ENGINEERING PHILOSOPHY AGENT ARCHITECTURE

Physical AI Harness(フィジカルAIハーネス)

フィジカルAIに、なぜ安全装置が必要なのか ― Physical AI Pitch Day登壇レポート

Headwaters Tech Drift  |  2026年7月

/physical_ai_harness イメージ © PIXTA

フィジカルAI(ロボットや機械を制御するAI)は、絶対に正しいという保証がないまま、「次はこう動くだろう」という予測でアクションを出力します。では、その一手が物理的な事故につながらないと、誰が保証するのでしょうか。今回のTech Driftでは、Microsoft主催の「Physical AI Pitch Day」に登壇したヘッドウォータースの戸嶋 隆太をゲストに招き、フィジカルAIの安全装置「ハーネス」という発想について語ってもらいました。

Physical AI Pitch Dayとは

Physical AI Pitch Dayは、Microsoftが主催したクローズドなイベントです。ヘッドウォータースは、エンジニアの戸嶋がフィジカルAIの実用化に向けた取り組みについて発表しました。

発表のテーマは、フィジカルAIの物理的リスクを下げるための仕組み――「ハーネス」です。

フィジカルAIの限界:確率的なAIが、なぜ危険につながるのか

フィジカルAIは、あくまでもAIのモデルです。次にロボットがどう動くべきかを、100%の確信ではなく「おそらくこう動くのが正解」という予測にもとづいて決めています。つまり、まれに予測を外し、想定と違うアクションを出してしまう可能性が常にあるということです。

現在のフィジカルAI研究の多くは、この確率的な精度をどう高めるか――どんなデータを使うか、どんなアーキテクチャが良いか――に焦点が当たっています。

しかし戸嶋が提示したのは、もう一歩先の視点です。AIが出力したアクションが、実際の物理的なリスクや二次被害につながらないようにするための安全装置。それが「ハーネス」という発想です。

ハーネスの思想:ニューロシンボリックという選択

ハーネスを設計するうえで重要なポイントがあります。それは、ハーネス自体は確率論的であってはならない、ということです。

最終的な安全装置として機能するためには、ある程度決定的なロジックとして動く必要があります。そこで戸嶋が提案したのが、ニューラルAIとシンボリック的なルールを組み合わせた「ニューロシンボリック」なアーキテクチャです。

Microsoftが提唱する「Physical AI Tool Chain」がAIモデル自体を鍛える役割を担うのに対し、ヘッドウォータースが構想する「SDI for AI Harness」は、そのAIのガードレールとして機能する外部システムです。両者は独立して改善されるのではなく、Physical AI Tool Chainに伴走する補助装置として、二つ一緒に改善されていく関係にあります。

なぜナレッジグラフか:暗黙知を「壊れる前」に取り込む

ハーネスを機能させるには、機械から出力されるログを、人間が理解できる情報に変換する必要があります。機械のアクションと状態が羅列されただけのログは、人間が見てもその行動原理を理解できません。

戸嶋のチームは、このログを「機械レベルで見えるフロー」と「人間が理解できるフロー」の両方としてナレッジグラフの形式で保持するアプローチを構想しています。

グラフ形式を選んだ理由は、各社・各現場によって危険の判断基準や作業フローが異なり、かつ変化し続けるためです。ドキュメントに明示された作業手順だけでなく、現場の暗黙的なフローも含めて柔軟に構造化できる点が、ナレッジグラフの強みになります。

この暗黙知の抽出には、ヘッドウォータースが別途取り組むSDI(Synclect Data Intelligence)の技術が活かされています。過去の事故報告書やリスクチェック表といったドキュメントから、人の暗黙知を構造化して抽出し、ハーネスの元となる情報を作り出す仕組みです。詳しくはSynclect Data Intelligenceのサービスページをご覧ください。

デモンストレーション:シミュレーターで見せた「止まる」仕組み

発表では、Isaac SimとOpenVLAを組み合わせたシミュレーション上で、ロボットアームがものを掴む動作のデモンストレーションを実施しました。ハーネスが効いている状態では、危険なアクションが出力された際にきちんと停止する様子を確認できるデモです。

デモ動画

・ロボットアームによるピッキング作業デモ動画① https://youtu.be/nutAUwvZHvch
・ロボットアームによるピッキング作業デモ動画② https://youtu.be/mnX6Qi9ZcZM

このシミュレーター環境は、ハーネス自体をテストする場としても重要な役割を持ちます。いきなり実際のロボットで試すのはリスクが高いため、まずシミュレーター上でさまざまな危険な状況を再現し、ハーネスがきちんと機能するかを確認します。そこで問題がないと確認できてはじめて、実際の現場へ導入する。それが最も安全な進め方だと戸嶋は語ります。あわせて、シミュレーター上で危険な状況のパターンを数多く用意しておくことは、「シミュレーターでは大丈夫でも、実際のロボットでは通用しない」というよくある課題(Sim-to-Real問題)を解消する手がかりにもなります。

会場での反応:「ハーネスの視点」は他社になかった

反応①:ハーネスという観点自体が珍しい

会場の他社発表の多くは、AIモデルそのものをどう強化するか――GPUやデータの蓄積、モデル単体の精度――に関する内容でした。フィジカルAI単体を実用化することへの不安の声は多かったものの、その対策としての「ハーネス」という視点を持つ発表は、他社にはほとんど見られなかったといいます。

反応②:安全性の説明責任というニーズ

製造現場では、「絶対にこの動きをしない」という安全性をロジカルに説明できなければなりません。モデルの学習だけでは、1万回に1回の失敗までは保証できない――だからこそ、推論を誤った場合でも状態を見て判断するガードレールの存在が、フィジカルAIを広めるうえで不可欠だという声が寄せられました。

この対話から浮かび上がったのが、制約には二種類あるという整理です。「絶対に事故になる」という堅い制約には、アウトプットに対して直接ロックをかける。一方、品質や優先度に関わる柔らかい制約には、モデル側の学習やインプットとして反映させる。ハーネスのかけ方も一様ではなく、現場や地域によって内容を柔軟に切り替えられる設計が求められています。

これからの課題:ハーネスをどう「実装レベル」に落とすか

ハーネスという発想自体は固まりつつある一方、それを具体的にどう構成するかは、まだ手探りの段階です。抽出したナレッジをどのようなレイヤーに分けてハーネスへ積み込むか、ハーネスをかけたことで推論速度が遅くならないか――解くべき論点は多く残っています。

また、フィジカルAIは機械という対象の性質上、ドメイン性の強いデータを扱うことになります。過去の業務ノウハウや作業標準、加工トラブルの情報を、現場ごとにどうハーネス化していくか。この汎用化も今後の重要なテーマです。

2026年はまだPoC段階のプロジェクトが多いフェーズですが、ヘッドウォータースはフィジカルAI Tool ChainとSDI for AI Harnessを組み合わせ、実用化・社会実装まで見据えた取り組みを進めていく方針です。

フィジカルAIだけの話ではない

今回の対話で語られた「暗黙知の抽出」というテーマは、フィジカルAIに限った話ではありません。業務をエージェントに代替させていく通常の業務改革においても、ドメインによって抽出すべき暗黙知は変わり、現場ごとの使い方の違いをどこまで共通化するかという課題は共通しています。

物理空間であれ、業務プロセスであれ、AIを現場に根づかせるために必要な問いは同じです。現場の暗黙知を、誰がどう構造化するか。ヘッドウォータースはSDIという共通基盤を軸に、この問いにフィジカルAIと業務エージェントの両輪から向き合っています。

AIの一手を、誰が保証するのか。

ハーネスは、その問いに対する私たちなりの答えです。

話し手 / Speakers

竹石 興紀 株式会社ヘッドウォータース 技術戦略推進部 推進部長 プリンシパルスペシャリスト

ヘッドウォータースのエンジニアとしてAIエージェントの社会実装に携わっています。社内ポッドキャスト「Tech Drift」のホストとして、最新技術の思想と実装を発信しています。

戸嶋 隆太 株式会社ヘッドウォータース コネクテッドテクノロジー部 エンジニア

ヘッドウォータースのエンジニアとして、AI医療SLMやクラウドLLMを用いたAIシステムの開発に携わる一方、フィジカルAIの分野にも取り組んでいます。Microsoft主催「Physical AI Pitch Day」に登壇し、フィジカルAIの安全性を担保する「ハーネス」というコンセプトを発表しました。

本記事の元となったTech Drift収録は、Spotifyでお聴きいただけます。

▶ Microsoft Physical AI Pitch Dayで語ったフィジカルAI社会実装への課題と挑戦

本記事は、Tech Drift収録(2026年7月3日公開)を元に再構成したものです。