加した企業部門で最優秀賞を受賞しました。今回のTech Driftでは、開発を率いたDATA IMPACTのCTOであるフイ氏をゲストに招き、その技術と舞台裏を語ってもらいました。

Microsoft Agent Hackathonとは

Microsoft Agent Hackathon powered by 東京エレクトロンデバイスは、AIエージェントの実装力を競う全国規模のハッカソンです。ヘッドウォータースグループからは4チームがエントリーし、その中の一社、ベトナム拠点のDATA IMPACTが企業部門で最優秀賞を受賞しました。約240社が参加した中での受賞です。

受賞したのは、半導体製造ラインの異常を予兆段階で検知するエージェント――「越見波」です。実は既存の顧客プロジェクトとして開発が進んでいたソリューションを、このハッカソンの場で発表したものでした。受賞の詳細はプレスリリースでもご覧いただけます。

課題の背景:半導体ラインの「止まらない」難しさ

半導体製造の現場には、ロボットアームなどで構成される製造パイプラインがあり、温度や圧力といったセンサーデータが常時収集されています。このパイプラインのどこか一箇所でダウンタイムが発生すると、全体の稼働が止まってしまいます。その損失は、1分あたり数十万ドルにのぼることもあるといいます。

さらに厄介なのは、検知が遅れた場合です。ロボットアームに異常が生じたまま製造が続けば、その間にできた製品はすべて品質に疑いが生じます。半導体はナノメートル単位の精度が求められる世界であり、わずかな図形の乱れが品質低下に直結してしまうのです。

これまでは、エンジニアが各パイプラインの状態を目視で確認し、異常がないかを判断してきました。しかしこの監視には大きな負荷がかかります。DATA IMPACTが向き合ったのは、この「見続けなければならない」という課題でした。

アーキテクチャ:4つのレイヤーに分けた設計

越見波エージェントは、大きく4つのレイヤーで構成されています。まず「事象」層でセンサーからのデータをリアルタイムに収集し、「データ処理」層でストリーミングデータをAzure Databricks上で処理します。そのデータを入力として、「AI」層が異常の有無を判断し、最後に「エージェント」層が、そのインシデントが深刻なものかどうかを診断し、アクションを判断します。

つまりこのエージェントは、単体のAIモデルというより、データ収集からAI判断、通知・アクションまでを一気通貫でつなぐ一つのシステムです。「検知して終わり」ではなく、その先の判断とアクションまでを設計に組み込んでいる点が特徴です。

なぜ「教師なし学習」なのか:異常データを集めなくていい仕組み

AI層の核心は、教師なし学習によるモデルです。正常な状態の波形パターンだけを学習させ、「正常であればこう動くはずだ」という波形を生成します。そのうえで、生成された波形と実際の波形のズレを計算し、ズレが大きければ異常と判断する仕組みです。

この手法の強みは、学習に異常データを必要としない点にあります。異常のデータを大量に集め、ラベル付けする作業は、現場にとって大きな負担になります。教師なし学習であれば、正常なデータさえあれば学習でき、どんな設備・どんなプログラムにも汎用的に適用できるため、AI導入までのコストが大幅に下がります。

実際のPOCでは、この手法で95%(F値)の検知精度を達成しています。ただし、モデルの性能を検証するテストデータには「これは異常です」というラベルが必要になるため、その部分は人の判断、あるいはLLMの支援を借りて用意しているといいます。

複数のロボット・複数のラインをまたいで学習する工夫

越見波エージェントは、一つのセンサー波形だけでなく、ロボットの種類を示す「ロボットインデックス」と、作業内容を示す「プログラムインデックス」もあわせて学習データに含めています。これにより、一つのロボットのデータだけで学習するのではなく、複数のロボットのデータをまとめて学習・予測できるようになります。

同じ種類のアームであれば、作業内容が多少違っても共通する特徴があるはずだという発想です。グループ単位でまとめて学習することで、その共通した特徴を捉えやすくなります。

とはいえ、ラインが変わり作業内容が大きく変われば、再学習が必要になります。ただし、その都度大きなコストがかかるわけではありません。データさえ収集できれば、そのまま学習に流し込むことができるため、トレーニング自体は1〜2日、チューニングを含めても導入まで1〜2週間程度で済むといいます。

開発の中で見えてきた難しさは、「正常の定義」です。9割方は正常だと判断できるデータの中に、実は異常な瞬間が紛れ込んでいることがあり、これがノイズとなってモデルの精度に影響します。ここをどう見極め、検証していくかが、実装における重要な論点になっています。

なぜAzure Databricksか:一つの環境で完結する強み

データ処理からAI層まで、越見波エージェントはAzure Databricksを中心に構築されています。ストリーミングデータの取り込みからETL、AIモデルの学習、そしてデータガバナンスまでを一つの環境で統一的に扱える点が、採用の大きな理由です。データの流れはメダリオンアーキテクチャ(ブロンズ・シルバー・ゴールド)で整理され、リアルタイム処理もこの構成に沿って行われています。

エージェント層では、過去のインシデント報告書や対策資料をあらかじめデータ抽出してインデックス化し、Databricks上のベクター検索で類似事例を参照する仕組みも組み込まれています。インシデントを検知すると、エージェントはまず計画を立て、深刻度を診断し、過去に似た事例があればその対応を参考にしてアクションを判断します。

現時点では、センサーの異常と過去のインシデント履歴を直接結びつける事例はまだ少なく、参考情報にとどまる場面もあります。しかし今後インシデントの履歴が蓄積されていけば、「このパターンは過去のこの事例と近い」という判断の精度は、着実に上がっていく見込みです。

受賞の理由:「本物のニーズ」から生まれたこと

評価①:実際のニーズから出発していること

越見波エージェントは、ハッカソンのために考案されたコンセプトではなく、実際の顧客プロジェクトで直面した課題を解決するソリューションです。ビジネス上の困りごとを直接解決するアプローチである点が、高く評価されました。

評価②:完成度の高さ

デモンストレーションの完成度についても評価がありました。すでにPOCの段階を終え、本番開発が進んでいるプロジェクトであることが、その完成度を裏付けています。

机上の技術デモではなく、実プロジェクトとして裏付けのあるソリューションであったこと。それが、約240社の中から最優秀賞を勝ち取った理由でした。

これから:物理アクションへ、そして横展開へ

現在の越見波エージェントは、異常を検知し、深刻度を診断し、人に通知するところまでを担っています。しかし今後見据えているのは、その先のフィジカルAI的なアクションです。深刻なインシデントであれば製造パイプラインを即座に停止する。ロボットアームの角度がずれているだけであれば、角度を微調整して製造を継続する。そうした直接的な制御まで含めて構想されています。ヘッドウォータースグループが取り組むフィジカルAIの全体像は、Physical AIのサービスページで紹介しています。

ただし、どこまでをエージェントに任せ、どこからを必ず人の判断に委ねるかは、業務や製造プロセスによって変わります。「このインシデントなら自動で補正してよい」のか、「これは必ず人に確認する」のか――その線引きは、現場ごとに設定できる設計が求められています。

加えて、このソリューションは半導体製造に限った話ではありません。同じ仕組みは、製造業全般に横展開できる可能性を持っています。DATA IMPACTは、POCから本番開発への移行を実際に経験しており、その知見を他の業界・他の現場への導入支援にも活かしていく方針です。

関連リンク

・プレスリリース Microsoft Agent Hackathon 企業部門 最優秀賞受賞について
・大会公式ページ Microsoft Agent Hackathon powered by Tokyo Electron Device
・技術記事 越見波(エツミナミ)エージェント ― 半導体設備異常検知のための自律型AI保全ソリューション

止まってから気づくのではなく、止まる前に気づく。

越見波エージェントは、その問いに現場から向き合った答えです。

話し手 / Speakers

竹石 興紀 株式会社ヘッドウォータース 技術戦略推進部 推進部長 プリンシパルスペシャリスト

ヘッドウォータースのエンジニアとしてAIエージェントの社会実装に携わっています。社内ポッドキャスト「Tech Drift」のホストとして、最新技術の思想と実装を発信しています。

グエン・クアン・フイ DATA IMPACT JOINT STOCK COMPANY(ヘッドウォータースグループ ベトナム拠点) CTO

ベトナム出身。日本の大学を経て日本企業での勤務も経験し、通算9年間日本に在住。現在はDATA IMPACTのCTOとして、AI・データ関連プロジェクトの推進と、案件の技術支援に携わっています。Microsoft Agent Hackathonでは、予兆検知エージェント「越見波」の開発を主導し、企業部門最優秀賞を受賞しました。

本記事の元となったTech Drift収録は、Spotifyでお聴きいただけます。

▶ 越見波エージェントとは何か|Microsoft Agent Hackathon 受賞の舞台裏

本記事は、Tech Drift収録(2026年7月7日実施)を元に再構成したものです。


本件に関するお問い合わせ

株式会社ヘッドウォータース

info@ml.headwaters.co.jp